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シリーズ「「安全な社会」って何だろう〜最近の刑事立法を考える」
第八回 「冗談のつもりだった」は通じない!? 修正では消えない共謀罪の危険性
 このシリーズ第一回で採り上げた共謀罪は、衆議院の解散に伴って二度にわたって廃案になったにもかかわらず、この秋の特別国会に三たび上程されました。時間切れで継続審議となったものの、次の通常国会がヤマになると思われます。
 ようやくその危険性が知られるようになってきたことに伴い、与党議員からも修正すべきという意見が聞かれるようになりました。果たして、修正すれば共謀罪の危険性は消えるのでしょうか。
 共謀罪とは、まだ具体的な犯罪を実行する前に、「共謀」をしただけで処罰するというものです。詳しく言えば、「団体の活動として」「当該行為を実行するための組織」により行われる犯罪(長期四年以上の刑を定めるもの)の遂行を共謀した者に対して、二年以下の懲役・禁錮を科すとされています(長期一〇年を超える刑を定める犯罪の遂行を共謀した場合には、五年以下の懲役・禁錮)。
 たとえば、町内会の役員が、マンション建設反対のために工事車両が町内に入れないようにしようと話し合ったら、組織的な威力業務妨害罪の共謀罪にあたる可能性があります。社長と経理担当者が、帳簿操作をして消費税を免れようと相談したら、消費税法違反の共謀罪にあたる可能性があります。市民団体で、特定の候補者を落選させるためにあることないこと宣伝してやろうと意気投合したら、公職選挙法違反の共謀罪にあたる可能性があります。
 そして、相談をした一人が警察に「共謀しました」と自首すれば、その人は処罰を免れ、残りの人はその人の証言をもとに処罰されることになります。ということは、誰かを陥れるために悪用される危険すらあるのです。
 この共謀罪では、犯罪の結果どころか具体的な犯罪行為も準備行為さえも存在しない段階で犯罪が成立することになり、最終的に実行しなかったとしても犯罪が成立することになります。また、具体的な行為がないので、どの段階で、どういう犯罪の共謀罪が成立することになるのか、極めてあいまいです。しかも、対象となる犯罪類型は六〇〇以上にも及ぶとされており、様々な犯罪に一律に共謀罪の網がかけられることになります。さらに、共謀を立証するためには、会話そのものや電話・メールの記録等が有力な証拠として必要になるため、合法的な盗聴の範囲を広げようとする圧力が強まるでしょう。
 これに対して、政府は、「団体の活動として」「当該行為を実行するための組織」により行われる犯罪という限定を付けているから、暴力団等が対象であって一般市民には関係ないと言っています。しかし、この「団体」の定義は、組織犯罪対策法で「共同の目的を有する多数人の継続的結合体であって、その目的又は意思を実現する行為の全部又は一部が組織により反復して行われるものをいう」とされており、「組織的犯罪集団」というような限定はついていません。条文からすれば、労働組合も市民団体も普通の会社も該当しうるものになっています。
 自衛隊官舎へのポスティングが建造物侵入罪だとか、勤務時間外のビラまきが国家公務員法違反だとかというような、犯罪といえるのかどうかも疑わしいようなことでの逮捕の乱発を見ると、捜査機関にカードを与えてしまえば、いざとなればいくらでも使うだろうと考えざるを得ません。国会答弁で濫用される心配はないといくら言われても、それを鵜呑みにすることはできません。できてしまった法律は一人歩きしていくものなのです。
 この共謀罪を作らなければならないような状況は、国内的にはないと、政府の側も認めています。国連越境組織犯罪防止条約(以下、「条約」という)を批准するための国内法整備として必要であり、条約との関係上、こういう内容でなければならないのだという説明なのです。
 条約との関係で論点となっているのは、@単なる「団体」要件では条約に沿っていないのではないか、Aいわゆる顕示行為(オーバートアクト)を要件とすべきか、B国際的(越境的)な犯罪の場合に限定できるか、C対象となる犯罪の種類を限定できるか、という点です。
