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日米地位協定の人権蹂躙を考える
―米軍人軍属による事件被害者の補償問題から―
●頻発する米兵の事件事故
 昨年から今年に入って、沖縄だけでなく全国で米兵による事件事故が頻発している。昨年の9月13日沖縄の名護市で韓国人留学生が米兵との交通事故で死亡した。この事故は死亡事故であるにもかかわらず、現場での調書が不十分で、当の米兵は長期出張で警察の聴取も出来ないという事態で、韓国に住む遺族の不信がつのっている。名桜大学生であっだ美蘭(チョ・ミラン)さんは、雨の中対抗車線に進入し米兵車両に正面衝突したということだが、米兵の所属・階級どころか正確な名前も不明、米兵もケガをして入院したとのことだが、すでに出張中で詳細不明、米兵の飲酒測定や陳述書もなく、すべてが灰色のままなのだ。遺族から駐韓米軍犯罪根絶のための運動本部に相談があり、さらに米軍人軍属による事件被害者の会に調査依頼がきて、日本から訪韓して遺族に面会するなど我々としても調査を進めている。しかも韓国籍で日米地位協定の規定にも適用されないため、補償となると、非常に困難が予想される。


沖縄での市民集会で発言する被害者の海老原さん。(2003年12月)

 今年に入って、1月5日横須賀市で、米空母キテイホーク三等兵曹による交通事故で1人が死亡、米兵含む5人が負傷した。米兵は現行犯で逮捕。岩国では1月11日に窃盗で、13日には住居侵入と窃盗で米兵を逮捕、米軍は米兵の外出規制と駐留部隊の交代を発表した。また17日には佐世保で19歳の女性にたいする強姦事件が発生、米兵が逮捕された。これだけ頻繁に事件事故が発生するのも現在のイラク情勢と無縁ではないであろう。沖縄では1995年10万人規模の県民集会の翌年、一時的に米兵の犯罪は減少したが、翌年97年からは毎年増加しているのである。
●被害者への補償がデタラメな現行法
 日米安保条約にもとづき日本に駐留する米兵の法的地位などについて定めているのが「日米地位協定」だが、いままでその実態はほとんど知られていないといったほうがいいだろう。その第18条に米兵の不法行為にたいする補償が規定されている。米兵が公務中の場合と公務外とに分けられているが、まず公務中の場合は日米両政府に補償の義務があるが、全面的に米側が悪くても米側は最高75%までの補償義務しかない。しかも第17条で公務中事件の第一次裁判権は米側にあり、韓国の女子中学生轢殺事件のように米軍の一方的な軍事裁判で加害米兵に無罪がだされるといったことがまかり通っている。
 事件事故の80%を占める公務外のケースでは、被害者から届けがあった場合にのみ、防衛施設局が被害額を査定し、米側に申請する。米側は、あくまで恩恵的措置として、しかも一切の異議申し立てを被害者当人がしない条件で、支払う。だがこの規定から米側から支払われた件数は、申請件数のわずか3%に満たないのである。そもそも防衛施設局に届けるケースが氷山の一角である。また駐留米兵とほぼ同数が在日している米兵の家族の事件事故は全く野放し状態である。名護市での物損事故では裁判で判決額をとっても、金の出所がない状況が明らかになっている。家族の不法行為にたいする法的裏づけがない。
 こうした状況に怒った遺族たちが1996年4月米軍人軍属による事件被害者の会を発足させた。


沖縄での市民集会で講演する、新垣勉・沖縄弁護士会会長。(2003年12月)

 そして沖縄で4件の裁判がたたかわれた。日本の裁判所で判決をとることによって、米側の査定額の2.5倍から6.7倍の補償額を手にしたのである。SACO(日米行動委員会)の合意による日米地位協定運用の見直しで、日本での判決額との差額を日本政府が支払うシステムが1997年からスタートしたことによる措置であったが、実際には基地に逃げ込み言葉の壁もある米兵を法廷に引っ張り出すのは極めて困難なのが現実である。被害者救済のために早急に日本政府による法的措置が必要である。われわれは、日本政府が基地を置いている責任において、公務内外・家族によるケースを問わず、まず被害者の救済をし、そしてしかるべき後に米側に求償するシステムを確立すべきと要求している。それが「損害賠償法」の立法案である。

