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コロンビア 史上初の左派政権の誕生へ

 6月19日、コロンビアで大統領選挙の決選投票が行われ、1回目でトップに位置した左派のグスタボ・ペトロ候補が、ロドルフォ・エルナンデス候補を破って当選を果たしました。同国で左派の候補が政権を担うのは初めてとなります。

(1)決戦投票の結果

 決戦投票の結果は以下のとおりです(開票率99.99%)。

◎グスタボ・ペトロ(副大統領:フランシア・マルケス)得票率50.44%(1128万1013票)
◎ロドルフォ・エルナンデス(副大統領:マレレン・カスティージョ)得票率47.31%(1058万412票)

 投票率は58.09% 白票は50万1987票(2.24%) 無効票は27万1667票

 ペトロ氏は、選挙結果を知ったのちに、ツイッターで多数の支持に感謝するメッセージを発信しました。「今日は、民衆にとって喜びの日だ。民衆の初めての勝利を祝おう。あまりに多くの苦しみが、今日、祖国の心を満たす喜びによって和らぐことだろう。この勝利は、神のため、我が人民とその歴史のため。今日は、通りや広場(に出て祝う)一日だ。」

 またアフリカ系女性として初めて副大統領に就任するマルケス氏は、「ありがとう、コロンビア。この闘いは、私たちではなく、私たちの先祖とともに始まった。今日、尊厳と偉大さとともに、私たちはそのまいた種の実を収穫する。今日、もうここにはいない者たち、復活した者たちがやってきて、声を上げる。そして、私たちはともに新しい歴史を築き始める。」と述べました。

 イバン・ドゥケ現大統領もツイッターで、ペトロ氏の当選を祝福するメッセージを送り、「調和のとれた、制度に則った、透明性のある」政権移行に向けた話し合いを進めていくことを約束しました。

 近隣のラテンアメリカ諸国からも、「民衆の歴史的勝利」、「より公正で社会的包摂の国へ向けた変革の意思を反映している」、「コロンビア人民の意思は聞き取られた、その意思は民主主義と平和の道を守るために出発した」など、当選を祝うメッセージが次々と寄せられました。

 チリのボリッチ大統領は、「ラテンアメリカにとって喜ばしいことだ! 急速な世界の変革に挑み、ラテンアメリカ大陸の統一のためにともに働きましょう。進んでいきましょう!」と呼びかけました。

(2)新政権が進める課題と待ち受ける困難

 ここからは、ペトロ次期大統領が掲げた公約の中で、注目を集めると同時に実現が難しいと見られている3つのテーマを取り上げてみます。(以下の記述は、BBC Mundoのウェブ版記事を参照しています)

①石油から再生可能エネルギーへの移行

 最も論争を呼び起こして注目を集めたテーマが、石油産業優位からの転換に着手することです。ペトロ陣営のプランでは、今までの(鉱物資源の)採掘主義的経済モデル優先ではなく、気候変動に取り組む政策に見合った生産モデルの強化を訴えています。

 例えば、採掘の方法としてフラッキング(水圧破砕法)に反対しています。フラッキングは、主にシェールガス・オイルの掘削方法で、化学物質を含んだ高圧水を使うため、環境汚染や土地への悪影響が指摘されています。

 ペトロ氏にとってこの転換が重要なのは、自らが単に「もう一人のウーゴ・チャベス」ではないことを示す必要があるからだと言われています。

 隣国ベネズエラの故チャベス大統領は、かつて様々な社会政策(医療、食料・住宅支援、教育など)の資金を調達するために石油資源の開発による収入を使いました。

 そのこともあり、ペトロ氏は、コロンビアを、石油経済に過度に依存した「新たなベネズエラ」にはしないと述べています。

 さらにこの政策は、環境問題の解決に強い関心を持っている人々、とくに若い世代の支持を獲得することにつながっています。

 ペトロ氏の提案は、あくまでも新規の「探査」をやめることにポイントをおいています。その上で、オランダ・スタイルのようなグリーン・エコノミーへ向かって進んでいくことを望んでいます。ただしこうした政策については、左派の中からも「実現できない」との厳しい声があがっており、困難が予想されています。というのも、やはり石油がコロンビアにとって主要な輸出品目であり、国家収入の源泉であるからです。

 貧困対策などの社会政策や、グリーン・エコノミーを進めていく上での財源をどう確保するかという懸念に応えていくことが求められています。

②農地改革の新たな機会

 ペトロ氏は、農村地域での所有地の不平等を減らすことを提案しています。「生産的大土地所有(ラティフンディオ)」と呼ばれているものの進行を抑制するため、農村の土地所有への課税を引き上げるとしています。ただし、私有地の(強制的な)収用については考えていないと繰り返し述べています。

 コロンビアの土地所有については、人口のわずか1.5%が半分超(52%)を所有しているというデータがあります(国立歴史記憶センターによる)。

 農地改革の問題は、コロンビアでは1930年代から未解決のままであると専門家(ニューヨーク大学の歴史学者で、コロンビアの農村での紛争を研究しているマリア・クララ・トーレス氏)が指摘しています。これが長年続いてきたゲリラによる武装闘争の原因ともなっています。つまり、このテーマは、これまでの「負の歴史」を清算することを意味しています。

 トーレス氏はBBCの取材に対して、ペトロ氏の提案については実行可能だと指摘しています。

③新しい年金制度

 現行の年金制度は、民間主導の運営になっていますが、これについて公的部門が運営の中心になって統一する形を目指すとしています。また、無年金者に対しては、最低賃金の半分に相当する年金ボーナスを導入する提案もしています。

 現行制度は1990年代初めに導入が図られましたが、年金支給額が以前の制度と比較してかなり低いと不満の声が出ています。年金の民営化の問題については、チリのボリッチ新大統領も同じ問題を抱えています。

 したがって、国家主導に戻すことで、老後の生活水準を維持する年金額が支給されるとして、多くの人がこの提案に期待を寄せています。

 しかし専門家はこの案によっても問題は解決しないだろうと見ています。それは年金資金をどう確保するかということにかかっているからです。

 そこにはコロンビア固有の事情(他のラテンアメリカ諸国も同じく)があります。その一つは、インフォーマルセクターと呼ばれる、通常の法律の適用外で働いている人たちが多いことです。こうした人たちは、税金も含めて年金の拠出金を負担していない問題があります。もう一つは、高齢者の割合が高いことです。これらの事情が相まって、年金のための財源が不足しており、これをどうクリアーしていくかが課題となります。

 コロンビアの歴史に、「初の左派政権誕生」という新たな1ページを刻んだ今回の大統領選挙。今年の8月7日にスタートする新政権の任期は2026年までの4年間です。そのスタートからどのような軌跡を描いていくのか、引き続き注視していきたいと思います。

2022年6月22日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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