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キューバ 今年の経済見通し

今回はキューバ経済の現状と今年の見通しについてです。

「La Joven Cuba」というウェブサイトに掲載された記事「危機の時代のキューバ経済。2023年の経済見通し」(2023年1月13日付)を参照してまとめてみます。著者は、米ピッツバーグ大でラテンアメリカ研究・経済学の名誉教授であるカルメロ・メサ・ラゴ氏です。

※なお、原文にあるデータなどについて、確認して訂正しているものがあります。

(1)はじめに

まず、今年のキューバの経済成長率予測についてです。

国連ラテンアメリカ・カリブ経済委員会(西語略称:CEPAL)は、前年比プラス1.5%と予測しています(昨年12月公表の報告書)。2022年のプラス2%(政府統計)を下回っています。

キューバ政府のGDP予測ですが、2022年12月12日にヒル・アレハンドロ経済計画相が国会で行った報告では、プラス3%となっています。

両者の予測数値にはかなりの開き(2倍)があります。新型コロナ・パンデミックが猛威を振るった2020年の成長率は、マイナス10.9%の落ち込み、2021年はプラス1.3%でした(いずれも政府統計)。仮に今年の成長率が政府の予測どおりでもコロナ禍前の水準には戻っていないことになります。

今年の経済回復の可能性を考える上で、ラゴ氏は、プラスとマイナスの要因をそれぞれ挙げて考察しています。

(2)経済回復にとってのプラスとマイナスの要因

まず挙げているのが、対外環境の変化です。

昨年来行われてきた米国・バイデン政権とベネズエラ・マドゥーロ政権の対話の影響です。

その結果、2019年にトランプ政権下で中断されていたベネズエラ産原油の米国向け輸出に対する制裁が一時的に緩和されました。

さらに、米財務省は、シェブロン社にベネズエラでの石油生産を再開するための6ヶ月間の期限付き許可を与えました。

これらの措置により、ベネズエラの原油生産量が徐々に増加して1 日あたり 150 万バレルになると推定されています。これはベネズエラの経済回復を一定程度促進することにつながり、同国のキューバへの石油供給の増加を容易にすることで、キューバのエネルギー危機と停電を低減するのに役立つと見られています。

昨年8月、キューバでは、石油貯蔵タンクへの落雷によって大規模火災が発生、発電所が停止するなどの事態に陥りました。

なお留意点として、シェブロン社に与えられたライセンスは米政府によっていつでも無効となる可能性があること、米国への原油輸出再開がキューバへの供給の制限につながる可能性があることも指摘しています。

これと並行して、難しいとしながらも、米国とのキューバ移民に関する交渉がうまくまとまれば、トランプ政権時に課された制裁措置をバイデン政権が停止する道が開かれるかもしれない点にも言及しています。

※昨年5月、米政府は、渡航制限の緩和や米国からの送金上限の撤廃など一部緩和に踏み切っています。

次に、経済発展に欠かせない外貨収入の現状について述べています。

①サービス輸出による収入

主に医療サービスの提供(海外への医師の派遣など)によるもので、一番大きな外貨収入源です。しかし近年(2018 年から2021年にかけて)では、49%も減少したと述べています。

これも、ベネズエラ経済の回復次第でマドゥーロ政権がキューバからの医療サービスの購入を増加させることが考えられるとしています。

またメキシコが、昨年500名のキューバ人医師を雇用する契約を結びました。これは、2020年の事前合意に基づいたものです。メキシコ政府は、新型コロナ対策用の医療サービスの提供に対して620 万ドルを支払う予定です。

他には、ブラジルのルーラ大統領の再選出により、ボルソナーロ前大統領の下で廃止されたキューバの医療サービスの購入が再開されるという期待が高まっています(これについては後述)。

②海外からの送金(2番目の外貨収入源)

送金の額は、2021 年には 10 億 8400 万ドルと、これも減っています。その後、デジタル決済プラットフォームを使った送金の効果もあり、2022年に20億ドルに回復したと見られています。

また、新型コロナによる制限措置が解除されてキューバへの旅行者が増加すれば、送金の「配達人」の数が増えることになると述べています。

人を介した送金は、米ドルに不利な公式の為替レートでの目減りを回避するために行われています。

③外国からの観光収入(3番目の外貨収入源)

世界で新型コロナ感染症が再び深刻な状況にならないなら、外国人観光客の増加による成長が期待できます。

昨年キューバを訪れた観光客の数は合計160万人(推計)で、観光業界の総収入は18億ドルになると見られています。

今年の観光客数が270万人に増加した場合、総収入は約30億ドル (または純収入で12億ドル) になると考えられています。今年の政府目標は350万人です。

観光業の純収入を増やすために政府が提案している対策の1つは、観光業用の輸入品の一部を国内生産の増加で代替することです。そのためには農業・製造業分野での抜本的な改革が求められると指摘しています。

世界遺産にもなっているハバナ旧市街では、観光客が増加することを見越して、ホテル、レストラン、その他の事業所を修復するのための建設が進行しています。

④その他の外貨収入源(財の輸出)

