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チリ 新憲法案否認についての左派の見方

 9月4日、新しい憲法案の是非に対する国民投票が行われ、反対多数で否認されたこと、予想される今後の展開などについて、前回の配信記事でお伝えしました。

 今回は、この結果を左派の立場からどう見るかについて、下記の文書を参照しながら考えてみたいと思います。

「驚くべき結果:広範な多数により否認が勝利した。」マリオ・ガルセス・デュラン(チリ・カトリック大学所属の歴史学者、ECO運営スタッフ。※ECOは教育とコミュニケーションについての専門家団体)2022年9月5日執筆、9月8日公表。 

(1)チリ共産党の対応

 その前に、承認派の1つであったチリ共産党の発言を紹介しておきます。

 ギジェルモ・テイリエル(Guillermo Teillier)共産党議長(下院議員)は、9月5日、国民投票後の大きな課題は、進歩的で革新的な新しい憲法のための闘いを継続することであるとコメントしました。

 9月10日には党の中央委員会が行われ、国民投票と憲法改正に関する見通しについてコメントしています。

「いかなる面においても敗北主義は存在せず、今すぐ新しい憲法のための闘いを引き続き進めていく必要がある」と述べています。

 さらに議長は、右派が憲法改正プロセスについて合意するかどうかが一番懸念されることであり、そうならなかった場合、我々は複雑な政治的危機に陥ることになるだろうと指摘しました。

 共産党の立場として、新しい制憲議会をこれまでと同じ形で設置して草案を作り直すことに変わりはないと強調しています。右派が主張する専門家委員会による憲法草案の起草については否定的な見解を示しています。

(2)今回の結果に対する分析

 マリオ・ガルセル氏は、文章の初めに「私が強調したいのは、否認についてのデータがたくさんあったにもかかわらず、私は承認が勝つだろうと思っていたことです。」と率直に述べています。その上で、逆の結果になった要因について考察しています。

①制憲議会と市民社会(民衆)との関係

 制憲議会については、この機関が「代表制」であるがゆえの問題点を持っていたことを挙げています。つまり「直接的な人民主権の行使」との乖離が存在していたということです。

 具体的には、議会が運営規則などを決めるのに最初の数か月間を費やしたこと(内向きの議論)や、民衆との乖離を埋めるための方策の導入(公聴会の実施、無効にするための国民投票、規則についての民衆からの発案など)が弱かった点を挙げています。

 その上で、制憲議会に対する「活発な民衆の支持とその基盤」、制憲議会を支えるために民衆との密接な関係をつくることの必要性を訴えています。これらは「代表制」がつねに抱える原理的な問題とも言えます。

 その一方で、個々バラバラの民衆が継続して「どのようにして集団的な政治的主体になるのか?」という民衆の側の課題についても問題提起をしています。

 2019年10月の大規模な民衆叛乱から今回の国民投票の実施までに3年近くの歳月が経過しています。その間にコロナ禍、昨今の物価高といった生活に直結する問題があり、憲法改正のための国民投票、制憲議会の代議員選挙、大統領選挙などの投票行動が立て続けにあり、重要とは言え、憲法改正だけに関心を持続することが難しい状況にあったと見ることができます。

②右派による情報操作(フェイクニュースなど)とチリ国民の保守的心情

 次に、資金力などで上回る反民主主義的な右派勢力がメディアの利用に関して優位にあった点を挙げています。(注:この点については、否認派がキャンペーンのために集めたお金は、承認派より約200倍も多かったことが7月の時点で報道されていました。)

 そして否認派のキャンペーンの多くは、様々なウソと操作(ごまかし)に基づいていたと批判しています。

 住宅について「セカンドハウスを持っていたら接収される可能性がある」とか、「女性は妊娠9か月まで中絶することができる」、「マプーチェ族はチリ人よりも上級の一等市民となる。さらに国が分割される可能性がある」などが、その代表例です。

