に投稿

チリ 憲法審議会選挙と右派の優位

5月7日(日曜日)、昨年否決されたため、再度新しい憲法案を起草するための憲法審議会の議員選挙が行われました。

投票は義務制(正当な理由がない場合は罰金を科せられる)で、定員50名のうち男女各25名の同数になるように選出されます。先住民枠については、先住民候補者の得票数の割合に応じて議席数の調整が行われる方式で行われました。

候補者のうち、無所属は3名、その他は政党(2つ)ないしは政党連合(3つ)から立候補。また、先住民からは2名が立候補しました。

左派陣営は、中道左派連合と左派連合の間で統一名簿による候補者一本化の調整がつかず、それぞれの名簿で登録。右派陣営も3つのグループに分かれて選挙戦を戦うことになりました。

(1)憲法審議会議員選挙の結果

選挙結果は以下のとおり。(データはチリ選挙管理庁(Servel)より)

投票率 84.87%

有効投票数 980万1374(78.47%)

無効票数 211万9506(16.98%)

白票数 56万8673(4.56%)

◆議席を獲得した政党・政党連合

①共和党(極右) 得票率(35.41%) 獲得議席(23)

②「チリのための統一」(左派連合) 得票率(28.59%) 獲得議席(16)

③「安全なチリ」(中道右派連合) 得票率(21.07%) 獲得議席(11)

※上記(50議席)にプラスして先住民1議席獲得(先住民議員の選出については後述)。合計51議席。

この結果、極右派と中道右派の勢力(共和党+「安全なチリ」)が合計34議席となり、審議会での議論と起草の主導権を握ったことになります。両勢力が賛成した草案を数の上で否決することはできないことになります。

ボリッチ大統領の所属政党を含む左派連合「チリのための統一」は、16議席にとどまりました。そのため、上述のとおり審議会での拒否権を行使できません。

真偽会の規定では、憲法案の承認には5分の3の賛成が必要と決められています。ですので、5分の2超の議席数(21議席)が反対すれば、提案された条文を否決することができるのですが、16議席はそれを下回っています。

他方、候補者を立てたもう一つの中道左派グループ「Todo por Chile」(すべてはチリのために)と、右派の人民党はともに議席を獲得することができませんでした。

先住民議員の選出については、前回の時とは異なり、規定された50議席に追加する形で行われること、しかも選挙で獲得した有効投票の割合に応じて割り当てられることが昨年末の合意文書「チリのための合意」の中で確認されていました。

具体的には、総投票数の少なくとも1.5%に相当する票数を得れば、1議席を獲得できることになります。2議席を獲得するには3.5%の票が必要で、かなりハードルが高いと批判されていました。

結果的に1議席の獲得となりました。先住民から立候補したのは2名でいずれもマプーチェ族からでした。

また、今回の選挙では、無効票と白票数が多く(合計268万票超)、投票総数の21%超となり、チリでは前例のない事態となりました。

選挙結果を受けて、共和党のカスト党首(2021年の大統領選でボリッチ現大統領に敗れた)は、首都サンティアゴで支持者を前にして、日曜日の勝利は「(チリ国民が)我が国に望む進路を力強くはっきりと示している」と述べました。

一方で、「現在の国の状況がよくないので、祝うことはないもない」とも述べ、悪影響を及ぼしている経済と治安・安全保障の問題に言及しました。

他方、ボリッチ大統領は、選挙での敗北を認め、安全保障と移民問題が国民の意識に深く影響していたことを認めるコメントを残しています。

その上で、右派政党に対して、「祖国のために素晴らしい合意を達成する」よう呼びかけました。これは、幅広い合意(または左派が合意に寄与すること)なく、憲法案が起草される可能性があることに対する懸念の表明です。

専門家の見立てや世論調査によると、今回の結果は、憲法改正に関するチリ国民の関心の薄さが関係しています。以下、英BBCの関連ウェブ記事(2023年5月8日付の2つの記事)を参照してまとめています。

憲法改正に対する関心の低下については、前回の改正プロセスの「失敗」によって生じた影響、憲法改正に期待していた人々の士気を大きく下げることになったことが背景にあると、チリ大学社会学部の政治学者であるオクタビオ・アベンダーニョ氏は説明しています。

