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有事法制と「朝鮮有事」
 昨秋以来続く朝鮮半島の緊張は、イラク戦争の「終結」を受け、刻一刻とその度合いを深めています。四月には北京で米国と朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)、中国の三者協議が開かれ、昨年一〇月以来の米・朝間の直接対話が実現しました。しかし、そこでは北朝鮮側は核兵器の保有を表明し、「瀬戸際外交」のカードを切り続けました。これに対し、米国・ブッシュ政権も、その後の韓国・日本との首脳会談において「追加的措置」「より強硬な措置」をとる可能性に言及し、さらに中国・ロシア等をも含めた「包囲網」の形成によって金正日政権に更なる圧力を加えつつあります。
 これまでのところは「平和的解決」を標榜するブッシュ政権ですが、既に北朝鮮に対する軍事作戦計画を用意していることはよく知られています。本稿では、この軍事作戦に日本がいかに深くかかわっているのかを改めて確認しながら、現在の有事法制をはじめとする動きの危険性を明らかにしていきたいと思います。
(1)新ガイドラインから有事法制へ
 九〇年代、旧ソ連・東欧の社会主義体制が崩壊して以降、日米両政府は「敵のいなくなった」安保体制の「再定義」に取り組みました。それは九六年に日米安保共同宣言として公表され、「二一世紀に向けてアジア太平洋地域において安定的で繁栄した情勢を維持するための基礎であり続けること」とされました。これを受けて九七年に日米両政府の間で日米防衛協力のための指針(新ガイドライン)が改定されたのです。
 新ガイドラインの最大の特徴は、「周辺事態」という概念が新たに盛り込まれたことでした。安保条約はもとよりそれまでの旧ガイドラインでも、日米の軍事協力の主要な対象は、「日本に対する武力攻撃」の場合でした。しかし、新ガイドラインでは、これに加えて「日本の平和と安全に重要な影響を与える事態」「地理的なものではなく、事態の性質に着目したもの」という、「周辺事態」での日米の軍事協力が明記されました。その際に自衛隊は米軍の「後方地域支援」を担うこととされ、これにより自衛隊の行動範囲が大きく拡大されることになったのです。
「国の交戦権の放棄」「戦力の放棄」をうたった憲法九条にもかかわらず自衛隊が存在し、日米安保体制が維持されてきたのは、あくまで「自衛権」を主張するものだったからです。しかし「周辺事態」はこうした限定を崩し、また読み方によっては東アジアにとどまらず、米軍とともに世界中どこにでも自衛隊が出動できるという、歯止めなき軍事行動の拡大に道を開くテコとなるものなのです。
 この「周辺事態」は「日本に対する武力攻撃」の場合と密接に関連づけられることになります。新ガイドラインでは、「周辺事態の推移によっては日本に対する武力攻撃が差し迫ったものとなるような場合もあり得る」「日本の防衛のための準備と周辺事態への対応又はそのための準備との間の密接な相互関係に留意する」とされています。そして、平素から、日本に対する武力攻撃に際しての共同作戦計画について自衛隊と米軍が、また周辺事態に際しての相互協力計画について日米両政府が「検討を行なう」こととされています。この共同作戦計画と相互協力計画は、「周辺事態が日本に対する武力攻撃に波及する可能性のある場合又は両者が同時に生起する場合に適切に対応する」ために、「整合を図る」とされているのです。つまり、文章の上では二つに分けられている「武力攻撃事態」と「周辺事態」は、いわば一連のものとしてとらえられており、当然それに対する軍事行動も首尾一貫したものとして準備されることになるのです。これを受けるように、旧ガイドラインにあった「日本は、原則として、限定的かつ小規模な侵略を独力で排除する」という文言も削除され、常に日米の連携を強調するようになっています。
 さらに新ガイドラインでは、「日本に対する武力攻撃」および「周辺事態」のいずれに際しても、米軍に対して新たな施設・区域を「適時かつ適切に」提供することとされました。これには自衛隊施設だけでなく民間空港・港湾の一時的使用も含まれています。さらに「地方自治体及び民間が有する権限や能力を活用すること」が、特に明記されており、民間人の戦争動員が具体的に想定されているのです。