 一般的には、「財産権が脅かされる」「(教育や医療などの分野で)選択の自由がなくなる」というタイプのウソが流布されていました。

 その上で、「なぜこれらのウソや情報操作がうまく機能したのか」が根本的な問題であるとも述べています。その理由は1つではなく様々な要因が考えられますが、イデオロギー的な問題として、「(かつてのような)共産主義に対する恐怖」、「新自由主義による文化的(心理的)影響」を指摘しています。

 「財産権の侵害」は、「国家による接収」というかつての社会主義の姿や「(持たない者としての)貧者の夢による介入」としてイメージ化され、それに対する「恐れ」が喚起されたといった具合です。

 「選択の自由」は、新自由主義のイデオロギーそのものであり、個人主義的な心情に訴えるものです。

 その他にも、マプーチェ族を始めとする先住民族や移民に対するレイシズム、国家の統一を強調するナショナリズムなど、一連の背景にあるのは「保守主義的な心情」です。

 このようなチリ国民の保守主義的な心情を背景にして、新しい憲法案が「すべてのことを一度に欲する過激主義」とレッテル貼りされて攻撃されたと説明しています。

 今回否認された憲法案をめぐっては、否認派の中でも現在の憲法がいいという人は少数であり、承認派の中でも今回の憲法案のままでいいという人が少数であることが事前の世論調査などで明らかになっていました。

 今回の憲法案で示された内容と、承認派・否認派を含めたチリの人々との間に「ギャップ」があったことが、①と②の分析の根拠になっていると考えられます。

③左派のユーフォリア(多幸感)

 次に、左派の問題についてです。チリの左派は、すべてがうまくいっている時はつねに多幸感と勝利主義に罹り、その後、様々な問題で紛糾して望んだように事態が進まなくなると、悲観主義と集団的な憂鬱(落ち込み)に陥ると指摘しています。

 これに加えて、世代間の軋轢も取り上げています。闘争の第一線から退いて若い世代に席を譲るのを拒否する古い世代がいる一方で、あらゆる問題に対して答えを持っていると知ったかぶりをする早熟な若者たちがいると述べています。

 多幸感や勝利主義に罹った事例として、2019 年の大規模な民衆叛乱や、2021年の制憲議会選挙で左派・リベラル派が多数派となったことなどを挙げています。そこに一種の「油断」があったと言えるのかもしれません。(注:1つの比較として、1970 年9月4日にサルバドール・アジェンデ氏が大統領選で勝利した時の得票率が36.6 パーセントでした。過半数に届かなかったため議会投票で決定。このように歴史的な左派の得票率はだいたい30%台後半であって傾向的に多数派というわけではないこと、今回の承認派のそれも同様であったことが指摘されています)

 ガルセス氏は、これと連動して、数十年前からチリの左派には「戦略的見通し」が欠けていることを挙げています。「戦略的見通し」というのは、左派の運動の根拠となる価値観や原則(例えば、社会的平等や人民主権など)だけでなく、「資本主義に対するオルタナティブ」を含むものだと言います。

 つまり、新自由主義的資本主義に代わる新しい社会のビジョンを人々の前に説得的に提示できていないことを問題視しています。この点については、チリだけでなく、ラテンアメリカを含めたグローバルなレベルでの再構築が必要であり、さらなる検討が求められます。

(3)今後の展開について

 ここからは、今後の展開に関する問題です。

④もう一回元に戻るのか?:政党の復権か? 無所属派の終わり? 社会運動の後退か?

