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連載「弁護士O(オー)の何かと忙しい日々」
(2)いつ入れられるかわからない刑事施設を、もう少しマシにしよう!
 今回は、もう全くの無償ボランティア活動である「弁護士会人権擁護委員会・人権救済申立調査」の話、特に刑事施設からの申告を中心にしてみたい。
* 弁護士会の委員会活動とは *
 弁護士は、全員がまず日本弁護士連合会という強制加入機関に登録する。それに加えて、どこかの単位会に登録して初めて弁護士業務ができる。ほとんど都道府県に一つずつ単位会があり、私は、大阪弁護士会に登録している。
 大阪弁護士会の中には「会派」という任意団体があり、弁護士は会派(または無所属)ごとに一定数ずつ「委員会」に割り振られて弁護士会の仕事をすることになっている。「委員会」は、綱紀とか懲戒とかの内部的なものもあれば、裁判所や検察庁との交渉を担うもの、司法修習生の弁護修習を担当するものもある。消費者保護とか、刑事弁護とか、刑事法制とか、子どもの権利とか、公害環境とか、いろいろとある。その中に、「人権擁護委員会」がある。
* 弁護士会の人権擁護委員会 *
 人権擁護委員会はもともと消費者保護も刑事弁護も子どもの権利も包含していて、次々に所帯の大きくなったところが独立していった、のだそうである。そういう意味では「新しい人権のゆりかご」という位置づけもある。ホームレス問題部会は昨年新設され、他に報道と人権、医療と人権、福祉と人権、国際人権、両性の平等といった部会がある。私がホームレス問題部会と同時にもう一つ所属しているのが「刑事手続と人権」部会である。具体的には警察署・拘置所・刑務所での人権侵害の監視が仕事である。

* 人権救済申立調査という仕事 *
 人権擁護委員会に所属すると「人権救済申立調査」の仕事が回ってくる。紛らわしいが、法務省にも人権擁護局があり、地域に「人権擁護委員」がいる。これと、弁護士会の人権擁護委員会は別である。
 法務省の人権擁護委員は行政機関の末端であり、弁護士会の人権擁護委員会は民間である。ここが決定的に違いを持ってくる。というのは、結局、人権侵害をしているのが行政機関である場合、行政機関による調査は所詮生ぬるい。弁護士会が調査をして、マスコミの協力も得て「警告書」を発してこそ、人権侵害の実態を大きくアピールすることができる。
 しかし、よいことばかりではない。民間から任意調査として調べられるだけなので、行政機関が頑として資料を出さなければ調査はお手上げである。
 私は「刑事手続と人権」の部会にいるから刑務所・拘置所の事案が回ってくる。これまで、「警察官から取調べで暴行を受けた」「刑務所で大した理由もなく懲罰を受けた」といった申告が弁護士会に送られてきても、こうした刑事機関はほとんど資料提供をしてこなかった。人権救済の申告書を送ってくること自体、中にいる収容者からすれば決死の覚悟が要り、刑務所にいれば「反抗的である」と見られて仮釈放など出なくなると聞く。そもそも、申告書を刑務官がみな先に検閲で見るのである。取下げ圧力が強く掛かるのも当然で、それでも申告をしてくる収容者はかなり根性があると言わなければならない。
 警察官の暴行事案で、ケガをしたことが外部病院の診療録で明らかになるときでさえ、弁護士会が「警告書」を送っても警察署は「受け取れない」と返送してきていたという。全く、どうしようもない人権侵害の治外法権がそこにはあった。

* 刑務所事情が少しは変わってきた *
 そこに、社会を大きく騒がせる事件が発生した。二〇〇二年の「名古屋刑務所受刑者暴行事件」である。概略は次のとおり(「知恵蔵2005」を参考)。
 同年一一月、検察の捜査により、刑務官らが受刑者に対して三件の集団暴行事件を起こしていたことが発覚した。〇一年一二月、保護房収容中の受刑者が消防用ホースで放水を受け、翌日に細菌性ショックで死亡したが、刑務所側は法務省に「自傷による死亡」と虚偽の報告をした。〇二年五月、やはり保護房収容中の受刑者が皮手錠で腹部などを強く締め上げられ、内臓損傷で死亡。同年九月にも、同じく保護房収容中の受刑者が皮手錠で腹部を締め上げられて大けがをした。以上三件である。
 この件は国会でも問題になり、刑事施設の閉鎖性と人権侵害の番外地であることが大々的に明らかにされたため、皮手錠の使用はさすがに廃止、また、「行刑改革会議」という外部委員の機関ができて、刑務所運営に関する提言がまとめられた。
 そして、提言をある程度踏まえる形で、昨年監獄法が改正され、新たに「刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律」が制定された。施行はおそらく本年四月一日だといわれている。
 監獄法という時代錯誤な名前の法律は、制定も一九〇八年と大昔であるために、そもそも全く日本国憲法に追いついていない内容であった。ようやくにして法整備がなされたのである。
* 刑務所の今までとこれから *
 刑務所の最大の問題は、その閉鎖性にあった。
 面会できるのは親族のみ。友人もダメ。最初は月一回だけで、中での「行儀」がよいとだんだん「ごほうび」として面会回数が増える。必ず刑務官の立会が付くのであまり自由に話せない。手紙も最初は月一回、やはり親族に対してだけしか出せない。(受信も親族からだけだが、回数の制限はない。)
 弁護士会への人権救済申立など、特別に必要があるときの手紙は、「特別発信許可」がないと出せない。
 中では「遵守事項」という決まり事があって、「自由時間以外は一切他の受刑者と言葉を交わしてはいけない」「刑務作業中によそ見をしてはいけない」「食事を他の受刑者に分けてはいけない」「入浴日(週二回、夏期は三回)以外に洗面所で洗髪をしてはいけない」「指定時間以外にタオルで身体を拭いてはいけない」などなど、細々と決められている。これに違反すると、取調べを受けて懲罰を科せられる。しかし、どのくらいの違反で「取調べ対象」となるのか、それは担当看守の気持ち一つである。
 名古屋刑務所のように、懲罰の手続を踏まずに、保護房という外部に声の漏れない隔離された部屋に入れて、拘禁具などを用いて手足の自由を奪い、「犬食い」をさせたり尻割れパンツで用を足させたりという屈辱的な処遇を行う手段もあった。
 不満があって何とかしてほしいとき、内部の異議申立てとして刑務所長に対する「所長面接」があり、法務大臣に対する「情願」(何という用語だろう!)があったが、あまり大した答が得られないように聞いている。それから、法務省人権擁護局への人権調査の申立。これも刑務所と同じ法務省の役人が調べに来るので、大した効果がないらしい。
 それで、どうしても何とかしてほしいと必死に外部機関に調査を求めてくるのが、弁護士会への人権救済申立であったのである。現に、名古屋刑務所の事件が発覚してからこのかた、刑務所・拘置所からの人権救済申立件数は倍増した。弁護士会への申立件数全体の半数以上を占めている。おおまかにいうと、大阪で一年に約百件の申立が来て、うち五〇件強が大阪刑務所・大阪拘置所からという状況である。

