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米軍再編と日米安保の「変態」
―われらの「安全保障」ビジョンが問われる
「米軍再編」という言葉が、盛んに新聞紙面に登場するようになった。今、世界中で進行している米軍部隊の再編や移動は、米国政府の用語では、「グローバル・ポスチャー・レビュー(GPR)=世界的態勢見直し」と呼ばれる。そして、その上位概念にあたる基本政策が、「軍転換(フォース・トランスフォーメーション)」である。
「軍転換」の一環としてのGPR
「軍転換」(フォース・トランスフォーメーション)とは、情報技術(IT)を起爆剤とする「軍事における革命(RMA)」を先導役として、物量依存や軍別(陸・海・空・海兵)思考から脱して統合軍としての新しい戦争概念を開発する一連の改革を言う。見直しの基礎となるのは「能力ベース」という概念である。それはソ連という目に見える敵が明らかだった冷戦期と異なり、今後の脅威は「誰が脅威であるかという予測はできないが、どんな能力を持っているかは予測できる」という認識に基づく。
 二〇〇一年に米国防総省が発表した「QDR(四年期国防見直し)」は、この「軍転換」の考えに沿った世界的態勢見直し(GPR)の必要性を強調し、米軍の海外プレゼンスは引き続き極めて重要であるとしながら、「合衆国の海外プレゼンスは合衆国の利益と、それらの利益への予想される脅威に密接に関連している。しかし、西ヨーロッパと東北アジアに集中している現在の海外プレゼンス態勢は、新しい戦略環境の中で不適切である」と指摘した。
 そして、二〇〇三年一一月二五日の大統領声明によってGPRが本格的にスタートした。
GPRの三つのプロセス
 GPRは三つの政治過程によって進行している。
 第一には、国防総省つまり「行政主導」の「世界的態勢見直し」である。国防総省が青写真を描き同盟国と協議するという形でこれは進められる。
 第二の政治過程が、「BRAC(基地閉鎖再編)法」に基づく「二〇〇五年ラウンド」(〇四年一〇月開始予定)である。「BRAC法」は、一九九〇年に冷戦期の余剰基地を削減することを目的に作られた法律である。「二〇〇五年ラウンド」は、この法律に基づく四回目の見直し(BRAC法成立前の八八ラウンドを含めれば五回目)にあたる。BRACは従来もっぱら米国内の基地を対象とするものだが、今回は、「海外基地の現状と将来を踏まえる」ことが初めて義務付けられている。国防総省は〇五年三月までに閉鎖再編に関する勧告を議会の「基地閉鎖再編委員会」に提出しなければならない。
 そして第三の政治過程が、「海外基地見直し委員会」である。「〇四米国軍事建設歳出法」に基づいて今年五月に設置された「委員会」は、海外配備が必要な兵力数、基地の現状、ホスト国から受領する資金、将来の任務遂行に適切であるか否か等を精査し、遅くとも〇五年八月末(当初は〇四年一二月末であったが最近の法改正で延長された)までに勧告を含む報告書を議会に提出する。委員会には公聴会の開催、現地調査、証言・証拠の収集を含む多様な権限が付与されている。
 これら三つのプロセスが、それぞれに独自のスケジュールで、相互に影響を与えあいながら進んでいくのである。
GPRの四原則
 九月二三日、米下院軍事委員会は、現在進行中のGPRに関するラムズフェルド国防長官と三つの地域軍司令官(欧州、太平洋、韓国)からの証言を受ける公聴会を開いた。そこで国防長官は、これまでしばしば述べてきたGPRの四原則を改めて明らかにした。

@ 米軍駐留が歓迎されること
 ラムズフェルドは「第一に考慮するべきことは、わが部隊は求められ、歓迎され、必要とされる場所に駐留するべきであるということだ」と語り、この数年に形成されたアフガニスタン、パキスタン及び自由化された東欧諸国との関係を、「米軍駐留に利益を見出した国々」との取り決めの例として挙げた。一方、「歓迎されない基地」の例として挙げられたのが、韓国の首都ソウルの一等地に居座る龍山(ヨンサン)基地であった。

