HOME雑誌・書籍・店舗第4号目次 > 第4号 特集論文「日本における人身売買問題」
日本における人身売買問題
現代日本の人身売買
 人の売り買いが現在の日本で行なわれていると言っても、ピンときません。人が売り買いされている広場があるわけでもなければ、鎖につながれた人が作業をしている姿を見るわけでもありませんし、奴隷を雇っている家があるわけでもありません。しかし、私たちには見えない形で人は売り買いされ、見えない鎖につながれ、一般の人々と隔てられた塀の中で、様々な人権侵害を受けています。
 日本に働きにくる移住労働者の中で、女性の多くが働いているのが性風俗関連産業です。日本列島のあらゆる温泉地に行けば、必ず外国人女性の姿があります。この人たちの多くは、自分の暮らす村の顔見知りの人から日本に行って働かないかと誘われます。軽い気持ちで話だけ聞いてみようと大都市に連れて行かれた女性は、ブローカーの手に渡ります。ブローカーは日本への渡航手続きの全てを行ない、日本のブローカーと連絡をとって女性たちを日本に送ります。日本で女性たちを引き取るブローカーは日本各地の性風俗産業店舗や温泉街のスナック、売春宿、街娼などの業界に女性を送ります。こうして、片田舎のスナックにも外国人ホステスがやってきます。
今でも続いている従軍慰安婦
 自分の住み慣れた土地や家族を残して、海外にまで働きに行かなければならないという状況は、日本も、つい一〇〇年ほど前に経験していたことです。水が低い所に流れるように、仕事がある所に労働者が移って働き、祖国の家族を支えるということは、誰もが当たり前にしてきたことです。一〇〇年前に日本からは、「カラユキさん」という名称で中国をはじめ世界各地に渡った日本人や、現地の男性に接待をするために貧しい境遇の女性が海外に売られて行きました。その後日本が侵略戦争に突入すると、陸軍自らが関与して女性たちを内外から集め、兵士の士気を高め、性病を防ぐために従軍慰安婦を戦地に連れて行きました。時代は変わり、抑圧の形態は変わっていますが、男性が権力と財力によって力のない女性を従わせ、際限なく自分の思い通りにすることに男性が何の疑問も持たないこと、時の政権がそのような体制の継続を後押しして保障しているという点で、従軍慰安婦は今でも続いてます。
 現在、日本は不況が続いているとはいえ、貧困を抱える世界の国々から見ると、稼ぐ事が出来る憧れの地です。コロンビア人の間で有名な一人のブローカーが逮捕され、その後東京地方裁判所は二〇〇三年三月に有罪判決を下しました。名前はソニーこと萩原孝一。日本の繁栄の象徴である家電会社名をあだ名としてつけられていた萩原は、一九九六年頃からブローカーとしてコロンビアの女性を、日本全国の性風俗店、ストリップ劇場に斡旋し、その手数料として莫大な利益を得ていました。萩原は、八〇名の女性を性風俗関連産業に斡旋したことを認めています。派遣していた店の中には京都市内のストリップ劇場も含まれていました。「この事件に関わった被害者が負った負債総額は一人平均五〇〇万円であることが、コロンビア大使館の調べでわかった。被害者は、借金の返済金として、一〇日ごとにディーラーに三〇万円を支払う事を強いられ、さらに街頭に立つ『権利』としてやくざに一万円、稼ぎの割り当てとして、一日八〇〇〇円を払わされていた。」(注1)
女性たちを取り巻く環境
 日本に在留する全ての外国人に対して発給している在留資格は二七種類ありますが、性関連産業に関連した在留資格は、『興行』しかなく、この資格も活動内容に関して制約があります。(注2)日本への渡航手続きはすべてブローカーが行っているため、被害者は自分がどのような在留資格によって入国しているのかを知る機会もありません。多くの被害者は日本入国とともにパスポートを取り上げられているため、自分のパスポートを見た事もないと言う人も少なくありません。自分が行なっている活動が法律によって許されているのか、在留を許されている期間がいつまでなのかを知る由もありません。
 被害者の生活環境は、完全な監禁状態から軟禁状態まで差がありますが共通しているのは自分がイヤだと思っても今いる環境から離れる自由はないという事です。その中でいじめ、脅迫、見せしめ、仕事の強要、強制売春、暴力、罰金、麻薬の強要、パスポート取り上げ、賃金不払いまたは事後払い、などが起きます。
 日本の性風俗産業は、法律で禁止されている売春をさけるために多様な売春類似行為が行なわれています。これらの営業は都道府県の公安委員会へ届け出をするだけで誰でも始められます。店舗型ファッションヘルス、ストリップ劇場、ソープランド(個室付き浴場)、デリバリーヘルス(派遣型ファッションヘルス)、など店の中で違法行為が行なわれているのは、地域の警察も労働基準監督署も知っていますが、店の営業は法律で許可されている上、警察が問題とするような犯罪行為がない限りは踏み込む事もしません。人権侵害はとるに足らない問題であるとして見逃されています。この業界は一〇兆円産業と言われていますがこの業界を支えている顧客は普通の男性です。先輩に誘われて断れない大学生、職場の仲間と遊び半分で行くサラリーマン、得意先の接待で連れて行かれたビジネスマンなど、どこにでもいる普通の人です。
性風俗産業と法律
