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「核の聖職者」たちの色あせた教義
― 米国「核態勢の見直し」(NPR)を読む
 ――私たちは、核の聖職者たちの色あせた説教に黙って従うことはできない。今こそ、個人の良心、理性の声、そして人間の正当な利益こそがもっとも大切なものであると、あらためて力説するべきときである。(リー・バトラー元米空軍大将)
 戦略空軍司令官をつとめたバトラー元大将は、核兵器の廃絶を訴えた最初の核戦力司令官として知られる。退役後の九六年に初めて核廃絶を訴えるスピーチを行って以来、他の元軍人有志とともに核廃絶を訴えるもっとも重要な論者として反核の戦列に加わった。
 バトラー氏が核戦力司令官の席を去ってから、何代かの後継者がつづいた。大統領も二代かわった。そして、二一世紀を迎えた今も、「核の聖職者たち」は、あいもかわらぬ「色あせた説教」をつづけている。
 本稿では、米国防総省が二○○二年に作成した秘密報告書「核態勢の見直し(ニュークリア・ポスチャー・レビュー:NPR)」の内容を紹介しながら、二一世紀の「聖職者」たちが説く「教義」を明らかにしたい。
暴露された機密文書
「核兵器は、米国、同盟国、及び友好国の防衛能力において決定的な役割を演じる。核兵器は、大量破壊兵器及び大規模な通常兵器軍事力を含む広範囲の脅威を抑止するための信頼性のある軍事的選択肢を与える。これらの核能力がもつユニークな特性は、戦略的、政治的目的を達成するために重要なあらゆる種類の敵の標的を危険状態にさらす選択肢を米国に与えることである」。
 このように核兵器の「決定的な役割」を再確認することから始まるNPRは、二〇〇二年一月に議会に提出された機密報告書である。国防総省がプレス発表したのは一月九日。しかし原文を公表したのは序文のみであった。その後、ロサンゼルスタイムスを皮切りに数社が機密部分を暴露したのに続いて、あるNGOが抜粋の原文を入手しウェッブサイト(http://www.globalsechurity.org)に掲載した。しかし国防総省は、暴露部分にはノーコメント、議論をしないと正式に発表した。
 以下、括弧つきで引用するのは、NGOのウェッブサイトからダウンロードした暴露部分である(ピースデポ訳)。
「能力ベース」の三本柱
 冷戦時代の戦略核の三本柱といえば、大陸間弾道弾(ICBM)、潜水艦発射弾道弾(SLBM)そして戦略爆撃機であった。それに対してNPRは次のような新しい三本柱を示した。

【非核及び核攻撃能力】
 最新の通常兵器と戦略核兵器を合わせたもの。戦略核兵器における冷戦時代の三本柱はそのまま存続される。精密兵器と核兵器の選択肢は、どちらが有効な攻撃をできるかという軍事的基準だけで決められる。核兵器がもつ被害の広域性や後遺障害等の特異性への考慮は無視される。言い換えれば核使用のハードルが著しく低くなった。
【防衛能力】
 ミサイル防衛と核兵器という抑止力の組み立てが強調される。
【迅速対応能力をもった防衛基盤】
 予測を超えた事態に対応するために弾頭を保存したり、核実験再開に備えること。

 この転換の基礎になった考え方もまた、冷戦時代とは大きくことなる。かつては「誰が脅威なのか」が重視された。しかしここでは「どのような脅威なのか」というアプローチがとられる。つまり将来の戦略環境を、「核大国ソ連との対決」の延長上に描く代わりに、予測のつかない時期に、非対称な手段で、大量破壊兵器(生物兵器・化学兵器・核兵器・放射能兵器・特殊通常兵器)を含む攻撃を受ける可能性がある、という前提を採用したのである。そして、核戦力と非核戦力は「攻撃能力」として有機的に統合された。(図1) 

誰に対して、どんな事態で核を使うのか
 NPRは、七つの国の固有名詞を挙げる。ロシア、中国、北朝鮮、イラク、イラン、シリア、リビアである。さらにこれらの国について想定される不測の事態を三つに分類する。