『日本国に駐留するアメリカ合衆国軍隊の構成員等による損害賠償法』案
(目的)
第一条  この法律は、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約に基づき、日本国に駐留するアメリカ合衆国軍隊(以下、合衆国軍隊という)の構成員、軍属、若しくは被用者による公務執行中に行われたものでない不法行為又はこれらの者の家族による不法行為によって、被害を受けた場合における損害賠償制度を確立することにより、被害者の保護を図ることを目的とする。
(定義)
第二条  この法律で、合衆国軍隊の「構成員」、「軍属」、「家族」とは、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定(以下、日米地位協定という)第一条に定めるものをいう。
 この法律で、合衆国軍隊の「被用者」とは、合衆国の被用者(日本国民である被用者又は通常日本国に居住する被用者を除く)で日米地位協定第十四条各1項により日本国の法令に服するものをいう。
(損害賠償責任)
第三条  国は、合衆国軍隊の構成員、軍属、若しくは被用者による公務執行中に行われたものでない不法行為又はこれらの者の家族による不法行為により損害が生じたときは、その損害を賠償する責に任ずる。
(民法の適用)
第四条  合衆国軍隊の構成員、軍属、若しくは被用者による公務執行中に行われたものでない不法行為から生ずる損害賠償責任、又は、その家族による不法行為から生ずる損害賠償責任については、前条の規定によるほか、民法の規定による。
(※「米軍人・軍属による事件被害者の会」作成の特別立法案)
●対米追従姿勢をあらためない政府・外務省
 日米地位協定は1951日米安保条約締結時の「行政協定」を前身として、1960年に現行法となったわけだが、当時の米占領下の状況を反映して極めて差別的な内容になっている。しかも、その後40数年間以上にわたって一度も改定されていないのである。
 沖縄県からの再三の改定要求にもかかわらず、一昨年末外務省北米局長は、いままで政府・外務省として一度もアメリカに改定要求をしたことがないと国会で答弁し、その居直りとも言える態度には唖然とさせられる。
 琉球新報は今年の元旦の一面トップ記事で、外務省が隠していた日米地位協定に関する裏の機密文書の存在を暴露し、大きな反響を呼んでいる。この文書は沖縄返還後の1973年にまとめられたものだが、当時「核」付返還か「核抜き」かが大きな政治課題となっていた。これに対して外務省は「米軍施設の管理権」に関し「排他的使用権」を認め「わが国法令の適用がない」治外法権を認める解釈を織り込み、「核」に抜け道を誘導する極めて屈辱的な内容となっている。この文書に一貫して流れているのは、対米追随の姿勢であり、外務省はこの文書をマニュアルとして、被害者の苦痛や人権、補償をないがしろにしてきたといえよう、ただただ米軍のために。
 そして今、道理のないアメリカのイラク占領政策に自衛隊を派遣し、自国民の生命を犠牲にしようとしているのだ。米帝国のために。
●高まる日米地位協定改定の声
 沖縄では、米兵による事件があるたびに地位協定の改定が叫ばれてきた。公務外の事件事故の場合、米兵が基地に逃げ込むと、日本の警察が容疑者に対する身柄拘束ができないため、事件がうやむやになるケースが多いからである。1995年少女強姦事件のときに、少女は入院して心身ともに大きなダメージを受けている一方で、容疑者の3人の米兵たちは基地内でハンバーガーを食べながらプールサイドでリラックスしていることが報道された。起訴されるまでは自由の身であり、米兵たちはその現実=特権をよく知っているわけである。まさにやりたい放題を法的に保証しているわけである。前述のSACO合意で、凶悪犯罪のみ温情的措置として起訴前の身柄拘束を認めるように運用改善が一部なされたが、その後適用されたケースはまだほんの数件にすぎない。(96年佐世保強盗殺人未遂事件、2002年北谷女性暴行事件)


被害者の会、沖縄特命大使との交渉。(2003年12月)

 沖縄県では独自の改定案を、前大田県政と現稲嶺県政の二度策定し、政府に要求した。昨年は米軍基地をかかえる全国の13道都県の知事・議会にも要請行動をし、議会でも改定決議が次々にあがり、いま28道都県議会にのぼる。そのほか全国知事会や青年会議所での決議、各政党レベルでの議連の結成や改定案の検討、訪米行動など、少しずつ活発になってきた。とくに中でも沖縄弁護士会の改定案の発表は、人権・主権・環境の基本的な視点からの提案として、大きな注目が注がれている。われわれはもっと市民・住民の立場から地位協定の持っている問題点を把握していく必要があろう。そのことによって、安保体制を支える人権蹂躙の実態が、より具体的に明らかになるはずである。地位協定問題をテーマにした一大市民運動を呼びかける。そのキーワードは、繰り返すが「人権・主権・環境」である。
●韓国との連帯を求めて
 被害者の会・同支える会では昨年12月沖縄での要請行動を行った。普天間基地がある宜野湾市長に対しては、行政としての米軍人事件事故への相談窓口の設置を、沖縄県基地対策室や那覇防衛施設局長、外務省沖縄大使に対しては、事件事故が一向に減らない現実に対する見解と対策を求め、損害賠償法の立法化や地位協定改定の必要性を、被害者の人権と補償の立場から要請した。特に政府官僚たちの現実への認識不足にはいつもあきれさせられるし腹立たしいが、負けずに継続していきたいと思う。


駐韓米軍に轢殺された女子中学生2人の被害家族と、海老原さん。
(写真提供はクックスヨン氏。

 韓国においては一昨年の二人の女子中学生轢殺事件と米兵への無罪判決によって、韓米行政協定(SOFA)改定運動が一段と盛り上がっているが、一方、事件事故の現場や「基地村」に足を運び、地道に被害者の救済活動をしているグループ、駐韓米軍犯罪根絶のための運動本部が存在する。今年の3月の総会で、米兵に一人息子を殺された海老原さんが渡韓し講演する予定だ。被害者同士の交流も進むことを期待したい。
 われわれは、まず被害者一人一人の心情にたって、その無念の思いを少しでも晴らすために微力ながら努力していくとともに、被害者の前に大きく立ちふさがる理不尽な日米地位協定の実態を明らかにしていきたいと思う。その一つ一つの努力の積み重ねが、日米安保体制や軍事優先の有事体制を根底から問うものになるであろう。人権に優先するものはないのである。
服部 良一(はっとり りょういち)
米軍人軍属による事件被害者を支える会・関西 事務局長
(肩書きは本誌掲載時のものです)
  →服部良一さんのホームページ http://www.hattori-peacenet.com