に投稿

チリ 憲法改正へ向けて再始動

 12月13日(火)、チリ上下院の議長が大統領府(モネダ宮殿)を訪問し、ボリッチ大統領と会談しました。その際、12日に署名された新たな憲法改正に向けたロードマップに関する政党間の合意文書「チリのための合意」を手渡しました。

 以前の憲法案が9月4日の国民投票によって否決されて以降、100日近くに及ぶ交渉を通じて次に向けての合意が結ばれました。文書には、上下両院に議席を持つ主な14の政党と、その他3つの政治グループが署名しています。署名した政党は与野党問わず、左派から右派まで幅広く含まれています。

※極右の共和党(2021年の大統領選を争ったホセ・アントニオ・カスト候補が率いる)は、憲法改正に賛成していないので合意に加わっていません。)

(1)合意文書の中身

「チリのための合意」は次の4つの項目から構成されています。

①憲法の基礎
②憲法改正の機関
③国民投票による承認
④改正へのスケジュール

 ①について。新しい憲法草案はまったくの「白紙」からスタートするのではなく、あらかじめ定められた項目を土台に作成されることになります。その項目は次の12に分かれています。

1.チリは民主共和国であり、主権は人民にある。

2.チリ国家は単一であり分権化されている。

3.主権は、人間の尊厳と、チリ国家が批准した国際条約で認められ効力を持った人権によって制限を受ける。

4.憲法は先住民をチリ国民の不可分の一員として承認する。国家は先住民の権利と文化を尊重し促進する。

5.チリは、社会的・民主的な法治国家である。その目的は、共通利益を促進することである。共通利益とは、基本的人権と自由を認めること、財政責任の原則に従い国家と民間機関を通じて社会的権利の漸次的発展を促進すること、である。

6.チリの国章(エンブレム)は、国旗、エスクード(盾形の紋章)、国歌である。

7.チリはそれ自身、独立し分立した三つの権力を持つ。

a)行政権力。政府の長を持ち、公共支出における排他的イニシアティブを持つ。
b)司法権力。司法機関を備え、確定的かつ執行された判決を完全に尊重する。
c)立法権力。二院制、上院と下院により構成。特にそれぞれの権限と管轄が侵害することはない。

8. チリは、他に憲法上、以下の独立した自治機関を承認する。中央銀行、選挙裁判所、検察庁、会計検査院。

9. チリは、生存権として以下の基本的権利と自由を守り保障する。法の下の平等、様々な形での所有権、良心と信仰の自由、青少年の最善の利益、教育の自由と子どもの教育を選択する家族の優先的義務など。

10. チリは、憲法上、市民権に従属する形で、軍隊、治安部隊(特に軍警察(カラビネロス)と捜査警察)の存在を承認する。

11. 憲法は、少なくとも、以下の4つの憲法上の例外事態を承認する。「estado de asamblea」(対外戦争による事態)、「estado de sitio」(内戦、深刻な内乱による事態)、「estado de catástrofe」(災害による事態)、「estado de emergencia」(国の安全への損害や危険、公共秩序の重大な変化による事態)。

12. チリは、憲法上、自然と生物多様性に対する保全義務を負う。

 ②について。新たな憲法草案は、以下の3つの機関によって起草されます。

・憲法審議会
・専門委員会
・許容性技術委員会

 それぞれの役割を簡単に説明しておきます。

・憲法審議会
 50名で構成。国民の直接投票で選出。候補者名簿と選出結果にはともに男女同数原則が適用される。先住民枠の議席を設ける。

 審議会の目的は、新しい憲法草案を討議し、承認すること。提案された憲法の規定は審議員の5分の3で承認されて最終案に入れられ、最終案も同じ定数で承認される。

・専門委員会
 職業上、専門上、学問上で誰もが認めるキャリアを持った24名の人物で構成。男女同数とする。12名は下院、もう12名は上院によって選ばれる(政治勢力の代表数に比例。各院の議員の7分の4で承認)。

 同機関の任務は、討議の土台となるドラフトの作成、新しい憲法のテキストを起草すること。委員会の採決は、メンバーの5分の3で可決する。

 承認されたテキストは憲法審議会に引き渡され、審議会で討議される。専門委員会は憲法審議会に加わって、発言することができる(投票権はない)。

・許容性技術委員会
 優れた専門的、学術的キャリアを持つ法律家14名で構成。下院が単一の候補者案を策定して、上院によって選出。両院での採決には定数の7分の4の支持が必要。

 同委員会の任務は、技術委員会あるいは憲法審議会で承認された規定が、法律の判例や憲法解釈に基づいて妥当かどうかを判断し、場合によっては、上記2機関に対して条文の改訂を促す。