 性風俗産業に関係している法律は人権を守る事を主眼としていません。むしろ、経済の発展や、風紀を守る、など社会の安定が第一義的です。
 風俗営業法は、善良な風俗の保持と少年の健全な育成を目的としています。この法律は一九九八年に改正が行なわれました。改正の中に「その支払い能力に照らし不相当に高額の債務を負担させること」、「その支払い能力に照らし不相当に高額の債務を負担させた接客従業者の旅券(パスポート)、運転免許証等を保管しまたは第三者に保管させること」を禁止しました。(注3)この改正は明らかに、外国人に対する不当に高額な借金、旅券の取り上げが一般化したために含められたと考えられますが、禁止しただけで違反に対する罰則規定を設けていないため、状況は変わっていません。
 売春防止法は、「売春が人としての尊厳を害し、性道徳に反し、社会の善良の風俗を乱すものであるからこれを禁止する」ということを目的としています。(注4)売春をすることも、その相手方となる事も(買うこと)も禁止していますが売春する事そのものに関する罰則はありません。(注5)一方、売春を助長する行為に関しては罰則があります。その内の一つは公然勧誘罪(注6)です。街娼の女性が客を売春に誘っただけで逮捕されます。買った人間は何のおとがめもないのに誘った方は、その行為が公衆に悪い影響を与えるからという理由です。公然勧誘罪で逮捕された人は補導処分となり更正を受けますが、その対象者は満二〇才以上の女性だけです。(注7)女性を買う男性に対する処罰、教育の機会は全くありません。売春防止法で規定されている人権侵害の最大のものは管理売春(注8)ですが、罰則は一〇年以下の懲役及び三〇万円以下の罰金です。ひどい人権侵害を繰り返し行なって来た人間に対する処分としては軽すぎる法定刑は被害者の人権を軽く考えていることの現れです。
 出入国管理及び難民認定法は外国人の入国、日本での在留、そして出国を管理する法律であり他の全ての法律と連動しまた何よりも優先して適用されます。本人が入国時に取得した在留資格の期間を超えて在留していたり、在留資格で規定されている活動以外の活動を行なっている事が判明した場合は、退去強制の対象となります。その際に当該外国人が何らかの被害者であるか、心身の傷を負っているか、不利益を回復できていないか、等は考慮される事は全くありません。入管による拘留中に取り調べを受け、日本を強制的に追い出される事になります。
 日本には、人身売買を禁止する法律はありません。性風俗関連産業で働かされる女性たちは国境を越えたブローカー組織によって、募集され、移送され、受け取られ、そして搾取される事になります。家族を助けるために海外に働きに行くという女性たちの弱みにつけ込んでブローカーは巧みに管理と搾取を積み重ねて行きます。女性たちは気付いた時には逃げられる状況にはありません。搾取を目的とした人の売り買いは犯罪であり、人身売買の被害にあった人に対しては保護と救済を行なう事を受け入れ国の責任として行なうことが必要です。そして、そのような人権侵害を最低限に押さえるためにも予防策を打ち出し、実施する事が必要です。
人を中心とした法体系の必要性
 人身売買が起こり続けることを支えているのは、私たち一人一人の意識です。男性が『遊ぶ』のは仕方がないのではないか、性関連産業で働こうとしてやってくる外国人女性は覚悟してやって来たのであるから問題が起こっても自業自得、人よりも経済が大切、一人の人間よりも社会全体の風紀と秩序が大切、悪い人は更正した方が良い、など一人一人が自分の中に存在する潜在的な意識ときちんと向き合って、一つ一つに答えを出して行くことをしない限り、社会全体の意識も変わりません。さらに、社会の意識の反映である法律も変わりません。法律と意識は卵と鶏のような関係です。法律が変わると意識も変わります。意識と法律。両面から変革に向けて取り組んで行きたいと思います。
〈文末脚注〉
(注1)武者小路公秀 付属文書二 日本における人身売買に関する追加情報 「マイノリティ女性の視点を政策に!社会に!」反差別国際運動日本委員会編P83
(注2)興行は、観客を対象として興行活動を行なうことのために発給されている資格であり、芸能人、スポーツ選手、映画俳優などに発給される。スナックやバーで客の隣に座って給仕をしたり、一緒にカラオケを歌ったりするホステス業は興行で許可されていない活動であり、ホステス業を行なっていた女性が入管の摘発を受けて、『資格外就労』に当るとして逮捕、退去強制させられたケースもある。興行以外には、日本人の配偶者及びその子等、定住者、永住者、など身分に関する資格で働いている人もいる。
(注3)風俗営業法一八条の2、一項、同法三一条の3、同法三五条の2、
(注4)売春防止法一条
(注5)同法三条
(注6)同法五条
(注7)同法一七条
(注8)同法一二条
青木 理恵子(あおき りえこ)
京都YWCA会員。
東京生まれ。京都に憧れて一九九二年に上京。以来、京都YWCAを中心に、日本に暮らす外国人の支援活動の他、ピースウオーク京都、住基ネットいらへん!市民の会、やめてんか!小泉政権きょうと組、バザールカフェ、市民グループ「地球バンク」などの活動に関わる。毎月一度は民舞サークル「わたり」で踊るダンサー。