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INTRODUCTION 入管体制
旧植民地出身者管理が狙い
 戦後日本の出入国管理体制(入管体制)は、日本の朝鮮植民地支配の歴史を全く捨象して朝鮮人を一般外国人として扱うことから始まりました。様々な事情から日本に留まらざるを得なくなった朝鮮人は、GHQ占領下においてすでに外国人登録を強制されていましたが、五二年のサンフランシスコ講和条約の発効とともに、それまで保有していた「日本国籍」を政府の一方的な通達によって剥奪されます。その結果、「外国人の公正な管理」を目的とする入管体制は、当時日本に在住する外国人のほぼ九割を朝鮮人が占めていたことから、事実上朝鮮人を主要な管理の対象とするものとなったのです。
「格子なき牢獄」=入管体制
 入管体制はその初めから、在日朝鮮人を日本の中の反政府勢力と位置づけ、治安管理の対象と見なしてきました。そのために出入国管理令(今の出入国管理および難民認定法)と外国人登録法におもにもとづきながら、「格子なき牢獄」のように在日朝鮮人を日常的に監視・弾圧・追放するために特別に制度化されたのです。
 入管体制は、日本国籍を奪うことによって、当然認められるべき民主的な諸権利を在日朝鮮人から奪ってきました。納税の義務は負わせながら、選挙権・被選挙権をはじめとする参政権、社会保障、民族教育を受ける権利、公務員への就労、恩給などから排除し、さまざまな資格取得を制限してきたのです。
 また、日本への永住を保障せず、常に国外追放の危険にさらされる不安定な法的地位を強いました。他方、日本国籍の取得(「帰化」)には、厳格な条件を課し、厳しく制限したのです。日本の国籍法は「血統主義」をとっており、日本に定住しても市民権や国籍を得ることができません。
 そのうえに、外国人登録における指紋押捺や、外国人登録証の常時携帯・提示が義務づけられ、また違反した場合には、懲役・禁固・罰金などの刑事罰が科される仕組みとなっており、極端な重罰が負わされました。しかも一定の場合にはさらに国外追放されることもあるという、一種の「二重刑罰」が科されたのです。
 こうしたことは、日本社会の朝鮮人への差別や偏見をさらに助長して、結婚・就職・住居等々、また自営業者の場合なら融資が受けにくいなど、生活のあらゆる場面で不利益を強制されました。本名を名乗る朝鮮人がごく少数に過ぎなかったことは、そのことを如実に物語っています。
 また、南北に分断された朝鮮半島の、韓国とのみ国交を結び、朝鮮民主主義人民共和国に対しては敵視するなど、朝鮮民衆の統一の願いを踏みにじってきたのです。
差別的入管体制の解体を!
 このように戦後半世紀以上もの間、日本政府によってなされてきた朝鮮(人)抑圧政策の総体が入管体制と言えます。戦前の植民地支配の形を変えたものと言っても過言ではありません。それは、同じ社会の一員として朝鮮人を日本人と平等に扱うのではなく、明確な差を設けて朝鮮人に日本の国家権力への服従を強いるものでした。他方で日本人に対しては、朝鮮人への蔑視感―民族排外主義を植えつけ再生産する役割をも果たしてきました。入管体制に対する日本人の闘いがきわめて弱かったことは、戦後補償問題の解決を遅らせてきた大きな原因でもあります。
 八〇年代以降、在日朝鮮人をはじめとした入管体制に対する闘いが前進し、指紋押捺制度などは撤廃されてきました。そして現在では、在日外国人の数もかつての三倍近くなり、その国籍もアジアを中心に多様化しています。それにともない入管体制の対象も広がり、「ニュー・カマー」と呼ばれる人たちに重点が移りつつあります。しかし朝鮮人が対象からはずれたわけではありません。また在日外国人を治安管理の対象とする性格も変わっておらず、「ニュー・カマー」の人々に、これまで在日朝鮮人が強いられてきた差別や抑圧を負わせようとしています。差別的・抑圧的な入管体制を解体することは、私たち日本人が他の様々な民族の人々と連帯するために必須のことなのです。
(編集員 谷野 隆)