 新憲法案の否認がもたらす今後の政治的影響として、再び政党がリーダーシップを取り戻すことになると述べています。

 事の始まりであった2019年の民衆叛乱は、これまでの新自由主義的な内容を引き継ぐ国家体制と政党政治に反対するものでした。制憲議会の代議員も既存政党所属よりも無所属派が影響力を持っていました。ですので、これは既存の秩序への逆戻りを意味することになります。

 事態を動かすために、政党が主導権を持って、中庸的な内容による何らかのコンセンサスを作ることが想定されています。それは、変化を生み出すことよりも容易なことだと言います。

 それとともに、社会に変化をもたらす原動力となってきた新しい社会運動、特にフェミニズム、先住民の権利擁護、環境保護運動などの進展に対して「否定的な影響」を与えることになるだろうと指摘しています。

⑤「新しい共通認識」を生み出すことができていない

 ④で述べたような社会運動の進展が、新しい憲法案を生み出した原動力となってきたことは言うまでもないのですが、その一方で、否認派が勝利したことで、これらの運動が提起してきた内容とその根拠となる「新しい知」が、まだ社会の「新しい共通認識」にまでなっていないことが明らかになったと述べています。

 「新しい知」とは、例えば、フェミニズム、脱植民地主義、様々な観点のエコロジーおよび環境保護などです。しかもそれが社会の中で循環し成長することで、政治的変化の土台となる文化的変化が準備されると説明しています。

 それは一種の「予言的な意味合い」(将来社会に対する変化を予示する)をもった活動を展開することで、様々な主体の間で、新しいコミュニケーション、新しいアプローチ、新しい考え方をもたらすだけでなく、新しい社会的実践をも刺激すると指摘しています。

 「人間が立ちむかうのはいつも自分が解決できる課題だけである。」というカール・マルクス(『経済学批判』序言 岩波文庫)の言葉を引用しながら、限界を持ちつつもすでにそうした事態が芽生え、発展してきているとガルセス氏は述べています。

⑥ボリッチ大統領の今後の対応は?

 否認派の勝利は、当然、憲法改正を支持してきた若いボリッチ政権にとって大きな打撃となったことは言うまでもありません。とくに就任以降、支持率を落としてきている中にあって、今回の国民投票の結果はその傾向を後押しするものとなっています。

 実際、世論調査で否認派が勝利する可能性が強まる中、ボリッチ大統領は、9月4日以前から「新しい憲法改正プロセス」を始める可能性について言及していました。

 これについてはまだ確定的ではないものの、右派からも左派からも幅広いコンセンサスができるような新しい憲法案を起草する可能性について、その方向で政党間での合意が図られようとしていると述べています。

(4)最後に

 ガルセル氏は、このテキストの途中で、次のようなある若いカップルの会話(9月5日朝、サンティアゴの地下鉄で)を紹介しています。

「くそったれな国だ…20年も後戻りしたと感じる」

 この言葉が、チリ社会の現状を端的に表現していると言えるのかもしれません。そして新しい希望はそこからしか生まれてこないのだろうということも。新しい憲法、新しい社会を生み出す闘いはまだまだ続いていきます。

2022年9月28日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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チリ 新憲法案を否決

(1)新憲法案は承認されず

 9月4日、新しい憲法案の是非に対する国民投票が行われ、「拒否」が多数(6割超)を占めて否決されました。国民投票の結果は以下のとおりです。

「承認」:486万93票(38.14%) 「拒否」:788万2958票(61.86%) ※開票率:99.99%
投票数: 1302万1063票(投票率:有権者の85.81%)
有効票数:1274万3051票(97.86%)
無効票数:20万722票(1.54%)
白票数:7万7290票(0.59%)

今回の投票は義務制であったため、高い投票率を記録しました。
地域別での結果を見ると、すべての州で「拒否」が「承認」を上回っています(表参照)

州別の結果(%) (チリ選挙管理委員会のサイトより)

全346のコムーナ(最小の行政単位)のうち、「承認」が「拒否」を上回ったのは8つだけでした。

各国からの海外投票では、「承認」(60.92%)が「拒否」(39.08%)を上回りました。
日本からの投票は、「承認」が120票(67.04%)、「拒否」が59票(32.96%)でした。