 ここまで見てくれば容易に理解できるでしょう。九九年に制定された「周辺事態法」、そして今国会で成立した「武力攻撃事態法案」をはじめとする有事関連法案は、いわば密接不可分の一体のものとして新ガイドラインで想定されているものであり、国内法の制定によって忠実に実行するためのものに他ならないのです。これらの法案を審議する際に争点となった事項は、既に五年以上も前に新ガイドラインに盛り込まれていたものであり、今回の有事関連法案が整備されて初めて、新ガイドラインは全体としてカバーされることになるのです。
(2)「九三〜四年危機」と「OPLAN5027」
 前節では、有事関連法案が新ガイドラインに基づく国内法整備の一環であることを確認しました。ここでは、日米両政府がどのような事態を具体的に想定しつつ、これらを立案したのか、ということを見ていきたいと思います。それは、北朝鮮の「核開発疑惑」をきっかけに朝鮮半島をめぐる緊張が高まった「九三〜四年危機」と、その際に検討された米韓合同作戦計画「OPLAN5027」と呼ばれているものです。
 この作戦計画は、米太平洋統合軍に属するものであり、九二年に策定された後も二年ごとに改定がくりかえされていると言われています。その内容は、米韓連合軍が北朝鮮に軍事侵攻してピョンヤンを占領、金政権を打倒して南北統一を成すというものです。
 その第一段階では、北朝鮮軍の南への侵攻の危険性の高まりに対して、米軍の前方展開を強化します。
 第二段階で、北朝鮮の侵攻が開始されると米韓連合軍がこれを迎撃しつつ、日本・ハワイ・米本土からの米軍の本格的な増強を待ちます。その間で、在日米軍基地から四百〜五百機の戦闘機が出撃し開戦三日以内で制空権を確保します。
 第三段階では、本格的な反撃を開始し、三八度線を突破するとともに、北朝鮮側への大規模な上陸作戦も強行して、北朝鮮軍の主力を殲滅します。
 第四段階では、ピョンヤンを占領しさらに中国国境まで占領地域を拡大。第五段階で、金政権を転覆し、韓国による吸収統一を果たすというものです。
 この詳細な計画は、九八年の改訂版では六段階に分けられたと言われています。また、本来なら来年に見直されるはずが、今年、前倒しで見直されることも明らかにされています。現在ブッシュ政権は、世界全体の米軍の戦力配置についての見直しを行っており、南朝鮮に駐留する米軍についても、その一環として検討されているのです。例えば、北朝鮮との軍事境界線に展開する陸軍第二師団をソウル以南に後方配置することや、米本土からの機動戦闘旅団の循環配備計画をはじめ二〇〇六年度までに一一〇億ドルをかけた戦力増強計画が、五月末に公表されています。これに伴い、「OPLAN5027」も改訂作業が進められているのです。
 もちろん、こうした計画が具体的に準備されているからといって、米国の北朝鮮政策がこれしかないという訳ではありません。実際この当時、戦争になれば米軍五万二千人、韓国軍四九万人、民間人を含めて死傷者は約百万人と見積もられており、これが、米国が戦争を回避した理由の一つだとも言われています。このように、「OPLAN5027」はあくまでも米国の取りうる選択肢の一つにすぎません。しかし逆に言えば、実行可能な選択肢として常に考慮されているという危険性を決して軽視することもできないのです。
 こうした攻撃的な作戦計画が九三〜四年に米・韓両国の間で準備されている最中、日本に対してもこの作戦に対する「支援計画案」が米軍から示されました。その内容は、米軍部隊の展開開始から一〇日以内に、民間の成田や関西など八空港、大阪・神戸など六港湾の使用を含め一〇五九項目にも上りました。機雷掃海や武器・弾薬を含む軍需物資の輸送・補給もあげられ、港湾労働者やトラック輸送の民間人の動員も具体的に示されたのです。
 そして「朝鮮有事」における日本の「支援計画」は日米間で「政軍ゲーム」と呼ばれるケーススタディにもとづいて協議され、また日本側独自でも統合幕僚会議で検討されました。これらの「成果」が、新ガイドラインには強く反映されているのです。