@喫緊の事態
「喫緊の事態とは、よく知られている現在の危機に関するものである。喫緊の事態の現在の例として、イラクのイスラエルや近隣諸国への攻撃、北朝鮮の韓国攻撃、あるいは台湾の地位を巡る軍事衝突が挙げられる」。
A潜在的な不測事態
「潜在的な不測事態とは、予測することが妥当であるが、喫緊の危険ではないものである。例えば、米国や同盟国に敵対的な新たな軍事同盟が出現し、その中に大量破壊兵器や運搬手段を有する国が一つあるいは複数あれば、そのような事態は、核戦力計画を含む米国の防衛計画に重大な影響を及ぼし得る潜在的な不測事態である」。
B予期せぬ不測事態
「予期せぬ不測事態とは、キューバ・ミサイル危機のように予期せずして突然出現する安全保障への挑戦である。現代の例としては、突然の政治体制の変化があって、既存の核兵器が敵対的な新指導部の手中に落ちる場合や敵対国が大量破壊兵器を持っていることを、突然表明するような場合が考えられる」。

 これら三つの不測事態が先にあげた七カ国全てに起こりうるわけではない。ロシアで考えられるのはBのみ、中国は@とA、その他の五カ国についてはいずれの形においても不測の事態が考えられるとしている。イラクと北朝鮮については次のように最大限の敵対心を隠さない。
「特に北朝鮮とイラクは慢性的な軍事的懸念材料であった。またこれらの国は、全てのテロリストを支援したりかくまったりしており、大量破壊兵器及びミサイル計画を活発に進めている」。(表1)
表1 どの国のどんな事態で核兵器を使用するのか
 ロシア中国北朝鮮イラクイランシリアリビア
@喫緊の事態
(事例)イラクのイスラエル攻撃、北朝鮮の韓国攻撃

A潜在的な不測事態
(事例)大量破壊兵器をもった敵対的な軍事同盟の出現

B予期せぬ不測事態
(事例)突然の政治体制の変化によって核兵器が敵対的な新指導部の手に落ちるような場合

核兵器の「二重帳簿」
新味ない戦略核兵器の削減
 核弾頭数は一〇年後に一七〇〇〜二二〇〇に削減される。この弾頭数は、〇一年一月一三日にブッシュ大統領とプーチン大統領により合意された「戦略攻撃力削減に関するアメリカ合衆国とロシア連邦の間の条約」(モスクワ条約)の数字と一致する。同条約は、〇二年五月二四日に署名、○三年六月一日に発効した。弾頭削減の期限は一〇年後(二〇一二年)とされた。
 モスクワ条約は、作戦配備の弾頭数の削減を定めているが、作戦配備からはずされた弾頭の多くが「迅速対応戦力」(次節参照)として再配備可能な状態で温存される。しかも、オーバーホール中の戦略原潜に搭載された弾頭は、「警戒態勢をとることができないため、作戦配備弾頭数には数えない」(NPR)。結果、弾頭数は二五〇発少なく数えられることになった。これを加えた弾頭数は九七年の「第三次戦略兵器削減交渉」(STARTV)で合意された弾頭数=二〇〇〇〜二五〇〇弾頭にぴったり一致して、なにも新しさはない。加えて、STARTVでは削減の時期は二〇〇七年とされていたのだから、モスクワ条約における合意は、それを五年遅らせることを意味している。

