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チリ 右派大統領の誕生 「右傾化」が進む南米

12月14日、大統領選挙の決選投票が行われ、1回目の投票で2位だった右派のホセ・アントニオ・カスト氏が、左派のジャネット・ハラ氏を破って当選を果たしました。

※11月に行われた1回目の投票については前回(11月29日)配信の記事(チリ 11月大統領選挙の結果)をお読みください。

(1)決戦投票の結果

最終的な結果は以下のとおり。

ホセ・アントニオ・カスト 得票数(7,254,850) 得票率(58.16%)
ジャネット・ハラ     得票数(5,218,444) 得票率(41.84%)

投票率85.06% 白票165,355(1.23%) 無効票783,001(5.83%)

この結果、現在のガブリエル・ボリッチ大統領率いる左派政権から右派政権へと政権交代が行われることになります(新しい大統領の任期は2026年3月11日から2030年3月11日までの4年)。

チリでは大統領の連続再選が認められていないこともあり、近年は大統領の任期ごとに左派と右派が交互に大統領の地位を占めてきました(ボリッチ大統領の前は、2006年から左派のミシェル・バチェレ氏と右派のセバスティアン・ピニェラ氏が交互にそれぞれ2回大統領に就任)。

今回、両者の得票率の差は16.32ポイントであり、大きく差をつけられました。またチリの全ての地域でカスト氏の得票率がハラ氏を上回っており、得票数でも「過去最高」を記録しました。

※「得票数」の多さについては、登録選挙人(有権者)の人数が増えていること、また以前(任意投票制)と違って、今回初めて「義務投票制」(法律上投票が義務付けられている)の下での選挙になったことが影響している部分があることも指摘されています。

前回2021年の大統領選の登録選挙人の数は15,030,973人で、今回は15,779,102人。前回の投票率ですが、この時も決選投票となり、任意投票制の下で55.64%でした。今回の投票率とかなり差があることがわかります。

事前の選挙予想でもカスト氏が「勝つ」と見込まれていましたので、この結果に「驚きはなかった」と言われています。

(2)カスト氏が勝利した要因

3度目の挑戦でカスト氏が勝つことができた要因はどこにあったのか、BBCの記事などを参考にまとめてみたいと思います。

勝因の1つとされているのが、多くの国民が抱いている「恐れ」「不安」の感情に強く訴えたことです。それは「組織犯罪」と「不法移民」に対する「恐れ」です。しかもこの2つは関連したものと考えられています。つまり、流入する「不法移民」が「組織的に犯罪行為」を行っている、そのため社会の治安や平穏が脅かされているという考えです。

事実、カスト氏が提案する政策も「犯罪組織の摘発の徹底」や「不法移民対策の強化」など、この点にクローズアップしたものとなっています。例えば、30万人と言われる「不法移民」の国外追放などです。

カスト氏は勝利した直後の演説の中で、「恐れを抱くことなく生きるという希望が勝利した」と述べ、自らが掲げる「変革の道が支持された」ことを強調しました。

その上で、「安全がなければ平和はない、平和がなければ民主主義はない。民主主義がなければ自由はない。そしてチリは再び犯罪、苦悩、恐怖から解放されるだろう」と訴えました。

その一方で、「ここには魔法のような解決策はない」「一日ですべては変わらない」、「我々に奇跡を求めるのではなく、エネルギーを求めてください」と述べて、結果が出るには時間がかかることを強調しています。

さらに、左派と右派という分断の克服と協調を呼びかけるとともに、自らを「すべての人の大統領」として押し出しています。

勝因の2つ目として指摘されているのは、これまでは「極右」のイメージが強かったのに対して、今回は「穏健派」に徹したことが「中道」的な立場の人々からの支持を得ることに成功したという点です。

とくに決選投票にあたっては、リベラル寄りの右派や中道的な立場を意識したメッセージを発することで、1回目の投票で3位につけた「中道」のパリシ氏を支持した票や、中道左派連合の右派寄りの票のそれぞれ一部を獲得したと評価されており、これらが「大勝」に結びついたと分析されています。

例えば、中道左派連合内のキリスト教民主党に属していたエドゥアルド・フレイ元大統領が、決選投票を前にしてカスト氏と会談しています(但し、フレイ氏はカスト氏への明白な支持は表明しなかったとされています)。

前回ボリッチ大統領に敗れた2021年の選挙の時には、カスト氏は保守的なカトリック教徒として、性的マイノリティの権利や中絶の権利に対して否定的な考えを示すとともに、独裁者であったピノチェトを称賛する旨を公言していました。

それに対して、今回の選挙戦では、そうしたテーマについては、チリの国民にとっての優先事項ではないと回避して、専ら先に挙げたテーマ(治安回復など)について取り上げることで「極右」というイメージを薄めようとしていました。

今回の選挙で「極右」的な役回りを演じたのが、国民自由党のヨハネス・カイザー候補でした(1回目の投票では第4位)。カイザー氏は、ピノチェト軍事政権下で人権侵害を行った人物の恩赦を提案していました。

結果的に決戦投票はカスト氏の「圧勝」となったわけですが、これがそのままカスト氏への全面的な支持につながっているかについては疑問視する向きもあります。

というのも、1回目の時のカスト氏の得票率は23.92%でしたが、これは前回(2021年)の時の1回目の得票率だった27.91 %を下回っているからです(2021年は7名で争われました)。先に見たように登録選挙人数と投票率が上がっているにもかかわらず、カスト氏自身への支持が増えているとは単純に言えないと見られています。

