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北東アジア非核兵器地帯の設置に向けて
 北朝鮮の核問題の解決に向けて国際社会が動いている時期において、グローバルな観点から、また中長期的な観点から、北東アジアの安全保障を考えること、また特に「核兵器のない世界」という側面から検討することはきわめて意義深いことであると思われる。
 本稿では、まず「非核兵器地帯」とはどういうものであって、どのような効果があるものかという点を検討する。今日の世界にはいくつかの非核兵器地帯がすでに存在しているので、それらの非核兵器地帯がどのような背景の下でどのような目的のためにつくられたのかについて、冷戦期と冷戦後に分けて分析していく。さらに非核兵器地帯の構想や提案がなされながらもその設置にこれまで失敗しているケースにつき、何が失敗の原因であるのかを探ってみる。その後に、本稿の主題である北東アジアでの非核兵器地帯設置に向けての動き、あるいはその条件などを全般的に検討する。

一 非核兵器地帯とは何か
 「非核兵器地帯」とは、ある地域の諸国が条約を作成し、核兵器がまったく存在しない地域として設置するものである。これに似たものとして、「核不拡散」というのがあるが、これは米国、ロシア、英国、フランス、中国以外の諸国に対して核兵器の保有と製造を禁止している。その違いは、自国の領域内に外国の核兵器の配備を認めることができるかどうかにある。
 たとえば、復帰前の沖縄には米国の核が配備されていたが、日本が保有・製造しない限り「核不拡散条約」の下ではそれは許されるが、「非核兵器地帯条約」の下ではそれも禁止されることになる。その意味で、「核不拡散」は、保有、製造の二つを禁止しており、「非核兵器地帯」は、保有、製造、配備の三つを禁止していることになる。
 日本の「非核三原則」は持たず、作らず、持ち込ませずであり、それぞれ保有、製造、配備を禁止するものであって、これは条約ではないが、内容的には非核兵器地帯によく似たものとなっている。
 非核兵器地帯のさらに大きな特徴は、地域の諸国が条約により非核兵器地帯を設置することにより、核兵器を保有する諸国は、その地帯を構成する諸国に対して核兵器を使用しないという約束を与えていることである。核兵器の使用を一般的に禁止する国際法は存在しないので、個々の非核兵器地帯条約との関連で、核兵器を使用しないとの約束が法的義務として与えられていることは大きな意義がある。
 このように、非核兵器地帯は核兵器を持たない諸国のイニシアティブによって、核兵器のもつ軍事的および政治的な力を大きく削減させることができるという意味において、核兵器のない世界へ向けての一つの有力な手段であると考えられる。核軍縮は、基本的には核兵器を保有している諸国が動くことにより実現されていくものであるが、世界中のさまざまな地域に非核兵器地帯を設置していくことは、核兵器を保有する国々の行動を制限し、核兵器の有用性を減少させることになり、間接的に核軍縮を推進する大きな力となる。
二 冷戦期に設置された非核兵器地帯
 一九六七年に署名されたトラテロルコ条約は、ラテンアメリカに非核兵器地帯を設置するものである。その契機となったのは、一九六二年のキューバ危機であり、ソ連がキューバに核兵器を搭載できる中距離ミサイルを配備しようとしたことで、米ソの間で核戦争が起こりそうになったことである。ソ連がそれらを撤去したことで危機は回避されたが、ラテンアメリカ諸国は、地域に核兵器が配備されると核戦争に巻き込まれる恐れがあることを深く認識し、配備も禁止する非核兵器地帯を設置することを決意したのである。
 ブラジルとアルゼンチンはともに核兵器開発の意図を保有していた時期もあるが、一九九〇年代に入ってこの条約に加入しており、今では、ラテンアメリカのすべての国がこの条約に入っている。また五つの核兵器国はすべて、核兵器を使用しないという議定書に批准している。
 第二の非核兵器地帯は、一九八五年に成立したラロトンガ条約(南太平洋非核地帯条約)で、南太平洋に設置するものである。地帯を設置しようという最大の動機は、フランスがこの地域で一九六六年以来大気圏内核実験を実施しているのを止めさせることであった。第二の要因は、日本が、後に撤回したが、この時期に太平洋に低レベル放射性廃棄物の投棄を計画していたことである。ここでは、核実験の停止とともに、環境保護という側面が強調され、核兵器のみならず、平和的であっても核廃棄物なども禁止するという意味で、「非核兵器地帯」ではなく「非核地帯」と名づけられた。フランスは一九九六年の実験を最後とし、その後核実験場自体を閉鎖した。
三 冷戦後に設置された非核兵器地帯
 フランスの最初の核実験は一九六〇年にアフリカのサハラ砂漠で実施され、その頃からアフリカ非核兵器地帯が主張されていた。その後フランス核実験が南太平洋に移ったこともあり、冷戦期には地帯設置に向けての進展はなく、逆に南アフリカが核兵器の開発を進めていた。しかし冷戦が終結し、ソ連がアンゴラから撤退し、近隣諸国からの脅威が大きく削減したことで、南アフリカは保有する六個の核兵器の廃棄を決定した。それにより交渉が進展し、一九九六年にペリンダバ条約(アフリカ非核兵器地帯条約)が署名された。しかしこの条約はまだ発効していない。
 東南アジアでも、冷戦の終結により米国およびソ連の軍事的な撤退が実施され、またカンボジアの内戦が終結することにより、地域の自主性と安定性が強化されることとなった。さらに中国とフランスが核実験を継続していることへの抗議として、また中国の軍事大国化や核戦力増強への懸念の表明として、一九九三年から交渉が始まり一九九五年にバンコク条約(東南アジア非核兵器地帯条約)が署名された。東南アジア諸国連合(ASEAN)が一九七一年に発表した東南アジア平和自由中立地帯構想の中にも、非核兵器地帯の設置という考えがすでに含まれていた。
 中央アジアでも、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタンの間で、一九九七年から非核兵器地帯設置に向けての動きが見られる。その背景には、ソ連が崩壊しカザフスタンに配備されていた核兵器がすべて撤去され、セミパラチンスクの核実験場も閉鎖されたことがあり、核実験や核物質による環境汚染への大きな関心があり、またロシアと中国に挟まれた地域としての地政学的な考慮がある。二〇〇二年九月には、五カ国は条約に署名することに合意したが、核兵器国との調整が行われている。
 モンゴルもロシアと中国にはさまれた位置にあり、冷戦後は東側から非同盟中立に移行し、一九九一年には、自ら非核であるとして、一国非核兵器地帯を宣言した。一九九八年に国連総会は、モンゴルの非核兵器地位を承認し、各国に協力することを要請した。一国であり、条約によるものではないので、非核兵器地帯ではなく非核兵器地位という名前が採用された。
四 非核兵器地帯の設置に失敗した例
 中東に非核兵器地帯を設置しようという構想は、一九七四年から国連を中心に議論されており、毎年国連総会決議が採択されている。イスラエルは核兵器の保有を正式には認めていないが、二〇〇程度の核兵器を保有していると一般に考えられている。中東のアラブ諸国はすべて核不拡散条約に入っているが、イラクやイランにつき核開発疑惑が発生していた。中東アラブ諸国のいつくかは生物・化学兵器を保有しており、核兵器、生物兵器、化学兵器のすべてを禁止する中東非大量破壊兵器地帯という考えも提案されている。しかし、中東の和平プロセスの進展の中でのみ、非核兵器地帯も可能となると考えられる。
 南アジアにおいても非核兵器地帯の設置構想が出され、一九七四年から国連で議論されている。パキスタンはインドとの二国間関係を重視するのに対し、インドは中国を含めた地域関係を重視するという対立もあり、実際にはまったく進展していない。一九九八年五月には、両国は核実験を実施し、核兵器の実戦配備へと進んでおり、非核兵器地帯設置の可能性は大きく後退している。
五 北東アジア非核兵器地帯の設置に向けて
 北東アジアに非核兵器地帯を設置する構想としてはいくつか存在するが、ここでは日本、北朝鮮、韓国の三国の合意による基本的な構想を検討する。日本に関しては非核三原則がその出発点となりうるし、朝鮮半島については一九九一年の朝鮮半島非核化共同宣言があり、現状ではこの宣言も遵守されているとは言えないが、議論の基礎として重要である。