この結果により、現行憲法が引き続き効力を持つことになります。

(2)国民は憲法改正を望みながら、なぜ新憲法案を拒否したのか

 2020年10月に行われた国民投票では、投票した人の約80%が、選挙で選ばれた制憲議会による憲法改正を望みました。それにもかかわらず、なぜ今回は新しく起草された憲法案を拒否したのでしょうか。

 結果として現行憲法が引き続き有効となり、憲法は改正されないので、それが「パラドックス」に見えるとBBCの記事(「『拒否』の勝利 チリの(見かけ上の)パラドックス」2022年9月5日付)は指摘しています。

 では、なにがこの結果をもたらしたのか、上記の記事を参照してまとめてみます。記事では3つの要因を取り上げています。

①憲法改正の別の選択肢

 新しい憲法案について、与党勢力は「承認」を後押しし、野党勢力は「拒否」を推進していましたが、国民投票の数日前には、両陣営とも、今回の国民投票の結果に関係なく、憲法改正プロセスを継続することを約束していました。

 これは、「拒否」という結果になったとしても、それが憲法改正そのものへの反対ではなくて、今回の改正案だから反対している可能性が十分にあると理解していたことを意味しています。

 野党勢力は、すでに今回の憲法案との違いとして、国家の性格を「社会的な法治国家」と規定すること(新憲法案では「社会的・民主的な法治国家」と規定)、新しく提案されていた地方院(上院は廃止)ではなく現在の上院を維持すること、先住民族の権利を認める「多民族国家」という規定を「多文化国家」にすることなどを提案しています。

 さらに8月には国会(上下院)で、新しい憲法案が承認されなかった場合を見越して、現憲法の条項を修正・廃止するのに必要とされる議席数を引き下げる法案を可決しました(必要な議席数は3分の2から7分の4へ変更)。

 その法律(憲法組織法)では「新しい憲法案が国民に承認されなかった場合、憲法改正プロセスを継続するために必要な多数を構成するのを容易にすることになる」と規定されています。

 ボリッチ大統領も、国民投票の前(8月末)に、新憲法案が否決となった場合は新しく憲法改正の手続きを開始する考えをメディアで明らかにしていました。

「私にとって現在問題なのは、否決が勝った場合に再び最初に戻って、新たな憲法改正プロセスを開始しなければならないかどうかである。」

 事前の世論調査などによって、国民投票の実施前から今回の憲法案が否決される可能性が高いことが想定されており、「プランB」に向けての駆け引きがすでに進行していたことがわかります。

②憲法草案に対する批判

 海外などでは、その革新的な内容が評価されていた今回の憲法案でしたが、国内では様々な批判や疑問が表明されていました。

 その一つが、「多民族国家」の規定についてです。草案では「国の一体性」を強調していましたが、先住民族の領土自治区の承認などが「国の統一を損なう」、先住民族を「特権的な集団」と関連づけて、「法の下の平等に反する」などの意見が「拒否」を訴えるグループから出されていました。

 また「承認」を支持する人たちからは、草案テキストを広く普及させたり、草案を読む必要性などが訴えられていましたが、SNSなどを通じて誤った情報が広まるなど有権者の間で草案の内容に対する疑問などが広がっていったことが言われています(右派によるメディア戦略が一定の「効果」を持ったことが他の分析でも指摘されています)。

③制憲議会の評価

 マイナス面として、制憲議会内で行われた議論やその仕事を市民に伝えることの難しさなどによって、次第に市民と制憲議会の間の溝が大きくなっていったことを挙げています。とくに最初の数か月は議会の規則に関する議論に時間が費やされました。

