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シリーズ「「安全な社会」って何だろう〜最近の刑事立法を考える」
第一回 「冗談のつもりだった」は通じない?共謀罪の危険性
 先の衆院選では「治安の回復」だとか「警察官の増員」だとかが、あちこちの「マニフェスト」とやらに掲げられていました。「安全な社会」の実現は、誰もが賛成するはずで、誰も困ることはないはずで、誰もが一致できるはずのテーマに見えます。刑事法の世界でも「凶悪犯罪の増加」「治安の悪化」などが叫ばれ、「だから『安全な社会』のために必要ですよ。」と次々と新しい立法が提案されています。
 しかし、これらの新しい刑事立法の数々は、誰のための、誰に対する、どんな「安全な社会」のためのものなのでしょうか。その「安全な社会」と引き換えにしようとしているものは何なのか、を問い直してみることが必要なのではないかと思います。
 このシリーズでは、最近のめまぐるしい刑事立法の動きを採り上げて、その問題点を洗い出してみたいと思います。
 第一回のテーマは、共謀罪です。
 二〇〇三年三月に、共謀罪を新設する組織犯罪対策法改定案が国会に提出されました。この法案は、衆議院の解散に伴い一旦は廃案となりましたが、再び提出されることが予想されています。
 この共謀罪とは、犯罪の結果が生じていないどころか、犯罪行為が実行されてもいない段階で、単に「共謀」しただけで、犯罪として処罰されるというものです。具体的には、「団体の活動として」「当該行為を実行するための組織」により行われる犯罪(長期四年以上の刑を定めるもの)の遂行を共謀した者に対して、二年以下の懲役・禁錮を科すとされています(長期一〇年を超える刑を定める犯罪の遂行を共謀した場合には、五年以下の懲役・禁錮)。
 たとえば、労働組合員が「誠実な回答を引き出すまでは役員を団交会場から出さないようにしよう。」と話し合ったら、監禁罪の共謀罪になる可能性があります。社長と経理担当者が「裏帳簿を作って税金を安くしよう。」と相談したら、法人税法違反の共謀罪になる可能性があります。市民団体のメンバーが、「原発事故に抗議するため、電力会社の本社ビルを人間の鎖で包囲しよう。」と話し合ったら、組織的な威力業務妨害罪の共謀罪になる可能性があります。社員どうしで「あそこの役所の許認可担当者はいつも難癖をつけてきて嫌なやつだから、一度ぶっ飛ばして黙らせてやりたいね。」と意気投合したら、傷害罪の共謀罪になる可能性があります。
 共謀罪は犯罪行為の実行がないので、具体的にどのようなことをどの程度話し合ったら「何」を共謀したことになるのかが不明確です。最後の例でも、傷害罪の共謀なのか、暴行罪の共謀なのか、はたまた職務強要罪の共謀なのか、よくわかりません(暴行罪なら二年以下の懲役等、職務強要罪なら三年以下の懲役・禁錮なので、共謀罪は成立しないことになります)。刑法には秩序維持機能と自由保障機能があるとされています。秩序維持機能とは、犯罪を取り締まることにより治安を維持しようとする刑法の本来の機能です。これと並ぶ重要な刑法の機能が自由保障機能、すなわち法律で禁止されている以外のことは自由にやっても良い、やったからといって国家権力に取り締まられることはない、と裏側から自由を担保する機能です。そのためには、何が犯罪とされるのかがあらかじめ法律で明確に定められていなければなりません(罪刑法定主義)。ところが、共謀罪では何が禁止されているのかはっきりせず、逆に言えば、何ならやっても大丈夫なのかがわからず、人の行動の自由が萎縮させられてしまいます。
 しかも、人は、意気投合したからといって、実際に行動に移すとは限りません。みなさんは、前述の最後の例のようなことを、冗談で仲間内で言って盛り上がったことはありませんか。でも、共謀だけでは、冗談のつもりだったのか、本気だったのか、よくわかりません。実際に犯罪行為が実行されるよりずっと以前の段階で処罰されるということは、実質的には、行為ではなく、人の「考え」を取り締まることになり、表現の自由を否定することにつながります。そして、具体的な犯罪行為を行う前にその「おそれ」で拘禁するという保安処分の役割を果たすことになります。
 また、長期四年以上の刑を定める犯罪というのは、五〇〇種類以上にも上ります。実質的には、刑法を全面改悪するに等しい大改悪なのです。
 その上、犯罪行為の実行のない段階での「共謀」を取り締まり、立証するためには、話し合いの場面を捜査機関が把握することが必要になります。ということは、電話やメールの傍受、室内盗聴など合法的な盗聴の拡大が要請されます。また、自首すれば刑を減免されることになっているので、先に自首して共犯者を犠牲にすれば、自分は助かることができます。場合によっては、共謀を持ちかけられて同意したら、「共犯者」に密告されて逮捕されるということすらありえます。
 このように、共謀罪は、本当に犯罪に結びつくかどうかわからないものも含めて人の「考え」を取り締まり、そのために社会の隅々まで監視の網の目を張り巡らせることにつながるものです。
「犯罪をしようなんて考えること自体が悪い。」「事件が起きる前に取り締まってくれた方が安心だ。」と思うかもしれません。しかし、人が、悪いことも含めて考えること自体は自由なはずです。そして、考えるだけ、話し合うだけで、実行しないことも多いでしょう。最後の最後で、人は思いとどまることもありえます。本当に実行するのかどうか、未来は誰にもわからないのです。
 冗談も言えなくなる社会、あちこちで盗聴され、監視される社会、回りの人に密告されるかもしれないと疑心暗鬼になっておびえる社会、それが「安全な社会」の別の顔だとしたら、それでも「安全な社会」に暮らしたいですか?
大杉光子(おおすぎ みつこ)
一九六九年生。二〇〇〇年四月、京都弁護士会登録。在日外国人「障害者」年金訴訟弁護団員。京都弁護士会人権擁護委員会副委員長、同「触法精神障害者」問題プロジェクトチーム副委員長など。この二年ほどは心神喪失者医療観察法案の反対運動にかかわってきた。刑事・少年事件、外国人・精神障害者の人権などの課題に取り組んでいる。