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連載「弁護士O(オー)の何かと忙しい日々」
(1)私と、私のお客さんの経済事情
 私は、この連載には、関わりのある弁護団活動や弁護士会活動をいろいろ書こうと思っていた。
 しかし、考えてみると、それらのものは私の生活費を稼ぐ「飯の種」とは考えてはいない。まず「飯の種」のことから書かなくてはいかにも上滑りであろう、と考えた。
 それで、弁護士事務所の台所事情について少し知っていただくことにする。
* 弁護士事務所の維持費 *
 私の事務所は、弁護士二名で経費共同型の経営をしている。「経費共同型」は、共同経費だけ分担して、収入は別々、というものである。
 共同経費としては、月当り一名で六〇万円から七〇万円を負担している。この内訳は、事務員二名とアルバイトの給料・保険料・年金、事務所賃料、電気代、電話FAX代、文房具費、セキュリティなど。
 これに、自分の事件処理費用・会費・交際費・研修費の分と、プライベートの生活費を稼がねばならない。弁護士会費は驚くほど高い。大阪の場合、月に四万四〇〇〇円強を払っている。交際費というのも私の感覚からすると高い。弁護士が集まってご飯を食べて、一回三〇〇〇円を切ることがない。やっぱり日本の外食というのが高いのだと私は思う(酒税を払って酒を飲み過ぎているとも思うし、韓国ではもっと食事は安かった)。
 多少救いだと言えるのは、こうした業務上の「経費」が増えても所得が減って所得税を払わなくて済むことである。所得税の刻みは、所得が三三〇万円以下なら一〇パーセント、それを超えると二〇パーセント、九〇〇万円を超えると三〇パーセント、と上がっていく。
 では私はどのへんの所得層になるのか?というと、昨年度は所得税が一〇パーセントの圏内だった。
「どうです、全然贅沢をしていないでしょう?」
* 弁護士の稼ぎ方 *
 弁護士の費用はとても高いと思われている。
 確かに、決して安くない。一〇万円単位である。以前は弁護士会が統一基準を作っていたが、自由化で基準がなくなった。しかし、だからといって一〇万円を切って仕事をするのは難しい。
 どうしてかというと、弁護士の仕事は、問題が解決するまで続く、期限の決まらない仕事だからである。常に、訴訟や調停や交渉の仕事を二〇件や三〇件は並行して抱えている。休止している仕事や、自己破産・債務整理・管財人など、事務員でかなりできる仕事を除いても、それだけある。
 そうすると、経費は月々稼がねばならないのに、新件を受けて着手金をもらうか、仕事が終わって報酬をもらうかしない限り、稼ぎが入らない。報酬など、仕事が終わってみないといくら請求できるのか未知数である。
 そうなれば、新件を受けて着手金を一〇〇万円くらいもらいたい、ということになってしまう。
 しかし、着手金も最初にもらうお金なので、そんなに沢山請求できないのが通常である。
 それで、一〇万円、二〇万円と新件を積み重ね、ようやく稼ぎを確保しているのが実情だ。
 弁護士の着手金・報酬の基準は、かつて、請求する経済的利益の金額、勝ち取った経済的利益の金額に応じて定められていた。
 そうなると、同じく仕事をするなら高額を請求する仕事の方がはるかに効率よく収入を得られる、ということになる。それでは、弁護士が金持ちとつき合うよう努力する、ということになりかねない。

 しかし、それでは、「何が人権だよ!」と言われかねない。弁護士はそもそも営利追求の仕事ではなく、自由と正義の実現、人権擁護が職責であると誇ってきたのである。それが、金額としては少額の貸金返還金やら給料やらを生命線として確保しなければならない巷の低所得の人々に見向きもしないのではあまりに偽善的である。
 だから、私たちの事務所は、着手金を「手間に応じていただく」ことにした。金額が高かろうが低かろうが、簡単な交渉であれば、一〇万円、調停申立てであれば、二〇万円、訴訟提起であれば三〇万円前後、という基準である。
 このように基準を明朗化しているので、「どうぞ高いと言わずに着手金を払ってください。」