とくに近年の国際市場では砂糖とニッケル価格の値上がりが見られます。この状況ををうまく利用するにはこれらの部門により多くの投資が必要となります。

ニッケルに関しては、2022年10月にカナダの会社であるシェリット・インターナショナル社(大手の探鉱開発企業) との間で合意が締結されました。

当面、両者の合弁会社から受け取るキューバ側の配当の一部はシェリット社への債務の支払いにあてられます。

シェリット社は、債務が返済されれば「積極的に」事業を拡大するための投資を行う考えを明らかにしています。

海外からの投資を増やすための措置としては、2021年末に、観光、バイオテクノロジー、卸売業における合弁事業での投資割合比率の要件が撤廃されました。これまではキューバ側の割合が51%以上であることが必須でした。

もう一つの措置は、民間の中小零細企業への外国投資を許可するものです。これらの措置は重要なステップになりますが、その結果を評価するには時期尚早だとラゴ氏は述べています。

2021年9月、政府は中小零細企業の創設を承認しました。その後1年で承認されたのは5061社(内訳は20%が零細企業、56%が小企業、24%が中企業)でした。

但し、ヒル・アレハンドロ経済計画相は、中小零細企業を含む非国営部門はこの間の経済危機の影響を最も受けていると語っています。これらの部門は国営企業に対する補助金などの恩恵を受けられません。

これらの企業が重要な役割を果たすためには、企業の設立を容易にし、各種のリソースや訓練などの面で必要なサポートを提供することが不可欠であると述べています。

昨年、政府は経済回復を進めるために75の措置を承認しました。

その中には、民間部門と外国投資向けの規制枠組みの設定、公私混合企業の設立の推進、外国人投資家向けの卸売・小売市場の創設など重要なものがありますが、いずれもその実績と経済への影響を評価するような段階にまでは至っていません。

さらに国内の深刻な品不足に対して、政府は、これまで旅行者による食品、医薬品、その他の消費財の持ち込みに対して行っていた制限を部分的に解除する措置を講じました。

食品、医薬品、個人衛生用品に対しては免税扱いとなりました。この決定はあくまでも個人の生活上のためであって商業目的(転売など)は除外されます。

他にも、携帯電話やパソコンなどの関税率も大幅に引き下げられました。これらは緊急的な性格の措置です。

続いてここからは、主に経済発展にとってのマイナス要因についての説明になります。

ラゴ氏は、キューバのマクロ経済指標を分析して、10年以上にわたって様々な指標が悪化していること、現在の経済危機の程度が、ソ連崩壊後の1990 年代の深刻な危機に匹敵するものだと述べています。

かつて経済計画大臣を務めたホセ・ルイス・ロドリゲス氏は、2024 年から 2025 年までは、2019 年の GDPレベル (すでに非常に低かった) には戻らないだろうと見ています。

2023 年の GDP成長率をプラス3%とする政府予測が実現したとしても、今年の経済は2019年の水準を約5ポイント下回っていることになります。

2014年から2020年にかけてのキューバに対する米国の制裁措置の影響(特にトランプ時代)について、ラゴ氏は最近の計量経済学研究による分析に基づいて、制裁の強化がキューバの GDP の成長率を押し下げていることは明らかだと述べています。

その一方で、海外からの送金と観光業が家計消費や民間部門の雇用と売上げを大幅に改善したものの、「国営経済の指標に大きな結果が示されていない」ことも指摘しています。

つまり、民間部門や家計には一定の改善(コロナ禍以前)が見られるけれども、国全体(とくに国営部門)の経済実績の向上には必ずしも結びついておらず、アンバランスが見られるということです。

また、現在の経済問題の責任を米国の経済封鎖だけに帰すように解釈すべきでないとも述べています。

先に、外貨収入源としての医療サービスの輸出について触れましたが、少し補足しておきます。

ブラジルのルーラ大統領は、1月からブラジルで「Mais Médicos」(もっと医師を)プログラム(医師不足対策)を再開する予定でしたが、新しくキューバ人医師を雇用することはなかったと述べています。

ルーラ大統領は、ボルソナーロ政権がこのプログラムを停止した後もブラジルに残ったキューバ人医師や、近年数が増加しているブラジル人医療従事者で対応するとしています。ブラジル経済が以前と比べて悪化していることが背景にあると見られています。

メキシコについても、さらに多くの医師を雇うことが可能としつつも、国内の医師会からの反対があり、キューバ側に支払われる金額は非常に少ないのが現状と述べています。

一方で、公式の統計はないものの、2022 年に海外に移住したキューバ人医師の数が大幅に増加していると述べています。医師の海外流出は、国内の経済状況が改善しない限り今年も続くと見ています。

そうなると、海外での医療サービスの提供が困難になるだけでなく、国内でも医師不足という事態に陥ることになると危惧しています。

次に通貨統合(二重通貨の廃止、為替レートの一本化)による影響についてです。

2021年から施行された通貨統合については、まず経済的に困難な時期に始めたことを問題視しています。

さらに統一した公式の為替レートが適切でないと述べています。エコノミストの多くはキューバペソ(CUP)に対して、米ドルの価値が低すぎると見ていたにもかかわらず、当初は1ドル=24ペソに設定されていました。インフォーマル市場での米ドルの価値が高騰すると、1ドル=110ペソ まで上昇(CUPが下落)しましたが、それでもインフォーマル市場の為替レートはそれを上回っています。

現在の公式レートは、1ドル=120ペソ(昨年8月から適用)です。

これについては、変動相場レートを設定するか、より現実的なレートになるように定期的に調整することが妥当だと述べています。

キューバ経済の発展について何よりも必要なのは投資(とくに海外から)であることは明らかです。マヌエル・マレロ首相も外国からの投資が緊急に必要であるとの認識を示しています。

