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コロンビア ペトロ左派政権の始まり

(1)初の左派政権の誕生

 8月7日(日)、正副大統領の就任式が行われ、グスタボ・ペトロ新政権がスタートしました。今回の就任式は、コロンビアで初の左派政権の誕生という歴史的節目の時となりました。

 副大統領に就任したフランシア・マルケス氏もアフリカ系の女性としては初めてのことです。彼女は、貧しい家庭に生まれましたが、弁護士、フェミニスト、環境活動家等として活躍してきた人物です。

 また、ペトロ大統領は、交渉を通じて、議会(上下院)の中で党派を超えて大統領を支持する議員が多数派となることに成功しています(上院108名中63名が支持、下院188名中106名が支持)。

 就任式当日、首都ボゴタのボリバル広場には、大統領の姿を見ようと多くの市民たちが集まり、「ペトロ、アミーゴ、人民はあなたとともにいる」と一斉に声を上げました。

 そして多くの市民を前にして、ペトロ新大統領は、約50分間、初めての演説を行いました。この記事では、そこで何を語ったのかを簡単にまとめてみます。

(2)大統領が語ったこと

 ペトロ大統領は、演説の初めに、世界で最も著名なコロンビア人の一人であり、ペトロ大統領が尊敬しているガルシア・マルケス氏の小説『百年の孤独』の結びの文章を引用しながら、「再び新たな機会が始まる」というフレーズを二度使いました。

「我々すべてのコロンビア人は、歴史の中で何度も、不可能だ、機会がない、はっきり否、と非難されてきた。」

「私は、すべての人に今日、再び新たな機会が始まると言いたい。」「我々はそれを勝ち取った。」「今こそ変革の時だ。我々の未来は書かれていない。(略)平和に団結して、ともに我々の未来を書くことができる。」

 ペトロ氏は、ゲリラ組織で活動していた時に、「アウレリャノ」という別名を使っていましたが、これは『百年の孤独』の主人公「アウレリャノ・ブエンディア」に由来しているとされています。

「コロンビアで、より多くの不可能を可能とするために、今日、我々は取り組みを始める。」と述べたのち、平和、麻薬との闘い、平等、ジェンダー平等、緑の未来(環境保護)というテーマに沿って説明していきました。

 まずは平和についてです。

「きっぱりと、暴力と武力紛争の60年を終わらせなければならない。」

「もっと民主主義を、もっと参加を、これが暴力を終わらせるための私の提案である。」

「平和がコロンビアで可能となるためには、対話、多くの対話、お互いの理解、共通の道のりを探し、変化を生み出すことが必要である。」

 次に麻薬との闘いについてです。

 米国が主導してきた「麻薬戦争」は明確に失敗したことを認め、新たな国際的な取り決めが必要だと訴えました。

「この戦争によってこの40年間で数多くのラテンアメリカ人(大半がコロンビア人)が殺害された。毎年7万人の米国人が麻薬の過剰摂取で亡くなっている」と指摘しています。

「麻薬戦争によって、国家は犯罪を犯すようになり、民主主義の領域を消滅させてきた。」と力による政策を強く批判し、この分野での米国との関係の見直しを示唆しています。

 3つ目は、平等についてです。

「10%のコロンビア人が富の70%を所有している。」「それはナンセンスで不道徳である。不平等と貧困を根付かせない。」

「再分配政策と公平のためのプログラム、それに意思を持って、コロンビアをより平等主義的な、すべての人に機会が与えられる国にしていく。」

 まず手始めに、緊急な措置として税制改革を行い、それによってすべての子どもや若者に教育の扉を開くと述べています。

 4つ目がジェンダー平等です。

「女性の働く機会が少ないこと、男性よりも少ない所得しかないこと、3倍から4倍の時間を家事に費やさなければならないこと、様々な機関で女性の代表が少ないこと、そうした状況が続いていくことを許すことはできない。」と指摘しています。

「今すぐに、これらすべての不平等と闘い、バランスを取る時である。」

 5つ目が環境保護と気候変動への取り組みです。

「気候危機は現実かつ緊急である。」科学に基づいて、「経済的、社会的、環境的に持続可能なモデルを見いだすことができる。」と述べています。

「我々の生活、全世界の経済と自然のバランスを均衡させるときにのみ未来があるだろう。」

「コロンビアから、我々は偽善ではなく行動を求める。」「我々は、脱炭素経済に移行するように準備している。しかしそれによって我々が支援できることはわずかである。なぜなら、温室効果ガスを排出しているのは私たちではなく、世界の富裕層だからである。」