 @は、政府の説明では、法案は、条約の定める「組織的犯罪集団の関与」を要件としたものであるとされているのですが、前述の通り、条文からそのように読みとるのは無理があります。もともとの要件が大まかで不明確であればあるほど、濫用の幅は広がります。ただし、「組織的犯罪集団の関与」という要件を加えたとしても、濫用の危険がなくなるわけではありません。現法案でも組織的犯罪集団を対象としていると強弁している国会答弁の中でさえ、普通の会社は対象にならないとしつつも、通常の建築関係の会社が変質してリフォーム詐欺を組織的に会社ぐるみで行うようになった場合には対象になりうるとしています。しかし、いつの時点で変質したと見るのか、組織的犯罪集団とそうでない団体との違いは何か、そのメルクマールは明確にはされていないのです。
 Aの顕示行為というのは、共謀を推進する何らかの行為とされており、共謀だけでは犯罪の成立範囲があいまいであるという批判に対して外国の共謀罪で採り入れられているものです。犯罪を逆時系列で見ると、結果←実行行為←着手←予備行為←共謀となりますから、共謀を推進する何らかの行為であって、予備行為(包丁を買う、毒薬を入手するなど)以前のものが顕示行為ということになります。条約上は、この顕示行為を要件とすることもできることになっており、単なる「共謀」のみの場合よりはあいまいさはマシになります。ただし、顕示行為を採り入れている外国の例によれば、共謀の後さらなる打ち合わせのために電話を掛けるという程度のもので良いとされているので、何もないよりはもちろんマシですが、具体的な実行行為からはほど遠い段階で処罰されるということには変わりありません。
 Bについては、越境性を要件とできるかどうかという点で、条約の解釈が分かれています。確かに、条約の中には、共謀罪については「越境性に関係なく定める」という条項もあるのですが、もともと条約の適用範囲は、「性質上越境的かつ組織的な犯罪集団が関与するもの」とされていることからすれば、当然に要件とされていいはずです。この点は、国内犯罪も処罰できるようにしなければ国際捜査共助(被疑者引き渡しなど)ができないということもあって政府はこだわっているのですが、それこそ国内的な立法の必要性がないことを逆に暴露しているようなものです。
 Cは、対象犯罪が六〇〇以上とあまりにも多すぎるという批判から来るものです。条約上、「長期四年以上の自由刑となる犯罪」と決まっているから難しいというのが政府説明ですが、国によってはその点を留保して条約を批准したところもあるようです。また、そもそも条約は「国内法の基本原則に従い」必要な措置を取るとしており、日本政府自身が条約の審議過程においては「すべての重大犯罪の共謀と準備の行為を犯罪化することは我々の法原則と両立しない」と述べていたのですから、むしろ基本原則の方に合わせればいいはずなのです。
 共謀罪の危険性が広まるにつれ、与党議員の中からも、修正すべきであるという声が出てきています。まだ具体的な案は出されていませんが、考えられるのは、前述の@〜Cを修正することです。
 これらの点が修正されれば現法案よりはずいぶんマシにはなり、濫用のおそれは減少すると思われます。しかし、具体的な犯罪の結果も、実行行為も、予備行為さえもない段階で処罰されるという点は変わりません。たとえ、「共謀」しただけで、具体的な行為に移る前に思いとどまったとしても、共謀罪は成立するのです。そして、それこそが、具体的な結果と結びついた「行為」ではなく、実質的には悪いことをしようとする「考え」そのものを取り締まるという共謀罪の本質なのです。その本質は、何も変わらないのです。
 実際に行動を起こす前の段階では、冗談のつもりだったのか、本気だったのか、よくわかりません。そして、仮に本気だったとしても、最後の最後で人は思いとどまることもあるのです。未来は誰にもわからない、でも、わからないからこそ、未来を信じることもできるのです。「共謀」するやつは悪いことをするに決まっているという共謀罪の背後にある不信と決めつけは、未来を押しつぶすものです。
 共謀罪の危険性を広く知らせて、反対の力を大きくしていかなければならないと思います。
大杉光子(おおすぎ みつこ)
一九六九年生。二〇〇〇年四月、京都弁護士会登録。在日外国人「障害者」年金訴訟、在日韓国・朝鮮人高齢者年金訴訟弁護団員。京都弁護士会人権擁護委員会、刑事委員会、子どもの権利委員会、「心神喪失者等医療観察法」対策プロジェクトチームなどで活動。