外国投資を誘致するためのいくつかの措置が発表されていますが、キューバが直面している深刻な障害を考えると、それらは不十分だとラゴ氏は評価しています。

深刻な障害とは、すでに存在する多額の対外債務の支払い不履行によってキューバが「ハイ・リスクの国」と評価されていること、ペソ(CUP)の国際的な通貨交換性への制限、ドルおよび他の通貨にとって不利な為替レートの設定などです。

これによって外国企業が利益を定期的に国外に移転することが妨げられています。

他にも、外国投資が特定の分野に制限されている、例外があるものの出資比率がキューバ側が過半数以上とする要件がある、さらに、従業員の雇用、昇進・解雇、給与の支払いに関して、キューバの国営機関を通じて行うことが義務付けられていることなどが外資の促進の足かせになっています。

こうした制約をどの程度緩和するかは簡単ではないですが、投資を活性化するためには投資法の整備が緊急に必要だと述べています。

以下、各国との経済関係の動向を簡単にまとめています。

①中国

昨年11月、ディアスカネル大統領が中国を訪問した際、キューバに贈与(1億ドル)を行う約束をしました(今年1月、合意文書に署名済み)。

キューバとの経済協力をさらに拡大するための条件として資金の使途についても相互にチェックする体制を作ることになっています。

これに対して、ラゴ氏は、投資した結果として債務が増えることを回避するためにキューバが必要な改革を行うかどうかを見極めたいとする中国側の意向が反映されていると見ています。

②ロシア

貿易は増えているものの、財に関する貿易収支は大幅な赤字になっていると指摘しています(キューバの輸入超過。第5位の貿易相手国)。

債務については、昨年2月、ロシア側がキューバの23億ドルの債務の支払いについて2027年までの返済猶予を決めました(利子は上乗せする)。

ロシアの経済状況もウクライナ侵攻により悪化しています。昨年12月のモスクワへの訪問で、ディアスカネル大統領はロシアから新しい融資を得ることができませんでした。キューバへの総観光客数に占めるロシア人の割合は60%から3.5%へ大幅に減少したと伝えています(※ウクライナ戦争を機に定期便の運用が停止)。

同じような傾向は今年も続くため、キューバ経済の十分な支えにはならないと専門家は予測しています。

③EU

貿易(スペインを除く)は、2021年 7 月に起こったキューバでの反政府行動での逮捕に対するEU側の批判的反応や、ウクライナ侵攻中のロシアを事実上擁護していることなどもあって悪化しています。その結果、昨年に続いて 今年もさらに減少する可能性が高く、投資に関してもスペインを除いてヨーロッパからの投資増は現実的とは見なされていません。

④米国

現在進行中の交渉が実を結ぶためには、キューバ政府はより柔軟な対応をとる必要があるとラゴ氏は述べています。昨年の中間選挙の結果、下院は共和党が多数となり、上院はほぼ拮抗した状況になったことで、両党とも保守派の影響力が強まったことをその理由の一つに挙げています。

(3)最後に 経済政策の方向性をめぐって

キューバ政府が採用している措置について、ラゴ氏は「おおむね前向きなもの」と評価した上で、現在の深刻な経済危機から抜け出し、将来の持続可能な経済発展を促進するには「不十分」としています。ヒル・アレハンドロ経済計画相も、昨年12月に提出した報告書の中で、「経済活動はわずかに回復しているが、対策はまだ必要な効果に達していない」と認めています。

ホセ・ルイス・ロドリゲス元経済計画相は、以下のような優先すべき事項を挙げています。

対外債務の柔軟な再交渉、緊急のインフレ対策、国営企業の改革(特に収益性に関して)、食料とエネルギー分野への外国投資を優先、そして「国の経済状況に関する経済関係者や国民との議論」とコンセンサスづくりを行うこと。

ラゴ氏自身は、現在の政府の政策は「体系的な一貫性」に欠けており、キューバの経済改革の方向性について、中国やベトナムのような「市場社会主義」モデルの応用を提唱しています。

ちなみにキューバ共産党は市場の役割を一定認めながらも従来からの国営企業と「計画」が軸になる経済運営という考えを崩してはいません。

その理由としてラゴ氏は、中国やベトナムの経済実績とキューバの実績を比較評価した結果、前者がはるかに上回っているだけでなく、多くの社会指標でも上回っていることを挙げています。

その上で、現在の経済危機から抜け出し、持続的な経済・社会発展へ向かうには、「オープンで相互尊重に満ちた民主的な国民対話」を通じて、「市場社会主義のモデルへの変更、または北欧諸国の福祉国家のような混合的ではあるが民主的な経済モデルへの変更」について話し合うことを提唱しています。

2023年3月29日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
©2023アジェンダ・プロジェクト

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ペルー 継続する抗議行動

昨年12月に起こったペルーでの政変。その時、自ら「クーデター」を企てたとしてペドロ・カスティージョ前大統領が議会で罷免、前後して逮捕・収監され、代わりにディナ・ボルアルテ副大統領が大統領に就任しました。

その事態に対する民衆の抗議行動が、度重なる国家権力による弾圧にも屈せず、現在も続いています。

※上記の経緯については、過去の配信記事(2022年12月12日付「ペルー 大統領の罷免と『政治的危機』」)をご参照ください。

(1)抗議行動が続けられる理由

昨年12月7日に起こったペドロ・カスティージョ前大統領の罷免から2か月、クリスマスと年始を除いて、南部地域を中心に全国規模で街頭での抗議行動が続けられています。

2月9日(木)には、ペルー労働者総連合(CGTP)などの呼びかけで、全国各地で一斉のスト、抗議行動が行われました。

今回の行動が呼びかけられた直接のきっかけは、2月2日(木)に、2023年に総選挙(大統領と議会)の前倒しを可能にする憲法改正案が議会で否決されたことです(議会での否決は3度目)。