これにプラスして、現政権および政治家全体に対する「懲罰的」な意図が込められていると見られています。つまり、政治的なプロジェクトや政策に対する共感・支持で票を投じるよりも、権力の座にある勢力に対する拒否感が強い(批判票)ということです。

そのことが、民意の所在を読み取ることを難しくしており、同時に政府のガバナンスを非常に不安定なものにしていると分析しています。

(2)今回の選挙における「民意」とは

今回の選挙をどのように解釈する(読み解く)かですが、まず挙げられるのは「変革に反対する、非常に厳しい反応」ということです。

昨年9月に新憲法案が否決されて以降、憲法改正プロセスが不透明さを増していることに加えて、経済状況や国内治安の悪化、移民をめぐる摩擦など、現在のチリ社会の現状に対する人々の不満が反映していると見ることができます。

いわば、コロナ禍を前後してチリ社会の政治動向は、左から右へと振り子運動のように大きな変化が生じています。左派にしろ、右派にしろ、いずれも既存の政治システムからは外れた「アウトサイダー」的な存在が、人々の不満の高まりを反映して政治的な影響力を持ってきていることがその背景にあります。

無効票・白票の多さも「不満の表れ」と見ることができます。その意味合いは様々で、今回の進め方に反対する一部の左派グループが無効を呼びかけていたことや、現在の政治制度全般に憤慨している人々、義務投票(強制)に反対している人たちなどが含まれているとしています。

今回の選挙結果の最大の矛盾は、共和党がこれまで現憲法の改正は必要ないと反対の姿勢を示してきたにもかかわらず、新憲法案を起草する機関の主導権を握ることになったことです。

「チリでの憲法改正に反対した者たちが、自らが望む憲法を書くチャンスをものにしたこと」を「大いなるパラドックス」であると、チリ大学行政学部で政治学者のクラウディア・ヘイス氏は述べ、「チリの政治全体にとって大きな課題を提起している」と指摘しています。

これと関連したもう一つの懸念材料は、中道右派も含めた右派が優位に立ったことで、現在の憲法をより保守的なものにする可能性が生まれたということです(社会的紛争と結束・研究センター (COES)の政治学者イザベル・カスティージョ氏のコメント)。但し、合意形成から左派を外すなら、再び憲法改正は失敗するだろう、ともコメントしています。

具体的には、ジェンダー平等、性的マイノリティ・先住民の人権保障、国家の再分配機能の強化などが認められない可能性が指摘されています。

「恐れているのは、新たな条文が承認されないまま、現行憲法がそのまま残ること。議論が紛糾すること。」と、オクタビオ・アベンダーニョ氏は先行きを危惧しています。

クラウディア・ヘイス氏も、「この事態から抜け出す突破口があるかどうかはわからない」としつつも、「来るべき憲法が現行憲法と同じか、より保守的なものになる可能性が高い」と示唆しています。

最終的なカギは12月17日の国民投票となります。「国民が、ピノチェト時代由来の現憲法と同じか、あるいはそれ以上に新自由主義的な新憲法を承認するか、それともそれを拒否して、現状のままになるかが明らかになるだろう。」ともコメントしています。

その一方で、ヘイス氏は、「今回の選挙で共和党がこれほどの驚異的な票を獲得した」ということが、国民の大多数が新憲法を望んでいる意思を示した事実を損なうものではないとも述べています。

というのも、憲法改正の流れを作り出してきた様々な社会的課題(とくに社会的マイノリティの権利保障や再分配を強化した福祉国家の再建)はそのまま残っているからです。

ヘイス氏は、自らの意見として「憲法改正はこの国の完全な民主化に必要な条件である」とした上で、うまくいかない要因として「対話の欠如」を挙げています。

その意味で、今回のプロセスの中で左派が外されるなら、それは「憲法が必要とする条件、つまり、様々な政治的プロジェクトの進展を可能にする、公平かつ平等な政治的競争の場を作り出すことにならない」と、くぎを刺しています。

今回の憲法審議会はいちから草案を書くのではなく、あらかじめ政党によって任命された24名の専門家からなる「専門家委員会」が作成した予備草案に基づいて憲法案を起草することになっています。すでに専門家委員会は審議会が立ち上がる6月7日に提出するための文書案の作成に取り組んでいます。

今は、専門家委員会からどのような予備草案が作成されて、憲法審議会に提出されるのか、議論の行方を注視していきたいと思います。

2023年5月29日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
©2023アジェンダ・プロジェクト