
(1)政府による今年の経済予測
昨年12月に開かれた人民権力全国議会(国会)において、ホアキン・アロンソ・バスケス経済計画相が、今年(2025年)の経済見通しについて報告し、国内総生産(GDP)の成長率に関しては約1%のプラス成長を見込んでいると述べました。
キューバ経済は、2023年がマイナス1.9%、2024年については正式なデータが公表されていませんが、マイナスだったとして、2年連続のマイナス成長であったことを政府が認めています。
※従来は12月の国会でその年のGDP成長率(速報値)が報告されていましたが、昨年は具体的な数字について言及がありませんでした。
マイナス成長が続いている主な要因として挙げられているのが、①燃料不足と電力インフラの劣化による停電の長期化、②高いインフレ率の継続、などです。
とくに①は生産活動の低下を招くとともに、市民の日常生活にも悪影響を及ぼしています。さらに住民にとっては、②の長引く物価高がこれに追い打ちをかける形となっています。
政府は、今年のプラス成長の根拠に、観光業の回復、輸出収入の増加、国家電力システム(SEN)の安定化などを挙げています。しかしその根拠がうまく機能するかどうかについては疑問視する声が少なくありません。これと合わせて市民の生活にとっては、今後のインフレ動向も気になるところだと言えます。
今年に入ってすでに第1四半期(1~3月)が過ぎましたが、今回は現在のインフレがどうなっているのか、それと合わせて働く人の賃金がどうなっているのかについて、わかる範囲で見ていきたいと思います。
(2)長引くインフレに変化の兆し?
今年3月のインフレ率について、前年同月比で20.62%であったことが、国家統計情報局(ONEI)によって報告されました。この数字は過去数年間の中で最も低く、7カ月連続でインフレ率(前年比)が30%を下回る状況になっていると報じられています。
このようにインフレ率の伸びには一定の緩和傾向が見られるものの、依然として高い水準にあることには変わりがなく、市民生活への悪影響が引き続き懸念されています。つまり、政府のインフレ対策がこの状況を十分にコントロールできていない現状が見えてきます。
3月のインフレ率の変化を前の月(今年2月)と比較してみると、1.22%の上昇幅でした。2月の上昇幅(今年1月との比較)が2.75%でしたので、幾分下がっていることがわかります。3月までの6か月間(半年)で、前の月より上昇幅が小さかったのは3月が初めてだということです。
これが傾向的なものかどうかは、今後の動向を注視する必要があります。物価高のペースが緩和されてきているとは言っても、2020年以降で見ると、キューバの物価水準は3倍になっていると報じられています。
実際、ONEIの報告では、国民の収入の9割以上が、消費者物価指数(CPI)の算出基準となる基本的な財とサービスの品目を消費する部分にあてられていると述べています。つまり、国民が日常生活を送る上で必要なモノやサービスを手に入れるので精いっぱいといった状況にあることがわかります。
(3)賃上げでも基本的な生活水準をカバーできていない
同じく、ONEIが4月18日(金)に公表したデータによると、キューバの国営部門で働く労働者の平均月給が2024年に25.6%アップしたことが報告されています。国営部門の平均給与は5,839キューバ・ペソでした。
ただし、この賃上げだけでは、キューバの平均的な家庭の必需品の費用をカバーするのには十分ではないと言われています。
というのも、このアップ率は、フォーマルな市場で記録された2024年の年間インフレ率(前年比で24.88% 推計値)をわずかに上回ってはいますが、先に見たようにインフレによる生活費の高騰によってほぼ相殺されてしまうことは明らかだからです。
しかも、公式のインフレ率には、商品の供給が豊富と言われるインフォーマルな市場での価格上昇は反映されていないので、実際のインフレ率はこれ以上に高く(3ケタに達する可能性があるとも言われる)、統計データと日常生活の現実との間にはかなりのギャップが生じているとも指摘されています。
スペインのEFE通信社によると、賃上げによる実際の購買力の増加は、年1%にも届いていないとしています。
また、キューバ人経済学者のオマール・エベルレニ・ペレス氏によると、配給制度で補助される食料品を考慮に入れたとしても、2人世帯が生活に必要とされる基本的な食料品(17品目)を賄うには、平均月収の4倍以上が必要だということです。
続いて、部門別、県別の給与格差についても見ておきます。
ONEIのデータによると、最も給与の高い部門はガス、水道、電気供給部門で、平均給与は9,317ペソとなっています。反対に低い部門は、清掃業務などのコミュニティ・サービスなどで、平均給与が4,033ペソとなっています。
別の報道では、コミュニティ・サービス部門では、人手不足や業務に必要な資材不足などから作業環境が一段と厳しくなっていることが伝えられています。
その他では、医療従事者と教育従事者の平均給与はそれぞれ6,154ペソ、5,451ペソとなっています。
県別では、最も高いのはハバナ県の月平均6,449ペソ、最も低いのは東部のサンチャゴ・デ・クーバ県の5,123ペソと報告されています。
ここまで非常に簡単ではありますが、最近のインフレと賃上げの動向について概観してみました。
キューバは近年、食料品だけでなく、医薬品や燃料(ガソリンなど)といった基本物資が不足し、長期にわたる停電が続くなど、4年以上にわたって複合的な経済・エネルギー危機に直面しています。外貨不足により基本物資を海外から調達することも困難です。
その要因としては、新型コロナ・パンデミックによる影響の長期化、第1次トランプ政権時から続いている米国政府による対キューバ経済制裁の強化、さらにキューバ政府による経済政策がうまく機能していないことなどがあり、それら複合的な要因が絡まり合っていて、キューバ経済の構造的な問題がより深刻化していると言われています。
その解決が一筋縄でいかないことは容易に想像できます。しかし、実態を反映した、より正確な現状分析に基づいて、地に足の着いた経済政策を実行しながら、住民の信頼を回復していくことが何よりも必要なことではないかと思います。
2025年4月27日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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