今回の改正案は左派政党から提出された案でした。総選挙の前倒し実施だけでなく、新しい憲法のための制憲議会の設置を問う国民投票も含んだ内容で、右派政党がこれを拒否した結果、成立に必要な票数を得られませんでした。ちなみに右派は政治制度について現在の一院制から「二院制の導入」などを主張しています。

とくに抗議行動が精力的に組織されてきたのが、南部プーノ県の中心都市・フリアカ市です。同市を含む南部地域は、罷免・逮捕されたカスティージョ前大統領の得票率が高い地域でした。

しかも農村部と都市部の対立、貧困層と富裕エリート層との対立といったペルー社会の構造的矛盾がその背景にあります。カスティージョ氏は選挙時に「(資源が)豊かな国に貧しさはもうたくさんだ!」と訴えていました。

その中で、自分たちの利益の代弁者であったはずのカスティージョ氏が議会によって排除されてしまったことに対する憤りや不満が大きいことが一連の抗議行動に表現されていると言えます。

フリアカ市では1か月前(今年1月9日)に、空港の占拠を試みたデモ隊と治安部隊との衝突により17名の死者が出るまでの深刻な事態に至っています。

他方、首都リマでは、1200名以上の治安部隊員が配置され、早朝から警官と兵士が要所となる場所を押さえて、抗議行動に参加していない人も含めて人の交通を遮断しました。9日の当日、リマでは大きな衝突は起こりませんでした。1月28日には首都でも弾圧によって初めての死者が出ています。

ペルーでは、昨年12月14日に全土を対象に非常事態宣言が発出されました(期間は30日間)。これにより、人身の自由、住居の不可侵、集会の自由及び通行の自由などの基本的人権の一部が制限されています。同時に4か所の空港が閉鎖されました。抗議行動に参加しているグループは空港の占拠を試みたり、幹線道路を封鎖したりしています。

その後、今年1月15日から非常事態宣言が延長されました。対象は首都リマや南部地域(クスコ県など)で、延長期間は30日間です。

2月10日現在、抗議行動が始まって以来の死者数が70名に上ることを政府が認めています(9日の行動で1名の死亡が確認されました)。

ディナ・ボルアルテ大統領とその政権の対応について、非難する声が強まっています。デモ隊は「ディナ、人殺し、人民はおまえを拒否する」を歌の節のように繰り返しコールしています。

こうした非難の声に対してボルアルテ大統領は、「辞任するつもりはない。」「私はペルーという国に責任を負っているのであって、祖国を傷つけているごく少数の集団にではない。」と述べるなど、対決姿勢を崩していません。

(2)民衆が提起する3つの要求

対立が激しくなっている背景には、民衆の運動が提起している3つの要求について、表向きはともかく、政権も議会もそれにきちんと応えようとしていないことがあります。

抗議が始まった当初は様々な要求が出されていましたが、現在では共通して次の3つの要求が掲げられています。①ボルアルテ大統領の辞任、②早期選挙の実施、③制憲議会の設置、です。その他には、カスティージョ氏の釈放などがあります。

元々、任期満了となる2026年の4月に予定されていた総選挙(大統領と議会)に関しては、ボルアルテ大統領は就任時に、2024年4月に前倒しして実施することを公表していました。しかし先に書いたとおり、そのための法律の成立が見通せない状況にあります。

大統領の進退についてはあくまで選挙までは続ける意思を示していて、総選挙の実施が決まらないことには事態が前に進まない状態に陥っています。

こうした事態に、抗議行動に参加する民衆の側が苛立ちをつのらせて行動をエスカレートさせていると見ることができます。

③の新しい憲法をつくるための制憲議会の設置は、カスティージョ前大統領が公約として約束していたものです。カスティージョ政権下でもこのテーマは進んでこなかったこともあり、運動側はその実現を重視しています。

このように、今ペルーで起こっていることの背景には、現在の事態を終息させるといった当面のことだけでなく、将来におよぶ国と社会の在り方をどう立て直すのかをめぐる政治的対立があるため、安易な妥協は許されないとする運動側の強い「決意」が感じられます。

度重なる大統領の交代と権力濫用による汚職腐敗が絶えないこと、議会の意向によって大統領を罷免しやすい制度上の問題など、ペルーの政治が信頼を取り戻すには解決しなければならない多くの課題が立ちはだかっています。その一つひとつにどう応えていくのかが明確にならなければ、現在の対立は続くと見なければならないと思います。

2023年2月26日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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チリ 新憲法制定のための改正法が成立

昨年9月の国民投票で不承認となり、一旦は挫折したチリの憲法改正ですが、もう一度憲法改正プロセスを進めるための基本文書(「チリのための合意」)が、昨年12月に主な与野党を含む政党間で合意されました。

