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シリーズ「「安全な社会」って何だろう〜最近の刑事立法を考える」
第七回 指紋押捺制度の復活!? 〜入管法・旅券法改悪
 空港で、パスポートを開けてカードリーダーにかざしながら所定の位置に指を置くと、瞬時に顔写真と指紋が画面に表示され、緑色のランプが点灯して自動的にバーが開く・・・・・・出入国手続が、地下鉄の駅の自動改札を通り抜けるようにスムーズになったら便利で快適かもしれません。でも、それって、どういうことなのでしょうか?
 二〇〇四年一二月一〇日に出された政府の国際組織犯罪等・国際テロ対策推進本部の「テロの未然防止に関する行動計画」には、@外国人の入国審査時の指紋採取及び写真撮影、A「テロリスト」と認定された者を入国拒否・退去強制の対象とすること、B事前旅客情報システム(APIS)の義務化、CICPO(国際刑事警察機構)の紛失・盗難旅券データベースへの情報提供・入手、D航空会社等への乗客の旅券確認義務づけ、E東南アジア各国等への文書鑑識能力向上支援、Fホテル等の宿泊者名簿への国籍・旅券番号記載、旅券コピー取得の指導などが「対策」として挙げられています。このうち、Dはすでに入管法を改定済み、Fも旅館業法規則を改定済みであり、@Aについては来年の通常国会に入管法改定案を提出予定、Bも来年度に法改定予定とされています。@の入国の際の指紋情報は、いわゆるブラックリストと照合され、出国の際にも指紋を採取するとしており、将来的には査証申請時に指紋を採取するとしています。
 他方、合法的な「信用できる渡航者」については、ICカードに「自発的」にバイオメトリクス(生体情報認証技術)情報を登録すれば、専用自動化ゲートでの出入国手続を可能とするとされています。バイオメトリクス情報とは、顔写真、指紋、虹彩などの生体情報の電子データのことです。日本にとって有益で従順な外国人については「恩恵」を与えて抵抗感を薄め、指紋等の情報を登録したICカードの携帯を普及させようというのです。
 これは、自民党政務調査会が二〇〇五年六月一六日に出した「新たな入国管理施策への提言」を見ると、より明確になります。すべての中長期滞在外国人に対してIC在留カード(外国人登録と同様の内容を登録)の携帯を義務づけるとともに、希望者(「問題のない」特定の外国人)に対しては指紋情報を登録して専用自動化ゲートでの出入国手続を可能にするというのです。そして、この指紋情報入りICカード所持者に対しては国公立美術館等での利便向上方策をとるとしています。
 つまり、これは、一九九二年に特別永住者について、一九九九年にはすべての外国人について撤廃された指紋押捺制度を、入管法によって復活しようとするものなのです。
 ただし、この新たな指紋押捺制度は、政府の「テロの未然防止に関する行動計画」においても、自民党の「新たな入国管理施策への提言」においても、「特別永住者等を除く」と括弧書きされています。この括弧書きは意味深です。「希望者」についてICカードへの指紋情報を登録する代わりに利便性を与えるという制度設計と合わせて考えたとき、一九八〇年代の指紋押捺反対闘争に対する彼らなりの総括に基づいていることは明らかです。つまり、指紋押捺の強制に対する反発を予想して、歴史的に最も激しく反発した実績がある旧植民地出身者とその子孫についてはとりあえず対象外とし、まずは反発の弱い部分からアメとムチで実績を作ろうということだと思われます。そして、多くの外国人は指紋を押捺しカードを携帯しているという既成事実ができてしまえば、残った少数者の反発は抑え込めると踏んでいるのでしょう。
 この彼らなりの総括は、日本人にも及んでいます。
 二〇〇五年六月に成立した改定旅券法には、偽造防止のためという理由で、顔写真を記録したIC旅券の導入が規定されています。具体的には、二〇〇六年三月以降に発行される日本人のパスポートには、ICが組み込まれ、そのICには名前や生年月日のほか、顔写真の電子データが記録されるようになります。
