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ペルー 大統領選挙から見た政治的課題

(1)4月11日の大統領選挙の結果

 ペルーで4月11日、総選挙(正副大統領、国会議員130名、アンデス議会議員5名)が実施されました。大統領選には18名が立候補して争いましたが、いずれの候補も得票率50%を獲得できなかったため、ペルー憲法第111条の規定に則り上位2名の候補者による決戦投票が6月6日に行われることになりました。その勝者は7月28日より大統領に就任する予定です。

 ペルー全国選挙管理委員会(ONPE)による結果報告(上位2名)は以下の通りです(同委員会のホームページより)。※以下の数字は海外投票も含めたものです。

有権者数2525万6226人 投票率70.05%

1位 ペドロ・カスティージョ候補(政党:自由ペルー)得票率18.93%

2位 ケイコ・フジモリ候補(政党:人民勢力)得票率13.41%

国会の獲得議席数では、自由ペルーが37議席で1位、人民勢力が24議席で2位という結果になっています。

(2)決戦投票に臨む2名の候補者

 6月の決戦投票に駒を進めた2名の候補者のプロフィールと政策についてまとめておきます。

◎ペドロ・カスティージョ候補(自由ペルー党)

 51歳の初等教育の教師。自由ペルー党は自らをマルクス主義の左翼政党と規定しています。鉛筆をデザインしたものが党のロゴマーク(カスティージョ候補は党首ではなく、ウラジミール・セロン氏が党首)。

 地元は北部山岳地帯に位置するカハマルカ県チョタ郡タカバンバ地区で、首都のリマから900キロ離れたところにあります。

 かつては農民の自警組織のメンバーとして活動していました。1995年から学校の教員として働き、教育心理学の修士号も取得しています。2017年には、75日間続いた教員のストライキ闘争の中で、ペルー教職労働者統一組合(SUTEP)の役員として中心的に闘いました。このストライキは、給与引き上げなど教員の待遇改善を求めるものでした。

 今回の大統領選では、当初は知名度も低く過小評価されていたようですが、選挙戦の終盤にかけて支持を拡大していきました。ですので、1位で決選投票に進んだことは「大きな驚き」をもって伝えられています。

 政策では、憲法制定議会の設置による新しい憲法の制定、農業・教育予算の増加(教育予算はGDPの3.5%から10%へ増やす)、環境保護を社会主義の支柱の1つとして掲げるなど、新自由主義に反対の立場を鮮明にしています。

 とくに経済政策を見ると、現行憲法が規定している「社会的市場経済」(第58条)に代えて、「人民的市場経済」を制定するとしています(自由ペルー党『基本的考えとプログラム』より)。

 現行の「社会的市場経済」については、この憲法が制定された1993年以来、新自由主義経済として、国の大多数の利益に反してきたと評価しています。ちなみに1993年憲法はフジモリ政権によるクーデターの下で制定されています。

 カスティージョ候補が新しく導入しようと考えている「人民的市場経済」のコンセプトは、ボリビアのモラレス政権、エクアドルのコレア政権下の経済モデルをベースにしていると述べています。その上で、国家の経済的役割を積極的に変更し強化するとしています。

 例えば、国家による市場の規制、富の再分配(給与を改善する国内企業を優先)、「付加価値、投資、雇用、給与引上げを生み出す」産業国家化、国有化(投資による国内経済の強化、鉱物資源・ガス・石油といった戦略的部門の国有化)、「監査役、計画者、改革者、経営者、保護者」としての権限を備えた「強力な国家」、契約の見直し(海外の超国家的採掘企業との利潤の分配に関する再交渉なども含む)、資源主権による対外債務の縮小、国内需要の優先、マクロ経済の安定、米国や国際機関への従属から脱却した主権国家などがその中身となっています。

 要するに、経済過程に国家がより積極的に関与して国内経済の強化、格差縮小を実現するモデルを打ち出していると言えます。この経済モデルを導入するために、制憲議会を通じた新憲法の制定を求めています。

 ボリビアのエボ・モラレス氏(元大統領)は、カスティージョ候補の第1位が明らかになった際、エクアドルとペルーの大統領選(同じ日に実施)に関して、「我々は、エクアドルでは敗れたが、ペルーでは勝利した」とコメントしました。そして、カスティージョ候補が掲げる政策がモラレス政権が進めたもの(制憲議会による新憲法制定や資源の国有化など)と同じ内容であると指摘しています。