この「チリのための合意」を具体的に実行する法案審議が年明け早々に始まりました。

1月11日(水)、下院議会が、新しい憲法草案の作成と承認を可能とする憲法改正の手続きに関する法律の改正案を可決しました(賛成109票、反対37票、棄権2票)。

同改正案は、その一週間前の1月4日(水)に、上院で賛成40票、反対4票、棄権2票で承認されていました。

両院で承認された改正法は、13日に公布、17日に官報に掲載されました。

この法令では、50名からなる憲法審議会、24名からなる専門委員会、14名からなる許容性技術委員会の設置や役割などが定められています。

それぞれの役割や構成などについては、昨年12月20日付の配信記事「チリ 憲法改正へ向けて再始動」にまとめていますので、合わせてお読みください。

地元メディアによると、憲法審議会の審議員に選出される市民は、憲法草案を承認するという職務の性格上、他のいかなる公職とも兼務できないことになるため、公職に就いている人は候補者登録をする際にその公職を辞めることになると伝えています。

ここからは、今後のスケジュールをまとめておきます。

まず、上院と下院で、専門委員会と許容性技術委員会の各委員を選出するための会議が開かれます。

委員が決まったのち、両委員会は3月6日に設置されて、活動を始めます。専門委員会は、3か月で改憲草案のたたき台を作成します。

許容性技術委員会は、「チリのための合意」で確認された、憲法の基礎となる12項目に関して、新しい改憲案がその内容を遵守しているかどうかをチェックし、必要があれば修正を求めることになっています。

こうして作成された改憲案のたたき台の中身を検討し、最終的な改憲案をまとめるのが、憲法審議会です。この審議会の審議員は、市民の中から選挙(上院選挙に準じた形)で選出されます。審議会の構成は男女同数原則が適用されます。その選挙は5月7日に実施され、審議会は6月7日に設置、活動を開始します。活動期間は5か月となります。

審議会によって承認された新しい憲法草案は、最終的に国民投票にかけられます。国民投票は、12月17日に実施されます。前回の国民投票では、「承認」か「拒否」が問われましたが、今回は、「賛成」か「反対」で意思を示すことになっています。

今回の再始動に関しては、国会の関与が大きいため、進め方に議員のスケジュールが優先されることや、改憲草案を作成・承認するための条件が煩雑であることに対する批判があります。事実、今回の改正案の審議は上院では二日間だけで、十分な審議ができないとの意見も出ていました。

今後のチリ社会の在り方を決める重要なプロセスである憲法改正の審議が拙速であってはならないと思います。このプロセスが十分に民主主義的なものとして、新たな社会の礎を築いていくことを期待します。

2023年1月28日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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チリ 憲法改正へ向けて再始動

 12月13日(火)、チリ上下院の議長が大統領府(モネダ宮殿)を訪問し、ボリッチ大統領と会談しました。その際、12日に署名された新たな憲法改正に向けたロードマップに関する政党間の合意文書「チリのための合意」を手渡しました。

 以前の憲法案が9月4日の国民投票によって否決されて以降、100日近くに及ぶ交渉を通じて次に向けての合意が結ばれました。文書には、上下両院に議席を持つ主な14の政党と、その他3つの政治グループが署名しています。署名した政党は与野党問わず、左派から右派まで幅広く含まれています。

※極右の共和党(2021年の大統領選を争ったホセ・アントニオ・カスト候補が率いる)は、憲法改正に賛成していないので合意に加わっていません。)

(1)合意文書の中身

「チリのための合意」は次の4つの項目から構成されています。

①憲法の基礎
②憲法改正の機関
③国民投票による承認
④改正へのスケジュール

 ①について。新しい憲法草案はまったくの「白紙」からスタートするのではなく、あらかじめ定められた項目を土台に作成されることになります。その項目は次の12に分かれています。

1.チリは民主共和国であり、主権は人民にある。

2.チリ国家は単一であり分権化されている。

3.主権は、人間の尊厳と、チリ国家が批准した国際条約で認められ効力を持った人権によって制限を受ける。

4.憲法は先住民をチリ国民の不可分の一員として承認する。国家は先住民の権利と文化を尊重し促進する。

5.チリは、社会的・民主的な法治国家である。その目的は、共通利益を促進することである。共通利益とは、基本的人権と自由を認めること、財政責任の原則に従い国家と民間機関を通じて社会的権利の漸次的発展を促進すること、である。

6.チリの国章(エンブレム)は、国旗、エスクード(盾形の紋章)、国歌である。

7.チリはそれ自身、独立し分立した三つの権力を持つ。

a)行政権力。政府の長を持ち、公共支出における排他的イニシアティブを持つ。
b)司法権力。司法機関を備え、確定的かつ執行された判決を完全に尊重する。
c)立法権力。二院制、上院と下院により構成。特にそれぞれの権限と管轄が侵害することはない。

8. チリは、他に憲法上、以下の独立した自治機関を承認する。中央銀行、選挙裁判所、検察庁、会計検査院。

9. チリは、生存権として以下の基本的権利と自由を守り保障する。法の下の平等、様々な形での所有権、良心と信仰の自由、青少年の最善の利益、教育の自由と子どもの教育を選択する家族の優先的義務など。

10. チリは、憲法上、市民権に従属する形で、軍隊、治安部隊(特に軍警察(カラビネロス)と捜査警察)の存在を承認する。

11. 憲法は、少なくとも、以下の4つの憲法上の例外事態を承認する。「estado de asamblea」(対外戦争による事態)、「estado de sitio」(内戦、深刻な内乱による事態)、「estado de catástrofe」(災害による事態)、「estado de emergencia」(国の安全への損害や危険、公共秩序の重大な変化による事態)。

