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防衛大綱の見直し
 政府は昨年12月、「弾道ミサイル防衛システムの整備等について」を閣議決定しましたが、その中で2006年度からの次期中期防衛力整備計画策定に向け、新たな防衛計画の大綱を前もって策定することを明らかにしました。そして四月に首相直属の諮問機関「安全保障と防衛力のあり方を考える懇談会」(座長・荒木浩東京電力顧問)を発足させ今秋に答申、それを受けて年内にも新大綱を決定しようとしています。これは、九条改憲に向けた具体的な一歩に他なりません。
「防衛大綱」とは「防衛力の整備・維持及び運用に関する基本的方針であり、自衛隊の管理・運用の重要な準拠の一つとなるもの」(防衛庁HPより)です。現行の「大綱」は95年に策定されたものですが、新たな「大綱」はどのようなものになるのでしょうか。ここでは自民党が3月にまとめた「提言・新しい日本の防衛政策―安全・安心な日本を目指して」を手がかりにして、その狙いを明らかにしていきましょう。
 12月の閣議決定では、「我が国の防衛力の見直し」についても言及されているので、まずそれから見ていきます。
「我が国に対する本格的な侵略事態生起の可能性は低下する一方、大量破壊兵器や弾道ミサイルの拡散の進展、国際テロ組織等の活動を含む新たな脅威や平和と安全に影響を与える多様な事態(以下「新たな脅威等」という)への対応が国際社会の差し迫った課題となっており」というように、「新たな脅威」というものが強調されています。これは「対テロ戦争」と称してアフガニスタンやイラクへの侵略戦争をくりひろげている米国−ブッシュ政権の国家安全保障戦略や米国防報告にあるものと瓜二つです。そしてこの「新たな脅威」に対して「その特性に応じて、実効的に対応するとともに、我が国を含む国際社会の平和と安定のための活動に、主体的・積極的に取り組み得るよう、防衛力全般について見直しを行う」「その際・・・従来の整備構想や装備体系について抜本的な見直しを行い適切に規模の縮小等を図る」こととされています。つまり、「日本への侵略からの防衛」というよりも自衛隊を海外派兵することに今後一層力を入れていくことを示しています。
 これを踏まえて自民党の提言では、以下のように多岐にわたる項目が挙げられています。

@ 憲法第九条の改正
A 集団的自衛権の行使について
B 防衛庁の「省」移行
C 「国防基本法(仮称)」の制定
D 国家としての危機管理体制の充実
E 国民保護法制などの有事関連法制の整備
F 国際協力に関する一般法(国際協力基本法)の制定
G 自衛隊法の抜本的見直し・再構築
H 新たな防衛計画の大綱について
I 日米安保体制の強化(防衛協力の深化へ向けて)
J 防衛庁長官補佐機能強化のための組織改編
K 情報収集、情報共有及び秘密保全の強化
L 防衛産業・技術基盤の維持と武器輸出三原則
M 在日米軍基地問題への対応
N 軍事組織の構成員たる自衛官の地位などの明確化
O 国民と自衛官の相互交流の促進と防衛意識の普及

 一見してわかるように、これまでの「平和主義」の建前を180度転換させ、国連決議にかかわらず自由に海外派兵し「戦争できる体制」を作ろうとしています。しかもそれは、単に軍事的な意味だけでなく、経済的・社会的なところから根本的に変えようという意図が露骨に示されています。これに関しては「提言」の「二、21世紀の安全保障環境」の項でも、「自衛隊は、抑止を果たすだけの存在としてだけではなく、国際社会の平和と安定のために積極的にその役割を果たし得る防衛力として機能することが必要となってきている」「我が国の防衛政策の抜本的な見直しを行う」と明確に述べられています。この「提言」で直接触れられていないことと言えば、徴兵制と日本独自の核武装くらいではないでしょうか。
 さらに具体的な項目について主なものを見ていきましょう。
 @については、自民党憲法調査会憲法改正プロジェクトチームが昨年7月にまとめた「安全保障についての要綱案」に言及しています。これでは、九条を変更して自衛隊を軍隊として明確に位置づけ(自衛軍の設置)、軍事裁判所の設置、国家の独立と安全を守るための国民の責務、国家緊急権(非常事態への対処のための首相の権限)を明記するという、自民党の方針が述べられています。九条を「改正」し、「国の骨格である軍事の位置づけを明確にすることが必要」としています。Aでは、集団的自衛権の行使を可能にすることの必要性が特に強調され、具体的な手続きとしての「憲法改正や政府解釈の変更、新たな法律の制定による合憲範囲の明確化、国会決議」などが検討されています。Bは行政機構における防衛庁の格上げであり、Cは以上のような考え方を「国防基本法」として明確化しようというものです。