 ある世論調査でも、国民投票で「拒否」に投票する理由の多くが、制憲議会に対する批判的な評価に関連していることが示されていました。

 社会運動の高まりによって作られた制憲議会と市民社会との関係が、時間の経過とともに次第に疎遠になっていったことがその背景にあると考えられます。

(3)今後の想定されるシナリオ

 別のBBCの記事(「チリでの『拒否』の勝利:可能性のある4つのシナリオ」9月5日付)では、今後の見通しについて、可能性の高い4つのシナリオを挙げています。

①新たな制憲議会の制定。ボリッチ大統領が支持するシナリオ

 先にも述べましたが、ボリッチ大統領は、「拒否」が勝った場合、別の草案を起草するための新しい制憲議会を立ち上げていく考えを明らかにしていました。

 2020年10月の国民投票(この時は憲法改正を行うか否かを問うたもの)では、投票した人の約80%が憲法を改正すること、選挙による制憲議会で草案を起草することに賛成しました。

 ですので、今回の草案が否決されても、制憲議会には合法性(正当性)があると考えられています。しかし、大差がついての否決によって、そうしたシナリオがスムーズに通るかどうかは不透明になったとも伝えています。つまり、再び新しい憲法案を作成するというこのシナリオにはそれなりの紆余曲折が予想されます。

 単純に考えてみても、再度議員を選出し、草案作成のための議論をやり直すのに、それを支持する民衆の熱意が高まるのかどうかは簡単なことではないと言えます。

 また、大統領が新しい制憲議会を招集するには議会の承認が必要ですが、与野党ともそれを進めるのに十分な議席を持っていないため、事前に何らかの合意を取り付ける必要があり、国会の協力が欠かせません。

 ボリッチ大統領もそのことがわかっているため、「国会が大きな主役を担う必要があるだろう」と述べています。

②専門家委員会による改憲

 今後の事態の打開についてメディアなどで意見表明されていることの一つに、専門家委員会の設置があります。これは、新たな制憲議会の選挙や議論のやり直しを回避して、委員会が新しい憲法草案の起草を担うとするものです。

 今回の憲法草案が多くのチリ国民が期待していたものとはならなかったことから、政治や学術分野からそれにふさわしい人物に担ってもらう方がいいと考える人たちが出てきています。

 これによって、今回否決された憲法案の条項のうち、「多民族国家」の規定など、大きな議論を呼んだ条項について何らかの変更や制限がかかることが十分予想されます。

 事実、ボリッチ大統領自身が今回の憲法案が承認されたとしてもその後、何らかの修正が必要と約束していたほどで、左派の中でも憂慮せざるをえない事態になっていました。

 ただし当然のことですが、少数の専門家グループによるシナリオが、すべての人を納得させるわけではないですし、こうした専門家委員会の設置が、制憲議会の設置による憲法改正という国民の選択とは正反対の道のりでもあり、その実現は疑問視されていることも記事は伝えています。

③1980年憲法の部分的改正

 いずれにしても事態を打開する上で主導的な役割を担うのが国会になります。与野党間、左派・右派(中道派も含めて)の間での意見の相違が埋まらない場合、現憲法の部分的な改正を求めることが選択される可能性もあります。

 チリの歴史では、リカルド・ラゴス大統領時代の2005年の憲法改正がそれに相当すると言われています。この時ラゴス大統領は、「権威主義の遺産(enclaves autoritarios)」と呼ばれた、軍や軍政支持者の権益擁護を目的とした一連の憲法条項を廃止するために、議会の野党勢力と交渉・修正を重ねて、憲法改正法案の成立に必要な議席数を確保してこれを実現しました。

 ただこれについても、必要な議席数を確保するために何をどう修正するかについての合意を得ることが左派内部でも簡単ではないこと、さらには右派との間ではさらに困難な仕事になることが指摘されています。

 また、国民投票で多くの国民が、現憲法の改正ではなく、あくまで新しい憲法の制定を望んでいることも考慮する必要があります。

④すべてが同じまま

 新しい憲法の実現は、ボリッチ氏を大統領に押し上げた旗(公約)の1つでしたが、今回の大差での否決は政権にとって大きな打撃となりました。この以前から大統領の支持率も低下しています。

 しかも、上がり続ける物価高や、犯罪の増加、南部地域(ラ・アラウカニア)での先住民族との領土紛争などの問題が山積しており、政策課題としての憲法改正の順位が低下して後回しにされる可能性も指摘されています。