* 法律扶助という制度 *
 しかしながら、やはり一〇万円というお金は大金である。お客さんもポンと払える人ばかりではない。
 そんな人のために、弁護士費用を立て替える「財団法人 法律扶助協会」という団体がある。
 世帯当たりの所得が一定額以下の人であって、かつ、「勝訴の見込みがないとはいえない」人を対象にしており、書類を揃えて申請をすれば、原則として月一万円ずつの分割償還をすることを条件に、弁護士費用が借りられる。
 この制度を弁護士側が利用するメリットは、着手金分割払いの約束で仕事を始めた場合の、月々の回収の面倒さから逃れられることである。
 しかしデメリットもある。それは、立替金額が安いことである。概ね、これまで(廃止前)の着手金基準の半分しかもらえない。離婚調停で一〇万円、自己破産申立で一六万円くらい。利用するお客さんの側からすれば安いのはいいことなのだが、弁護士からすると、そんなに扶助制度を利用した仕事ばかりやってはいられないということになる。
 では、私の場合はどうかというと、法律扶助協会から表彰してもらいたいくらいに扶助の仕事をしている。おそらく、受ける仕事の半分以上が扶助制度を利用したものである。
 実際、相談に来るお客さんの所得は、ほとんど基準額を下回っていて、要件OKである。離婚や別居で母子世帯の人、パートで月に一二万からよくて一八万円というところだ。ホームレスから自立して警備員やビル掃除で暮らしている五〇代の男性、やはり日給制で月に一二万、一三万円だ。借金を抱えて、少しでも月給のよい職場を求めて転職を繰り返してきた長距離トラック運転手さん、しかしそんな身体をすり減らすような仕事でも、転職をするたびに三〇万円だった給料が二八万円、二五万円と下がっていくのだ。誰も貯金などしておらず、何かあれば生活が破綻するギリギリの暮らしをしている。そして、トラブルが起こり、弁護士事務所へ駆け込んでくる。
 月に一二万円強、というのは、実は一人世帯に対する生活保護支給額と同じだ。働いて働いて、生活保護費と同じだけしか得られない現状の労賃。働く方に生活保護受給者への不満が出るのも確かであるが、だからといって「生活保護が高すぎるから下げる」という方向に向くのは本末転倒だ。
 生活保護費では、生活のゆとりがない。ちょっと旅行をするお金もなかなか貯まらない。
 働いているのであれば、余暇を得て、旅行に行ったり、音楽やスポーツを楽しんだりするのも当然だ。ただただ食べるためだけに働くのでは人間らしい生活とは言えないではないか。雇う方には、そうしたゆとりを労働者に保障する義務がある。
 ところでそんな低所得層の人たちにも、法律扶助協会は分割償還を求める。原則月一万円、事情があれば五〇〇〇円まで下げる。この金額は、お客さんの家族にとって本当は必要な生活のゆとり費用である。それを一年二年と分割払いのために取り上げる。
 昨年、公園でホームレス生活をしていて病気のため居宅での生活保護を受けて暮らせるようになった高齢のご夫婦が相談に来られた。ホームレスになるきっかけになった借金のことを解決したいという。二人世帯での生活保護費は、一人世帯よりもっとゆとりがなく、本当にギリギリである。私は、「とりあえず扶助制度の利用を申請して、自己破産をしましょう。扶助の返済の方は、生活の事情を言えば免除してもらえると思いますから」と説明して夫婦二人の自己破産の手続をした。
 さて、手続が済み、今後の返済について扶助協会に行き話合いをすることになった。私は、予め生活状況を説明した「償還猶予申請書」を提出しておき、ご本人たちに行ってもらった。半年、また半年と償還が猶予された。三回目の猶予申請で、私は「もう免除がされるだろう」と楽観視していた。今後、体調が悪くなるばかりなのが明らかな高齢の夫婦なのである。家計収支表もつけてもらったが、楽しみといえば夫婦のたばこが月に一万五〇〇〇円というくらいだった。ホームレス時代から唯一の楽しみとしてきたであろうたばこである。これを減らせというのは、私にはできなかった。
 しかし、話合いを終えたご夫婦は、泣かんばかりに私に電話をしてきた。扶助の担当職員が、「たばこを減らしたら五〇〇〇円くらい浮くでしょ!」と迫ったという。他にもあれやこれや、返さないのは人間としてどうか、というようなことも大声で言ってこられたそうで、ご夫婦はすっかり意気消沈していた。楽観的な見通しを言ってきた私に対しての恨みもあるかと思うが、「次の話合いのときには付いてきてください。もう怖くて私らだけでは行けません」と控えめに頼んでこられた。
 ところがその後数日して、またご夫婦から電話が来た。「やはり、私ら、心に決めて返していくことにしました。もう、たばこも辞めますよ。身体にいいですしね。あれだけ言われたら何が何でも返します。どうも、お世話になりました。」私は、「私の見通しが甘くてごめんなさい。これから先も、無理してまで返さなくてもいいんですよ」と言うしかなかった。

 自分のトラブルのために立て替えてもらった弁護士費用だから、返すのが当然なのだろうか?
 いや、そのように自己責任に帰してしまうことはできないと思う。もっと法的知識があれば被らずに済んだトラブルを、負ってしまったということがある。社会を律している法律の体系について、弁護士や専門家でない限りよくわからない、というのは日本の社会教育の欠陥そのものではないか。法的権利の実現を、国家が助力するべきではないのか。
 そういう点から考えると、弁護士費用というのは、低所得層に対しては、国費でまかなってもよいくらいのものである。現にイギリスなどでも巨額の予算が使われているという。

 私たち弁護士も、決して贅沢はしていない。少なくとも私や私と同じようなマチ弁たちは。
 だから、弁護士を正当な法的権利の実現のアドバイザーとして利用しやすいよう、きちんとした制度作りがされなければならないと思う。
 制度ができて、弁護士の適正な報酬が国費から出るようになれば、私も着手金確保に汲々とせずに済み、弁護団活動や弁護士会活動にもっと力を向けても大丈夫になる。低所得の人と、私の、共存共栄構想である。
 財団法人法律扶助協会は、来年四月から「日本司法支援センター」という国の関与する法人に移行する。「市民のための司法」というのがスローガンだが、低所得市民にも利用し甲斐のある制度になるよう、弁護士会でも取り組み中である。私のためにもよい制度になってもらわないと・・
大橋さゆり(おおはし さゆり)
一九九九年四月弁護士登録。二〇〇二年九月より女性二人の「大阪ふたば法律事務所」開設。「小泉靖国参拝訴訟」では大阪と松山の訴訟代理人。ほか大阪弁護士会人権擁護委員会で野宿者や刑務所処遇問題に関わる。女性・労働・外国人問題にもとりくむ。