 さて、こうした実態が、新法施行でどう変わるのか。要点だけを列記しておくことにする。
@ 外部との交通手段の拡大。
最低でも月二回の面会と月四回の手紙の発信が保障される。面会は親族だけでなく、弁護士や友人にも広げた。弁護士との面会は刑務官の立会がなくなる。
A 外部機関による視察。
各施設に、民間人で作る「刑事施設視察委員会」が設けられることになった。施設から委員会へ情報提供をし、委員会は視察をしたり収容者と面接をしたりして、意見を述べる。
B 不服申立制度の整備等。
「苦情申立」「審査申請・再審査請求」「事実の申告」の三つの手段を設ける。法務大臣に申立てられた不服で、法務省が正当な理由がないと判断したものについて、人権上の問題がないかどうかなどを五人の民間委員が「不服審査に関する調査検討会」で審査する。
C 矯正教育の充実。
これまで「作業中心」だった受刑者の処遇を改め、再犯防止のための性犯罪者や薬物犯罪者らを対象にした矯正教育の実施を義務化。
D その他、医療について必要に応じ外部診療を認めたり、医師を指名して自弁で診療を受けることを認める。懲罰手続の明文化。懲罰で制限される権利自由の明確化。懲罰のうち運動の停止・減食・重屏禁(暗い部屋に閉じこめる)を人道的見地から廃止。

* 刑事施設をもっとマシな所に! *
 刑務所はけっこう変わる、という感じはする。ハード面が変わる。拘置所で刑事裁判のために拘束されている「無罪の推定のはたらく」人も、法改正の作業中で、早晩取扱いは今よりマシになるだろう。
 しかし、ソフトは・・施設職員の意識はなかなかすぐに追いつけないかも知れない。職員にもかわいそうなところはあって、収容されている中には決して一筋縄ではいかない人物も多いわけで、それを人員不足に悩みながら毎日押さえ付けるのに手一杯なのである。収容定員を一・五倍近く超過しているのが実状で、六人部屋に八人収容したり、個室に二人入れたりという過剰収容の実態。戦後直後ならともかく、今どきの住居基準から見ればどうしようもなくストレスが溜まる空間である。そんな中で各収容者を平等に扱うというのも神経を使うし、無理なこともある。これからは、特に職員に人間味が求められる。それが今後の問題になるのだろう。
 また、さらに弁護士会が取り組むべき問題がある。せっかく弁護士との面会に立会が付かないのだから、受刑者が人権調査という手段だけでなく、もっと強力に国家賠償請求訴訟を起こしたいといった法律相談をしたいときに、相談弁護士を派遣するシステムも作っておかないといけないだろうということだ。
 悩ましいのは、そういうことに積極的に関わる弁護士は数えるほどしか手を挙げてくれないことだ。
 最後に冒頭の副題に戻ろう。
 近年の監視社会、プライバシー侵害を理由にする表現の自由制約は凄まじい。ビラ入れをすると住居侵入で逮捕され裁判になったりする。また、弁護士が刑事弁護をして、一歩間違うと証拠湮滅とか被害者への脅迫とかで逮捕される。男性だとたまたま電車の中で痴漢に間違われて突き出されることもある。
「認めないと出してくれない」という恐ろしい取調べの脅迫を受けても、無罪を断固訴えようと覚悟すると、長期の拘置所生活を送ることになったりする。裁判で無罪が認められなければ「罪を認めない態度に反省がない」として実刑にされたりする。
 そういう意味で、刑事施設をマシな所に改善するのは「他人事」ではない。明日は我が身と思ってみなさんに注目していただきたい。
大橋さゆり(おおはし さゆり)
一九九九年四月弁護士登録。二〇〇二年九月より女性二人の「大阪ふたば法律事務所」開設。「小泉靖国参拝訴訟」では大阪と松山の訴訟代理人。ほか大阪弁護士会人権擁護委員会で野宿者や刑務所処遇問題に関わる。女性・労働・外国人問題にもとりくむ。