
(1)トランプ次期大統領による「圧力」
11月25日、ドナルド・トランプ次期米大統領が、来年1月20日の就任直後に、メキシコとカナダからの輸入品に25%の関税を課す大統領令に署名するつもりであることを、自身が立ち上げたソーシャルメディアプラットフォーム「トゥルース・ソーシャル(Truth Social)」上で公表しました。同じく、中国製品に対しても10%の追加関税を課す意向を明らかにしています。
これは、米国への「不法移民」の流入と麻薬密輸を取り締まるための措置であることを強調しています。
「多くの人間がメキシコとカナダを横断して、これまでにないレベルで犯罪と麻薬を持ち込んでいる」として、「我が国への麻薬、特にフェンタニルとすべての不法移民の侵入を阻止するまで」継続するとしています。これらの問題への対策は大統領選挙の公約として掲げていたものです。
その上でメキシコとカナダの両政府に対して、「高い代償を払う時だ」として、こうした問題を解決するために権力を行使するように強く求めています。
同じく中国製品への追加関税についても、「膨大な量の麻薬、特にフェンタニル」(その成分がアジア諸国から来ているとされる)について、同国政府と何度も交渉を行ったが、「何の成果も得られなかった」と述べて、「これが止まるまで」行うと述べています。
(2)メキシコ・シェインバウム政権の対応
これを受けてメキシコのクラウディア・シェインバウム大統領は、11月26日の記者会見において、トランプ次期大統領宛てに送付した書簡の内容について説明を行いました。
シェインバウム大統領は、この書簡の中で、米国における移民問題や麻薬の消費について、「脅しや関税」によって対処しようとするのではなく、「これらの大きな課題に対しては協力と相互理解が必要とされている」と述べました。
その上でそれぞれの問題についてのメキシコの取り組みについて次のように書いています。
①メキシコは、世界各地からメキシコを通過して米国の南部国境を目指す移民に対して包括的な対応を発展させてきた。その結果、米国税関・国境警備局(CBP)によると、2023年12月から2024年11月の期間にかけて、両国の国境におけるCBPと移民との遭遇件数は75%も減少している。
②メキシコは、米国でのフェンタニル(※)の蔓延が続くのを防止する意向を常に表明してきた。国軍と検察はこの1年で大量の様々な種類の麻薬や武器を押収してきたし、麻薬密売関連の暴行容疑で1万5640人を逮捕してきた。
さらにいま立法府では、フェンタニルやその他の合成麻薬の製造、流通、販売について保釈なしの重大犯罪と宣言する憲法改正プロセスが進んでいる。
一方、合成麻薬がつくられる前の物質がアジア諸国から違法な形でカナダ・メキシコに流入していることは周知の事実であり、国際的な協力が急務である。
※フェンタニルはオピオイド(鎮痛剤)の一種。その効果は痛みを緩和するだけでなく、摂取することで脳内が刺激されて一時的に幸福感に至ると言われています。
米国では、メキシコで密造された薬物が流入し違法に売買されており、フェンタニルの過剰摂取(薬物中毒)が深刻な問題となっています。安価で入手できる上に依存性が強く、死に至ることもあり、「史上最悪」の麻薬とも言われています。
③関税については、相互の応酬が繰り返されて、共通する企業がリスクにさらされることになる。例えば、メキシコから米国に輸出している主要な企業(自動車メーカー)であるゼネラルモーターズ、ステランティス(クライスラーを傘下に持つ)、フォードは、80年前からメキシコで操業している。なぜ課税することでそれらの企業をリスクにさらすのか。それは受け入れがたいことであり、米国とメキシコ双方にインフレや雇用喪失をもたらしかねない。
「対話こそが両国の理解、平和、繁栄への最善の道であると考えている」と締めくくっています。
上記3社の株価は、この関税措置がサプライチェーン(供給網)にダメージを与える恐れがあることから26日には下落しました。
翌27日には、メキシコのマルセロ・エブラルド経済相が、25%の関税措置によって、税金と生産コストが倍増するため、メキシコに拠点を置く米国企業(主に自動車分野)に悪影響を与えることになると明言しました。
またこの措置は、2020年に米国・カナダ・メキシコの3か国が締結した新貿易協定(T-MEC:新NAFTA)違反になる可能性を示唆しています。
「最終的に、これらの課税は米国の消費者に影響を与えるだけでなく、米国にある企業にも影響を与えて、40万人の雇用が失われることになるだろう。これは致命傷だ。」と説明しています。
両国の通商関係については、メキシコ政府の最新データ(2023年)によると、米国のメキシコからの主な輸入品は、自動車部品および付属品の359億7900万米ドル、次いで自動車本体が357億5300万米ドルとなっています(BBCの24年11月26日付記事より)。
ちなみに米国のモノの輸入に占める割合で見ると、2023年1〜6月にはメキシコが中国を抜き、首位に立ちました。メキシコの伸びを後押ししたのが自動車と機械関連産業です。
特に自動車産業については、中国製品への関税強化を回避するためにメキシコに生産拠点を移してきたことが影響しています。
したがって、もし次期トランプ政権による関税措置がそのまま行われれば、両国の産業活動にとって大きなダメージとなることがわかります。
同時に経済相は、シェインバウム政権が、①地域の安定、②繁栄の共有、③国際競争力の3点に基づいて北米地域を強化するための提案に取り組んでいることも報告しました。
①地域の安定では、信頼できる安全な地域を実現するために、安全保障、移民、ガバナンスにおける戦略的協力を提案している、②繁栄の共有では、インフラへの投資を通じて高賃金の雇用を創出することを目指している、③国際競争力では、関税引き上げがアジアや欧州市場に対してメキシコ、米国、カナダを弱体化させると説明しています。
(3)「食い違う」両者の主張
続いて28日午前の定例記者会見でシェインバウム大統領は、27日夜に行ったトランプ次期大統領との電話協議の中で「国境の閉鎖には同意できない」との考えを伝えていたことを明らかにしました。
これは、トランプ次期大統領がこの電話協議について、「メキシコを通ってアメリカ領土へ向かう移民を阻止し、我が国の南部国境を実際に封鎖することに(シェインバウム大統領が)同意した」と述べたことを受けての発言です。
「同意した」とするトランプ次期大統領の発言に対して、シェインバウム大統領が「同意していない」と反論したことで、両者の見解は真っ向から食い違う形となっています。
シェインバウム大統領は、「メキシコの立場は、国境を閉鎖することではなく、政府と国民の間に橋を架けることである」と述べています。そして、移民問題については「人権を尊重しながら」取り組む考えであることを強調しています。
来年1月20日から始まる「トランプ2.0」(第2次トランプ政権)を目前にして、メキシコ史上初の女性大統領であるシェインバウム大統領がどのような対応を示していくのか、今後も注視していきたいと思います。
2024年12月23日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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