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フィリピンから日本の父への養育費請求
―コムスタカと関わって
 二〇〇四年一月、「高槻むくげの会」の紀井早苗さんからメールが来た。
 既に高槻マイノリティ教育権訴訟を提訴することが決まっており、弁護団にお誘いを受けて訴状の準備にかかっていたころであったが、今回のメールはこの件ではなかった。
「・・九州で外国人犯罪報道などを理論的に批判している『コムスタカ―外国人と共に生きる会』の中島真一郎さんという方から、現在、A市在住の父親に対して、フィリピンにいる母子から養育費支払いの調停を起こしたいので、代理人となってくれる関西在住の弁護士の方を紹介してほしいという依頼がありました。
 資料、手続きなどはすべてコムスタカの会とフィリピンのNGOがおこなうということなのですが、ほぼ、ボランティアに近い内容です。以下、詳細を転載します。」
 そして、中島真一郎さんのご依頼は、
*「コムスタカ―外国人と共に生きる会」で依頼を受けた日比国際児の養育費や子の認知のケースは、この一〇年間で四一ケースで、そのうち当時までの解決事例は二一ケース。
*弁護士への依頼の条件内容は以下のとおり。
 着手金なし、実費相当分程度をNGOで負担(家庭裁判所へ調停申し立ての場合二万円を、認知訴訟の場合は裁判所への印紙代その他の実費相当分として五万円を)し、もし、調停や訴訟などにより問題が解決して養育費あるいは解決金が相手男性から支払われるようになった場合には、その一〇%を弁護士に成功報酬として支払う。
 さらに養育費や解決金を相手男性が支払わない場合に給与や財産の差し押さえを行ったときは、差し押さえの実費費用はコムスタカが負担し、差し押さえで現金などがえられた場合には、その二〇%を弁護士に報酬として支払う。
 むろん、弁護士の労力の負担が少なくなるように、申し立てに必要な資料や書類、翻訳文やフィリピン在住の本人との意思確認などはNGOで担う。
 以上、簡単に言うと「実費とほとんどの労力はコムスタカが提供するので、着手金はなし、報酬だけ」での依頼である。
 紀井さんからのご指名であれば一度やってみようか、と思ってお受けすることにした。私が一度やってみないことには、今後類似ケースの依頼があったときに他の弁護士にも紹介しにくい。
 それにしても、コムスタカという団体のボランティア活動に頭の下がる思いであった。費用の立て替え、フィリピンとの連絡、文書の翻訳、そして弁護士探し、と、その労力は大変なものであろう。
「むくげの会」の紀井さんもさまざまな国籍の子どもたちのアイデンティティを尊重した指導員の仕事に日夜奔走しておられて、パワーの塊に感動するのであるが、中島真一郎さんに一度お会いしたときにも同じように感銘を受けてしまった。
 ちょうど大阪に用事で来られた中島さんと三月一日に打ち合わせでお会いしたが、日比国際児(日本人とフィリピン人の両親の間に生まれた子どものこと)にとって養育費請求が実際にいかに難しいか、家庭裁判所の手続によりどこまで可能かを実に熱心にご教示くださった。予備校講師をしておられるが、精力的な活動家の方である。
 その後もメールで、裁判の期日の前には必ず「よろしくお願いします」と送ってくださるし、進行状況を報告すると、「○○家裁でこういう例があります。この方向に持っていけるようよろしくお願いします。」という至れり尽くせりのアドバイスをいただける。
 こちらも、ようやく手にできた弁護士バッジはこういうケースに役立てないといけないよなあ、と改めて思うのである。
 さて、日比国際児の養育費請求の問題について簡単に説明したい。
 日本人男性が日本国内で、あるいはフィリピン国内でフィリピン女性と交際し、子どもをもうける例が多くなっている。
 しかし、父母が別れて、母子がフィリピンに居住するようになる場合、父親に養育費を払わせたくても、母子が金銭的理由で日本へ行けず、また日本の裁判所の利用方法もわからない、という障害がある。そこで、フィリピンNGOとコムスタカが間に入って、上記条件で仕事を引き受ける弁護士を日本で探し出すということになる。