Dは改憲にあたっての国家緊急権の明記についてですが、首相への権力集中だけでなく、防衛庁出身の首相秘書官や自衛官副官の設置、新たな統合幕僚組織の長の首相への助言機能の付与など、政府の意思決定における軍人(自衛官)の役割の大幅な拡大を述べています。Fは、アフガニスタンやイラクのように海外派兵のためにその都度特別措置法を作るのではなく、一般的な法律(国際協力基本法)の制定によって、今後国会を介在させずに海外派兵してしまおうとするものです。さらにGでは、自衛隊法の全面的な見直しによって、海外での軍事行動を自衛隊の本来的な任務の一つとして位置づけ、それに伴う武器使用の権限や自衛官の地位についても、「体系的に整理する」としています。これは、そもそも自衛隊にとって海外での活動は「付随的任務」だったものを本来的な任務に格上げし、武器使用の機会を拡大、軍人としての自衛官の社会的地位を上げようとするものです。
 Jは、防衛庁内部部局の文官による首相への補佐機能強化を打ち出したものですが、同時に軍人である統合幕僚組織との明確な役割分担をして政策分野に集中、運用については統幕に任せることを述べています。これは見方を変えれば、防衛庁内での自衛官(軍人)の地位を内局(文官)と対等かそれ以上のものに高めることを狙っているのです。Kでは「新たな秘密保全のための法律の制定を含む秘密保全や管理体制の強化」を強調しており、80年代に著しい人権侵害の恐れから廃案となった国家秘密法案を連想させます。さらに宇宙技術に関して国会における「宇宙の平和利用決議」に代わる新たな決議で、宇宙空間の軍事利用(「専守防衛」のための利用として)の合法化も狙っています。Lでは「必要な分野への『選択と集中』による防衛技術・生産基盤の維持・強化」などのために、現在の武器輸出三原則を早期に見直して、各国との共同技術開発や、後には軍需生産にも本格的に道を開こうとしています。Nでは、こうしたことを踏まえて「自衛官が誇りと名誉を持てるような社会的地位や栄典など、市民社会における自衛官の位置づけ向上」を図ることが、改めて確認されています。そしてOでは市民との相互交流の推進が掲げられています。
 こうした社会全般にわたる構想の中で、新たな防衛大綱では、仮想敵を想定せず情勢にも左右されない現行の「基盤的防衛力構想」から大きく転換して、「即応性、機動性、柔軟性及び多目的性の向上、高度の技術力・情報能力を追求しつつ、既存の組織・装備等の抜本的な見直し、効率化を図る」観点から、「柔軟かつ機動的な防衛構想」に変更する必要が主張されます。そして陸・海・空の三自衛隊の統合運用の強化と長官補佐機構としての統合幕僚組織の創設が掲げられています。また各自衛隊の再編成とともに、「弾道ミサイル防衛システム(MD)」を整備し対処の権限を防衛庁長官に委ねるなどの具体的運用手続きを明確化することが述べられています。さらに、場合によっては相手のミサイル基地を先制攻撃することも自衛の範囲に含まれ可能であるとして、そうした攻撃能力を保有することも今後の検討対象に挙げられているのです。
 以上見てきた内容を簡潔にまとめれば、日本が容易に米軍との共同作戦はじめ海外での軍事行動に参加できるようにすることにとどまらず、日本における軍事・軍隊の役割・地位を飛躍的に高めようとするものであり、その影響は社会全般に及ぶものとなるでしょう。新たな防衛大綱の策定は、この「戦争できる国作り」を直接軍事面から進めるものであり、九条改憲の内容を大綱の閣議決定によって先取りするものに他なりません。
 しかし軍事でできることは限られています。米軍の軍事力をもってしても、フセイン政権は倒せてもイラク民衆の抵抗をおさえることはできません。軍事は相手に暴力によって自分の意思を強制するものであり、それが受け入れられ有効性を持つのは極めて特殊な場合であって、あらゆる努力の末の最後の手段にすぎません。軍事がすべてを解決してくれるかのような錯覚はすぐに捨てるべきです。そして今の日本にはそうした軍事力を強化するよりも、もっとやるべきことがあるはずです。「国際貢献」を語りながら、そのために日本政府がこれまでどれだけ外交努力を行ってきたでしょうか。今回のイラクへの自衛隊派兵をとってみても、紛争当事者に対して、どれだけ外交努力を行い成果を挙げているといえるでしょうか。武装抵抗勢力を「テロリスト」と言い放つだけでは何の解決にもなりません。こんな政府が強力な軍事力を振りかざすことの危険性は明らかでしょう。
 軍部が暴走を始め「自衛」の範囲が朝鮮半島から中国・アジアへと際限なく拡大された、天皇制日本帝国主義の過ちの歴史を繰り返す危険性を軽く見ることはできません。これまでの解釈改憲の歴史、この間の海外派兵の制度化は、軍事を統制する法的な「歯止め」が日本においては何ら歯止めの役割を果たしていないことを物語っています。政治家の誰もが責任を取ろうとしない中で、軍事の拡大―改憲はとりえしのつかない事態を招きかねません。軍事化の流れを止めるために精一杯の努力を続けましょう。
谷野 隆(本誌編集員)