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ペルー 高まる政治的・社会的危機の中で

 3月末から4月初めにかけて、ペルーで大きな社会的抗議行動が起こりました。直接の原因は、燃料価格や食料品価格の高騰に対する不満です。

 しかし問題はそれにとどまらず、カスティージョ新政権の統治能力に対する「不信」へと広がっています。近年、政情不安が続くペルー政治の背景に触れながら今回の事態をまとめてみます(まとめるにあたって、英BBCの記事を参照しています)。

(1)物価高による不満の高まりと抗議行動

 今回の危機の高まりは、燃料価格(ガソリンなど)、生活費の高騰に対する人々の不満が直接のきっかけとなっています。物価高はペルーに限らず、日本も含め世界レベルで起こっています。

 今年3月のペルーの消費者物価指数は約1.48%のプラスです。月の変動幅では、この26年間で最も高い数字を記録しています(国家統計情報庁のデータ)。指数上昇の主な項目は、食料品、教育、輸送の3つでの値上がりでした。政府は、燃料価格の値上がりについて、ウクライナでの戦争に起因するものと見ています。

 そうした状況の中、輸送業者の組合である全国貨物運送業者協会(GNTC)が3月28日から無期限ストライキを実施することを公表しました。

 ストライキ実施の理由について、GNTCのエクトル・ベラスケス会長は、操業を続けるのに貨物の運賃コストが見合わなくなっていると説明しました。ストライキの開始とともに主要な幹線道路の封鎖が始まっていきました。

 これに連動して、肥料価格の高騰で打撃を受けている農業労働者、食料品価格の値上がりに憤慨する消費者市民、また、カスティージョ政権が力を入れると公約した公教育の拡充がなされていない状態に不満を強めている教員たち、その他の労働組合も抗議行動に合流。行動が拡大していきました。

 抗議行動は、首都リマ市だけでなく、以下のとおり全国各地に飛び火していきます。北西部のピウラ、チクラーヨ、ラ・リベルタ、フニン(中央高地)、イカ(南部)、アレキパ(第2の都市)、サン・マルティン、アマソナス、ウカヤリ(東部)などです。公共交通が制限された影響で学校の授業が中止となった地域もあります。道路封鎖によって通常の物流が妨げられるなどの影響も出ています。

 こうした中、ペドロ・カスティージョ大統領は、最低生活賃金の10%引き上げを発表しました(4月3日)。現行の月930ソル(約3万1,248円、1ソル=約33.6円)から1025ソルへと増額するものです(実施は5月1日から)。同時に、ガソリンとディーゼルに対する選択的消費税(ISC)を6月末まで免除する措置も打ち出しました。

 しかしペルーでは、法的な保護を受けないインフォーマル・セクターで働いている人の割合が多いため、こうした人々には政策の恩恵が届かないと指摘されています。

 この措置が公表されても、抗議行動を収束させる効果は出ませんでした。道路の封鎖はもとより、暴力事件などが相次ぐ中、カスティージョ大統領の次なる措置がより一層の批判をもたらすことになりました。

(2)エスカレートする抗議行動への政府の対応

 4月4日(月)の深夜、カスティージョ大統領は、翌5日(火)の午前2時から午後11時59分までの間、首都リマ市とリマ近郊のカヤオ憲法特別市(港湾都市)の2カ所に外出禁止令を発出しました。これにより、医療や社会的インフラに関連した生活に必須の活動の他は、すべての外出が禁止とされました。またこれにより集会の自由といった憲法で保障された権利の一部が制限されることになります。

 これは、抗議行動が激化する中で、略奪や破壊行為が横行、死者も発生しており、これ以上の被害拡大を防ぐことを目的としていました。

 抗議行動が始まってからの一週間で、死者4人、約20人の逮捕者が出ています。死者の中には未成年者も含まれていました。

「昨日(4日)、各地での抗議行動がエスカレートした。いくつかコントロールできない所があった。」

 首都リマにある太平洋大学の公共政策観測所の所長で政治学者のアレクサンドラ・アメス氏はこのように状況を説明しました。

 幹線道路の封鎖は、25県のうち少なくとも10県で続いていて、その中には首都リマにアクセスする道路も含まれていました。封鎖だけでなく、料金所やバリケード用のタイヤに火がつけられるなどの事例も報告されていました。北西部のトゥルヒージョでは、スーパーマーケットや商店で略奪があったことが報じられています。