@ まず手続的に問題となるのは、家庭裁判所の家事調停には本人出席が原則であるところ、フィリピンから母子が渡日する費用が到底出せないため、原則を曲げて「代理人弁護士のみ、本人欠席」で手続を進めてほしいと裁判所を説得する必要があることである。
A ちゃんと婚姻手続をとり、あるいは子どもを認知するのであれば、後に父母が別れても父親の養育費義務は法的に発生している。あとは、どの離婚家庭でも問題になる「養育費の不払い」にどう対応するか、という問題になる。
 それで、弁護士が日本で父親の居住する地域の家庭裁判所に「養育費支払請求調停」を起こす。調停がまとまればよいが、父親が出席しなかったり支払を拒んだ場合、「審判」をしてもらって養育費を強制執行で取り立てることになる。
B 婚姻手続もなく、認知もされていない場合には、父親を法的に父親と認めさせるために「認知請求調停」も加えなければならない。血液検査、DNA検査なども必要になる。
C もうひとつ、今の日本の親族法制度からすると難しいが、実際の要請があるため通したいことがある。それは、「婚姻中の父母の間で生まれたものの、国外で出生し三ヵ月以内に国籍留保の手続をしなかったために、日本国籍がなく、父の戸籍に記載されないこととなった嫡出子」の相続権確保である。ここでは認知された婚外子よりも嫡出子のほうが不利になるという問題がある。
 フィリピン人母が、本国で出産して、この国籍留保の手続をとる必要が分からずに期間を経過してしまうことはかなり多いだろうと推測できる。その後、離婚して母子がフィリピンで暮らすことになった場合、日本人の父親が将来死亡して相続が開始したときに、他の相続人が日本の戸籍を調査しただけでは、子どもの存在が分からないのである。
 全く分からないのではなく、母親と婚姻し離婚した事実は記載されているので、母親の氏名・出身地は分かる。しかし、子ども本人の氏名が分かっている方がフィリピンで探し出すにしても手間の掛かり方が全然違ってくる。
 それで、コムスタカの関わる例では、家庭裁判所に対し、嫡出子であるにもかかわらず婚外子に対する制度である「認知の審判」を出してほしいと働きかけている。そうすれば、日本の家庭裁判所での合意による審判での「○○(子の氏名)を認知」という審判決定書が得られるので、それを戸籍に変わる父子関係の公的証明書として活用しようとするものである。
 これは熊本家庭裁判所で一例を見るだけであるが、国際結婚に対応しきれない戸籍制度に代わる新たな家族関係証明制度が制定されるまでの暫定策として、斬新な活動である。
 他に、西日本入国管理センターの職員による入所者暴行・肋骨骨折の傷害事件で損害賠償請求訴訟の弁護団に入っている。訴訟を起こす前に証拠保全手続で裁判官と弁護士が入管センターへ赴いたときには、現場記録ビデオテープを出す、出さないで大もめにもめたそうである。刑務所の運営改善は少し進み始めたのと比べて、入管の対応はまだまだどうしようもなく閉鎖的である。
 最近、街角の眼鏡店でショーウインドーを覗いていたアフリカ系アメリカ人二人が「黒人は嫌いだ、あっちへ行け!」と店主に侮蔑された差別事件での損害賠償請求の弁護団にも関わることになった。在日の弁護士がマンション入居を家主から断られるという事件も発生した。
 外国人差別は日常的に存在しており、当事者は声を上げる力がないことが多い。声を上げられる人から、変えていかないといけない。そうした当事者の思いに突き動かされ、私の関わりも広がっていく。
◆コムスタカ―外国人と共に生きる会 ホームページアドレス
http://www.geocities.jp/kumstak/index.html
大橋 さゆり(おおはし さゆり)
一九九二年四月弁護士登録。二〇〇二年九月より女性二人の「大阪ふたば法律事務所」開設。「小泉靖国参拝訴訟」では大阪と松山の訴訟代理人。ほか大阪弁護士会人権擁護委員会で野宿者や刑務所処遇問題に関わる。女性・労働・外国人問題にもとりくむ。