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シリーズ「「安全な社会」って何だろう〜最近の刑事立法を考える」
第五回 「悪い子」を排除すれば済むの? 〜少年法改定について
 前回書いた刑法の重罰化法案は去年一二月一日に可決・成立し、わずか一ヶ月後の今年一月一日から施行されています。刑罰全体を重い方へシフトさせるという刑法の大改悪があっという間に成立して施行されるという信じがたいことが、普通に起きてしまうのがこの戦時下の実態です。
 そして、今通常国会にも、既に連載で書いた共謀罪新設(アジェンダ三号参照)、サイバー犯罪条約の国内法化(アジェンダ五号参照)が継続審議になっている以外に、逮捕監禁罪の法定刑の引き上げや人身買受罪新設などを内容とする刑法改定案、ピンクチラシ配布などを取り締まる風俗営業法改定案、退職者による営業秘密漏洩を取り締まる不正競争防止法改定案、携帯電話契約時の本人確認を罰則付で義務化する携帯電話本人確認法案、迷惑メールの取り締まりを強化する特定電子メール法改定案、偽造旅券所持の処罰を新設する入管法改定案、性犯罪前歴者の所在把握制度の新設などなど、息をつく間もないくらいに刑事立法が目白押しです。
 その中で、今回は、少年法を採り上げたいと思います。
 二〇〇五年二月九日、@一四歳未満の少年も少年院送致できるようにすること、A一四歳未満で犯罪に当たる行為をした少年(「触法少年」)について警察に強制捜査権限を与えること、B保護観察中に遵守事項違反があった場合に少年院送致できるようにすること、C少年院収容中などの少年の保護者に対して「指導・助言」を行えるようにすること、D短期二年以上の懲役・禁錮にあたる罪で観護措置をとられている少年について国選付添人制度を設けること、を主な内容とする法制審議会答申が出されました。これに基づき、今通常国会に少年法改定案が提出される見込みです。
 @は、現行法では一四歳未満の触法少年を施設送致する場合には児童自立支援施設送致ということになっているものを、少年院送致できるようにするためのものです。少年院が法務省管轄で少年の矯正教育を担当する拘禁施設であるのに対し、児童自立支援施設は厚生労働省管轄で家庭的雰囲気の中での生活指導が中心の福祉施設です。今回の改定案は、重大事件を起こした触法少年については児童自立支援施設では甘い、少年院に入れるべきだという厳罰化の要求なのです。
 しかし、家庭環境などからやむを得ず施設送致が必要な場合であっても、一四歳未満の少年は自我や情緒の発達が不十分なことが多いので、少年院ではなく児童自立支援施設において個別に育て直しがされる方が立ち直りを支えることになると思います。
 Aについては、現行法では、事件といっても一四歳未満の少年の行為であれば「犯罪」にはあたらないので警察には「捜査」する権限はなく、まして捜索差押えなどの強制捜査をすることはできません。また、現行法では一四歳未満の少年については警察官ではなく児童相談所の児童福祉司が事情を聴き取ることになっています。今回の改定案では、触法少年の事件でも強制捜査を行い、警察官による取調を可能とするというのです。
 しかし、強制捜査は、少年や周りの人々のプライバシーや平穏な生活を乱すことになりますから、できるだけ限定されるべきです。また、少年は仲間と一緒にいると虚勢を張りあって無茶なことをしがちですが、一人だと脆いものです。一四歳以上であっても、警察官から強く言われると言われるままに調書に署名してしまうことがあります(成人でもそうですが)。より未熟な一四歳未満の少年が、家族や弁護士の立会もなしにたった一人で警察官の取調を受けることになれば、警察官の考えた「自白」を押しつけられることにもなりかねず、少年の反省や立ち直りという観点からしても悪影響が考えられます。
 Bについては、保護観察中には「遵守事項」というものが決められます。「仕事を続ける」「門限を守る」「共犯少年とつきあわない」などといった約束をするのです。保護司の元へ定期的に通いながら、保護司と少年との人間関係の中で約束を守る日々を積み重ね、少年の成長を促していくのです。ところが、今回の改定案では、遵守事項を守っていなければ少年院送致というペナルティを与えるというのです。