 右派政党の中には、否決されたことで新しい憲法の必要性を問題にしない勢力も存在しています。特に大統領選挙でボリッチ大統領のライバル候補であったホセ・アントニオ・カスト氏の共和党は、1980年憲法の維持を望んでいると言われています。

 とはいえ、反対票を投じた人でも新しい憲法を望んでいるという世論調査もあるように、どの政党も現在の憲法をそのまま維持することをはっきりと打ち出すことはできないというのが実際のところです。

 専門家も言うように、「拒否」が勝ったことで、今後の憲法改正プロセスの不透明さが深まり、さらに長引くことになったことだけがはっきりしたように見えます。

 この行き詰った状況を新たに切り開くのは、今回の憲法改正プロセスのきっかけとなった、新たな民衆の社会運動の進展でしかないのかもしれません。

 次回の配信記事では、チリの左派の立場から今回の「否決」という事態をどう見るのかについて少しまとめてみたいと思います。

2022年9月13日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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コロンビア ペトロ左派政権の始まり

(1)初の左派政権の誕生

 8月7日(日)、正副大統領の就任式が行われ、グスタボ・ペトロ新政権がスタートしました。今回の就任式は、コロンビアで初の左派政権の誕生という歴史的節目の時となりました。

 副大統領に就任したフランシア・マルケス氏もアフリカ系の女性としては初めてのことです。彼女は、貧しい家庭に生まれましたが、弁護士、フェミニスト、環境活動家等として活躍してきた人物です。

 また、ペトロ大統領は、交渉を通じて、議会(上下院)の中で党派を超えて大統領を支持する議員が多数派となることに成功しています(上院108名中63名が支持、下院188名中106名が支持)。

 就任式当日、首都ボゴタのボリバル広場には、大統領の姿を見ようと多くの市民たちが集まり、「ペトロ、アミーゴ、人民はあなたとともにいる」と一斉に声を上げました。

 そして多くの市民を前にして、ペトロ新大統領は、約50分間、初めての演説を行いました。この記事では、そこで何を語ったのかを簡単にまとめてみます。

(2)大統領が語ったこと

 ペトロ大統領は、演説の初めに、世界で最も著名なコロンビア人の一人であり、ペトロ大統領が尊敬しているガルシア・マルケス氏の小説『百年の孤独』の結びの文章を引用しながら、「再び新たな機会が始まる」というフレーズを二度使いました。

「我々すべてのコロンビア人は、歴史の中で何度も、不可能だ、機会がない、はっきり否、と非難されてきた。」

「私は、すべての人に今日、再び新たな機会が始まると言いたい。」「我々はそれを勝ち取った。」「今こそ変革の時だ。我々の未来は書かれていない。(略)平和に団結して、ともに我々の未来を書くことができる。」

 ペトロ氏は、ゲリラ組織で活動していた時に、「アウレリャノ」という別名を使っていましたが、これは『百年の孤独』の主人公「アウレリャノ・ブエンディア」に由来しているとされています。

「コロンビアで、より多くの不可能を可能とするために、今日、我々は取り組みを始める。」と述べたのち、平和、麻薬との闘い、平等、ジェンダー平等、緑の未来(環境保護)というテーマに沿って説明していきました。

 まずは平和についてです。

「きっぱりと、暴力と武力紛争の60年を終わらせなければならない。」

「もっと民主主義を、もっと参加を、これが暴力を終わらせるための私の提案である。」

「平和がコロンビアで可能となるためには、対話、多くの対話、お互いの理解、共通の道のりを探し、変化を生み出すことが必要である。」

 次に麻薬との闘いについてです。

 米国が主導してきた「麻薬戦争」は明確に失敗したことを認め、新たな国際的な取り決めが必要だと訴えました。

「この戦争によってこの40年間で数多くのラテンアメリカ人(大半がコロンビア人)が殺害された。毎年7万人の米国人が麻薬の過剰摂取で亡くなっている」と指摘しています。