12. チリは、憲法上、自然と生物多様性に対する保全義務を負う。

 ②について。新たな憲法草案は、以下の3つの機関によって起草されます。

・憲法審議会
・専門委員会
・許容性技術委員会

 それぞれの役割を簡単に説明しておきます。

・憲法審議会
 50名で構成。国民の直接投票で選出。候補者名簿と選出結果にはともに男女同数原則が適用される。先住民枠の議席を設ける。

 審議会の目的は、新しい憲法草案を討議し、承認すること。提案された憲法の規定は審議員の5分の3で承認されて最終案に入れられ、最終案も同じ定数で承認される。

・専門委員会
 職業上、専門上、学問上で誰もが認めるキャリアを持った24名の人物で構成。男女同数とする。12名は下院、もう12名は上院によって選ばれる(政治勢力の代表数に比例。各院の議員の7分の4で承認)。

 同機関の任務は、討議の土台となるドラフトの作成、新しい憲法のテキストを起草すること。委員会の採決は、メンバーの5分の3で可決する。

 承認されたテキストは憲法審議会に引き渡され、審議会で討議される。専門委員会は憲法審議会に加わって、発言することができる(投票権はない)。

・許容性技術委員会
 優れた専門的、学術的キャリアを持つ法律家14名で構成。下院が単一の候補者案を策定して、上院によって選出。両院での採決には定数の7分の4の支持が必要。

 同委員会の任務は、技術委員会あるいは憲法審議会で承認された規定が、法律の判例や憲法解釈に基づいて妥当かどうかを判断し、場合によっては、上記2機関に対して条文の改訂を促す。

 3者の役割分担をまとめると、次のような形になります。

 憲法の条文案を作成するのは専門委員会(議会が選んだ有識者で構成)。

 それを審議し最終的に承認するのは憲法審議会(直接選挙で国民が選ぶ)。その過程に専門委員会も加わる(発言権はあるが、議決権はなし)。

 さらに承認された条文案が法的に問題がないかチェックするのが許容性技術員会(議会が選んだ法律家)。問題があると判断した場合、憲法審議会と専門委員会に改訂を促す。

 ③について。新憲法の最終草案は国民投票にかけられて承認・不承認が決定される(義務投票)。

 ④について。憲法改正プロジェクトは、下院議会に提出される議会の発議により開始される。行政府は以下のスケジュールが実現されるように調整する。

2023年1月 専門委員会の設置
2023年4月 憲法審議会の代議員選挙(義務投票)
2023年5月21日 憲法審議会の設置
2023年10月21日 チリ共和国憲法草案の引き渡し
2023年11月26日 義務投票の国民投票による承認

(2)今回の合意内容と以前の改憲プロセスとの違い

 違いの1つは、議会や政党の関与がかなり強くなったことです。憲法草案の最終的な決定は憲法審議会で行いますが、その土台となるテキストは専門委員会が行いますし、一旦承認された規定についても法的な整合性などに関して許容性技術委員会が判断を示すことになっています。

 それら両機関の構成員は議会によって選出されます。また審議会の議員数も前回(憲法制定議会)の155人から50人に減っています。

 それによって前回多かった無所属の人々が少なくなり、議論が政党主導になると予想されています。このように市民による直接的な関与が削がれていることは否めません。

 憲法改正プロセスにおける専門家の関与についてはどちらかと言えば、右派勢力が要求してきたものであり、政治的に見ると今回の合意は、右派に対する妥協の反映であり、それが憲法案にどう影響を与えていくのかは今後も注視する必要があります。

 2つ目は、草案は「白紙の状態」から作り直すのではなく、先に見たように議論するための枠組みがすでに合意されていることです。この点についても疑問視する声があります。

 政党間の交渉が大詰めを迎えた12月7日(水)、ボリッチ大統領が「合意しないより、不完全な合意の方が望ましい。」と発言した内容がこうした事情を物語っていると解釈できます。

(3)合意についての評価

 ここでは主に左派(政党)からの評価を挙げておきます。

 チリ共産党のダニエル・ハドゥエ(サンティアゴ市レコレタ区長)は、SNSで「勇気と信念が足りなかった」と振り返り、今回の合意内容は共産党が提案したものではなかったものの、共産党はこのプロセスに参加すると述べました。それは「自らをチリの主人であると見なし続けている者たちとそこで争うため」だと説明しています。

 ボリッチ政権を支える左派の政党連合「拡大戦線」の一翼を担う社会収束党(CS)のディエゴ・イバニェス下院議員は、「100%選挙で選出される機関を望んでいた」が、議会(上下院)、右派の賛成が「必要となった」と、ラジオ番組の中で述べました。

 また、「すべての人が満足することにならない憲法になることは承知している」が、「しかし最低線として、社会的・民主的法治国家を確立することになる。それは社会的変革を準備することに役立つだろうし、その中で我々は新しい社会契約でまとまっていくだろう」とコメントしています。

 この合意を土台として、できるだけ左派的な要求事項を憲法に盛り込み、そこから実際の社会を変革していくためのヘゲモニー争いの場として今回のプロセスを位置づけていることがわかります。

 最後に、今回の合意発表についてのボリッチ大統領の発言を紹介します。

 ボリッチ大統領は、感謝の意を表明した上で、「我々は必要な一歩を踏み出した。より良い民主主義、より多くの自由と社会的権利のための新しい社会契約に向けて決定的な一歩になることを期待している。」と述べました。