A 受入国との取極めが移動の柔軟性を保証すること
「第二の重要な観点は、米軍の移動に対して好意的な環境のところに駐留するべきだということだ。(略)しかし、受入れ国とその近隣諸国の中には、長年にわたって部隊の移動や使用を制限してきた例がある。したがって、軍の駐留、配備、訓練のための場所を選定するにあたっては、より柔軟な法的及び支援取り決めを同盟国及びパートナーとの間で開発することに優先順位を置くことが重要である」。そして、長官は多くは五〇年以上前に締結された条約などは、「作戦上の柔軟性」の観点から見直さなければならないとし、新しい法的枠組みは、米軍と同盟国軍を世界のどこへでも迅速に移動させることを可能にするものでなければならないと強調した。

B 戦力運用の柔軟性の向上
「軍部隊は有用で柔軟なものとしなければならない。一九九一年の湾岸戦争は偉大な勝利であったが、戦争計画や部隊の事前配備に半年以上を費やすという問題があった。これは大統領も指摘したとおりだ。将来の危機においては、このような時間的猶予は許されない」。より素早く動く軍隊への「変態」である。

C 量よりも能力を重視
「より少ない投入戦力でより多くの成果をあげるような能力を得ることが、我々に優位性を与える。部隊のプレゼンスと『量』に依存する考えは、旧時代の考え方である」。例えば、現在では、米軍は「一つの標的を叩くのに何度も出撃するのではなくて、一回の出撃で多数の標的を攻撃する」ことが可能であり、海軍艦船の即応体制の向上により、紛争地への急派に要する時間も格段に短縮されたので、重要地域のすべてに空母打撃部隊を常時配備する必要はなくなっていると長官は指摘した。

 これら四原則から導かれる世界態勢は、次のようなものになる。大規模な常時海外駐留は、特に親密な同盟国(すなわち、「米軍が歓迎される場所」)に集約し、この「戦力投射ハブ基地」から、潜在的な戦場にいたる空間を、複数の兵站支援拠点=国防総省の言葉を使えば、「前進作戦拠点」や「安保協力地」のネットワークで埋める。「前進作戦拠点」は、兵站支援や物資の事前集積を主たる任務とし、米軍要員の駐留は小規模にとどめ受入れ国の要員がそれを補完する。これに対して「安保協力地」は、「駐留ではなくアクセス」が重視される「場所」である。
 次に、GPRの具体的展開をヨーロッパとアジア太平洋について概観しよう。
ヨーロッパ――ドイツの部隊を半分以下にする
 もはや必要のなくなった冷戦インフラストラクチャーの最たるものが、ドイツを中心に重点配備された陸軍部隊である。それらをより柔軟性のある、展開可能部隊と置き換える。将来の態勢はヨーロッパを越えて遠方の紛争地に早急に到着するために、迅速な展開ができるような前進部隊を含むものとなる。具体的には、@重装備の陸上部隊は本国に帰し、A三軍司令部は合理化・統合、そしてBローテーション配備の特殊部隊や緊急即応部隊(ストライカー部隊)を移動しやすいようにヨーロッパの内部と外部に配置する。ドイツの五万六〇〇〇人の部隊は四〇%に削減され余剰の要員は本国に帰される。一方、東欧(ルーマニア、ブルガリア)に小規模な「前進作戦拠点」を設置し、迅速な戦力投射に備える。
アジア太平洋――敵を打ち負かす「ネットワークの形成」
 この地域におけるGPRの目標は次のとおりである。@太平洋に追加的な緊急展開海洋能力を配置することによって、地域的及び全世界的な迅速行動を可能とする。A最新の攻撃部隊を西太平洋に配備する。B東北アジアにおいては、日本、韓国との間で軍事駐留と指揮構造を再編成するために共同作業を続ける。C中央アジアと東南アジアには通常部隊や特殊部隊が訓練でき、緊急アクセスできる場所(前進作戦拠点または安全保障協力地)のネットワークを形成する。
 韓国及び日本は次節で述べるとして、この基本的枠組みに沿って進められているのが、グアムへの爆撃機の配備と原子力潜水艦三隻の母港化、ハワイあるいはグアムへの空母打撃部隊の配備、ハワイへのストライカー部隊とそれらを運ぶ高速艦艇、輸送機の同時配備、オーストラリアの共同訓練場の拡充、そしてシンガポール、タイとの軍事協力の強化などである。(図1)

