に投稿

アルゼンチン 退職した年金生活者の闘い

数か月前から毎週水曜日、退職した年金生活者のグループが国会前で抗議活動を続けています。それはミレイ政権の財政緊縮政策による生活水準の低下に対する抗議であり、生存権の保障を求める闘いです。

(1)3月12日、デモ隊と警官隊の衝突が発生

そうした中、3月12日(水)の行動には、退職した年金生活者の行動を支援するために、数百人のサッカークラブのサポーターたちが参加しました。他にも労働組合なども参加していました。

この日の行動では、投石などを行うサポーターや国会議事堂周辺の道路を占拠した抗議者たちと、これを追い払う目的で、放水砲、催涙ガス、ゴム弾、警棒を使用した治安部隊との間で激しい暴力を伴う衝突事件が発生しました。

その中で、フリーランスの写真ジャーナリストであるパブロ・グリロさんが最もひどい重傷を負ったことが報じられています。

父親のファビアン・グリロさんによると、衝突の最中に警官の写真を撮影していたところ、催涙ガス弾が頭に当たり、頭蓋骨を骨折したということでした。そのため、パブロさんは緊急入院を余儀なくされました(3月13日の報道)。

パブロさんを警官が撃つ瞬間の動画がソーシャルメディアで共有されたほかにも、杖で身を守ろうとした女性の年金生活者に対して、警官が催涙ガスを発射する瞬間をとらえた動画も拡散されており、警官隊による過剰な弾圧の実態が明らかにされています。

今回の事件に対してパトリシア・ブルリッチ治安相は、抗議者の中には、サッカークラブの最も暴力的なファン層(フーリガン)が含まれていると述べ、「デモに参加した人の多くは、人を殺す覚悟で来ていた」と一方的に非難し、警察による弾圧行為を正当化しました。

当局の公式発表によると、当日は124人以上の人が逮捕され(うち90人以上がすでに釈放済み)、警察官26人を含む少なくとも46人が負傷したと報告されています。また、警察車両2台も放火され、数十個のゴミ箱も放火されるなどの被害が発生しています。

(2)抗議行動が続いている背景について

アルゼンチンのハビエル・ミレイ大統領は、政権発足以降、インフレ抑制を目的として、過去に前例のないほどの公共支出削減策を実施しています(「財政赤字ゼロ」計画。「チェーンソー」政策と呼ばれている)。これにより、最も大きな悪影響を受けているのが、退職した年金生活者たちです。

とくに高齢者は、実際にかかる生活費の負担が増える中で、購買力の損失を被っただけでなく、これまで無料であったり、割引が適用されていた医薬品の購入についてもその条件が変更されたことで、入手することができなくなる事態に至っています。

さらに、昨年3月から政府は、これまでは退職者が受け取ることのできた年金のボーナス支給を凍結しました(一定の所得条件付きの下で最低年金から段階的に支給される形に変更)。

報道によると、アルゼンチンでは、定年年齢が女性60歳、男性65歳となっており、退職者の人数は約740万人で、総人口の15.7%を占めています。また、退職者の63.5%が最低年金を受給しています。

問題は、この最低年金額(基準をもとに額を算出)では日々にかかる基本的な生活費を賄うことができないということです。

法律で保障された独立組織であるブエノスアイレス市オンブズマン機関の調査によると、上記のボーナス支給を含めた最低年金額では、生きていくのに必要な収入額の3分の1にも満たないことが公表されています。

インフレ率の伸びは鈍化しているとは言え、上昇し続けていることには変わりないため、算出される年金支給額の伸び率が上がっても、インフレ率よりも低いために実質的な所得は減っているのが実際のところです。

※このデータは高齢者の住宅費を含めたもので、ブエノスアイレス周辺の高齢者が多い地区をサンプルとしています。

さらに、今年の3月23日以降、年金制度への拠出期間(30年)を満たしていない労働者に対して、法的に認められてきた支払い猶予期間の終了が決定されたため、これらの労働者たちは退職年金を受け取ることができなくなります。

この人たちの中で「社会的に脆弱」とされる人たち(証明が必要)は、高齢者向け国民年金(非拠出型)の受給資格を得ることができますが、この年金の支給開始年齢は65歳以上となっているため、とくに定年年齢60歳となっている女性たちに与える「影響が大きい」と指摘されています。

そのため、高齢になっても働き続ける必要があり、しかも見つけられたとしても低所得の仕事に就かざるを得ない状況がつくられています。

(3)過剰な弾圧を貫く政府の姿勢

このような「人道上の危機」とも言われる、ミレイ政権による「生存権の侵害」に反対し、十分な生存権の保障を求めて、2024年半ば以降、先の国会前の抗議行動が続けられてきたわけです。

その中で、抗議行動にサッカークラブのサポーターたちが参加するきっかけとなる事件が起こりました。それは、アルゼンチンのサッカークラブである「CAチャカリタ・ジュニアーズ」のシャツを着た一人の退職した高齢男性が、警察の警棒と催涙スプレーの使用によって負傷させられたという事件でした。

事件発生の翌週には、弾圧を受けた当人に伴ってそのクラブのサポーターたちのグループが抗議行動に参加しましたが、ここでも再び警察による弾圧を受けました。

こうした事態に対して、様々なサッカークラブのサポーターたちに抗議デモへの参加を呼びかけるアピールが広がりました。今回の衝突が発生した3月12日のデモに対しても、全てのサッカークラブのサポーターの参加を促す呼びかけがソーシャルメディアを通じて広まり、注目を集めていました。

サッカークラブのサポーターたちが抗議行動に参加している背景として、ソーシャルメディア上では、かつてのアルゼンチン・サッカーのスーパースターであったマラドーナ氏の言葉が引用されていることが報じられています。

それは、1992年当時、国家最高司法裁判所前(マラドーナ氏がそこにいた)で行われた退職者たちの抗議活動について尋ねられた際に、マラドーナ氏が答えた発言内容です。

「私は退職者を擁護する。どうして彼らを擁護しないでいられようか? 退職者を擁護しないのは憶病者でしかない。」

ソーシャルメディア上では、このマラドーナ氏の言葉を引用しながら、抗議行動に賛同するコメントが多く寄せられている一方で、行動には暴力沙汰や犯罪行為を行うフーリガンもいるとして非難するコメントも上がっています(BBCの2025年3月12日付配信記事より)。

先述したように、パトリシア・ブルリッチ治安相は、この日の抗議行動を「フーリガンが参加している」とした上で、「今日のことは異常で深刻だ」とコメントしました。

さらに「政府を打倒するために政治的に団結したこれらの人々は、今回、人を殺す覚悟でやって来た」とも述べています。

12日の朝には、公道でのデモ中に暴力行為に参加した者はサッカースタジアムへの入場を禁止するとの新たな決議を政府が承認したと警告を発していました。

ブルリッチ治安相は、退職者とその支援者に抗議する権利はあると認めていますが、道路を封鎖する権利はないとして、この行為を禁じています。

アルゼンチンでは、長年にわたり抗議活動の一つの方法として「ピケ」と呼ばれる「道路封鎖」が実施されてきましたが、ミレイ政権はこれを許さないとして徹底的に弾圧しています。それを評価する声がある一方で、デモ参加者に対する過剰な弾圧を非難する声も強く上がっています。

強大な権力を行使できる側が、たとえその力によって一時的には抗議の声を押さえつけることができたとしても、その抗議が沸き起こる原因を解決するための努力を続けなければ、その声が止むことはないと言わざるを得ないと思います。

2025年3月23日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
©2025アジェンダ・プロジェクト