HOME雑誌・書籍・店舗第4号目次 > 第4号 特集論文「ドメスティック・バイオレンスについて考える」
ドメスティック・バイオレンスについて考える
個人的なことは社会的なことである
「ドメスティック・バイオレンス(DV、domestic violence)って言葉だけは知っているけれど本当はいったい何なの」と思われる方が、日頃接している方々の中にも多いようです。DVとは、家庭内暴力のことです。しかし、日本では家庭内暴力というと一般的に子どもが親に振う暴力のことを指しますので、カタカナ語をそのまま使ってドメスティック・バイオレンス、あるいはその頭文字をとってDVといっています。
 くわしい説明を、戒能民江・お茶の水女子大学教授がされていますので、少し長いですが引用してみますと、『従来の「家庭内暴力」という枠組みでは、伝統的な家族には含まれないが「親密な」関係にある男性、例えば恋人や男友だちなどから暴力がふるわれているという多くの女性の経験が切り捨てられる。日本ではそれに加えて「家庭内暴力」といったとき、八〇年代以降社会問題化した思春期の子ども(多くは男の子)の親(多くは母親)に対する暴力を表すことばとしてつかわれてきたという経緯がある。さらに「家庭内」に暴力を封じ込めることにより、暴力を私的な個人的問題に解釈し、個人的資質や心理的特質など個人的事情や個人的病理に原因を求める考え方にもつながる。また「夫婦間暴力」という枠組みは、暴力を夫と妻の相互関係の所産として理解することを前提としており、だれに向けられるのかを曖昧にするとともに、結婚関係にない男と女の関係における暴力を捨象する結果となる』ということです。ちなみに中国語では、私どもの作成したDV防止啓発パンフレットの表題の「ドメスティック・バイオレンス」の訳は「家庭内暴力」となっています。
 それでは、ドメスティック・バイオレンスは誰から誰に加えられる暴力なのでしょうか。それは夫婦や恋人など、親密な関係にある男女(パートナー)間においてふるわれる暴力のことですが、現行のドメスティック・バイオレンス防止法では配偶者(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者も含む)からの暴力と定義しています。またこの法律において「被害者」とは、配偶者からの暴力を受けた者(配偶者からの暴力を受けた後婚姻を解消した者であって、当該配偶者であった者から引き続き生命又は身体に危害を受けるおそれがあるものを含む)をいう、とあります。そしてその多くは男性から女性に加えられているのです。
 ドメスティック・バイオレンスという言葉そのものは、一九七〇年代後半に活発化した女性運動(BW運動/殴られた女性たちのための運動)がつくり出したものです。女性たちが、夫や恋人から受けたさまざまな暴力の深刻な実態を語りはじめ、自分たちの経験に「ドメスティック・バイオレンス」と名前を付けて社会問題化したことによってはじめて、ドメスティック・バイオレンスは女性の人権の問題として注目されるようになりました。「貧富の差や民族の違い、教育の違いなどを超えてあらゆる階層、社会にドメスティック・バイオレンスが存在していることは、それが社会における男女の経済的な、あるいは社会的な不平等が原因で生じる暴力であることを示している。」と原田恵理子・編著の、「ドメスティック・バイオレンス―サバイバーのためのハンドブック―」には書かれています。
ドメスティック・バイオレンス被害者の心身への影響
 暴力といっても身体的暴力に加えて精神的な暴力(人間性を否定するなど)、社会的暴力(親きょうだい、友人に会わせないなど行動を制限したり郵便物を開封したりするなど)、経済的暴力(生活費を渡さないとか仕事につかせないなど)、子どもを巻き添えにした暴力(子どもに暴力を見せつけたり子どもを危険なめにあわせるなど)、性的暴力(性行為を強要するとか避妊に協力しないなど)のような暴力があります。いろんな暴力を受けると身体のあちこちに痣ができる、骨折、鼓膜の破れ、目の機能障害、手足のしびれや痛みなど直接的な身体への影響とともに、間接的には胃痛、吐き気、食欲不振、不眠、めまい、動悸、発汗などの症状が出てきます。これはPTSD(心的外傷後ストレス障害)のあらわれです。PTSDには@過覚醒症状・大変な恐怖に満ちた経験をした人が同じ危険にまた何時襲ってくるのではないかと身構えている状態です。被害者が大声とか車のドアを閉めるバン!という音にも飛び上るような神経が過敏になっている状態です。A侵入症状・思い出したくもない事件のシーンが生々しく頭に浮かんでくる。その当時と同じように心臓がバクバクするとか、涙が出るなどという生理学的反応を伴っておこる状態です。B狭窄症状・あまりにも怖い状態なので感覚が麻痺してしまい、逆に仮の平静心を保つというような状態です。その時の記憶がない、部分的に記憶がとんでいることもあります。以上、大別すると三つの症状があるそうです。が、これはその人の人格がもともと弱いからというのではありません。こういう症状に加えてドメスティック・バイオレンスというのは、一回だけの体験ではないので、人格の深い部分にダメージをうけ、感情のコントロールができない、対人関係を根こそぎ壊す、ずっとウツっぽい、あるいは自殺念慮、自傷行為を繰り返しするなどということがあります。そして自分が何の価値もない人間のように思えてくるのです。そのことは当然一緒に暮らしている子どもへの影響も出てくるでしょう。