〈図1〉

激変する東北アジア
 前出の〇一年のQDRは、東北アジアを次のように位置づけた。「米国は、西ヨーロッパと東北アジアにおける重要基地を維持する。これらの基地は、世界の他の地域における将来の不測の事態において、軍事力を投射するためのハブ基地という新しい役割を果たすであろう」。事実、東北アジア=韓国と日本は世界を睨む拠点へと変貌しようとしている。

◆韓国―「韓国防衛軍」から「地域防衛軍」へ
 もっとも大きな変化は在韓米軍の約三分の一にあたる一万二五〇〇人の兵力が削減されることだ。
 一万二五〇〇人の削減兵力の多くを占めると見られる第二歩兵師団は、兵力一万四〇〇〇人を擁し非武装地帯(DMZ)に近い東豆川(トンドゥチョン)と議政府(ウィジョンブ)に駐留している。同部隊は米国の韓国防衛公約を担保する「トリップワイヤー」=有事の際に最初に戦闘に突入する部隊=とみなされてきた。この大規模削減は在韓米軍の位置づけの根本的転換を伴うものである。〇三年一〇月には米韓は在韓米軍を東北アジア全域に対応する「地域防衛軍(Regional Force)」にすることを合意した。〇四年五月二五日、米陸軍第八軍のキャンベル司令官は、在韓米軍は「二一世紀には活動が朝鮮半島に限定されることはなく、東アジアに拡大する」と述べた。
 一方、兵力削減後の能力の空白はハイテク兵器によって埋められる。改良パトリオット(PAC3)ミサイルシステム、ストライカー高速機動装甲車、スマート爆弾、バンカーバスター、新型「アパッチ」ヘリコプター、最新鋭無人偵察機「シャドー200」などである。
 基地の再編も加速されている。七月下旬にワシントンで開かれた米韓軍事当局者会議は、在韓米軍の基地面積を一一年までに現在の三割にまで減少させることを合意した。「歓迎されない基地」は移転される。すなわちソウル中心部にある龍山(ヨンサン)陸軍基地(約八〇〇〇人)をソウル南方の平澤(ピョンテク)等に移転することが合意されている。

◆日本―アジア太平洋の「ハブ」拠点に
 日本に駐留する長距離攻撃・戦力投射部隊=横須賀の空母打撃部隊や沖縄の海兵隊及び佐世保の支援部隊の駐留継続を前提として、さらに作戦指令中枢としての性格を付与した「ハブ基地化」が進められる。次のような事案が日米交渉のテーブルに載せられている。
※グアムの第13空軍司令部と横田基地の第5空軍司令部を統合し太平洋全域を管轄する。当初、統合先は横田との情報も流れたが、グアムに落ち着きそうである。
※米本土ワシントン州にある陸軍第1軍団司令部が神奈川県のキャンプ座間に移転される。同司令部は太平洋全域を管轄する。これに伴い在日米軍司令部を横田から座間に移し、司令官も在日米空軍司令官から在日米陸軍司令官(第1軍団司令官)に変える。同司令部には、日本国内に駐留している陸海空軍と海兵隊の部隊を統括する独自の指揮権が付与される。司令官は現在の空軍中将から陸軍大将に格上げされる。
※第31海兵遠征部隊(MEU)からイラクに投入された部隊三〇〇〇人が帰還せず、そのまま削減される。これとは別に沖縄県全体から二六〇〇人規模をキャンプ座間へ移転、補給部隊など六〇〇人を米本土に帰還することを検討している。総勢六〇〇〇人の縮小になる。移転先候補には、矢臼別演習場(北海道)やキャンプ富士(静岡県)の名も挙がっている。
 現在のキティーホークに替わる原子力空母の横須賀配備計画も、その一環である。(図2)