1 日本の非核三原則と核武装論
 日本の非核三原則は、沖縄の核抜き返還に伴う当時の佐藤首相の発言や国会決議を発端とし、その後もしばしば再確認され、今では「国是」とされている。その意味で国の基本的な原則として重視されていることは間違いないとしても、これを法的拘束力あるものにすることには、歴代の政府はきわめて消極的である。それは第三原則の持ち込ませずに関して、領土への配備が禁止されることには異論がないが、核兵器搭載艦船の寄港あるいは領海通航に関して微妙な問題が存在するからである。
 日本政府は寄港も領海通航も禁止されていると解釈しているが、米国の解釈がそうであるかどうかは不明であること、さらに米国の艦船が核兵器を搭載して日本に寄港していることがきわめて疑わしいにもかかわらず、米国の「核兵器の搭載は肯定も否定もせず」という政策があることもあり、その事実をあいまいなままにしていることが問題である。
 他方、いっそう重要なことは、最近の論調において、特に北朝鮮の核開発に対応あるいは対抗するものとして、日本も核武装すべきだとの主張が出されていることである。また政府内部においても、福田官房長官や安倍官房副長官などが、非核三原則の見直しの可能性に言及しており、核保有の方向に進んでいることである。
 しかしながら、非核三原則は国是として長期にわたり維持されてきており、国民の大多数に受け入れられているものであるので、この原則を一層強化するためにも、この原則を基礎として、条約により非核兵器地帯を設置する方向を積極的に追求すべきである。