ドメスティック・バイオレンス防止法(配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律)ができた
 今までなら、その暴力は、日本では民事不介入としてたとえ警察に訴えても、「たかが夫婦喧嘩じゃないか、自分たちで解決しなさい」となかなか取り上げてくれませんでした。二〇〇一年四月一三日公布、一〇月一三日施行のドメスティック・バイオレンス防止法は、パートナーの暴力で悩んでいた人たちに光を与えてくれました。福島瑞穂さんの文を読んでいると「ドメスティック・バイオレンス防止法」即ち「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律」は一九九八年八月に参議院に共生社会に関する調査会ができて、超党派で勉強し、議論したということが大きい。共生社会に関する調査会で議論を始めて二年半経って立法ができた、とあります。が、この法律は福島さん自身もおっしゃっているように不十分なものです。支援する時、「ああ、○○だったらよかったのに」と思うことが度々です。だから三年後に見直しをすることを附則の三条に入れて施行されました。けれども、法そのものが不十分なものであっても、法ができたことは全ての国民にとって大変意義のあることだといえます。行政の女性相談に関わっていても、ドメスティック・バイオレンス防止法ができていなかった頃には、被害者自身が、夫の暴力にあうのは自分が悪いのだからと我慢するために愚痴を言いに来られるか、夫との仲がうまくいく方法を聞きに来られるかだったのが、施行後は「私、DV被害者ではないでしょうか」というところから始まる相談がぼつぼつ増え始め、この頃では「私はDV被害にあっている。」と自ら言われ、今後の対策の相談にのるというのが大半です。
 先に希望のある我慢は我慢のし甲斐もあるけれども、希望のない、ただいわれのない暴力に耐えるだけの我慢は本当に必要なのか、ご本人自身がよくよく考えて決めることだと思います。ドメスティック・バイオレンス防止法がなかった頃は、被害者は夫の支配のままに長い期間過ごし、判断力を失ってしまい、力をなくし暴力から逃げられない場合が多くありました。また、暴力に耐えられなくて夫を殺してしまうこともありました。が、この法ができてからは、少しはそういう状態が減ったのではないかと思います。
 ただ、減ったといっても、暴力行為が沢山の人の目に触れるのは、初めから氷山の一角だったのですから、モーニングショーを賑わす出来事はこれからも多いと思います。何故なら、ドメスティック・バイオレンスというのは、男性が支配する社会構造が根っこにありますから、全ての点で男女格差がなくならないことにはなかなか減らないと思うのです。男女格差をなくすと共に、ジェンダー意識をなくすことが大切であると思います。
ドメスティック・バイオレンス防止法の課題
 ドメスティック・バイオレンス防止法ができた利点を述べましたが、はじめから不十分であることが自明の法律ですから、運用上不都合な点が多くあります。いくつかあげてみます。
 まず、@この法の適用を受けられる人が配偶者と限られていることです。シェルターへ来られる人をみても加害者が配偶者とは限っていません。元配偶者、元同棲相手、恋人、元恋人など多岐にわたっていますし、それに国籍も日本だけではありませんので通訳の必要もあります。A法の暴力と規定しているものが、身体的暴力に限っていることも問題です。ちょっと考えてもわかることですが、殴られるのではないかと思い、ビクビクして毎日暮らしていることが精神衛生上何ともない筈がありません。彼女らがシェルターに入れて安全な場が確保できたと思った時、やっと安心してこんこんと眠りにつくのがまぎれもない証拠です。彼女たちはパートナーの支配から逃れてやっと自分の生活を取り戻したのです。そうして一時的に人間本来の生活をとりもどしたかのようにみえても、PTSDに悩むことになりかねません。Bそうした人のためにカウンセリングが必要なのですが、女性センターのカウンセリングは予約がいっぱいで長期にわたって受け入れてもらえない状況ですし、民間団体のカウンセリングルームは高額です。