 これまでもパスポートには顔写真が貼付されていたわけですから、情報量が増えるわけではなく、別に何も変わらないようにも思えます。しかし、電子データ化されているということは、他のデータとの照合が簡単に行えるということであり、情報の使いやすさの点では格段の差があります。そして、この電子データは国際標準化規格に合わせて作られるために、データの国際的な相互利用も可能なのです。
 さらに、このIC旅券に指紋情報も記録させようという動きがあります。二〇〇五年三月の「第三次出入国管理基本計画」を受けて、法務省の「出入国管理業務の業務・システムの見直し方針(案)」の中では、「任意に」バイオメトリクス情報を登録した者については専用自動化ゲートの利用を可能とするとされています。ここにはバイオメトリクス情報の具体的な内容は書かれていませんが、IC旅券には顔写真はすでに記録されているはずなので、それ以外で考えられるのは指紋か虹彩です。自民党政務調査会の「新たな入国管理施策への提言」では「指紋情報」と特定されていることからしても、指紋を念頭に置いているのは間違いないでしょう。利便性を付け加え、「任意」とすることで指紋情報の登録に対する抵抗感を薄めようというところは外国人に対するのと同じです。そして、「任意」で登録する人が増えていけば、登録しない人はあぶり出され、やがて登録せざるを得なくさせられることを狙っているであろうところも同じです。
 これに関連して、村田国家公安委員長がIC旅券に指紋情報を登録するように町村外相に要請し、「まず日本人がやることで、外国人にも『お願いできますか』となっていく」と発言したと報道されています(二〇〇五年六月一七日読売新聞)。日本人も「平等に」押捺しているからと外国人に押捺させ、外国人を引き合いに出して日本人にも押捺させる・・・そして、政府としては、日本人の顔写真と指紋の電子データも、外国人の顔写真と指紋の電子データも、収集して利用できるようにしようというのです。
 ここでよく考えてみると、ブラックリストとの照合のためだけであれば、顔写真と指紋のデータを入国時にチェックしさえすれば、その後は保存する必要はないはずです。また、ICカードやIC旅券についても、同一人性の確認のためであれば、ICに記録されている顔写真や指紋のデータと目の前にいる人間のデータの照合さえできればいいのであって、ホストコンピュータにデータを集中して保存・管理する必要はありません。
 しかし、「テロの未然防止に関する行動計画」や「出入国管理業務の業務・システムの見直し方針(案)」にはデータの保存については何ら触れられておらず、かえってインテリジェンス機能の充実・強化として、これまで複数のシステムで分散管理されていた外国人の入国・在留データを個人単位で統合し、警察庁、外務省等の関係機関から提供される情報と合わせて一元管理するということが強調されています。さらに、自民党の「新たな入国管理施策への提言」では、「当人出国後、必要性を踏まえた合理的な期間」保存し、「必要に応じインテリジェンス・センターにおける分析等に活用する」と提言されているのです。
 目的であるはずのブラックリストとの照合や同一人性の確認に必要な程度を越えたデータの収集・管理が狙われているとすれば、その目的は何なのでしょうか。様々な個人情報を収集して統合していけば、流出や濫用の危険が高くなりますし、何より国家が個人を管理し支配することが容易になっていきます。指紋の電子データをインデックスとして個人情報が集約されれば、ますます網の目は細かくなり、そこからはずれることは困難になるでしょう。私たちが国家を監視していかなければならないのに、主客逆転してしまいます。
 便利さや快適さと引き替えに、顔写真や指紋を国家に管理されても良いのかどうか、よく考えてみるべきではないでしょうか。
大杉光子(おおすぎ みつこ)
一九六九年生。二〇〇〇年四月、京都弁護士会登録。在日外国人「障害者」年金訴訟、在日韓国・朝鮮人高齢者年金訴訟弁護団員。京都弁護士会人権擁護委員会、刑事委員会、子どもの権利委員会、「心神喪失者等医療観察法」対策プロジェクトチームなどで活動。