 このように、戦場となる朝鮮半島に対して、日本は作戦遂行の成否を握る最重要の兵站基地として位置づけられています。つまり、裏を返せばそれが十分に機能できないのであれば、この作戦を実行に移すことはできないということを意味しています。日本の作戦支援体制が整っていないということが、これまで米軍が北朝鮮との戦争を回避してきた大きな理由の一つであろうことは想像に難くありません。しかしそれを「不備」「欠陥」と見なす勢力によって、この間に急速に「是正」され、戦争準備は整えられつつあるのです。
(3)今、私たちがなすべきことは
 以上見てきたように、朝鮮半島において戦争が勃発した場合、日本は米軍の軍事行動に欠くことのできない役割を担うことになっています。それもかなり具体的な想定が、すでに日米の政府・軍関係者の間では行われているのです。それは一度計画が立案されれば終り、というものではありません。日々新たな情勢に応じて、今この瞬間にも更新され続けています。そして、そこに登場するのは単に軍隊だけではありません。一般民間人も計画に組み込まれており、それをどのように実現するかが検討され準備されているのです。  実際、新ガイドラインにある共同作戦計画や相互協力計画については、二〇〇一年九月に日米間で合意され、日米安全保障協議委員会にも報告されたこと、それらの研究はその後も継続されていることが明らかになっています。しかし、当然ながらその内容は機密として公表されていません。私たちの知りえないところで、事態はどんどん進行しているのです。
 そして、こうした米軍と一体となった日本の行動が、すでに今でも、非常に大きな「圧力」として、北朝鮮を追い詰める事になっているのです。先の日米首脳会談で小泉首相は、北朝鮮に対しては今後「対話と圧力」でのぞむことを言明しましたが、すでに「圧力」については、半世紀近くもの間かけ続けてきたのです。それも「対話」の全くないままに。そして、今日、経済危機にあって「対話」を求める相手に、より過酷な「圧力」をかけようとしているのです。無論、核を使った北朝鮮の「瀬戸際外交」は決して支持できるものではありません。しかし、そうした状況に追い詰め、緊張をあおっている責任は、米国だけでなく、日本側にも相当にあるということを知らなければなりません。
 九〇年代の国際情勢・アジア情勢の激変の中で、日米安保体制はその軍事同盟としての姿をあらわにしてきました。その変化のスピードは今日ますます加速しています。日米両政府間で合意した、ある意味では単なる覚書にすぎなかった新ガイドラインが策定されてからすでに五年以上が経過しました。それに日本国内での法的な裏付けを与える作業が進み始めた今日、状況はさらにその先へと進もうとしています。
 今や「北朝鮮の脅威」を最大のテコにして、集団的自衛権の承認や日本国憲法の全面的改悪、はては巡航ミサイル・トマホークの導入から日本の核武装まで、ありとあらゆる好戦的な言辞が大した抵抗もないままにマスコミをにぎわし、着実に世論を誘導しているように思います。私たちが朝鮮半島での戦争を望まないのであれば、戦争を挑発、ないしは誘発するような、こうした流れを変えなければなりません。
 日米安保条約第一〇条には、「いずれの締約国も、他方の締約国に対しこの条約を終了させる意思を通告させることができ、その場合には、この条約は、そのような通告が行われた後一年で終了する」と定められています。これは、合法的に、私たち日本の民衆自身の意思にもとづいて、日本から米軍基地を撤去し安保条約を解消できるということです。つまり、事実上、米国の侵略を止め、先制攻撃戦略を公言する世界戦争政策を実行不可能にすることができることを意味しています。朝鮮半島の危機を戦争に発展させることを回避する大きなインパクトを与えるでしょう。
 日本政府が安保―日米軍事同盟を積極的に支持していることは、それほど大きな「重さ」を持ったものであり、逆にそれを破棄することも同様に、あるいはそれ以上の「重み」を持っているということなのです。そして、そのどちらを選択するかは、私たちの行動にかかっているのです。
谷野 隆(本誌編集員)