(3)「右傾化」が進む南米地域

カスト氏の勝利に対して海外からは、アルゼンチンのハビエル・ミレイ大統領が「中南米の自由を守る一歩」と祝意を表明し、米国のマルコ・ルビオ国務長官が、チリと治安改善や貿易促進での協力を期待する旨の声明を発表しました。

※アルゼンチンでは10月26日に上下院議会の「中間選挙」が行われ、「苦戦」という事前の評価とはうらはらに、上下院ともミレイ大統領率いる与党連合が40%以上の得票率を獲得して勝利しました。

早速、カスト氏は16日(火)、アルゼンチンのブエノスアイレスでミレイ大統領と会談しました。今後の両国関係について「かつてないほど良好な関係を築いていくだろう」と報道陣に語りました。また、「独裁政権を終わらせるあらゆる状況」を支持すると述べて、ベネズエラへの米国の介入に対する賛同を表明しました。

その一方で、コロンビアのグスタボ・ペトロ大統領は、カスト氏が勝利した後、SNSで「ファシズムが進んでいる」とカスト氏を批判するコメントを発しています。

また、敗れたハラ氏はSNSを通じて「民主主義は力強く、そして明確に語りかけた。私は今、次期大統領のカスト氏と話をして、チリの利益のために彼の成功を望んでいることを伝えました」とコメントしました。

2019年秋の大規模な社会運動から生まれた左派のボリッチ政権でしたが、ピノチェト独裁時代の影響が残る憲法を改正しようという試みが2度に渡って失敗したことで、顕著な成果を残すことができなかったと言えます。今回の敗北から何を学び、中道派を含めた左派勢力の立て直しを図っていくのかが問われています。

さらに、来年はコロンビアとブラジル、ペルーで大統領選挙が行われます。南米地域でより一層の右傾化に拍車がかかるのか、それを押し留めるのかが注目されます。また現在の米国トランプ政権によるベネズエラへの戦争挑発の動きがどう展開されていくのか、戦争反対の意思を示しつつ、事態を注視していきたいと思います。

2025年12月19日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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チリ 11月大統領選挙の結果

11月16日(日)、南米チリで次期大統領選挙と国会(上下院)議員選挙が行われました。その結果についてまとめてみます。

(1)大統領選の結果

大統領選挙は8名の候補者で争われました。結果(数字は得票率)は以下のとおりです。

①ジャネット・ハラ候補(共産党)26.85%
②ホセ・アントニオ・カスト候補(共和党)23.92%
③フランコ・パリシ候補(人民党) 19.71%
④ヨハネス・カイザー候補(国民自由党)13.94%
⑤エヴリン・マテイ候補(独立民主同盟)12.46%
⑥ハロルド・メイネ-ニコルズ候補(無所属)1.26%
⑦マルコ・エンリケス-オミナミ候補(無所属)1.20%
⑧エドゥアルド・アントニオ・マルテス候補(無所属)0.66%

白票:1.06% 無効票:2.68%  投票率:85.26%(チリは義務投票制)
※チリの大統領は再選を認めておらず一期のみ。次の任期は2026年3月11日から2030年6月11日までの4年間。

いずれの候補者も過半数に届かなかったため、上位2名による決戦投票が12月14日(日)に行われることになりました。

現在の与党であるボリッチ政権を含めた中道左派勢力は早くから候補者を共産党のハラ氏に一本化し(6月29日)、選挙直前の世論調査でもトップに立っていました。

一方、カスト氏に代表される右派勢力からは、3名(カスト氏、カイザー氏、マテイ氏)が立候補しました。その中でカスト氏が「勝利」(全体では2位)したことで、12月の決戦投票は左派のハラ氏と右派のカスト氏の一騎打ちとなります。

12月の決戦投票に向けては、多くのメディアが、カスト氏「有利」・ハラ氏「苦戦」と報じています。というのも、今回の投票での他の右派候補(4位のカイザー氏と5位のマテイ氏)の得票率の合計が26.4%で、これをそのままカスト氏の得票率と合計すると50.32%の過半数となるからです。

そこでカギと見られているのが、今回3位につけたハリシ氏を支持した票の行方です。仮にハリシ氏の得票率19.71%がそのままハラ氏の得票率に上乗せされたとしても46.56%で過半数には届きません。当初からハラ陣営は1回目の投票で30%台の得票率を目標にしていましたが、思ったようには支持が伸びませんでした。

上記のことはあくまでも単純な計算上のことであり、12月14日までの限られた時間の中で両陣営、とくにハラ候補がどのような訴えをして有権者の支持を獲得していくのかが注目されます。

ハラ氏は、今回の結果を受けて、「わが国には未来があり、それは子どもたちの中にあります」と述べました。「民主主義は守られ、尊重されなければなりません。私たちは民主主義を取り戻すのに多くの犠牲を払ったにもかかわらず、今、民主主義は危険にさらされています」と呼びかけました。

他方、カスト氏は「チリの利益のため、そして私たちが直面している危機を乗り越えるためには、団結が不可欠です。チリという大義のために、私たちは団結しなければなりません」と訴えました。こう訴えるカスト氏の傍には5位のマテイ氏の姿があり、4位のカイザー氏もカスト氏への支持を表明しました。

カスト氏本人は「3度目の正直」と語っています(今回が3度目の挑戦。前回はボリッチ現大統領に敗れた)。今回の選挙でカスト氏が掲げている政策は、米国のトランプ大統領の政策と同じように、「不法移民」対策と称した国境取り締まりの強化や、組織犯罪に強硬な対応を取ることなどを提案しています。