 研究者の中でも、カスティージョ候補をエボ・モラレスと同じ政治的タイプであると評価する人もいます。

 その他、現在の憲法裁判所については活動を停止して、人民の権利を守るために新たに市民から選出された代表によって構成されることを提案しています。

 その一方で、社会的分野の問題では、自らの政権の下では中絶の合法化や同性婚は認めないであろう、そして学校カリキュラムにジェンダーの視点を含めることについても反対していると報じられています。

 「学校で家族を守る必要がある。その他のことを考えることは家族を壊すことである。教師として、我々は家族の価値観を尊重し、それを深める必要がある」とカスティージョ候補は地元メディアのインタビューで発言しています。

 党の『基本的考えとプログラム』の教育の項目でも「ジェンダー教育」については触れられていませんし、女性に関する項目で「マチスモ(男性優位主義)を払しょくする」としながらも、「それは、その対極にあるフェミニズムを設定することを意味しない」、「女性の自由の問題は、性の違いに基づくのではなく、帰属する社会モデルに基づくもの」と述べています。

 このためメディアでは、カスティージョ候補は「経済面では左派、社会面では保守派」と評されています。この点の政策については問題があると言わざるを得ないと思います。

 続いて、カスティージョ候補の支持基盤についてです。

 選挙キャンペーンに使われているフレーズの1つ、「豊かな国での貧者はもうたくさんだ!」が示しているように、主な支持基盤は農村部の貧困層であり、いわば、首都から離れた周辺部の「忘れられた人々」であり、こうした人々の不満を取り上げています。「わが国の最も忘れられた人々に敬意を表したい」とカスティージョ候補は述べています。

 「リマと北部の沿岸部は、エスタブリッシュメントがフジモリ候補に投票している。残りの地域、アンデス地域はカスティージョ候補に投票している」とカルロス・メレンデス氏(チリのディエゴポルタレス大学の社会科学研究所研究員)は分析しています(イギリスBBC記事4月13日付)。

 実際に地域別の得票率を見ると、地元のカハマルカ県全体では44.9%(フジモリ候補は10.6%)なのに対して、リマでは7.8%しかありません(フジモリ候補は14.2%で3位)。

◎ケイコ・フジモリ候補(人民勢力党)

 人民勢力党の党首(45歳)で、アルベルト・フジモリ元大統領の娘です(父親の政権は1990年から2000年まで)。国内では最も知られているが、論争の的になる政治家の1人と言われています。

 大統領選は3度目の挑戦になります。過去2回(2011年と2016年)とも決戦投票まで進みましたが、いずれも敗退しました。今回勝利すれば、ペルーで初めての女性大統領となります。

 フジモリ氏は、米国のボストン大学で経営学を学び、同じくコロンビア大学で経営学修士(MBA)を取得しています。2006年から2011年までは国会議員を務めています。

 また、過去の大統領選に絡み、ブラジルの大手建設会社オデブレヒトからの贈賄とマネーロンダリング疑惑に関連して、2018年10月と2020年1月の2度にわたり予防拘留で収監されています。2021年3月11日、検察はフジモリ氏をマネーロンダリングなどの罪で起訴しました。有罪判決が出るまでは立候補可能であるため、現在は保釈中の身で選挙活動を行っています(したがって行動制限などが課せられています)。

 フジモリ候補の政策についてですが、政権構想「レスカテ(救出)2021」を見てみますと、最初に1993年憲法について、当時の政治・経済危機の中で新しい制度が必要であったこと、国民投票によって認められたものであると評価し擁護しています。

 その中の「社会的市場経済」モデルについても、「開かれた、包括的な制度」であり、「競争と消費者の満足が企業の成功を判定するのであって、特定の選ばれた経済部門の保護と優遇策による国家の決定によってではない」として肯定しています。

 この「競争に基づいた開放経済」が、「投資をより引きつけ、雇用と成長を生み出した」ことで「貧困を減らし、国の安定や秩序を回復した」とも述べています。

 しかしその後の政府がこのモデルを深化させることができず、行政府の弱体化も加わって、国民の中に明確な格差の拡大を生み出すことになり、またコロナ禍の影響もあってそれが悪化していると分析していますが、国の再建は、憲法を変える必要がなくても可能であると判断しています。このように、カスティージョ候補の考えとは真っ向から対立する内容を掲げています。

