(1)「土地の権利」を制限しようとする改憲案への抗議行動
10月30日、ブラジル全土で「土地の権利」に制限を設けようとする憲法改正案(PEC48)に反対して、先住民団体「ブラジル先住民連合(APIB)」が呼びかける統一行動が取り組まれました。
首都ブラジリアでは約400人の先住民の人たちが参加したデモ行進が実施され、その他の州(少なくとも5州)では、高速道路を封鎖するなどの行動がありました(サンパウロ、サンタ・カタリーナ、リオグランデ・ド・スル、マラニョン、ロライマの5州)。
「APIB」は、全国の7つの地域先住民組織を統合している団体で、2005年に結成されました。
憲法改正案(PEC48)は、現憲法231条の「改正」案で、先住民の土地請求権を、現憲法が公布された1988年10月5日以前に住んでいた土地に限定する条文を加えること(時間枠組みの導入)を目的としています。これが認められると、この日以降に行われた請求は「無効」とされます。現憲法には「期限」についての規定はありません。
1988年の憲法では、先住民が独自の社会集団として習慣、言語、信仰、伝統を持つ人びとであること、固有の文化を保持する権利が認められるとともに、生活してきた土地への権利を永続的に持つことが承認されています。但し、境界の確定などの認証権限についてはを連邦に帰属させるとなっています。
そのため、先住民が居住と利用の権利を有する土地は、境界画定の認定作業によって決定されることになっています(いわゆる先住民保護区の設定。土地の所有権は公有)。
現在、先住民の土地はブラジルの国土の約14%を占めていると言われています。
改憲派は時間枠組みを導入することによって、これまでに認められた境界の見直しも含めて、土地境界線を巡る争いに「法的な決着」をもたらすことで、アグロビジネスや資源開発を推進・拡大させたいと考えています。
一方、APIBは、PEC48を「死の憲法改正案(PEC)」と名付けて、これは「私たちの境界を定めた土地に対する脅威」であり、「地球規模の気候緊急事態を悪化させるだろう」と述べて、先住民の権利が制限されるとともに、開発によって環境や生物多様性が破壊されることへの危惧を表明しています。
1988年10月5日以降の請求権は認めないという期限の設定は、かつての軍事独裁期(1964年~1985年)における先住民の追放や強制移住の実態(88年の時点で以前の土地に住んでいなかった状態)を考慮しておらず、「公平でない」と批判しています。
また、境界認定がされた土地に関しても違法な土地収奪が横行しており、地価の上昇(道路建設などの開発計画に伴う)や、違法な森林伐採や採掘(金など)による環境破壊が後を絶たず、さらには先住民リーダーが殺害される事件も継続的に起こっています。2023年には先住民リーダーたちの殺害事件が25件発生したことが報告されています。
とくに前のボルソナーロ政権(2019年~22年)が環境保護よりも開発政策を進めたことで、対立がより一層深刻なものになってきたことが背景にあります。
ボルソナーロ氏は大統領になる前から「先住民に与える土地は1センチもない」などと発言したと言われています。
現在のルーラ大統領は環境保護の姿勢を重視していますが、議会内では少数与党ということもあり、必ずしもガバナンスがうまく機能しているとは言えない状況にあります(とくに議会運営について)。
※ブラジルにおける憲法改正手続きは国会の上下両院で2回ずつ行われ、議員投票の5分の3以上の票が得られた場合に承認されることになっています。
(2)右派(開発推進派)が主導する連邦議会の動向
2023年9月21日、連邦最高裁(STF)は、南部のサンタ・カタリーナ州で行われた訴訟(21年に提訴)の中で、土地境界認定に関してこの時間枠組みによる制限を認めるかについて、これを否定する(違憲とする)判断を下しました(11名の判事のうち、9名が時間枠組みによる制限に反対)。
これにより、先住民の土地の権利保障を守る側が「勝利」しました。しかもこの判決は、同州にとどまらず、他の州でも行われている同様の裁判に対しても判例として影響が及ぶとされたことで「喜び」を持って迎えられました。
ちなみに、この判決で時間枠組みによる制限に賛成した2名の判事は、先住民の領土拡大に反対し、アグロビジネスや採掘産業の拡大を目論んでいたボルソナーロ前大統領によって任命された人物でした。
しかしこの判決が出た同じ9月21日に、連邦上院では冒頭に示した改憲案(PEC48)が提出されることになります(ヒラン・ゴンサルベス自由党議員による)。さらに同年9月27日に、連邦議会は、連邦最高裁が違憲と判断したこの時間枠組みを条文化した「法案2903号」を急いで成立させました。
この「法案2903号」に関しては、23年10月20日にルーラ大統領が拒否権(法案の核心部分について)を行使しました。ルーラ大統領は、23年1月に政権をスタートさせてから新たに先住民省を設置するとともに、現在係争中の土地請求を認めるとの立場を明確にしていました。
しかし右派が主導する連邦議会は、23年12月14日にこの拒否権を覆す決議を成立させました。それにより「法案2903号」は「法律14701号」として有効となっています。
この事態に対して、今年の4月22日に連邦最高裁がこの法律に関する訴訟手続きを一時的に停止して関係者間での「調停」を提案し、8月にそのプロセスが始まっていました。
調停の話し合いには、APIBからの参加は代表者6名しか認められておらず、300を超えると言われる先住民族全体を代表する形にはなっていません。
しかもAPIBは土地の権利に関して「交渉の余地はない」との立場を堅持しています。結局、APIBは調停プロセスから離脱を決定しました(今年8月末)。
今回の抗議行動は、連邦上院の憲法・司法委員会でPEC48の審議が行われようとしている最中に呼びかけられたものであり、権利を制限しようとする一連の法的措置の撤廃を強く求めています。
PEC48を支持する議員らは、先住民以外の土地所有者に対する法的保障を与えるためにはこれが必要であると主張し、先住民リーダーたちが領土の無制限な拡大を推進していると非難しています。
しかしこの改憲案が成立してしまうと、自らの生活空間が脅かされるだけではなく、大規模な資源や農業開発、それらに関連するインフラ建設を可能とする規制緩和への道が開かれてしまう恐れがあります。そのため。先住民団体は「我々はこれに対して闘い続ける」と堅い意志を示しています。
(3)「闘いは続く!」
先住民団体は、今回の行動に伴って、国家を構成する三権(行政府、立法府、司法)に対してそれぞれの要求項目を掲げた書簡を送りました(要求項目は全部で25項目)。
書簡のタイトルは、「私たちの土地、私たちの生活(命):ブラジル国家三権へのブラジル先住民の書簡」。
書簡は初めに以下のように訴えています。
「私たち、全国の様々な生物多様性の地域に住む先住民は、この土地の先住民である私たちの生存を脅かしている、私たちの権利と領土に対する継続的かつ組織的な攻撃を非難するために、再びブラジリアを占拠する。先祖からの知恵を守護する者として、私たちは、自然と調和のとれた関係を維持しており、私たちはその一部である。」
「私たちの伝統的な生活様式は、生態系の保全、生物多様性の保護、水の保全、そして気候危機に対する世界的な闘いに寄与しており、環境に配慮するための力を捧げている。」とも述べています。
最後に、「境界線がなければ民主主義はない」と強調しています。そして「私たちの境界線は先祖代々受け継がれていくものである。」「私たちはここに居続ける。」と締めくくっています。
2024年11月27日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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