カスト氏は、弁護士出身で保守的なカトリックと言われています。「極右」と言われることには否定的な態度を示していますが、過去には、軍事独裁を敷いたアウグスト・ピノチェト氏を支持する発言をするなど、物議を醸してきました。

他方、事前の予想を上回って全体の3位につけたパリシ氏は「街頭で支持(票)を獲得せよ」と、ハラ氏にもカスト氏にも呼びかけて、どちらの候補に対しても支持を表明しませんでした。中道右派と言われるパリシ氏は、それぞれの候補を「極左」と「極右」と規定して、「イデオロギー」よりも「国民」を優先するよう訴えました。

自らを既存勢力の「アウトサイダー」として押し出し、左派も右派も国民を利用してきた、その悪弊を終わらせるというのがパリシ氏が演説で強調している点です。選挙戦では自らを、「怒り」を持った中間層の代表と位置づけてきました(※パリシ氏は、経済学者として米国の大学で教鞭をとってきました。大統領選への出馬はカスト氏と同じく3度目)。

パリシ氏の3位「躍進」は、こうした訴えが一定の支持を得たことの表れです。あとで見るように、下院議会ではパリシ氏の率いる「人民党」が14議席を獲得したことで「キャスティング・ボード」を握っていると見られています。

カスト氏が「有利」な中、ボリッチ現政権を支えてきた左派勢力がハラ氏のもとで引き続き政権を継承し維持できるかどうかの岐路に立っていると言えます。

(2)国会(上下院)議員選挙の結果

続いて、政党連合別(現在の与野党)の国会議員選挙の結果は以下のとおりです。

▪下院(改選:全155議席)

与党(左派)
①「チリのための統一」(Unidad por Chile:共産党・社会党・拡大戦線など7政党)(61議席)
②「緑、地域主義、人道主義」(Verdes, Regionalistas y Humanistas:緑の地域主義・社会連盟)(3議席)
③「無所属」(現与党支持)(1議席)

野党(右派)
①「偉大で統一したチリ」(Chile Grande y Unido:独立民主同盟・民主党など4政党)(34議席)
②「チリのための変革」(Cambio por Chile:共和党・国民自由党など3政党)(42議席)

※「人民党」(14議席):現時点で議決の際に野党に加わるか不明

▪上院(改選23議席 全50議席)

与党(左派)
①「チリのための統一」(Unidad por Chile)(改選11+非改選9 計20議席)
②「緑、地域主義、人道主義」(Verdes, Regionalistas y Humanistas)(改選1+非改選2 計3議席)
「無所属」(現与党支持)(改選0+非改選2 計2議席)

野党(右派)
①「偉大な団結したチリ」(Chile Grande y Unido)(改選5+非改選13 計18議席)
②「チリのための変革」(Cambio por Chile)(改選6+非改選1 計7議席)

人民党は獲得議席0

※( )内は獲得議席数

この結果、下院では野党の右派勢力は合計76議席を獲得しましたが、過半数の78議席には2議席及びませんでした。しかし態度を明確にしていない人民党の対応如何では右派が過半数を制することになります。

上院では、改選・非改選を合わせて右派勢力が25議席を獲得、一方、与党支持と見られている無所属を含めた左派勢力も25議席となり、同数で拮抗する結果となりました。

(3)大統領選挙での大きな争点

再び大統領選にもどって、今回の大統領選挙の争点の一つが、犯罪の増加による治安対策と急増する移民への対応と言われてきました。とくに組織犯罪の増加への対応が有権者の大きな関心事となっています。

移民の増加については、国立統計局(INE)のデータによっても近年急増していることが明らかになっています(2024年の調査では160万人超、人口比約8.8%、2017年~24年の間で倍増)。来ている国で多いのはベネズエラ(全体の41.6%)で、続いてペルー(14.5%)、コロンビア(12.3%)となっています。

この移民の急増に関して多くの人が「不安」を抱くようになっていることが世論調査でも顕著となっています。公共研究センター(CEP)の調査では、自分の地域に外国人がいることについて「非常に心配している」と答えた人の割合が約44%、「ある程度心配」が約22%、「ほとんど、あるいは、まったく心配していない」が約34%となっています。

そして、移民と犯罪の増加との関連についてですが、移民の増加が犯罪率を高めている(国内の治安が悪化している)と考える国民の割合が増えています。チリのカトリック大学が行った調査(2023年)では、犯罪増加の原因は移民にあると考えている人が9割にも達しています。

しかし、統計上の分析ではその関連性が薄い(移民が増えていても、外国人の犯罪がとりわけ増えているわけではない)ことが指摘されています。

但し、外国人の犯罪種別で多いのが薬物関連の犯罪(麻薬密売)、組織犯罪(強盗)であることや、殺人事件でも犯人が外国人だった場合にメディアの報道が頻繁に行われていることなどにより、人々の認識がそのように(移民が増えたことで外国人による犯罪が増えたと認識)作用しているのではないかと分析されています。

(4)決戦投票に臨むハラ候補の経歴

先にも少し触れましたが、右派で反リベラルと見られているカスト氏に対して、ハラ氏は自らを「民主主義の守護者」としての立場をより積極的に打ち出す必要があると見られています。

ハラ氏が共産党員であることから、共産党に対する抵抗感を持たれている側面のほかに、現与党の左派連合からの候補でもあることで、国民が関心を持っている治安や移民問題に対する現政権の対応が不十分であると考えている有権者からの支持を得られていないという面があります。