「チリの国民は我々に二度目のチャンスを与えてくれた。我々には最近の経験から学んでそれに応える義務がある。」

「私は、実現したこの合意を評価する。かつてのプロセスから学んだことが重要である。つまり、(最終案を承認する)主権を持った機関(注・憲法審議会のこと)は100%選挙で選ばれた機関であり、専門家の役割は決定のプロセスに寄り添いながらアドバイザーとしての役割を果たすことであり、誠意を持って合意に達することについて信頼している。」

 さらに、この合意が実現するように政府も協力するとした上で、国会に対しても憲法改正を可能にするための法律の制定をできるだけ速やかに実現するように要請しました。

 右派との妥協を余儀なくされるとは言え、来年以降も新しい憲法、社会変革の実現へ向けたチリ人民の闘いは続いていきます。

2022年12月20日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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ペルー 大統領の罷免と「政治的危機」

(1)はじめに

 12月7日(水)、ペルー国会は、「恒久的な道徳的能力の欠如」を理由としてカスティージョ大統領の罷免を決議しました。カスティージョ大統領に対する罷免決議は今回が3度目でした(1度目は21年11月、2度目は22年3月でいずれも不成立)。

 ペルー憲法には、「議会によって宣告された、恒久的な道徳的・身体的能力の欠如」による「空位」という規定(憲法113条2項)があります。「空位」とは大統領がその地位を明け渡すことです。これは、法定議員数の3分の2以上の賛成票によって承認されます。

 国会(一院制)の定数は130議席ですので87票以上が条件となります。今回の決定は、賛成101票、反対6票、棄権10票でした。これによってカスティージョ氏は失職することになりました。

(2)罷免決議と逮捕・失職に至る経過

 この日の国会では、事前の申告に基づいて午後から、カスティージョ大統領に対する「恒久的な道徳的能力の欠如」による「空位」(罷免)を審議、決議することになっていました。

 その前日にカスティージョ大統領は、「民主主義の破壊を望んでいる」と野党側を非難するとともに、汚職の告発についても無実を繰り返し表明していました。

 そして罷免の動きを阻止するために、午前11時50分にカスティージョ大統領は、「例外的な緊急政府」の設立を宣言し、国会の一時的な閉鎖、夜間外出禁止(7日午後 10 時から翌日の午前 4 時まで)を命じました。

 さらに、今後9か月以内に憲法改正を目的とした新しい国会選挙の実施、司法権力の再編を行う意向を示しました。新しい国会が選出されるまでは政令を通じて統治を行うことも明らかにしました。

 この発表直後、ベッツィー・チャベス首相、アレハンドロ・サラス労働・雇用促進相、クルト・ブルネオ経済・財政相、セザール・ランダ外相、フェリックス・チェロ法相ら13名の閣僚が、カスティージョ大統領の意向は憲法違反だとして相次いで辞任を表明しました。

 カスティージョ大統領担当弁護士もカスティージョ氏の弁護を放棄せざるを得ないとのコメントを公表しました。

 憲法裁判所長官は、カスティージョ大統領の行為を「国家クーデター」と認定した上で、「いかなる者も、権利を侵害した政府に従う必要はない。」と明言しました。

 さらに、国会議員には「自らの権限と能力に従って行動する」よう促すとともに、ディナ・ボルアルテ副大統領に政府の引き継ぎを行うよう訴えました。

 検察庁・国軍・国家警察に対しても、「法に従って行動すること」、「法を逸脱している者に対処すること」を呼びかけました。

 国軍と国家警察は、文書で共同声明を出し、「現行の憲法秩序を尊重する」と述べました。ペルー憲法の規定(第134条)によると、大統領が国会を解散できるのは、同一政権下で国会が内閣に対する信任決議を2度否決した場合となっています。つまり、今回のカスティージョ大統領の宣言はこの規定に反していることを意味します。

 さらに「現行の憲法秩序に反するどのような行為も憲法違反であり、国軍と国家警察はその行為を遵守しない」意思を明確にしました。また、市民に対しては「平静を保つ」こと、国家機関への信頼を呼びかけました。

 国会での審議中、カスティージョ氏とその家族は車で大統領官邸を後にしたことが確認されましたが、リマにあるメキシコ大使館から亡命する可能性があるということで、その途上でカスティージョ氏は現行犯逮捕されました。罪状は、反逆罪(刑法第346条)、職権乱用(刑法第376条)、憲法違反(第46条)でした。数時間拘留された後、ヘリコプターで警察特殊作戦局の本部にあるバルバディージョ刑務所に移送されました(アルベルト・フジモリ元大統領も収監されています)。

 午後1時15分から国会が開かれ、カスティージョ大統領の罷免に関する審議と投票が行われました。そして午後1時 55 分、賛成101票、反対6票、棄権10票により罷免が可決しました。

 11月29日に提出された動議(67名の議員が署名)によると、「恒久的な道徳的能力の欠如」を示す具体的な内容については、大統領自身が関与したとされる汚職疑惑(収賄)や、「市民の福祉を損ない、大統領とその親族の利益を優先して、深刻な問題を抱えた高官を任命することで国家機関を乗っ取り・解体したこと」などが列挙されています。

 汚職に関しては、10月に、公共工事の不正入札による利益の取得を主導したり、調査を妨害したりしていたとする告発が検察によって国会になされていました。

(3)ボルアルテ新大統領の就任と、長引く「政治的危機」

 カスティージョ氏が失職したことにより、副大統領のディナ・ボルアルテ氏が女性初の大統領に就任しました。ボルアルテ氏は、カスティージョ氏が行った議会閉鎖の決定に対しては、はっきりと距離をおいて「憲法に反する行為」と批判していました。