 その上で、温室効果ガスの吸収源であるアマゾンの熱帯雨林を保護しなければならないことを訴えています。

 また、国際通貨基金(IMF)に対して、環境政策を実行するための資金を回すことができるように対外債務を削減するよう求めています。

(3)果たすべき10の公約

 就任式に参加したラテンアメリカを始めとする各国の代表に対する感謝の意などを述べたのちに、演説の締めくくりとして、2026年までの4年間の任期で果たすべき以下の10の公約について確認しています。

①真の最終的な平和(和平)を達成するために取り組んでいく。誰よりもうまく、かつてないほどに取り組む。和平合意(2016年、コロンビア革命軍(FARC)との合意)を遵守し、真実委員会の報告書(今年6月28日公表※)で示された勧告を継続していく。《命の政府》は《平和の政府》である。平和とは私の人生の意味であり、コロンビアの希望である。命は平和の礎石である。

※この報告書には、「コロンビア最後のゲリラ」と考えられている民族解放軍(ELN)との和平プロセスの前進も含まれています。

②高齢者や子ども、障がい者、社会から疎外された人々への配慮を行う。誰もが置き去りにされることのない配慮の行き届いた政策を作る。平等を作り出すための手段と解決策を備えた、他者の痛みや苦しみに敏感な政策を作る。

③ 女性たちとともに、女性たちのための政治を進める。ジェンダーによって収入や生き方が決まることがないように取り組んでいく。女性たちが、自らの命の脅威を感じることなく安心して暮らしていけるように、真の平等と安全を望んでいる。

④いかなる例外も排除もなく、すべての人たちと対話をしていく。コロンビアの諸問題について対話を望むすべての人に扉を開いた政府である。将来のコロンビアのロードマップを決めるために「国民大合意」(Gran Acuerdo Nacional)を構築する。

⑤すべての人たちの声に耳を傾ける。官僚主義のカーテンの中に捕らえられてしまうことはない。すべてのコロンビア人が自分たちの声をこの政府が聞いていると感じられるような仕組みや活動を作り出す。

⑥すべての人を暴力から守り、家族が安全・安心と感じられるように取り組む。予防プログラムから犯罪組織の追跡や治安部隊の近代化といった、必要とされる総合的な治安対策を以てそれを行う。救われた命は、我々の成功の主要な指標となるだろう。

性差別的な暴力であれ、その他のいかなる暴力であれ、コロンビアの家庭を日々脅かす不安から守りたいと考えている。

⑦ためらうことなく厳しい態度で汚職と闘う。「ゼロ・トレランス」(毅然たる対策)の政府になる。奪われたものを取り戻し、繰り返さないように監視し、この種の行為を抑止するためのシステムを変革する。

⑧我々の土地と下層土、海と川、空気と空を保護する。わずかな少数者の強欲さによって我々の生物多様性が危機に陥るのを許さない。森林の無秩序な違法伐採に立ち向かい、再生可能エネルギーの開発を推進する。この巨大な自然の富から、コロンビアは地球生命のための闘いをリードしていく。

⑨国内産業、民衆経済、農村を発展させる。コロンビアのために努力するすべての人に寄り添い、支援する。それは、早朝に起床する農民、文化を維持し続ける職人、仕事を生み出す企業家たちである。富を生み出し、再分配するためにすべての人を必要としている。知識・技術集約型社会を発展させる。

⑩憲法の中身を遵守し実行していく。憲法第1条にはこう書かれている。「コロンビアは社会的法治国家である。それは、単一の、分権化され、領土的自治を備え、民主的かつ、参加型で多元主義的な共和国として組織され、人間の尊厳の尊重と、それを構成する人々の連帯と労働、公共の福祉の優位に基づいている。」

 ゲリラとの和平に関しては、8月12日、キューバの首都ハバナでコロンビア政府当局者とELN代表との対話が再開されたことが報じられています(ELNと政府との和平交渉は2019年に中断)。また2016年に和平合意に反対しFARCから離脱した勢力がペトロ政府との交渉を行うとの態度を明らかにしています(8月4日の報道)。

 税制改革についてもその法案が8日に議会に提出され、今後修正も含めた議論を始めることになっています。

 4年の任期で演説で言及したことをすべて実現するのは非常にハードルが高いことを認めつつも、ペトロ政権は公約を果たすためにすでに動き始めています。

2022年8月17日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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