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〈ロシア軍によるウクライナ侵攻〉中南米各国政府の見解

 2022年2月24日、ロシア軍によるウクライナへの侵攻が開始されました。現在に至るまで戦闘状態は続いており、数多くの避難民、死者・負傷者gを生み出し続けています。この悲惨な事態を一刻も早く止めさせなければなりません。

 その上で、この事態(ロシア軍によるウクライナへの侵攻)に対して中南米各国政府はどのような立場をとっているのかをまとめてみるのが今回のテーマです。とはいえ、すべての国を取り上げるのは無理なので、いくつかの国をピックアップして紹介することにします。

(なお、この文章は、『アジェンダ』77号(2022年夏号)所収の「ラテンアメリカの現在」(第10回)の記事に掲載できなかった内容(メキシコ政府の部分は重複していますが)を再編集したものです。本誌77号も合わせてご覧ください。)

 まず概観するために、国連決議への対応をまとめてみます。侵攻後の国連決議には主に以下のものがあります。

①国連総会第11回緊急特別会合(2月28日から開催)でのロシア軍即時撤退を求める決議(3月2日採択)。

 国連加盟国193か国中、賛成141か国、反対5か国、棄権35か国。中南米諸国で棄権したのは、ボリビア、キューバ、エルサルバドル、ニカラグアの4か国。ベネズエラは無投票(※理由は後述)。

②同じく国連総会での人道決議(3月24日採択)。

 深刻化する人道危機を「ロシアによる敵対行為の悲惨な結果」として遺憾の意を示し、民間人保護などを求める内容。賛成140か国、反対5か国、棄権38か国(先の中南米4か国も同じ)。

③同じく国連総会でのロシアの国連人権理事会理事国の資格を停止する決議(4月7日採択)。

 賛成93か国、反対24か国。棄権(58か国)と無投票(18か国)を除いて、成立に必要とされる3分の2以上の賛成を得て可決。先の4か国のうち、ボリビア、キューバ、ニカラグアは反対、エルサルバドルは棄権。

 以下、各国政府の主張について取り上げます。

〈キューバ政府の声明〉

 ①の国連決議に際して政府代表が演説しています(3月1日)。2月26日に公表された政府の声明(外務省)も参照します。

 3月1日のキューバ代表の国連総会緊急特別会合における演説は、多少の違いはありますが、この声明に基づいています。演説の日本語訳(栗田禎子・訳)は、「ウクライナ侵略戦争─世界秩序の危機」(『世界』臨時増刊 岩波書店)で読むことができます。

「キューバは、国際法を擁護し、国連憲章を遵守する。すなわち常に平和を擁護し、いかなる国に対する武力の行使あるいは武力による威嚇にも反対する。」

「我々は、平和的手段を通じてヨーロッパにおける現在の危機の誠実で建設的かつ現実的な外交的解決を擁護する。それは、すべての当事国の安全と主権、同じく平和、安定、地域及び国際上の安全を保証するものである。」

 演説では、①の決議案を支持しない理由に「必要なバランスを欠いている」点を挙げています。つまり、「回避することができた」のに、「ロシア連邦の国境へ向けたNATOの漸次的拡大を続けるアメリカ合衆国の意図が、予測しえない規模の影響を伴った状況をもたらしている。」と、米国・NATO側の問題に言及していない点を指摘しています。

 これは、長年にわたって米国の経済封鎖、軍事的圧力に晒されてきたキューバとしては当然の主張とも理解できますが、ロシアが行っている「武力行使」について明示的な批判的言及がないのはやはり問題があると指摘せざるを得ないと思います。それは、たとえこの決議案のテキスト自体に賛成できないとしても、です。「いかなる国に対する武力の行使あるいは武力による威嚇にも反対する。」と述べているのですから。

 いずれにせよ、キューバにとってロシアとの関係では、とくに経済面での関係が重要になっていることが伺えます。ロシアは2月にキューバが負っている債務の返済を猶予する対応を示しています。

〈ベネズエラ政府の声明〉

 ベネズエラは、国連の加盟分担金滞納により投票できず、決議の採決では無投票(欠席)となっています。2月24日に政府が公表した声明を見てみます。

「ベネズエラ・ボリバル共和国は、ウクライナにおける危機の悪化に対する懸念を表明する。また、アメリカ合衆国が推進するNATOによるミンスク合意のごまかしと不履行を遺憾に思う。」

「これらの合意からの逸脱は、国際法を傷つけ、ロシア連邦、その領土的一体性と主権に反対する強い脅威を生み出している。同様に、近隣国との間の良好な関係を妨げている。」