つまり決戦投票に臨むにあたって、国内治安への人々の不安や移民の増加といった問題に十分な関心を示すことで、ハラ氏が現政権に批判的な立場をとる有権者の間でどれだけ支持をのばすことができるのかが勝負の分かれ目と見られています。

ハラ氏(51歳)は、首都州サンティアゴ北部の低所得地域である旧コンチャリ(現在はインデペンデンシア)の出身で、父親が工場の機械工で労働組合の活動家、母親が主婦で、5人きょうだいの長女として育ちました。きょうだいの中で大学に進学したのは彼女だけだったとのことです(大学では行政学と法学を学び、学費は働いて賄っていた)。

1989年(10代半ば)にチリ共産主義青年団に参加し、チリ共産党には1990年に入党し活動しています(ピノチェト独裁から民政移管の時期)。職業上のキャリアとしては、行政官と弁護士になっています。政治家としては、第2期ミシェル・バチェレ政権(2014~2018年)時に社会保障次官に就任し、現在のボリッチ政権では労働・社会保障大臣を務め(2022年3月から2025年4月まで)、労働時間の短縮や最低賃金の引き上げ、年金改革などに尽力してきました。

来月半ばの決戦投票によって、2030年に向けてのチリの政治と社会の方向性が決せられることになります。引き続き状況を注視していきたいと思います。

2025年11月29日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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コロンビア 米国による圧力強化と深まる対立

今年9月以降、カリブ海で「麻薬密輸船」との疑いのある船舶に対する米軍の軍事攻撃が断続的に続いています。BBCの報道(10月24日)によると、米軍による武力攻撃はすでに10回を数えており、その範囲もカリブ海から太平洋へと拡大させています(7回目までと10回目はカリブ海域での行動)。

10月24日に報じられた10回目の武力攻撃では、6名が死亡しました。これにより一連の武力攻撃による死者の数は少なくとも43人と伝えられています。さらに、ヘグセス国防長官が、原子力空母「ジェラルド・フォード」を中心とする空母打撃群を地中海からラテンアメリカ海域に移動するよう命じたことも報じられています。

10月21日から22日にかけて太平洋沖で行われた8回目と9回目の武力攻撃ではそれぞれ2名と3名が死亡した一方で、米軍からは1人も負傷者が出なかったことがヘグセス国防長官から明らかにされました。同長官によると、米国の情報機関は船舶が違法な麻薬密売に関与していたことを認識していたと述べています。

しかしながらメディアの報道によると、これまでのところ、米国当局は攻撃で死亡した人々の身元や、その者たちが所属しているとされる麻薬密売組織についての詳細をほどんど明らかにしていません。

そうした中、10月16日に行われた軍事行動では、攻撃を受けた船舶の乗組員4名のうち2名が生存していたことが明らかになりました(乗組員全員が死亡しなかったのはこれが初めて)。この生存者2名(エクアドル人とコロンビア人)は米海軍に一時的に拘束されたのち、それぞれの国に送還されました(※この経緯については専門家から疑問の声が上がっています)。

この攻撃について、トランプ大統領は自身のSNSで「もしこの潜水艦(※攻撃された船舶のこと)の接岸を許せば、少なくとも2万5000人の米国人が死亡することになるだろう」と、裏付けとなる根拠を示すこともなく述べています。

この2名はそれぞれ身元が特定されていますが、コロンビア人に関しては、「脳損傷」を負っており重体であることが、同国のベネデッティ内務大臣のXで報告されました。この人物について同内務大臣は「麻薬密売の罪で起訴されることになる」と述べています(10月19日)。もう1人のエクアドル人に関しては、係争中も含めて犯罪行為を犯したことを示す証拠がないため釈放されたと報道されています(10月20日)。

この2か月近くで10度に及ぶ武力攻撃を一方的に行っている米国政府ですが、トランプ大統領はこの軍事行動について、国際水域で違法な麻薬組織を攻撃する法的権限があると主張しています。報道によると、トランプ政権の基本的見解は、米国と麻薬組織は「紛争状態」にあり、この密輸組織の構成員を「違法戦闘員」に認定しているというものです。その一方で、陸上での作戦に関しては議会の承認を求める可能性があることをトランプ大統領は示唆しています。

ヘグセス長官は、22日に行った8回目と9回目の武力攻撃についての説明の中で、麻薬組織を「麻薬テロリスト」と呼び、攻撃された船舶は「外国テロ組織(FTO)によって運用され、東太平洋で麻薬密売を行っていた」と述べています。さらに、「アルカイダがわが国に戦争を仕掛けたように、これらのカルテルはわが国境と国民に戦争を仕掛けている」として、9.11を主導した「アルカイダ」に例えています。

しかし法律の専門家からは当然、「麻薬密売人」を司法審査なしに即刻殺害できる「違法戦闘員」として扱うことができるのかという根本的な疑義が出されています。

同じく民主党・共和党議員からも、一連の攻撃についての合法性と大統領の命令権限について懸念する声が上がっています。具体的には、9月10日、民主党上院議員25人が、「乗船者や積荷が米国に脅威を与えたという証拠もないまま」船舶を攻撃したという内容の書簡をホワイトハウスに送ったこと、共和党のランド・ポール上院議員が、このような攻撃には議会の承認が必要だと主張したことが報じられています。