「私は、議会の閉鎖によって憲法秩序を崩壊させるペドロ・カスティージョの決定を拒否します。これは、政治的・制度的危機を悪化させる国家クーデターであり、ペルー社会は法を厳守してこれを克服しなければならない。」とソーシャルメディアに書き込みました。

 ボルアルテ新大統領の任期は、選挙の前倒しが行われない限り、現在の任期が終了する2026年までとなります。

 大統領就任後の最初のメッセージでボルアルテ氏は、「国家的統一政府を設置するために政治的休戦を求めます。そのための責任はすべての人が負わなければなりません。」と断言しました。

「話し合い、対話し、合意に達することは我々の責任です。」「そのために、議会に代表されているか否かに関わらず、すべての政治勢力の間での幅広い対話のプロセスを求めます。」と述べました。

 さらに、取り組むべき最初の措置として「国家機関における腐敗との闘いを開始すること」を掲げ、検察庁と国家代理人庁(Procuraduría)の支援を要請しました。

 ボルアルテ氏の就任は「ペルー初の女性大統領」として注目を集めていますが、今後の政権運営が安定するかどうかは疑問視する向きもあります。政治を安定させ、政策を前に進めるには、野党議員の支持を取り付けることが必要とされるからです。

 2021年7月に誕生したカスティージョ政権は短命に終わりました。この約1年半の間に5つの内閣、約80名に上る閣僚が任命されたことからも、政権がいかに安定していなかったかがわかります。

 カスティージョ氏が大統領選挙に立候補した時の所属政党は左派の「ペルー・リブレ」でした(2020年9月30日に党員登録)。ボルアルテ氏も副大統領候補として同党から立候補しました。

 しかし、カスティージョ氏は党規約への抵触(党の団結の破壊促進)、実施された政策が選挙公約とは異なっている(「失敗した新自由主義プログラムを実施している」)ことを理由に、党員を辞めるように同党からの勧告を受けて、今年6月末に離党しました。

 ボルアルテ氏も「ペルー・リブレ」に所属していましたが、メディアとのインタビューでの発言(「私はペルー・リブレ党のイデオロギーを受け入れたことはない。」)などが問題視されて、現在は離党しています。

「ペルー・リブレ」は21年の選挙では37議席を獲得して最大勢力となりましたが、その後、党内運営などをめぐる対立から多くの議員が党を離れたため(別の政党グループに分かれる)、現在は15にまで議席を減らしています。現在の最大勢力は右派の「フエルサ・ポプラール」(党首ケイコ・フジモリ氏)で24議席です(ペルーの国会は、無所属を除いて13の政党で構成されています)。

 このような経緯がありましたが、今回のカスティージョ大統領の罷免決議に関して「ペルー・リブレ」は必ずしも賛成の立場には立ちませんでした。実際の投票では、反対の6票、棄権のうち9票は同党の議員が投じています。

 いずれにしても、ボルアルテ新大統領にとっては野党勢力との協力が必要不可欠になっていることに変わりはありません。

 しかし、近年のペルー政治を見渡した時、今回のケースが特別だったとは言い難い面があります。2018年から現在までに大統領の交代が繰り返され、6人が大統領の座についていたことになります。

 まず18年3月にペドロ・パブロ・クチンスキ氏が収賄容疑で辞任、2020年11月に跡を継いだマルティン・ビスカラ氏が収賄容疑で罷免、同年就任後わずか5日でマヌエル・メリノ氏が辞任、フランシスコ・サガスティ氏は21年の任期終了まで、21年7月からはペドロ・カスティージョ氏、現在はディナ・ボルアルテ氏と続いています。

 交代が相次いで起こる要因としては、汚職疑惑が大きいわけですが、その一方で構造上の問題があることも指摘されてきました。

 1つは多党制に見られる政治的な分裂状況です。もう1つは議会と大統領との競合関係であり、憲法上、一方が他方の権限を無効にすることができる制度になっている点です。

 具体的には、議会には大統領を罷免する権限があり、大統領には議会を解散する権限があることです。一院制の議会と大統領の間に対立がある場合、こうした制度が国の統治を難しくすることにつながる可能性があると言われています。

 また、今回適用された「恒久的な道徳的能力の欠如」の中身についても、憲法に細かい規定がないため、「解釈の余地」があることが指摘されています。

 今回の交代劇が、近年続いている「ペルーの政治的危機の終わり」をもたらすかどうかは依然不透明です。というのも、国会は引き続き多党に分裂した状況にあって国民の支持が低いことと、罷免を受けて全国各地で数多くの人々が新しい選挙(国会と大統領の両方)の実施を求めて抗議活動を活発化させているからです。

 ボルアルテ新大統領は、10日(土)、新しい内閣を任命しました。任命した17人の閣僚のうち、8人が女性です。元最高検事のペドロ・アングロ・アラナ氏を首相に任命し、汚職反対の行動を取るように指示しました。

※以下の過去の記事もご参照ください。
ペルー 大統領の辞職と政治的危機の構図(2020年12月1日)
ペルー 大統領選挙から見た政治的課題(2021年4月29日)
ペルー 高まる政治的・社会的危機の中で(2022年4月28日)

2022年12月12日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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