「ベネズエラは、エスカレーションを回避するため、紛争の渦中にある双方の間の効果的な対話を通じて外交的合意の道を再開するよう呼びかける。同時にこれらの国々の住民の命と平和、地域の安定を保護するために、国連憲章で考慮された交渉の枠組みを再確認する。」

「ベネズエラ・ボリバル共和国は、憲法の平和外交に沿って、この紛争の平和的解決のためのよりよい票を投ずる。同時にロシア国民に対する経済攻撃や違法な制裁の適用を拒否する。それはロシア国民の人権の享受に大きな規模で悪影響を及ぼす。」

 その後もニコラス・マドゥーロ大統領は、ロシアとの経済関係を維持していくこと、経済制裁に反対する考えを堅持しています(3月2日)。

 その一方で、3月5日に首都カラカスの大統領官邸で米国の政府高官と会談したことを明らかにしました。これは、対ロシア禁輸措置による原油の供給不足を補う代替として、米国がベネズエラに課してきた制裁措置の緩和を協議するためのものです。2019年以降、米国内でのベネズエラの原油取引は認められていませんでした。

 マドゥーロ大統領は、「敬意があり、友好的で、とても外交的」と会談の雰囲気を表現しました。

 米国の目的の1つが、ロシアとベネズエラの同盟関係にくさびを入れる、少なくとも牽制することにあるとも考えられています。

 ベネズエラも対話を通じた平和的な解決を主張していますが、声明の中で直接ロシア軍の侵攻を非難した文言はありません。その一方で、NATO諸国による軍事支援の拡大が停戦の動きを妨げていることも同時に批判されることだとは思います。

〈チリ政府の見解〉

 続いて、①~③の決議に賛成した国の一つとしてチリ政府の主張を取り上げます。ちなみに侵攻が始まった2月24日は、ボリッチ新政権が発足する前です(発足は3月11日)。

 ガブリエル・ボリッチ現大統領は、自身のツイッターにコメントを出しました(2月24日)。

「ロシアは紛争解決の手段として戦争を選択した。」「我々は、ウクライナへの侵略、その主権の侵害、武力の違法な行使を非難する。我々の連帯は犠牲者とともに、我々の謙虚な努力は平和とともにあるだろう。」

 当時のカロリーナ・バルディビア外相は、「チリは、国連安保理会議で承認される制裁を支持する。」「我が国は、ロシアに軍隊を撤退させること、とくにウクライナの主権と領土的一体性を尊重することを呼びかける。」と述べました。

 3月14日に、ボリッチ大統領は、チリの外国特派員協会主催の国際報道機関との会談で政府の立場について改めて説明しています。

 大統領は、チリは「ロシアを罰する」国連決議に賛成するとの考えを示した上で、ウクライナへの人道援助の提供を検討していることを述べました。

「我々の明確な考えは、人権の尊重、国際法の尊重、対話と敵対行為の停止のための努力を謙虚に進めていくというものである」とコメントしています。

「私たちは、チリにおけるウクライナの代表者に、私たちのできる範囲の人道援助を提示し、できればラテンアメリカレベルでそれを行う方法について話し合っている」とも述べています。

 その後4月6日のインタビューでは、国際的な制裁措置について「国民全体に害を及ぼす場合」には、「見直すことができなければならない」こと、「(制裁が)最善の道ではない」ことを強調しています。

〈メキシコ政府の見解〉

 ロペス・オブラドール大統領は、メキシコ政府の立場を次のように説明しました(2月24日)。メキシコは、先の国連決議については、①と②は賛成、③は棄権。

「外交政策に関して我々が引き続き行動し推進していこうとしている立場は、武力の行使や侵略ではなく、対話であり、我々はいかなる戦争も支持しない。メキシコは、平和と、紛争の平和的解決を表明してきた国である。」

 この立場は、メキシコ合衆国憲法に規定されていることを合わせて強調しています。同国憲法第89条10項では、大統領が遵守すべき原則として、「紛争の平和的解決」「国際関係における武力による威嚇または行使の禁止」を掲げています。

 大統領は3月1日、「我々はいかなる経済的報復も取るつもりはない。世界のすべての政府と良好な関係を保ちたいから」と述べるなど、制裁を進める欧米諸国とは一定の距離を置いています(国内では立場が曖昧、矛盾していると批判されています)。

 その後も「武器は送らない、我々は平和主義者である」と軍事支援にも否定的な態度を示しています。

 戦争の長期化が懸念される中、各国政府はどのような態度を示してこの事態に立ち向かうべきなのか、また、国家とは別に私たち一人ひとりはどうすべきなのか? 

 具体的に戦争に対する抵抗の在り方はどうあるべきか? 戦争を起こさないためにはなにが必要なのか? 私たちの前には、引き続きこれらの問いが重く投げかけられています。

2022年5月29日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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