公的な専門機関に常勤の心理専門職員を増やしたり、民間団体のカウンセリングを受ける場合には費用負担を公的責任で行うべきです。Cドメスティック・バイオレンス防止法の特徴である保護命令(被害者の身の安全を確保するために「被害者への接近禁止命令」と「住居退去命令」の二つがあり、違反した場合、一年以下の懲役または一〇〇万円以下の罰金が科せられる)についても、接近禁止命令や退去命令の期間が短すぎ、範囲が狭すぎると思います。接近禁止命令では、「つきまとい」や「はいかい」だけが禁止されていますが、保護命令を申し立てても電話やメールによるものは該当せず、シェルターに入られた人の中にはつきまといや脅迫電話に悩まされていた例があります。また、Dやっと自分の生活を取り戻して自立したいと思った時、今後の生活費のことを考えねばなりません。彼女たちは専業主婦とは限っていません。職を持っていた人もいますが、その職を捨ててでも逃げなければ命が危ない状況もあります。そういう場合には雇い主に配置転換を要求できるようにすることが必要です。専業主婦だった人も自立しなければなりません。職業訓練の保障もしてほしいし、傷ついている人の元気が出てくるまで休ませるためにも生活保護を特別枠でとってほしい。自立して住む家の保障やステップハウスの制度化や、公営住宅、社会福祉施設の優先入居も大切です。E子連れで逃げた場合、離婚できていなくても児童福祉手当を受給できるようにしてほしいし、その子の教育の問題もあります。また、母が外国人の場合、子ども自身が日本国籍や在留資格があっても、母(扶養者)に在留資格がないと児童扶養手当を受給できないということもありますので平等に考慮してほしいと思います。そして、F加害者である父(または母)には親権及び面接交渉権を認めないでほしいと思いますGその他、関係機関が緊密に連携することや、DV被害を発見しやすい医療機関が共通研修プログラムの中にDVの学習を取り入れることやHDVの予防教育に関しては義務教育や生涯学習の中にDV学習を取り入れ、新たな加害者を出さないために人権問題として非暴力教育を積極的に行うべきです。また、I現行法では例えば「被害者が心身の回復に必要な指導を行う」という項がありますが、指導ではなくあくまで支援であるべきでしょう。現行のドメスティック・バイオレンス防止法を細かくみていくと以上述べたことの他にも民間シェルターの保障の問題など改正すべき点が沢山あるようです。
明日にむかって
 ドメスティック・バイオレンスについていろいろ考えてきましたが、どこをとっても女性の人権という問題がつきまとっているように思います。そして最近では、ドメスティック・バイオレンスと児童虐待の連鎖もいわれるようになりました。勿論、「配偶者からの暴力の防止・・・」と謳われているように男女共用の法律ですが、ドメスティック・バイオレンスの被害者は圧倒的に女性が多いので、女性のための法律のように思いますし、これまで被害者からの相談に男性が来られたことは私のところにはありません。考えてみると、今まで女性の人権について、私たちの間で議論になることは少なかったのではないでしょうか。おまけに、暴力によって女性の人権が侵されているということは、明らかに民主主義に反するのですが、ほんの数年前までは実際におこっていて、それが裁判沙汰にもならなかったのです。どこの世界に被害者が「私が悪いのではないか」と思う犯罪があるでしょう。女性の運動はそれを大きく変えました。ドメスティック・バイオレンスという言葉を個人的なものではなく、社会的にも通用する用語として定着させ、被害者救済の法律まで作りました。今、その法律の不十分なところを、被害者や被害者をサポートする人たちが提言し、改正するところにきています。そういうふうに人権について一つ一つ考えを作っていくことが、いろいろな差別の解消につながることだと思えるのです。例えていうなら、ドメスティック・バイオレンスはその実験台のようなものです。被害者はこれからも出てくるでしょう。彼女達には防止法を活用して自分自身の人生を獲得していってほしいと思います。私たちもそのお手伝いをしますが、そのためには、まず被害者がもっと救われるような法律になってほしいと思います。何故なら、被害にあっている彼女たち個人が悪いという問題はどんな場合にでもなく、社会のしくみや考え方の問題だからです。
岡本 カヨ子(おかもと かよこ)
一九七六年 宇治市宇治公民館サークル「女性史を学ぶ会」で近現代の女性史を学ぶ
一九九八年 京都橘女子大学大学院歴史学専攻研究生になる
一九九九年 「くらしの中でみる女性―京都府宇治市を中心にして―」で宇治市の第九回紫式部市民文化賞を受賞
二〇〇二年 宇治市のDV調査をしたことがきっかけになって男女共同参画社会推進、女性の人権擁護を目指した特定非営利活動法人「アウンジャ」を結成 理事長に就任
  →NPO法人アウンジャHP http://www.aunja.net/