「麻薬戦争によって、国家は犯罪を犯すようになり、民主主義の領域を消滅させてきた。」と力による政策を強く批判し、この分野での米国との関係の見直しを示唆しています。

 3つ目は、平等についてです。

「10%のコロンビア人が富の70%を所有している。」「それはナンセンスで不道徳である。不平等と貧困を根付かせない。」

「再分配政策と公平のためのプログラム、それに意思を持って、コロンビアをより平等主義的な、すべての人に機会が与えられる国にしていく。」

 まず手始めに、緊急な措置として税制改革を行い、それによってすべての子どもや若者に教育の扉を開くと述べています。

 4つ目がジェンダー平等です。

「女性の働く機会が少ないこと、男性よりも少ない所得しかないこと、3倍から4倍の時間を家事に費やさなければならないこと、様々な機関で女性の代表が少ないこと、そうした状況が続いていくことを許すことはできない。」と指摘しています。

「今すぐに、これらすべての不平等と闘い、バランスを取る時である。」

 5つ目が環境保護と気候変動への取り組みです。

「気候危機は現実かつ緊急である。」科学に基づいて、「経済的、社会的、環境的に持続可能なモデルを見いだすことができる。」と述べています。

「我々の生活、全世界の経済と自然のバランスを均衡させるときにのみ未来があるだろう。」

「コロンビアから、我々は偽善ではなく行動を求める。」「我々は、脱炭素経済に移行するように準備している。しかしそれによって我々が支援できることはわずかである。なぜなら、温室効果ガスを排出しているのは私たちではなく、世界の富裕層だからである。」

 その上で、温室効果ガスの吸収源であるアマゾンの熱帯雨林を保護しなければならないことを訴えています。

 また、国際通貨基金(IMF)に対して、環境政策を実行するための資金を回すことができるように対外債務を削減するよう求めています。

(3)果たすべき10の公約

 就任式に参加したラテンアメリカを始めとする各国の代表に対する感謝の意などを述べたのちに、演説の締めくくりとして、2026年までの4年間の任期で果たすべき以下の10の公約について確認しています。

①真の最終的な平和(和平)を達成するために取り組んでいく。誰よりもうまく、かつてないほどに取り組む。和平合意(2016年、コロンビア革命軍(FARC)との合意)を遵守し、真実委員会の報告書(今年6月28日公表※)で示された勧告を継続していく。《命の政府》は《平和の政府》である。平和とは私の人生の意味であり、コロンビアの希望である。命は平和の礎石である。

※この報告書には、「コロンビア最後のゲリラ」と考えられている民族解放軍(ELN)との和平プロセスの前進も含まれています。

②高齢者や子ども、障がい者、社会から疎外された人々への配慮を行う。誰もが置き去りにされることのない配慮の行き届いた政策を作る。平等を作り出すための手段と解決策を備えた、他者の痛みや苦しみに敏感な政策を作る。

③ 女性たちとともに、女性たちのための政治を進める。ジェンダーによって収入や生き方が決まることがないように取り組んでいく。女性たちが、自らの命の脅威を感じることなく安心して暮らしていけるように、真の平等と安全を望んでいる。

④いかなる例外も排除もなく、すべての人たちと対話をしていく。コロンビアの諸問題について対話を望むすべての人に扉を開いた政府である。将来のコロンビアのロードマップを決めるために「国民大合意」(Gran Acuerdo Nacional)を構築する。

⑤すべての人たちの声に耳を傾ける。官僚主義のカーテンの中に捕らえられてしまうことはない。すべてのコロンビア人が自分たちの声をこの政府が聞いていると感じられるような仕組みや活動を作り出す。

⑥すべての人を暴力から守り、家族が安全・安心と感じられるように取り組む。予防プログラムから犯罪組織の追跡や治安部隊の近代化といった、必要とされる総合的な治安対策を以てそれを行う。救われた命は、我々の成功の主要な指標となるだろう。