迅速対応戦力
「迅速対応戦力は、潜在的な不測の事態に備え作戦配備戦力を強化する能力を与えることを意図している。迅速対応戦力によって、指導部は進行中の危機の重大さに比例して作戦配備戦力の数を増加させる選択肢を保存できる。迅速対応戦力は、数日以内に利用可能である必要はないが、数週間以内、数ヶ月以内、さらには数年以内であっても、利用可能である必要がある。(略)迅速対応戦力は、信頼性に問題が出ている作戦配備兵器の交換用の予備ともなる」。
 先に述べたように、NPR及びモスクワ条約は、作戦配備の戦略核弾頭は一七〇〇から二二〇〇に削減されるとしている。現在の作戦配備弾頭数は約六一〇〇とされているので、「一〇年で三分の一に削減」と宣伝されている所以だが、実はこの中に含まれない核弾頭が次のように多数ある。
※オーバーホール中トライデント戦略原潜の弾頭=二四〇。
※迅速対応戦力として保存される弾頭=一三五〇。
※核非核両用戦闘機のための非戦略核弾頭=八〇〇。
※迅速対応戦力に属する巡航ミサイル・トマホーク用核弾頭=三二〇。
※予備弾頭(戦略・非戦略)=一六〇。
※不活性状態弾頭として保存されるもの=四九〇〇。
 これらのいわば「簿外」の弾頭を合計すると、七八〇〇個。公式発表の二〇一二年の弾頭数二二〇〇に加えれば、約一万個(九九八〇個)が二〇一二年時点で米国が保有する弾頭数になる。完全な「二重帳簿」である。同じ数え方で現在の弾頭数を推計すると一万六五六個になる。一〇年間でわずか六%しか削減されないことがわかる。米国のNGO「天然資源保護協議会(NRDC)は、「核抑制の振りをする:米国の核戦力を強化するためのブッシュ政権の秘密計画」と題する報告書を発表した。その報告をもとに現在と一〇年後(二〇一二年)の核保有数を比較したのが、表2である。
 この他にも、「戦略的予備」と呼ばれる、別々に保管されているが、再組み立てすれば兵器として使用可能になるプルトニウムピット(一次爆発用)と高濃縮ウラン集合体(二次爆発用)が五〇〇〇対あることも付け加えておきたい。