 その一方で、抗議行動の参加者からは警察の弾圧行為が告発されていました。この点について、アルフォンソ・チャバリィ内務大臣は、「警察当局は、(状況に)非常にうまく対処している。」と説明していました(2日(土)の記者会見)。死者の発生についても、道路封鎖に伴う状況に由来するもので、警察の行為によるものではないと否定しています。

 今回の外出禁止令の発出は、4日の深夜に出されたこともあり、驚きとともに大きな批判の声を呼び起こしました。移動制限措置によって、通常の仕事も含めた日常の行動が大きな影響を受けることになるからです。アメス氏も「今回の措置は真夜中に発表された。なぜそんなに遅かったのか?」と疑問を呈しています。

 野党側だけでなく、人権オンブズパーソンである護民官局(Defensoría del Pueblo)も今回の措置は「違憲」の疑いがあり、「廃止」を要求しています。経済界からも反対の声明が出されました。

 抗議行動が起こった当初、カスティージョ大統領は、道路封鎖について、その「首謀者」「指導者」を「悪意がある」あるいは「カネを受け取っている」と非難していました。しかしその後、こうした発言について謝罪するとともに、閣僚とともに抗議行動が激しくなっている地域に出向いてその訴えを直接聞くように態度を変化させました(7日)。

 外出禁止となったにもかかわらず、5日当日は、多くの市民が首都リマの中心街の通りに出て、外出禁止令の発出に抗議しました。その過程で、最高裁、司法検察庁、全国選挙審議会などの施設が襲撃され、書類などが奪われて街頭に投げ捨てられるなどの事態が発生しています。

 結局、外出禁止措置は、事態をいっそう混乱させた上に、一日で撤回されました。その影響は小さくはなく、これまで積み重なってきたカスティージョ大統領自身の統治能力に疑問符をつけることになります。

✻ その後の経済対策では、4月14日に家庭で消費される5つの食材(鶏肉、鶏卵、砂糖、素パン、素パスタ類)に対する一般売上税(IGV、税率18%)の適用を一時的に免除する法律を公布しました(期間は今年7月31日まで。法案は12日に議会で可決済み)。

(3)支持を失いつつあるカスティージョ政権

 大統領に正式に就任する前から、「急進左派」と言われるカスティージョ大統領は、同候補の勝利を認めたくない野党勢力や企業のエリートたちからの攻撃に直面していました。

 新政権にとっては、最初から「波乱の船出」であったわけですが、一方で、地方を中心に人々からの「期待」や「支持」が大きな支えとなっていました。

 しかし政権が発足して一年も経たないうちに、カスティージョ大統領自身の「能力の欠如」がクローズアップされるようになっています。

 端的には、首相を筆頭とした内閣の度重なる交代です。2021年7月の就任から8か月のうちに4人の首相を任命する事態に至っています(現在は第4次のアニーバル・トーレス首相内閣。3人目のエクトル・バレル氏は家庭内暴力疑惑により2月1日の任命からわずか3日後の同月4日に交代)。こうした事態に、大統領の選定能力に疑問符がついています。

 これに加えて、汚職疑惑(橋梁建設計画の公共事業入札に関わる案件)に関する調査が起こっています。カスティージョ大統領の2人の甥と、昨年11月に辞任した元政府宮殿事務総長のブルーノ・パチェコ氏が関わっていると見られています。

 汚職疑惑に関する告発は、大統領の資質を問う議会での弾劾決議を推進するための理由の一つになっています。すでにカスティージョ大統領の罷免を求める弾劾決議の試みは二度にも及んでいます(昨年12月と今年3月。いずれも否決)。

 こうした事態が重なって、最近の世論調査における大統領の支持率の低下が顕著になっています。社会科学諸分野の研究を行っているペルー問題研究所(IEP)の調査では、不支持の割合が68%と最も高い数字を示しています(3月22日)。また、同じ割合の人が早期の選挙実施に同意しています。

