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チリ 制憲議会選挙とジェンダー平等

(1)憲法制定議会選挙の実施

 5月15日と16日の両日にわたって、チリでは憲法制定議会(以下、制憲議会)の議員選挙が行われました(同時に、州知事や市長、市議会議員などを選ぶ統一地方選挙も実施されました)。

 元々は4月11日に行われる予定でしたが、新型コロナの感染状況を理由に延期されていました。今回選挙日が2日間に及んだのは異例ですが、これも新型コロナの感染拡大を防ぐため(人が密になるのを避ける)としています。ここでは、制憲議会選挙について見ていきます。

 制憲議会の定数は155名(定数と選挙区などは下院選挙と同じ)。そのうち先住民の優先枠が17議席です。優先枠内の議席配分(10の先住民族で分ける)もあらかじめ決められています。立候補者数は全部で1373人(先住民枠も含む)でした。

 まず投票率ですが、43.41%と低くなっています(有権者総数は約1490万人)。※基本データは、監督機関である選挙サービス(Servicio Electoral)による。

 選挙の結果(開票率100%)を見ますと、当選者数が一番多かったのは、政党に属していない無所属の候補者で、計48議席を獲得し、3分の1近くを占めることになりました。

 また、野党系候補者(選挙グループとしては2つ)では、左派連合(Apruebo Dignidad:共産党・拡大戦線)が28議席、中道左派連合(Lista de Apruebo:キリスト教民主党、社会党など)が25議席をそれぞれ獲得しました。一方、与党を含む中道右派連合(Vamos por Chile)は37議席に留まりました。

 残りの17議席は先住民枠です。10の先住民のうち、最大民族のマプーチェが7議席、アイマラが2議席、残りの8議席はケチュアなど8集団により配分されています(それぞれ選挙は実施)。

 チリの現政権を構成する中道右派連合の獲得議席が、事実上の拒否権を行使できる数である全体の3分の1に届かなかったことで、右派勢力は草案作成を進める上で厳しい立場に立たされることになりました。

 今回の制憲議会での可決要件は総数の3分の2が必要とされていますので、3分の1を超えれば、「拒否権」を持つことを意味します。

 セバスティアン・ピニェラ大統領は17日夜、「今回の選挙で、市民は、政府とすべての伝統的な政党に対する明確で力強いメッセージを我々に送った。我々は、市民の要求と切望しているものに適切に対応していない」と発言し敗北を認めています。

 さらに「新しい表現とリーダーシップが求められている。人々のメッセージを謙虚に注意深く聞くこと、そのニーズをよりうまく理解して対応するために努力することが我々の義務である」とも発言しています。

 一方で、無所属議員が多数を占めたことで、議論と草案決定の先行きが不透明になったと見る意見もあります。

(2)制憲議会での議論の行方

 今回の選挙を受けて6月か7月に制憲議会が発足して草案作成に向けた議論がスタートする予定になっています。

 選挙結果を踏まえて、現時点で新しい憲法の内容についての議論がどのような方向へ向かっていくのか、少し考えて見たいと思います。

 調査ジャーナリズムセンター(CIPER)というジャーナリストたちが構成しているチリのNPOのサイトにある記事(5月17日付)を参照します(ニコラス・マサイDとベンジャミン・ミランダ両氏による記事)。

 「制憲議会の半分:77人の代議員は、システムのラディカルな変革を推進するグループのリストに由来している」が記事のタイトルです。

 記事によると、この77人の政治的色分け(選挙リストによる)は、①Apruebo Dignidad(共産党PC・拡大戦線AF)からが28人、②人民リスト(社会的リーダーや活動家らの集まり)からが27人、ローカルリストから無所属の7人、先住民議員から15人、合計77人で議員数の半分を形成すると述べています。

 この77人の共通項ですが、ここにグループ分けされる議員たちが進めようとしている政策の内容にあります。大まかにまとめると、国家の役割変更(自由市場を優先し国家はそれを助ける補助的役割をやめる。とくに公共財・サービスの供給に関して。)、採掘主義経済の克服(鉱物など資源開発優先の経済の克服)、先住民族の土地の権利回復や多民族国家の確立、労働権の深化、年金制度改革(ピノチェト政権期に導入された年金制度の改革)、食料主権の制定、良質な無償の公教育の確立などです。

 さらに、ピノチェトの軍事独裁が終わり民政移管した以降に採用されてきた政府の政策(中道左派政権の政策を含めて)を強く批判しているという点も共通項として指摘されています。

 ただし、これらの内容が正式の草案として採択されるためには、3分の2の賛成が必要であり、このままでは数の上では足りないことになります。

 その点について記事では、議論されるテーマによっては、中道左派を形成する社会党(PS)や民主主義のための党(PPD)から選出された議員などが賛成する可能性を指摘しています。

 その一方で、ここでグループ化している77人は、まったく同質的な集団でもなく、相互に批判を含めた違いがあることも事実であると説明しています。

 いずれにしても今回の選挙による制憲議会の議員構成で明確になったことは、ピノチェト軍事独裁期に起源を持った現在の憲法が擁護している新自由主義な内容がこのまま存続する可能性は極めて薄くなったということです。