〈図2〉

日米安保の「法治主義」を掘り崩すGPR
 再び、冒頭のGPR四原則にもどろう。
 第一の原則、「米軍駐留が歓迎されること」は、沖縄をはじめとする全国で基地の削減を求める自治体と市民にとって有用な原則と言える。基地周辺自治体と住民の反対が、在日米軍削減の根拠に十分なりうるのである。普天間代替基地をめぐって、伊波宜野湾市長や稲嶺沖縄県知事の発言や行動は、「沖縄では米軍は歓迎されていない」というメッセージとして米国にとどいている。八月のヘリ墜落事故はそのメッセージをより力強いものとした。これら自治体の動きが先に述べた米議会の「海外基地見直しプロセス」とかみ合い、日本国内世論がそれを支えれば、沖縄基地問題が好転することは十分期待できる。問題は当事者責任を放棄した日本政府の姿勢である。
 一方、第二の原則「移動の柔軟性」が日本にとって深刻だ。
 この原則が日本に適用されるとき、そこに浮かびあがるものは、私たち市民や自治体が国から説明を受けてきたものとは明らかに異なる在日米軍像である。日米安全保障条約第六条は、「日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため」に米軍が日本に駐留し、提供施設(基地)を使用することを許している。しかし、「米軍再編」が目指す在日米軍は、「日本から(戦場へと)スムーズに移動する」軍隊である。「戦場」は「極東」に限られない。これが在日米軍基地の「ハブ基地化」の意味だ。日本のハブ基地化と在韓米軍の軽量化・近代化と機動力によって在日米軍と在韓米軍は、「東北アジアから移動する」能力に富んだ「一つの軍隊」に変質されようとしているのである。
 「日米地位協定」もその正式名称に「日米安保条約第六条に基づく」とあるように、「日本の安全と極東の平和と安全の維持を目的に駐留する米軍」に数々の特権を与え、その目的は基地周辺住民や自治体に忍従を強いる理由となってきたのである。その前提が大きく変わるのである。
 しかし、米国は一方的にこの法的取り決めの前提を取り払い、それどころか現存する法的取り決めに荒々しく手を突っ込んで、「柔軟な法的制度や支援制度を確立」しようとし、日本政府もそれをなし崩し的に認めているように見える。これが、この夏に起こった事件の背景に流れる力学ではないだろうか。すなわち、普天間ヘリ事故における日本の公権力の排除、神奈川県池子への家族住宅増設を条件とした横浜市内六基地の返還合意(日米地位協定はこのような「パッケージ合意」を禁止している)、などである。普天間で墜落したヘリがイラク派遣のために佐世保の揚陸艦に移動予定のものであったという事実は象徴的である。
 日米安保が、「変態」(トランスフォーメーション)しようとしている。日本政府が法治主義をとるならば、日米安保条約を理由にしてGPRは拒否されなければならない。仮にGPRを受け入れるならば、日米安保条約の改訂が提起されなければならない。平和勢力も、もはやこのような骨太の論議を避けることは許されない。平和憲法を持つ私たちの「安全保障のビジョン」が問われている。
田巻 一彦(たまき かずひこ)
NPO法人ピースデポ副代表。「脱軍備ネットワーク・キャッチピース」の運営委員。「月間キャッチピース」編集長。一九五三年生まれ。神奈川県横浜市港北区在住。著書に「私たちの非協力宣言―周辺事態法と自治体の平和力」(明石書店)「ストップ!周辺事態法 新ガイドラインの問題点」(ピースネットニュース)など。