 さらに、「真の社会的市場経済の発展」によって「国民すべての福祉を回復する」と述べています。その中身として、「フォーマル(法的に保護された)な労働の機会創出、起業プロセスの簡素化(中小企業の促進)、官民連携の促進、社会的責任を伴う持続可能な投資の創出」を謳っています。簡単に言えば、民間投資主体の経済成長による雇用創出と所得改善による格差縮小という方向性です。

 ちなみに、ペルーでは7割に上る人が法的保護の下にない労働(インフォーマルな労働)によって生計を立てていると言われています。

 他にも中期的な課題として、「農業と鉱業(とくに採掘活動)の間の健全な共存」を促進することなどを提起しています。

 一方、社会的な分野では、安楽死や中絶反対(医療的理由は除く)の立場を表明しています。同性婚に関してはシビル・ユニオン「法的に承認されたパートナーシップ」を支持する考えを示しています。

 決戦投票に向けて、フジモリ氏は、他の右派候補者の支持者をまとめようと動いています。とくに3位のエルナンド・デ・ソト(祖国前進)、ラファエル・ロペス・アリアガ(国民刷新)両候補に投票した人たちです。

 フジモリ候補は、1回目の投票の公式結果が公表される前に、デ・ソト氏とは「大いに一致している」、「ともに働くこと」ができることを望んでいると発言しています。

 さらに「両氏(デ・ソト氏とロペス・アリアガ氏)に呼びかけます」と述べ、両氏とも「民間投資の経済モデルを信じており」、「ペルーがキューバあるいはベネズエラになるのを望んでいない」との考えを示しています。

 但し、世論調査などではフジモリ候補に投票しないという意見が多いように、父親の政権時代の統治(人権侵害など)に批判的な人々も少なくなく、そうした世論の動向がポイントになってくるとの指摘もあります。

(3)政治的危機と今後の行方

 昨年はコロナ禍に加えて、大統領が2名も交代を余儀なくされる事態になるなど、ペルーは政治的な危機の中にあると言えます(詳しくは、2020年12月配信記事「ペルー 大統領の辞職と政治的危機の構図」を参照してください)。とくに議会と大統領との対立が続いており、それに加えて大統領を始めとした政治家の汚職・不正行為が後を絶ちません。

 今年2月には、昨年10月ビスカラ元大統領(当時在任中。11月に過去の汚職事件で罷免)ら政府要人がまだ治験段階だった新型コロナウイルスの中国製ワクチンを特別に入手して接種していたことが発覚し、激しい批判を浴びています(ビスカラ氏の家族も接種)。

 ビスカラ氏は今回の国会議員選に出馬してトップ当選となりましたが、国会は、4月16日、この接種が法の下の平等などを定めた憲法に違反するとしてビスカラ氏に対して10年間の公職追放を議決しています。

 ペルーの政治状況について、選挙前のイギリスBBCの解説記事(4月10日付、同月11日更新)では、ペルー教皇カトリック大学の政治学者で弁護士のミラグロス・カンポス氏による分析が紹介されています。

 簡単にまとめると、先のような状況の中で政府の統治の信頼性が大きく揺らいでいるだけでなく、人々の間に「すべての政治家は同じ」、「汚職は政治につきもの」という感情が生まれていて、政治制度全般に対する不信につながっていると説明しています。

 その上で、ペルーには「政治的エスタブリッシュメントの崩壊、政治家階級に対する不信の全般化、パンデミックによる社会的不満の増大」などを通じて、有権者の中に「物事を変えよう」という感情が生まれていると同時に、既存の体制を批判するポピュリズム的な指導者が生まれる土壌が作られていますと指摘しています。

 問題はその変化の方向、内容がどのようなものかということです。最後に決戦投票の行方についてですが、1回目の投票でカスティージョ候補の方に勢いがあり、すぐに選挙があれば有利と見られています。

 しかし6月6日の投票日までにはまだ時間あるため、予断を許さないとも言われています。なお、最近の世論調査(ペルー研究所による)では、カスティージョ候補の優位が伝えられています。

2021年4月29日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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