6月2日、メキシコで総選挙(大統領、上下院)が行われました。今回の選挙は連邦レベルだけでなく、州知事や地方議会選挙も行われたので「メキシコ史上最大の選挙プロセス」とも呼ばれています。
ここでは大統領選挙と連邦議会選挙に絞って内容を見ていきたいと思います。
(1)初めての女性大統領の誕生
まず、大統領選は、与党連合(国民再生運動、メキシコ緑の環境党、労働党)のクラウディア・シェインバウム候補(前メキシコ市長)、野党連合(国民行動党、制度的革命党、民主革命党)のソチル・ガルベス候補(前上院議員)、第3極である市民運動のホルヘ・アルバレス・マイネス候補(前下院議員)の3名で争われ、クラウディア・シェインバウム候補が勝利しました。メキシコで初めて女性の大統領が誕生したことになります。次点で敗れた野党のソチル・ガルベス候補も女性でした。
投票結果は以下のとおりです。投票率61.04%(前回2018年より2.4%低下)
①クラウディア・シェインバウム候補 得票率59.75%
②ソチル・ガルベス候補 得票率27.45%
③ホルヘ・アルバレス・マイネス候補 得票率10.32%
任期は2024年10月1日~2030年9月30日までの6年間。再選はなし。
クラウディア・シェインバウム候補の勝利を見る上で、BBC(2024年6月3日付配信記事)は3つの数字を上げて説明しています。
1つ目は、3500万を超える得票数です。前回(2018年)のロペス・オブラドール大統領の得票数は3000万強でした。この間に総人口が増加して有権者数も増えているのでそれが得票数の増加に反映しているとも言えますが、いずれにせよ、メキシコの民主主義史上、最も多くの票を獲得しています。
2つ目は、野党候補との得票率の差が30%超(32%)もついたことです。その要因はいくつかありますが、シェインバウム候補のメキシコ市長としての行政手腕が肯定的に評価されたことと同時に、ロペス・オブラドール現大統領の人気の高さが指摘されています。実際、任期を終えるオブラドール大統領の支持率は大統領選の1か月前でも60%を記録したことが報じられています。
3つ目が議会での多数派(3分の2)の獲得可能性についてです。6月3日時点の記事の説明では、与党連合は「下院で少なくとも 334 議席、上院で 76 から 88 議席を獲得した。」と報じています。
下院の定数が500、上院の定数が128ですので、それぞれ3分の2の多数派を形成する可能性があると指摘されています。しかも、記事によれば、連邦議会の議席の3分の2を占めるのは、制度的革命党が支配していた1980年代以来のことです。
また、「3分の2」の議席確保は、連邦憲法の改正を可能にします(憲法改正には連邦議会の出席議員の3分の2の賛成が必要。その後で、全国の州議会の過半数の承認が必要とされます)。
このように行政府の長と議会の多数派を獲得したことは、シェインバウム政権(与党・国民再生運動)にとって、「貧困、暴力、汚職」というメキシコ社会が抱える構造的な問題に取り組む上で大きな支えになると言えます。
(2)ジェンダー平等の到達度
ここからBBCの別の記事(2024年5月27日配信、6月5日更新)を紹介します。それはメキシコの政治分野におけるジェンダー平等のプロセスに関する記事です。
まず、連邦議会(上下院合わせて628人)における男女比の変化を挙げておきます。
1988年 男性(89.18%)、女性(10.82%)
2000年 男性(84.87%)、女性(15.13%)
2018年 男性(50.48%)、女性(49.52%)
2021年 男性(49.04%)、女性(50.92%)
※下院議員の任期は3年(連続4期まで)、上院は6年(連続2期まで)
これを見ると、この20年間で大きく変わった(女性議員の割合が多い)ことがわかります。ちなみにメキシコの女性参政権獲得は1953年、翌54年の議会選挙で1名の女性議員が誕生しました。
それではこの変化をもたらした要因は何かということですが、クオータ制(候補者の一定数を女性に割り当てる制度)の導入がそれをもたらしてきたと言えます。
とは言え、制度が導入されてすぐ大きな変化につながったというわけではないようです。朝日新聞2024年6月13日の記事「ジェンダーを考える」などによると、メキシコにクオータ制が制定されたのは1996年(選挙法改正)でしたが、この時は義務ではなく、努力目標(候補者の30%を女性に割り当てる)でした。義務化されたのは2002年で、翌03年選挙後に女性議員の割合が初めて20%を超えました。
2008年に40%クオータへと拡大。2014年に政党候補者のパリテ(男女同数)導入によって、女性議員の割合が40%を超えていくことになりました。メキシコの場合は義務型なので違反した場合は罰則が適用されます。
さらに2019年の憲法改正によって「すべてに平等(パリテ)」条項が制定されました。これは、これまでの連邦議会議員と州議会議員の候補者だけではなく、すべての公的部門(候補者や役職)にパリテ原則を適用するというものです。つまり立法府だけでなく、行政府、司法、さらにムニシピオ(自治体)も対象となっています。
ロペス・オブラドール政権の下では、2018年から今年までの間、連邦政府の全閣僚(20名)のうち10名が女性閣僚でした。
司法では、女性の進出は制限されてきましたが、法改正によって、国家最高司法裁判所(連邦最高裁)を構成する11名の裁判官のうち、5名が女性となっています(裁判官は議会の指名を受けて大統領が任命)。
州知事では、今回の選挙までは、全国32州のうち女性知事は9名でしたが、今回の選挙結果で4名増えることになると報じられています。
このように憲法改正を頂点とする法制度改革によって、政治分野での意思決定への女性の進出は大きく前進してきていることがわかります。
ちなみに「ジェンダーギャップ指数」2024年版のランキングで、メキシコは33位(前年と同じ。日本は118位)となっています。
しかし、同じBBCの記事では、実際に女性を取り巻く様々な問題(具体的には、貧困と経済的自立、性暴力の根絶、中絶の合法化やケアの権利保障など)の改善は、それだけ(政治分野での意思決定への女性の進出が拡大しただけ)で、ただちに「保証」されるものではないとも指摘しています。
なかでも家父長制的な文化やマチスモ(男性優位主義的な思想)がなくなっていくには更なる取り組みと時間が必要とされると述べています。
2024年6月25日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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