 3者の役割分担をまとめると、次のような形になります。

 憲法の条文案を作成するのは専門委員会(議会が選んだ有識者で構成)。

 それを審議し最終的に承認するのは憲法審議会(直接選挙で国民が選ぶ)。その過程に専門委員会も加わる(発言権はあるが、議決権はなし)。

 さらに承認された条文案が法的に問題がないかチェックするのが許容性技術員会(議会が選んだ法律家)。問題があると判断した場合、憲法審議会と専門委員会に改訂を促す。

 ③について。新憲法の最終草案は国民投票にかけられて承認・不承認が決定される(義務投票)。

 ④について。憲法改正プロジェクトは、下院議会に提出される議会の発議により開始される。行政府は以下のスケジュールが実現されるように調整する。

2023年1月 専門委員会の設置
2023年4月 憲法審議会の代議員選挙(義務投票)
2023年5月21日 憲法審議会の設置
2023年10月21日 チリ共和国憲法草案の引き渡し
2023年11月26日 義務投票の国民投票による承認

(2)今回の合意内容と以前の改憲プロセスとの違い

 違いの1つは、議会や政党の関与がかなり強くなったことです。憲法草案の最終的な決定は憲法審議会で行いますが、その土台となるテキストは専門委員会が行いますし、一旦承認された規定についても法的な整合性などに関して許容性技術委員会が判断を示すことになっています。

 それら両機関の構成員は議会によって選出されます。また審議会の議員数も前回(憲法制定議会)の155人から50人に減っています。

 それによって前回多かった無所属の人々が少なくなり、議論が政党主導になると予想されています。このように市民による直接的な関与が削がれていることは否めません。

 憲法改正プロセスにおける専門家の関与についてはどちらかと言えば、右派勢力が要求してきたものであり、政治的に見ると今回の合意は、右派に対する妥協の反映であり、それが憲法案にどう影響を与えていくのかは今後も注視する必要があります。

 2つ目は、草案は「白紙の状態」から作り直すのではなく、先に見たように議論するための枠組みがすでに合意されていることです。この点についても疑問視する声があります。

 政党間の交渉が大詰めを迎えた12月7日(水)、ボリッチ大統領が「合意しないより、不完全な合意の方が望ましい。」と発言した内容がこうした事情を物語っていると解釈できます。

(3)合意についての評価

 ここでは主に左派(政党)からの評価を挙げておきます。

 チリ共産党のダニエル・ハドゥエ(サンティアゴ市レコレタ区長)は、SNSで「勇気と信念が足りなかった」と振り返り、今回の合意内容は共産党が提案したものではなかったものの、共産党はこのプロセスに参加すると述べました。それは「自らをチリの主人であると見なし続けている者たちとそこで争うため」だと説明しています。

 ボリッチ政権を支える左派の政党連合「拡大戦線」の一翼を担う社会収束党(CS)のディエゴ・イバニェス下院議員は、「100%選挙で選出される機関を望んでいた」が、議会(上下院)、右派の賛成が「必要となった」と、ラジオ番組の中で述べました。

 また、「すべての人が満足することにならない憲法になることは承知している」が、「しかし最低線として、社会的・民主的法治国家を確立することになる。それは社会的変革を準備することに役立つだろうし、その中で我々は新しい社会契約でまとまっていくだろう」とコメントしています。

 この合意を土台として、できるだけ左派的な要求事項を憲法に盛り込み、そこから実際の社会を変革していくためのヘゲモニー争いの場として今回のプロセスを位置づけていることがわかります。

 最後に、今回の合意発表についてのボリッチ大統領の発言を紹介します。

 ボリッチ大統領は、感謝の意を表明した上で、「我々は必要な一歩を踏み出した。より良い民主主義、より多くの自由と社会的権利のための新しい社会契約に向けて決定的な一歩になることを期待している。」と述べました。

「チリの国民は我々に二度目のチャンスを与えてくれた。我々には最近の経験から学んでそれに応える義務がある。」

「私は、実現したこの合意を評価する。かつてのプロセスから学んだことが重要である。つまり、(最終案を承認する)主権を持った機関(注・憲法審議会のこと)は100%選挙で選ばれた機関であり、専門家の役割は決定のプロセスに寄り添いながらアドバイザーとしての役割を果たすことであり、誠意を持って合意に達することについて信頼している。」

 さらに、この合意が実現するように政府も協力するとした上で、国会に対しても憲法改正を可能にするための法律の制定をできるだけ速やかに実現するように要請しました。

 右派との妥協を余儀なくされるとは言え、来年以降も新しい憲法、社会変革の実現へ向けたチリ人民の闘いは続いていきます。

2022年12月20日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
©2022アジェンダ・プロジェクト