一連の軍事作戦は、トランプ大統領が「ラテンアメリカの麻薬組織」対策のために軍事力の使用を開始する命令に秘密裏に署名したところから始まっています(8月8日の報道)。米国政府は、ベネズエラの高官(マドゥーロ大統領を含む)が、ベネズエラの麻薬組織「カルテル・デ・ロス・ソレス」、犯罪組織「トレン・デ・アラグア」などを率いて米国への麻薬密輸を仲介していると断じています(当然、ベネズエラ政府はこれを否定)。トランプ大統領は、マドゥーロ大統領を「世界最大の麻薬密売人の1人」と非難しており、マドゥーロ大統領逮捕につながる情報提供に対する懸賞金までかけています。※米国政府は、両組織を「外国テロ組織(FTO)」に指定。

8月以降に展開された米軍は、イージス艦(駆逐艦)、ミサイル巡洋艦、原子力潜水艦、強襲揚陸艦などの艦艇8隻と、F35戦闘機10機、約4500名の兵員(うち海兵隊員2200名)という大掛かりなものでした。これには20年以上使われていなかったプエルト・リコの海軍基地が作戦拠点として使われています。

そして最初の武力攻撃が行われたのが9月2日、快速艇を無人機で撃沈し、乗員11名が死亡しました。

この件に関して、米国政府は撃沈の映像のほかには具体的証拠を示しませんでした。これに対しては米国内でも大統領に「麻薬密売容疑者」を殺害する権限は認められていないとする声が上がりました(「外国テロ組織」に指定されたとしても、自動的に殺害できる力の行使は認められてはいません)。また国際法の専門家からは国際海洋法や国際人道法違反の可能性を指摘されています(米国は国連海洋法条約には署名していませんが、米国政府は国際法を遵守してきたと主張)。

なぜトランプ政権はこのような武力攻撃を繰り返し行っているのでしょうか? ベネズエラのマドゥーロ政権への圧力を強め、政権転覆を謀ろうとする意図が働いているというのが一般的な見立てです。そのための口実が「麻薬密輸」の取り締まりです。これは、トランプ政権に限らず、歴史的に米国政府が行ってきた中南米諸国の内政に介入するための常套手段とも言えるものです(1989年のパナマ侵攻によるノリエガ将軍逮捕・米国への連行が有名。この時も麻薬の大量密輸の罪で裁かれました)。

10月15日、トランプ大統領は、米中央情報局(CIA)にベネズエラ国内での秘密作戦の実行を許可したとの報道を認めました。さらにベネズエラ領土への攻撃を検討しているとも発言しています。

米国の軍事行動の主要なターゲットがベネズエラ(マドゥーロ政権)であるのはこれまで見たとおりですが、現在では、ベネズエラに限らず、隣国コロンビアのペトロ政権に対する圧力を強めています。それはペトロ大統領がトランプ大統領に対する批判を繰り返し行っているからであり、広くは中南米の左派政権に対する揺さぶりであるとも言えます。以下、コロンビアとの関係についてまとめてみます。

9月2日、最初の軍事作戦が行われたあとで、ペトロ大統領は、ベネズエラへのいかなる攻撃もラテンアメリカとカリブ海諸国への攻撃に等しいと述べて米国政府を批判しました。

9月15日、米国政府は、コロンビアが麻薬密売対策の義務を「著しく怠った」として、麻薬取引対策パートナーとしての認定を取り消し、ベネズエラなどとともに「国際麻薬対策協定に基づく義務を順守できなかった国」に指定しました(但しこの時は同対策に基づくコロンビアへの軍事・経済援助は継続すると判断)。

9月23日、ペトロ大統領は国連総会で演説し、カリブ海における米国の軍事攻撃について米国が「麻薬密売撲滅」を口実にラテンアメリカにおける支配を強めていると非難し、トランプ大統領を含む米当局者に対する刑事訴訟を開始するよう訴えました(演説中、米国代表団は議場を退席)。

10月18日、ペトロ大統領が、9月16日にカリブ海で麻薬密売組織に対する米軍の軍事作戦が行われている最中、漁に出ていたコロンビア人の船が攻撃を受け、コロンビア人漁師1人が家に戻っていないと非難、「(その船は)おそらくコロンビアの海域にいたと思われる」として、米国政府がコロンビアの領海における主権を侵害したと批判しました。

※メディアの報道などでは、この「コロンビア人漁師」については過去に犯罪歴があったことが明らかにされていますが、これらの麻薬組織との関係など詳細は不明です。

翌19日、これに対してトランプ大統領はペトロ大統領を「違法な麻薬組織のリーダー」と呼んで非難し、麻薬生産を「止めるための措置を一切講じていない」として、コロンビアに対する補助金などの支援を打ち切ると表明しました(2024年に米国議会が認めたコロンビアへの対外援助は3億7750万ドル)。

10月21日に行われた武力攻撃はコロンビアの近海で実施されたと報じられています。

10月24日、米国政府が、ペトロ大統領、大統領夫人とその長男、ベネデッティ内務大臣らを麻薬密売に関与した疑いのある人物として制裁対象に指定しました。

このように、9月以降、米国とコロンビア両国政府の政治的対立により緊張関係が高まっています。その中でトランプ政権による一方的な軍事力の行使が、ラテンアメリカ・カリブ海地域の平和と安全を著しく損なうことになっていることは明らかだと思います。すぐにでもこうした軍事行動・戦争を挑発する行為をやめるべきです。

もちろん、麻薬密売対策が必要であるとしても、事の詳細を明らかにすることなく、また一切の司法プロセスを欠いた形で、強大な軍事力を行使することがこの問題を解決することにつながらないことは、これまでの両国の取り組みの歴史を見ても明らかだと言えます。