 そう言えるのは、何らかの形で新自由主義を批判する政治的色合いの議員が3分の2超を占めているからだと記事では解説しています。

(3)パリテ(男女同数)原則と選挙の結果

 今回の選挙は、もう一つ「ジェンダー平等」という点からも注目されていました。議会構成のジェンダー平等を保障するための制度である「パリテ(男女同数)制度」が制憲議会に適用されたのは、世界的にも今回が初めてのことでした。

  この点で今回の選挙はどうだったのかを見ますと、大方の予想を超えて女性候補者の当選者数が多数を占める結果になったため、パリテ制度による「ジェンダー是正」が働いて、最終的には女性議員77名に対して男性議員78名と、男性議員の方が1人多くなるという「逆転」現象が起こりました。

 今回の選挙とパリテ制度の関連については、先ほどと同じくCIPERが学者と共同で分析している記事(5月17日付。マカレナ・セゴビアさんによる記事)がサイトに掲載されていますのでそれを参照します。

 なお、票数などのデータは、監督機関である選挙サービス(Servicio Electoral)が公表しているもので、記事が書かれている時点では開票率(選挙区によって差がある)97~100%の段階でのものと注釈があります。

 まず、昨年3月24日に発効した憲法改正法には憲法制定議会でのパリテ原則が導入されました。この中には、入口(立候補段階)と出口(議席配分の平等)のパリテ制度が組み込まれています。前者は、立候補者の数を男女同数にするというもの、後者は、獲得した議席数の配分を男女同数になるように「是正」(議員の入れ替え)を行うものです。

 投票結果についてですが、得票数全体を見た場合、女性候補の得票率は52.2%、男性候補は47.8%で、女性候補の方が4.4%ほど多く票を得ています(票数の差では290万票超)。※但し先住民族の優先枠での票数は除いた数です。

 「是正」後の獲得議席数では、女性が68議席(49.3%)、男性が70議席(50.7%)となっています。これに先住民枠の獲得議席数を加えると、女性議員の議席総数は77議席(49.7%)、男性議員の議席総数は78議席(50.3%)となり、議席の差は1議席です。法律では議席割合の最低保証は45%と定められています。

 まず、女性候補の得票率の高さですが、これは「パリテ制度」の「入口」の効果があったと見ることができます。

 記事では、2017年の下院選挙との比較をしていますが、この時は女性候補者の得票数が男性候補者の得票数を上回った選挙区は2つしかありませんでしたが、今回は18選挙区で上回りました(全選挙区は26)。割合にすると、7.1%から64.3%への増加です。

 理由の一つとして、候補者リストの一番目に女性を置くことが義務付けられていることがあります(その後は男女交互に置き、原則同数にする:シマウマリストと呼ばれています)。

 次に、なぜ女性の方が得票数が多かったにもかかわらず、獲得議席が男性より少なくなるのかについてですが、今回の「パリテ制度」では、各選挙区の定員に対してどちらかの性別の議員が多かった場合、両者の数が均等になるように当選議員を入れ替ることを定めているからです。

 具体的には、各選挙区で男女議員の差が2つ以上になった場合、入れ替えが行われます。例えば、ある選挙区の定員が4名で、男性が1人、女性が3人の当選になった場合では、3番目の女性が男性1人(票数の多い)と入れ替わることで、2人:2人と均等にします。

 なお、入れ替えは、あくまでも同一グループのリスト内、または政党内で行われます。これによって、例えば左派の候補と右派の候補の入れ替えが起こることはないと説明されています。

 つまり、性別は別にしても、一定の政治的傾向は保たれるように調整されるということです。但し議会内のジェンダー平等が保障されることによって、それが憲法論議の内容に影響を与えることは否定できないと思います。

 先ほど述べた、女性の得票率と獲得議席数の「食い違い」は、女性の当選者数が男性よりも多かったので均等になるように女性議員の数を減らして男性議員の数を増やすように議員の入れ替えが行われた結果として起こった現象になります。

 再び、今回の男女議員の最終的な数を確認しておきます。前述したように男性議員の総数は78(この数字は先住民枠の男性議員の8を入れての数字。それを除いた数は70)。対して女性議員の総数は77(こちらも先住民枠の女性議員の9を入れての数字。除いた数は68)です。

 それでは、今回のような結果における「是正」がなかった場合はどういう結果だったのかについて見ておきます。そうすると、男性が67議席、女性が71議席になります(これは先住民枠の議席数を除いた数)。先住民枠に関して見ると、男性議員は4、女性議員が13。合計すると男性議員は71、女性議員は84となります。

 「是正」によってトータルで見ると、男性議員は7人増えて、女性議員は7人減っていて、均等になるように入れ替えが行われたことがわかります。

チリ制憲議会選挙、「パリテ制度」の下での結果(CIPERの記事より筆者作成)