 しかし、実際には、遵守事項を守っていないような状況であれば、無免許運転や万引きなどの事件を新たに起こしたり、「ぐ犯」(家出や盛り場への出入りなどを繰り返し、将来非行をするおそれがあること)があったりして、新しい件で審判がされることが多いように思います。逆に、「ぐ犯」にあたるようなこともないのであればそれなりに順調ということであって、少年院送致をしなければならないような状況はほとんど想定できません。このような制度は少年院送致をちらつかせて遵守事項を守らせるという不信と監視の論理でしかなく、人間関係に基づく保護観察の妙味は失われてしまうと思います。
 Cについては、事件を起こす少年たちは、親子関係がうまくいっていないことが多いと思います。事件をきっかけにして親と少年の両方が互いの存在に気づき、劇的に関係が改善することもあります。でも、親になりきれない親と、本当は甘えたいのに甘えられない葛藤を抱えたままの少年とのこんがらがった関係を解きほぐすのは、そう簡単ではありません。それゆえに少年院送致になってしまうこともありますが、少年院の中では親子関係について考えさせる教育がある程度行われるのに対し、親に対しては何もありません。たとえ少年が少年院で成長して出てきたとしても、親が変わらないままではうまくいくはずがありません。そういう意味では、少年院送致中の親への働きかけの必要性自体はあると思っています。ただ、たいていの場合、親自身も傷ついているのです。ファミリーカウンセリングを受けた方が良いのではないかと思っても、受けるための金も時間も精神的余裕もないことがほとんどです。上から「指導」や「助言」をするよりも、必要なことは経済的・精神的援助なのです。
 Dについては、国選付添人制度が拡大したことは、今回の改定の中で、唯一評価できる点です。これは、もともとの法制審議会への諮問事項には含まれていなかったのですが、付帯決議として加えられました。ただし、勾留段階では公的弁護人が付いていても国選付添人を付けられない場合が出てくるなど、公的弁護制度との整合性の検討は不十分です。また、そもそも家庭裁判所の裁量であって、少年や保護者には国選付添人を請求する権利がないことが一番の問題です。
 このように、今回の改定案は、全体としては触法少年を含めて「悪い子」を監視し、何でもかんでも少年院へ送り込んで社会から排除しようというものです。
 しかし、成人の場合でもそうですが、とりわけ少年の場合には、事件を起こしたことは本人だけのせいなのかと思うことがよくあります。暴力的な事件を起こす少年は、親や先輩、教員などに殴られた経験があります。カツアゲをする少年はカツアゲの被害にあったことがあります。法務省の研究でも、少年院にいる少年の約半分が虐待された経験を持っているとされています。虚勢を張ってはいても、実は自分に自信がなくて自己イメージの低い少年が多いのです。想像してみてください。そんな少年たちに必要なことは、虐待やいじめの被害を受けた少年が加害者になってしまうという暴力の連鎖を断ち切るために必要なことは、彼ら・彼女らを社会から排除して厳しく処分することなのでしょうか。
 人間は身勝手なものです。自分の被害や痛みを受けとめられ、自分自身が大切な人間であると受け容れられて初めて、他人の痛みに思いをいたす心の余裕ができるのではないでしょうか。それは、制裁でも矯正でもなく、基本的には社会の中での具体的な人と人との関係の中で学んでいくことだと思います。
 大きく曲がったキュウリを選別して取り除いてしまえば、今度は少し曲がったキュウリが気になり出すでしょう。まっすぐなキュウリばかりになると、ほんの少し曲がっているだけで目立ってケチを付けられるでしょう。
「悪い子」を徹底して排除しようとする社会は、ますます寛容さを失いつつあるような気がします。そんな息苦しい社会が「安全な社会」なのでしょうか。
大杉光子(おおすぎ みつこ)
一九六九年生。二〇〇〇年四月、京都弁護士会登録。在日外国人「障害者」年金訴訟、在日韓国・朝鮮人高齢者年金訴訟弁護団員。京都弁護士会人権擁護委員会、刑事委員会、子どもの権利委員会、「心神喪失者等医療観察法」対策プロジェクトチームなどで活動。