※この記事を作成するにあっては、BBCの配信記事、CNNの配信記事などを参照してまとめています。その他には、週刊金曜日(No.1537)「マドゥーロ政権打倒を目指す 麻薬組織中枢の制圧口実に」(伊高浩昭)、月刊「地平」(2025年11月号)「緊迫するベネズエラ トランプ政権による軍事挑発の背景」(新藤道弘)を参照しました。

2025年10月27日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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ボリビア 大統領選・決選投票の結果

10月19日(日曜)、大統領選の決選投票が行われ、8月17日の1回目投票で第1位だった中道派のロドリゴ・パス候補がホルヘ・キロガ候補を破って当選しました。新しく選出された正副大統領は11月8日に就任式を迎えます。

(以下の記事は、BBCの2025年10月20日付配信記事等を参照してまとめました。)

ボリビアの最高選挙裁判所(TSE)の報告(開票速報値)によると、

ロドリゴ・パス候補(キリスト教民主党) 得票数(335万6937票) 得票率(54.6%)
ホルヘ・キロガ候補(自由同盟)     得票数(279万0364票) 得票率(45.4%)

※投票率85%

全国9県のうち、得票率でパス候補が上回ったのが6県(北からコビハ、ラパス、コチャバンバ、オルーロ、スクレ、ポトシ:中部・西部の地域)でした。

この結果報告について、キロガ候補は、「(第1ラウンドと同じく)第2ラウンドでの集計作業を尊重します。ロドリゴ・パス氏を祝福します。心からお祝いを申し上げたい」とコメントし、自らの敗北を認めました。

選挙結果速報システム(SIREPRE)が約1時間停止していたことから、キロガ候補の支持者の一部から、選挙結果について「不正」があったのではないかという疑惑が表明されていましたが、キロガ候補の発言はこれを打ち消すものでした。

「ボリビアで初めて行われた歴史的な第2回目の投票で大統領に選出されたロドリゴ・パス・ペレイラ氏に祝意を表し、その政府の成功を切に願います」と、任期を迎えて退任するルイス・アルセ現大統領はX(旧ツイッター)で述べました。

1回目の投票結果については、このコーナー「ラテンアメリカの現在」の2025年8月29日付配信記事に書きましたが、今回の選挙の大きな争点の1つは、高止まりするインフレとマクロ経済の停滞をどう打開するかという点にあります。

この点について言うと、敗れたキロガ候補の考えは、「今のボリビアは破産している」と評価した上で、公共支出の大幅削減、燃料へのユニバーサルな補助金の削減(公共交通と社会的脆弱層に対象を絞る)、赤字国営企業の閉鎖または民営化、省庁の廃止などによる「抜本的な改革」の必要性を訴えていました。典型的な新自由主義的改革路線です。

それに対して、勝利したパス候補は「すべての人のための資本主義」をスローガンに掲げ、貧困層向けの社会保障制度を維持しながら民間部門の成長を促進するなど、より段階的なアプローチを取ろうとしています。そのポイントの1つは、ボリビア経済の多くを担っているインフォーマル部門で働く人々、とくに自営業者への対策と見られています。とは言え、燃料補助金の削減や公共支出の広範な削減(支出の合理化と中央と地方の財政配分の調整)という面ではキロガ候補と共通しています。

隣国アルゼンチンのハビエル・ミレイ大統領が実施してきたようなドラスティックな緊縮財政措置の導入を心配する向きもありましたが、パス候補はこれについては否定しています。

今回のパス氏の勝利は、1回目の投票で与党「社会主義運動」(MAS)に投票した都市部と農村部の票(主に下層階級)をうまく獲得することができたからと見られています。その上で、「支持」を引きつけたのが副大統領候補のエドマン・ララ氏の存在です。ララ氏は元警察官で、ソーシャルメディアで汚職スキャンダルを告発することで有名な「大衆受け」する人物です。こうした経歴が若者や労働者階級の有権者からの支持につながったと言われています。

「祖国を愛するすべての人たちと一緒に統治するために我々は手を広げている」とパス氏は、勝利した後の最初の演説で訴えました。そして約20年間続いた左派の「社会主義運動」(MAS)政権を批判する形で、「イデオロギーは我々を食べさせてくれない。我々を食べさせてくれるのは、労働の権利、法に基づく保障、私有財産の尊重、そして将来への確実性である」と述べました。

パス氏の政治信条は、基本的に中道右派の大統領(1989~1993年)であった、自身の父親であるハイメ・パス・サモラ氏を受け継いでいると言われています。

左派政権から中道派への政権交代が確実となった中で、経済面、外交面では米国との関係がポイントとなっています。マルコ・ルビオ米国務長官は、選挙結果を受けて、「米国は、ロドリゴ・パス氏がボリビアの次期大統領に選出されたことを祝福する。同じく、ボリビアにとって歴史的な瞬間にあるボリビア国民を祝福する」と述べました。

その上で、「米国は、不法移民の根絶、 二国間投資の市場アクセスの改善、地域の安全保障強化のための国際犯罪組織との闘いなど、共通の優先事項についてボリビアと協力する用意がある」と主張し、ボリビアとの関係を改善する意向を明らかにしています。

9月下旬、パス氏は燃料供給を確保するために米国との15億ドルの経済協力協定を結ぶ計画を発表するなど、米国からの経済的支援に期待を寄せています。そこにはアルゼンチンと同じく、南米大陸への影響を強めるための足場を確保したい米国側の思惑も透けて見えます。

