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好きで路上に寝るのではない
―住処を失った労働者たち―
<大阪弁護士会野宿者問題部会の活動>(下)
野宿者問題プロジェクトチームが部会に昇格
 野宿者問題プロジェクトチームの活動は二〇〇二年二月からであるが(上編に詳しい)、継続的に野宿脱却のための法律相談活動を行う体制になってきたため、この四月から大阪弁護士会人権擁護委員会の一部会に昇格することになった。大阪には日本で一番野宿生活者が多いのであるから当然のことではある。東京や名古屋の野宿者支援弁護士らと共同して活動することも考えているが、まだ構想段階であり、これからだ。
女性の野宿者について
 大阪の自立支援センター三か所は、いずれも単身の男性を対象とした施設である。
 しかし、女性の野宿者も存在する。夫婦で野宿をしている人もいる。大阪城公園の一時避難所には、それを考慮して「夫婦棟」も設けられている。
 (旧)プロジェクトチームでは、女性の野宿者はどのように扱われているのか、ということになかなか手が回らなかったのであるが、女性野宿者を受け入れている社会福祉法人A施設との間で協議が整い、二〇〇四年四月から出張法律相談を行うことになった。
 法律相談実施に当たり、A施設に見学に行き、また職員さんとの交流会をしたことから、分かったのは次のようなことである。
@ 女性の野宿者は、DV(ドメスティック・バイオレンス、夫や恋人などパートナーからの暴力)から逃れてきた女性たちと同様、役所の生活保護窓口や女性センターの窓口を通じて、A施設等の「一時保護施設」に入所する。入所期間は決められていて(一〇日か二週間であったと記憶する)、事情があれば延長もするが、定められた期間の中で、生活保護の手続をとったり、自分で落ち着き先を探して退所したりしていく。
A 女性野宿者からこれまでのいきさつを聞き取りするのだが、自分から話し出さなくとも「売春」をしたりさせられたりしていた場合には、健康診断の結果で分かることが多い。性感染症に罹っている女性も多いという。
 その他、これまでに受けた相談の中で女性野宿者に接した弁護士の話は印象深い。
 女性が本当は好きではない男性と一緒に野宿をしており、生活保護申請の相談に乗ると「一緒に保護を受けるのはイヤ」と言ったという。でも、きっぱり別れたいのでもない。同じアパートの別の部屋に入居して、行き来できる距離で暮らすことを望んだということであった。 女性が一人路上に寝るということは、男性が被るであろう不利益とは比較にならない身の危険が予測される。女性は気軽に寝袋を持って貧乏旅行などできないのだ。そういう意味で、野宿を余儀なくされたときに、「誰か少しはましな優しい男性に守ってもらいながら暮らす」という選択をするのは当然だろうと思う。いや、その晩の安全な寝床が問題なのだ。「ましな男かどうか」などゆっくり見定める余裕もないだろう。
 そのうち夫婦として暮らしたいと思う伴侶が見つかればよい。あるいはつかず離れずの友達か・・
 誤解を恐れずに言うと、私は野宿生活の「おっちゃん」たちについて、決して無批判に「品がよくて女性差別をしない人たちだ」と思っているわけではない。善良な人も、そうでない人もいる。「国家が一般市民に野宿をさせておいて無策でいるのはおかしい」という、比較的冷静なスタンスをとっているつもりだ。しかし、女性の野宿者はやはり男性より弱い立場であり、それが女性である私の身にも沁みる気がするので、他人事とは思えない。そして女性野宿者の後ろに、野宿者にならないために「結婚」の形をとったり「売春」の形をとったりして男性に身を売り媚びざるを得ない、多くの女性の悲嘆を感じるのである。
戸籍を売って月にラーメン五袋
 (旧)プロジェクトチームが大阪城公園の一時避難所に法律相談事業として行き始めたのは二〇〇三年九月からである。ここでの相談のメインは、自立支援センターと同じく「借金問題」ではあったが、様相をかなり異にしていた。
 というのは、自立支援センター入所者は野宿を始めて日が浅く、就職意欲をまだ持っている人であるため、自分が作った借金の整理で頭を悩ませている。サラ金などの会社からの借り入れは、商事時効五年をもって消滅してしまうので、「時効援用で足りるか、もっと日の浅い借り入れなら自己破産をするか」が相談での重要な判断事項となる。
 それに対して、一時避難所入所者は大阪城公園に青テントを張って「定住型」で暮らしてきた人たちであるため、最近自分で借金をしたことはなく、問題になるのは「住民票を使われ、借金をされた」「本籍地を知られてしまい、勝手に他人と養子縁組をされて新たな借金をされた」という「身に覚えのない借金」の処理なのである。
 この、戸籍を何かに使われている人たちは、実は、それを持ちかけた人間の説明や、月に一度「ラーメン五袋」などを持ってきてくれていたことなどからして、「何か悪いことに使われている」ことを感じている。それで、一時避難所に入所してからも、なかなか職員に相談をしてこないで一人で悩んでいた人が多い。
 しかし、職員が「将来のために、住民票をどうするの?」という問題意識から住民票を取り寄せたり戸籍謄本を請求したりしてみると、本人の知らない名字になっており、知らない養親がおり、しかも調査している間にもどんどん養子縁組や離縁が進行している、という恐ろしい事態になっていることが分かってきたのである。一人ではなく、入所者の中から何人も当事者が出てきた。
 養親と養子は、どちらも野宿生活者であるらしい。私が担当することになった元入所者は、養親にも養子にもされている。
 この、「全く実態のない身分関係を解消する」ことと、「身に覚えのない借金の問題を解決する」ことを、野宿者部会の弁護士が集団で受任することになった。
 具体的には、家庭裁判所に「養子縁組無効確認調停」を申し立て、また借金については地方裁判所に「債務不存在確認訴訟」を起こすことになる。
食い物にされる野宿生活者
 このように戸籍を利用して儲けにありつく人間たち(おそらくは組織的な)が、野宿生活者のひもじい生活に忍び込む。
 もっと合法的な様相で野宿生活者を利用している団体もいる。NPO法人を名乗り、野宿者に声をかけて生活保護をとらせ、住居を提供するものの、「家賃」「食費」と称して生活保護費のほとんどを吸い上げてしまう吸血鬼のような団体である。東京で猛威をふるった後、大阪にも活動範囲を広げてきたと聞く。
 きっとその団体は、「野宿生活者が屋根のある部屋に住み、食事にも苦労しないで生活できる。私たちは善意で事業をしているのです」と言うだろう。そう、高齢者福祉や障害者福祉の場面でも、悪徳業者に騙される消費者問題の場面でも、自分の身を守り、近づいてくる相手の真意を見抜くだけの力を持たない弱者が食い物にされていく。
 私たち弁護士は、その深い深い泥沼の淵をのぞき込んでみたところである。近づいたからといって何ができるのか・・考えながら。
大橋さゆり(おおはし さゆり)
一九九九年四月弁護士登録。二〇〇二年九月より女性二人の「大阪ふたば法律事務所」開設。「小泉靖国参拝訴訟」では大阪と松山の訴訟代理人。ほか大阪弁護士会人権擁護委員会で野宿者や刑務所処遇問題に関わる。女性・労働・外国人問題にもとりくむ。