ミサイル防衛
 三本柱の一つ「防衛」とは、言うまでもなくミサイル防衛である。
「大統領は、ミサイル防衛の任務は、全五〇州、配備部隊、友好国・同盟国を弾道ミサイル攻撃から防護することである」、と述べた。国防総省は、弾道ミサイル防衛計画を再編した。同計画は、以下の方針を基にミサイル防衛を追求している。
◆ミサイル防衛は多層にすることによってもっとも効果的になる。すなわち、いかなる射程の弾道ミサイルをも、飛行のすべての段階において迎撃することが必要である。
◆米国は、少数の長距離ミサイル攻撃、及びより数の多い短・中距離ミサイル攻撃に対して効果的な防衛を追求している。
◆ミサイル防衛システムは、他の軍事システムと同様に、一〇〇%効果的とはいかないが、それでも抑止能力を高め、抑止が失敗した場合に多くの人を救うことで安全保障におおきく貢献できる」。
 そして、近い将来の見通しとして、二〇〇六年―〇八年頃から以下のような作戦能力を配備できると予測している。
※空中配備レーザー搭載航空機二〜三機。
※追加的な地上配備中間飛行段階迎撃基地。
※四隻の海上配備中間飛行段階迎撃用艦船。
※より短い距離の脅威に対する最終飛行段階迎撃システム。二〇〇一年三月に配備が開始されたPAC‐3、二〇〇八年までに利用できる可能性があるTHAAD(戦域高高度地域防衛)。
 因みに、現在進行中の日米共同研究は、三番目の「海上配備中間飛行段階迎撃」に深く関連している。
新型核兵器=地中標的、移動目標など
 現在の核兵器体系は冷戦型シナリオにそって構築されたものであり、現在の多様な安全保障環境には必ずしも合致しておらず限界がある、とNPRは指摘する。
その例として挙げられる課題は、次のとおりである。
@強化され地中深く埋められた標的(HDBT)を打ち砕く能力。
A移動式または移動中の標的をたたく能力(主として情報・通信能力)。
B化学及び生物剤を破壊する能力=エージェント破壊兵器(ADW)。
C付随的被害を軽減するための高度の正確性。
 このうちアフガン戦争などで注目された@についてのNPRでの説明は次のとおりである。
「米国の地中貫通能力は、現在B61‐11自由落下爆弾という唯一の地中貫通核兵器を有するのみで、非常に限定されている。この単一爆発で非精密な兵器では、強化された地下施設が置かれている多様な地形に奥深くまで貫通することはできない。これらの限界のため、多くの強化された地下施設への標的設定は地表目標物に対する攻撃に限定され、これらの重要標的を撃破する確率は高くはない」。
「より効果的な地中貫通兵器があれば、多くの地中埋設標的は、地表爆発兵器に必要な威力よりもはるかに低い威力の兵器を使って攻撃できるだろう。こうしたより低い威力でも、はるかに大威力の地表爆発と同じ被害を与えながらも、より少ない(一〇〜二〇分の一)降下物を発生させるだけだろう」。
核爆発実験
 ブッシュ政権はCTBT(包括的核実験禁止条約)への加入を拒否しつつ、九二年以来、核爆発実験を行っていない。NPRはこのモラトリアムを継続するとしながら、核実験再開が必要となる可能性を明記するのみならず、核実験再開に要する準備期間を相当程度短縮するよう勧告した。
「指示があれば、新たな国家の要求に対応するために新弾頭を設計、開発、生産、認証したり、必要なときに地下核実験を再開する準備態勢を維持したりすることができるような、核兵器複合体を復活させる必要があることは明白である」。
 そして、現在の核実験準備態勢の計画が孕む懸念として、現行の二〜三年という準備期間は、第一に、経験のある実験人員が次々と引退している現状では持続可能とは言えない。第二に、将来発見され得る深刻な欠陥に対処するには長すぎる可能性がある、という二点を挙げる。
 これらの懸念を払拭するために、NPRは次のように提案する。
「鍵となる要員を強化し、彼らの業務能力を高めること、次世代の実験人員への指導を開始すること、追加的な未臨界実験など追加的な実地実験や適切な忠実度をもった核実験関連の演習を実施すること、地下核実験独特の鍵となる構成部品(例えば、野外中性子発生装置)を交換すること、いくつかの実験診断能力を最新化すること、規則や安全基準に合致していることを示すのに必要な時間を短縮すること」。「実験なしの環境において、能力に関する客観的判断をすることが、ますます困難になってくるであろう。毎年、国防総省とエネルギー省は、核実験再開の必要性につき再評価し、大統領に勧告を行うであろう。核保有国は、自国の核兵器の安全性と信頼性を確保する責任を負っている」。
 核兵器保有国が負っている責任とは何であろうか。それはまず、次のような国際法的義務を誠実に遵守する責任であるはずだ。
 ―各締約国は、核軍備競争の早期の停止および核軍備の縮小に関する効果的な措置につき、並びに厳格かつ効果的な国際管理の下における全面的かつ完全な軍備縮小に関する条約について、誠実に交渉を行うことを約束する(NPT条約第六条)
 ―すべての締約国が第六条の下で誓約している核軍縮につながるよう、核兵器国は保有核兵器の完全廃棄を達成するという明確な約束を行う。(二〇〇〇年NPT再検討会議最終文書・第六条関係第一五節の六)
おわりに
 以上概観したように、NPRは冷戦時代と変わらぬ「核抑止への信仰」を説く点において古臭く、「非対象的脅威」や「大量破壊兵器の拡散」への対応のオプションとして核使用を挙げることにおいて新しい。
「個人の良心、理性の声、そして人間の正当な利益」(リー・バトラー)が、世界の将来を決するのは何時のことなのだろうか。
田巻一彦(たまき かずひこ)
NPO法人ピースデポ副代表
「脱軍備ネットワーク・キャッチピース」の運営委員。「月刊キャッチピース」編集長。一九五三年生まれ。神奈川県横浜市港北区在住。著書に「私たちの非協力宣言―周辺事態法と自治体の平和力」(明石書店)「ストップ!周辺事態法 新ガイドラインの問題点」(ピースネットニュース)など 。