大統領選に勝利したとは言え、8月に行われた総選挙の結果を受けた国会(上下院)の議席構成を見ると、パス氏の所属するキリスト教民主党は両院とも単独過半数に届いていません(上院では16議席、総数36。下院では49議席、総数130)。

議会運営においては、敗れたキロガ氏の自由同盟との連携が欠かせないことになります(自由同盟は、上院では12議席、下院では39議席)。どこまで政策上の独自性を打ち出せるか、また政策をどこまで実行できるかについては今後の話し合いによると見られています。

主要な労働組合であるボリビア労働総連(COB)は、同組合がこれまで達成してきた社会的、経済的成果に対するいかなる脅威にも反対すると警告した上で、新政権に対して、街頭での抗議行動の影響を回避するための政治的手腕が必要となるだろうと強調しています。

2025年10月26日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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アルゼンチン 州議会選挙での与党の敗北

9月7日(日曜)、国内最大の選挙区であるブエノスアイレス州の州議会選挙が行われ、ハビエル・ミレイ大統領率いる与党「自由前進」は、正義党(ペロン主義)系野党に敗北を喫しました。今回の敗北は、ミレイ氏が大統領に就任して以来「最悪の敗北」とも評されています。

※州議会議員のほか、ブエノスアイレス州の各市議会議員と学校評議員も選出されました。

州議会選挙の結果については以下のとおりです。

ブエノスアイレス州議会選挙

改選議席 下院46(総数92のうち) 上院23(総数46のうち) 任期はいずれも4年

開票率98.96%で、

1位 フエルサ・パトリア(Fuerza Patoria):得票率47.28% 382万119票 

2位 自由前進(La Libertad Avanza):得票率33.71% 272万3710票

※以下の政党については省略

獲得議席数 フエルサ・パトリア:下院21 上院13 合計34

      自由前進:下院18 上院8  合計26

投票率は60.98%

▪「フエルサ・パトリア」:統一名簿で戦うことに成功した中道左派のペロン主義勢力の選挙連合の名称。

▪「自由前進」:「自由前進」と「Propuesta Republicana」(PRO:2015年から19年まで大統領だったマウリシオ・マクリが率いる中道右派政党)との選挙連合の名称。

両者の得票率の差は13ポイント超と予想以上に開きました。ブエノスアイレス州は全国の登録有権者数の40%近くを占めており、今回「フエルサ・パトリア」が同州8つの選挙区のうち6つで勝利しました。

ミレイ大統領は、選挙前には「キルチネル主義(ペロン主義左派)の棺桶に最後の釘を打ち込む」と豪語していましたが、結果は惨敗に終わりました。

※今回の選挙に先立ち今年5月に行われたブエノスアイレス市の市議会選挙では「自由前進」が勝利していました。

この結果に対して、ミレイ大統領は「政治的には、今日、我々は間違いなく明確に敗北を喫した」と述べるなど、早々に負けを認めました。にもかかわらず、「2023年に我々が大統領選挙で目指した方向性は変更されるどころか、むしろ強化されるだろう」と強気の姿勢を崩しませんでした。

今回の結果(与党の敗北)については、選挙前の各種世論調査でも示されていましたが、これほどの差がつくと政権側は予想していなかったと報じられており、政治的逆風が鮮明になっています。

今回の州議会選挙は、10月26日に国会議員選挙(中間選挙)が控えていることから、その「前哨戦」と見られていました。以下、与党が敗北し野党が勝利した主な要因は何だったのかについてまとめてみます。

(1)経済状況の停滞

まずは、経済状況の停滞と国民生活への影響という点です。

ミレイ氏が大統領に就任するにあたり掲げた主な公約は、一言でいえば、アルゼンチン経済の回復と安定でした。

そのために非常に高いインフレ率を抑制し、為替レートの安定を維持するために、財政支出のドラスティックな削減など一連の措置を講じてきました。インフレ率の低下などそれぞれの数字に変化が見られるものの、それに伴う「副作用」も明らかとなっています。

それらが今回の選挙結果にどれほどの影響を与えたかは推測の域を出ないところがありますが、少なからず影響していることは各種調査などからも示されていると言えます。

貧困率(人口比)についてですが、2024年第1四半期に過去最高の54.8%に達しました(同年前半期52.9%)。同年後半には38.1%まで減少しました。2025年第1四半期の貧困率は31.7%(推計値)となっています(アルゼンチン国家統計センサス局(INDEC)による正式発表は年2回)。

政府の人的資本省は、この減少に関して政府のインフレ抑制とマクロ経済の安定化政策によるものと説明しています。このように貧困率は減少しているものの、依然として国民の3分の1以上が貧困状態にあるのも事実です。

今年7月に世論調査機関の「スバン・コルドバ」が実施した調査によると、アルゼンチン人の50.3%が失業を恐れており、63.7%が生活の糧を得るのがますます困難になっていると回答しています。また、65.1%が過去6ヶ月間で経済状況が悪化したとも回答しています。他にも、多くの人にとって月々の支出が月末までに賄えなくなっているとの専門家の指摘もあります。

こうした生活苦の訴えに対して、ミレイ大統領は「もしそれが本当なら、(その人たちは)街頭で過ごさなければならず、そこは遺体でいっぱいになっているはず」(そんなことはないの意)と答えています。

マスメディアによると、「ブエノスアイレス州は国内で最も貧困が深刻な地域」であり、地元の産業も打撃を受けていると指摘しています。ミレイ氏が大統領に就任して以来、同州では民間部門の雇用が44,000も失われたとの報道もあります。