2 朝鮮半島非核化共同宣言
 冷戦の終結を機に、一九九一年に米国は韓国に配備していた核兵器を本国に撤去した。その後同年一二月三一日に「朝鮮半島非核化共同宣言」が署名され、翌年二月一九日に発効した。南と北は、核兵器の試験、製造、生産、接受、保有、貯蔵、配備、使用を行わないこと、核エネルギーを平和目的だけに利用すること、さらに核再処理とウラン濃縮施設を保有しないことを約束した。
 宣言により設置された南北核管理共同委員会が、査察の手続きと方法について合意することになっていたが、合意に達することができず、実効性を確保する手段がないまま、一九九三年に北朝鮮の核疑惑が発生した。この核疑惑は一九九四年一〇月の米朝枠組み合意によって解決され、北朝鮮の核凍結と北朝鮮への軽水炉の提供が合意された。

3 北朝鮮の核開発阻止
 米国のクリントン政権は北朝鮮への関与政策を維持していたが、ブッシュ政権は北朝鮮が核問題、ミサイル問題、通常軍備で譲歩しない限り交渉に応じないという政策を取った。そのため、北朝鮮は瀬戸際政策に基きさまざまな挑発を行い、米国は一切対応しなかったため、北朝鮮の核兵器開発は時間の経過と共に進展し、状況は一層悪化していった。
 二〇〇二年一〇月に北朝鮮がウラン濃縮の計画を認めたことで、米国は重油の供給を停止し、それに対抗して北朝鮮は核凍結を解除し、NPTからの脱退を通告し、プルトニウムの再処理を再開し、核兵器の製造を開始している。米朝二国間協議に固執する北朝鮮と、多国間協議に固執する米国の対立が続き、双方の譲歩がないため、事態の悪化が進展している。
 ここで必要なのは、できるだけ早期に北朝鮮の核開発を阻止し、北朝鮮の非核を確保することである。米国はそのかたくなな態度を修正し、北朝鮮の体制保持を認める必要があるだろうし、北朝鮮も瀬戸際外交を中止し、核開発を停止すべきであろう。中国が積極的な仲介を行っており、六カ国による協議とその中での二国間協議が行われるが、両国は平和的に事態を解決することが不可欠である。

4 北東アジア非核兵器地帯の設置
 北東アジア非核兵器地帯を設置するためには、第一に北朝鮮の核兵器開発を早期に阻止し、北朝鮮の非核の地位を確保することが不可欠である。北朝鮮が核兵器の実戦配備まで進んだ場合には、それを元の非核の状態に戻すのは、不可能ではないとしてもきわめて困難な作業になる。
 そのためには、できるだけ早期に北朝鮮との交渉を、二国間であれ多国間であれ、開始し解決を図ることである。この交渉の動きについて最も大きな力をもっているのは米国であるから、米国自身が問題解決に向けてもっと積極的にかつ早期に動くべきである。
 北朝鮮の核開発が阻止できたならば、第二に、日本、韓国、北朝鮮の三国による条約作成の交渉を始めるべきである。日本は米国の核兵器搭載艦船の問題があるので、積極的に行動することに躊躇するかもしれないが、他の地域における非核兵器地帯のように、当面の間は、寄港や領海通航は条約の規制の対象としないという選択肢も検討すべきであろう。
 第三に、三国の交渉において、この三国に対して核兵器の使用または使用の威嚇を行わないという約束を核兵器国から得ることが重要である。これまでの非核兵器地帯においても、議定書として法的拘束力ある形でこの約束が与えられている。具体的には、米国は北朝鮮を核兵器で攻撃せず、ロシアと中国は日本あるいは韓国を核兵器で攻撃しないという約束であり、この地域の安全の向上に役立つであろう。

むすび
 非核兵器地帯の設置は、これまでの歴史的経過を見ても明らかなように、核兵器を保有しない諸国のイニシアティブと努力によって、核兵器がまったく存在しない地帯を形成できるという、核軍縮に向けての有益な方法である。核軍縮は核兵器を保有する諸国が自ら実施すべきものであるが、核兵器を保有しない諸国が非核兵器地帯を設置することにより、核兵器を保有する国の核兵器に関する行動を制限できるのであり、それにより核兵器のもつ軍事的および政治的な重要性あるいは有用性を減少させることができる。したがって、世界のさまざまな地域に非核兵器地帯を設置すれば、核兵器国の核兵器に関する活動はきわめて狭い範囲に限定されることになる。  これまでの非核兵器地帯の設置により南半球はほぼ非核兵器地帯に含まれるようになっている。したがって、今後は北半球において非核兵器地帯の設置が積極的に追求されるべきであって、北東アジア非核兵器地帯もその一環として重要であるとともに、北東アジアの平和と安定にとっても有意義な措置であると考えられる。
黒澤満(くろさわ みつる)
大阪大学大学院国際公共政策研究科教授。主要著書に『軍縮国際法』(信山社)、『軍縮をどう進めるか』(大阪大学出版会)、『核軍縮と国際平和』(有斐閣)、『軍縮問題入門』(東信堂)など。