 市場・世論調査会社Datumが実施した最近の調査(4月初め)では、カスティージョ政権への不支持が76%にも達しています。

 ペルーの近年の政治を振り返ると、政治的に不安定な状態の下にあるのは、カスティージョ政権に限ったことではありません。ペルーでは、2016年から今年までの間に5人の大統領が交代して政権を担う事態となっています。同じ期間での首相の交代も実に13人を数えています。いずれの大統領も5年の任期をまっとうできていません。

✻ 2020年の大統領の交代劇については、第25回の記事「ペルー 大統領の辞職と政治的危機の構図」をご参照ください。

 このことから、ペルー国民の多くは、カスティージョ大統領も5年の任期をまっとうできないだろうと見ています。とくに深刻なのは、現在不支持の意を示している人の多くが、地方在住の人々で、昨年の大統領選挙ではカスティージョ候補を支持していた人たちだからです。

 イカ県のペルー教職労働者統一組合(SUTEP。カスティージョ大統領もこの組合の元役員)の組合員であるフアン・パコ・アカシエテさんは、物価高の要因について、ウクライナでの戦争の影響だけではなく、企業が価格を引き上げている面があると考えています。その一方で、大統領が公約としている教育分野への予算拡充(目標はGDPの10%を教育分野に充てる)が果たされる様子がないと批判しています。

 抗議行動に参加している人の中には大統領の支持者もいます。こうした人たちは、物価高に不満を述べつつも、それは大統領の責任ではない、法外な価格を招いているのは国内外の資本に責任があると考えています。

 しかしながら、先の外出禁止令の発出は、コロナ禍で経済的に苦しんでいる人々にとって働きにいくことが禁止されたということで大きな間違いだったと指摘されています。

 他方で、ペルー国民は長年汚職に我慢を強いられてきたことを問題視したり、既存の政治勢力が大統領の進めようとしている変革を妨害していることを批判する人もいます。

 現在の議会では、フエルサ・ポプラール(人民勢力:党首ケイコ・フジモリ。フジモリ主義の政党)などの右派勢力が共同して、カスティージョ大統領の罷免を要求し、国民に対して政権に反対するよう呼びかけています。決選投票に敗れたケイコ・フジモリ陣営は、大統領選挙で不正行為があったとして告発してきましたが、その証拠は明らかになっていません。

 多くの専門家たちも、今回の危機について生活費の値上がりだけが原因ではないと分析しています。

 アントニオ・ルイス・デ・モントーヤ大学の公共政策の研究者であるアロンソ・カルデナス氏は、ペルーの政治的代表制が「末期的な危機」にあると述べています。そのことは、相次ぐ大統領や首相の交代に示されています。厳しく見るなら、国を統治するのにふさわしい政治(家)が不在であるとも受け取れます。

 新型コロナのパンデミックによる経済的影響も否定できません。パンデミックによる経済的な打撃を受けてきた人々の不満が、生活費の高騰を受けて爆発しているとも言えます。

 政府の措置や対応の誤りは、この状況を悪化させている要因のうちの一つであり、政府の「機能不全」とも言うべき状態に揺れ動いてきたのが、カスティージョ政権のこの9か月だと言えます。

 議会内に安定した基盤を持たないカスティージョ大統領が政権を安定させ、変革のための推進力を取り戻すには議会外の民衆からの支持を得るしか道はないはずです。しかし今はその逆に動いてしまっています。

 結局、問題の所在を「政敵」の責任だけに帰するのではなく、自らが担う政権内部の問題に目を向けることなくして、人々の支持を得ることができないのは「歴史のつね」と言えるのかもしれません。

✻ 政府は4月8日から30日間、国道での取り締まり強化を目的とした緊急事態宣言を発令しています。これにより、警察だけでなく軍も治安維持活動が可能となり、「交通の自由」「集会の自由」など憲法で保障された権利が制限を受けることになります。

参照記事(いずれもBBC News Mundoのオンライン記事。スペイン語)

①Perú: 3 claves sobre las protestas que provocaron el controvertido estado de emergencia en Lima y Callao(2022年4月5日、6日更新)

②Perú: cuál es el origen de las protestas que han provocado una grave crisis política y social en el país sudamericano(2022年4月9日)

③Perú: el presidente Castillo anuncia el fin del estado de emergencia en medio de violentos enfrentamientos en Lima(2022年4月5日)

2022年4月28日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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