他にも、ドル高抑制のために、中央銀行が市中銀行に対して預金準備率の引き上げを課し、ペソの流通量の減少を図ったことで、金利が急上昇するなど、企業にとって資金調達コストの負担が大きくなっています。さらに家計のローン金利も上がっています。今回の選挙後には、ペソも株価も急落するなど市場は不安定な動きを続けています。

(2)汚職疑惑の発覚

経済状況に続いて大きな影響を与えたのが、8月に発覚した汚職疑惑でした。

8月20日、ミレイ大統領の妹で大統領府長官のカリーナ・ミレイ氏が、国家障害者庁(ANDIS)の医薬品購入を巡る贈収賄疑惑に関与していたとされる一連の音声データがマスメディアやソーシャルメディアなどに流出しました。

流出した録音データには、ミレイ兄妹と最も親しい協力者の1人であり、この時障害者庁長官だったディエゴ・スパグヌーロ(Diego Spagnuolo)氏とされる人物の発言が記録されており、障害者用の医薬品調達に関して、製薬会社が契約維持のために資金提供を行い、カリーナ・ミレイ氏がキックバックによる賄賂(キックバック総額の3%程度)を受け取っていたとする内容が含まれていました(政権与党による組織的な関与の疑い)。またこの人物は、メッセンジャーアプリ「WhatsApps」でのカリーナ氏の全メッセージを保持しているとも証言しています。

この音声データの漏洩をきっかけとして、スパグヌーロ氏は解任され、司法当局が大規模な捜査に乗り出す事態となりました。またグレゴリオ・ダルボン弁護士がすぐに裁判所に告発状を提出しました(ダルボン氏は以前に正義党左派で元大統領のクリスティーナ・フェルナンデス氏の代理人を務めていました)。そうした背景もあり、ミレイ政権は、この汚職疑惑を否定した上で、「(野党勢力による)政治工作」によるものだと主張しています。

ミレイ大統領とその政権に対する信頼度には、今回の贈収賄疑惑が明らかになる前から陰りが見えていましたが、この疑惑が国民の信頼をさらに大きく損なう動きに拍車をかけたことは、選挙結果を見ても明らかだと言えます。

2023年の大統領選挙に勝利した際、ハビエル・ミレイ氏は、私腹を肥やすために国家とその資金を利用してきた役人などの「カースト」を終わらせると述べていたにもかかわらず、こうした事態を招いたことの政治的責任は避けられないと考えられます。

その上、「ラテンアメリカの現在」25年7月29日の記事でも触れましたが、議会内においても野党側の攻勢が強まっており、ミレイ大統領が推進してきた政策に対してブレーキがかかる状態になっています。今回の汚職疑惑の展開次第では、今後の政権運営に大きな支障をきたす可能性が出てきました。

(3)野党側の動き:中道左派のペロン主義勢力の統一

今回の州議会選挙で正義党系の左派が勝利した要因として、それぞれに違いがあるにもかかわらず、ペロン主義内の各勢力が統一して選挙を戦うことができたことが指摘されています。

具体的には、アクセル・キシロフ、セルヒオ・マッサ、マキシモ・キルチネルの3者が事前の話し合いで協力することで合意(7月9日)し、「フエルサ・パトリア」として今回の選挙戦を戦いました。

▪アクセル・キシロフ(Axel Kicillof)氏は、現職のブエノスアイレス州知事であり、クリスティーナ・キルチネル政権下で経済大臣を務めました。

▪セルヒオ・マッサ(Sergio Massa)氏は、アルベルト・フェルナンデス前政権下で経済大臣を務めました。2023年大統領選の決選投票でミレイ氏に敗北。クリスティーナ・キルチネル派とは一線を画しています。

▪マキシモ・キルチネル(Máximo Kirchner)氏は、アルゼンチンの元大統領ネストル・キルチネルとクリスティーナ・フェルナンデス・デ・キルチネルの息子であり、正義党員(現下院議員、ブエノスアイレス州正義党党首)です。

ブエノスアイレス州の州議会選挙は、従来は国政選挙と同時に行われてきましたが、今回はキシロフ州知事の判断によって国政選挙と切り離して実施した(2003年以来初めて)ことがペロン派の「勝利」につながったと言われています。

クリスティーナ・フェルナンデス氏が今回の選挙の分離実施に反対していたことや、キシロフ氏がペロン派の「刷新」を訴えていたこともあり、両者の相違は明白になっていました。今回の選挙結果により、キシロフ氏の影響力が強まり、メディアなどでは「2027年の大統領選に向けた有力左派候補」として注目を集めています。

※詳しい経緯は省略しますが、クリスティーナ・フェルナンデス氏については、今年6月10日、副大統領在任中の公共事業に関する汚職に関する訴訟で、最高裁が下級審の判決を支持する決定を下し、禁錮6年の判決が確定しました。また同月17日、裁判所は高齢などを理由に自宅軟禁とすることを許可しています。こうしたこともあり、最終的にはクリスティーナ・フェルナンデス氏がキシロフ氏の意向を受け入れざるを得なかったと言われています。

キシロフ氏は、選挙後に「投票箱が大統領に明確なメッセージを送った。公共事業の停止、年金削減、障害者支援や医療・教育・文化予算の削減は許されないというメッセージを。」と訴えました。

注目を集めている10月26日の国会選挙に向けて、今回と同じような統一した連合を全国レベルで維持・提示できるかどうかが中道左派勢力にとって大きなカギとなることは確かだと見られています。

2025年9月25日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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