性差別的な暴力であれ、その他のいかなる暴力であれ、コロンビアの家庭を日々脅かす不安から守りたいと考えている。

⑦ためらうことなく厳しい態度で汚職と闘う。「ゼロ・トレランス」(毅然たる対策)の政府になる。奪われたものを取り戻し、繰り返さないように監視し、この種の行為を抑止するためのシステムを変革する。

⑧我々の土地と下層土、海と川、空気と空を保護する。わずかな少数者の強欲さによって我々の生物多様性が危機に陥るのを許さない。森林の無秩序な違法伐採に立ち向かい、再生可能エネルギーの開発を推進する。この巨大な自然の富から、コロンビアは地球生命のための闘いをリードしていく。

⑨国内産業、民衆経済、農村を発展させる。コロンビアのために努力するすべての人に寄り添い、支援する。それは、早朝に起床する農民、文化を維持し続ける職人、仕事を生み出す企業家たちである。富を生み出し、再分配するためにすべての人を必要としている。知識・技術集約型社会を発展させる。

⑩憲法の中身を遵守し実行していく。憲法第1条にはこう書かれている。「コロンビアは社会的法治国家である。それは、単一の、分権化され、領土的自治を備え、民主的かつ、参加型で多元主義的な共和国として組織され、人間の尊厳の尊重と、それを構成する人々の連帯と労働、公共の福祉の優位に基づいている。」

 ゲリラとの和平に関しては、8月12日、キューバの首都ハバナでコロンビア政府当局者とELN代表との対話が再開されたことが報じられています(ELNと政府との和平交渉は2019年に中断)。また2016年に和平合意に反対しFARCから離脱した勢力がペトロ政府との交渉を行うとの態度を明らかにしています(8月4日の報道)。

 税制改革についてもその法案が8日に議会に提出され、今後修正も含めた議論を始めることになっています。

 4年の任期で演説で言及したことをすべて実現するのは非常にハードルが高いことを認めつつも、ペトロ政権は公約を果たすためにすでに動き始めています。

2022年8月17日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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チリ 新しい憲法案について

(1)憲法草案の完成

 7月4日、憲法制定議会が新しい憲法草案を完成させ、ボリッチ大統領が提出されたコピーの一つを受け取りました。これにより、ちょうど一年前のこの日にスタートした制憲議会はその役目を終了しました。

 新しい憲法案の是非を問う国民投票は9月4日に行われる予定で、すでに6日からそのための運動期間に入っています。

 今回の憲法改正プロセスは、2019年10月に発生した社会的抗議行動が求めた様々な改革措置を集約し実現するものとして取り組まれてきました。

 現在の憲法が「1980年憲法体制」と言われるように、ピノチェト軍事独裁期に作られた憲法であり、何度かの改正を経たとは言え、1990年の民政移管以降も新自由主義的な性格を色濃く持ち、政治的には大統領の強い権限を認めたものであることから、これと決別して新しい社会的合意をベースにした憲法を作ろうというのがその目的です。

 今回取りまとめられた草案は全178ページ、388の条文と54の経過措置から成っています。ちなみに現行憲法は129条(経過措置は除く)ですので大幅に増えていることがわかります。

 新しい憲法案を受けて、承認の是非を問う国民投票を9月4日に行うための法令に署名したボリッチ大統領は、制憲議会の閉会セレモニーで次のようにコメントしました。

「我々みんなが誇りに思うべきである。それは、チリが何十年にもわたって経験してきた深刻な政治的、制度的、社会的危機の中にあって、チリ人が、非民主的な選択ではなく、より民主的な選択を行うからである。」

「今日という日は、チリの歴史の歩みに刻まれるだろう。今日、我々は新たな段階に進む。それは、憲法草案を読み、検討し、討議することである。」

「この憲法草案と国民投票が、政府に対する審判であってはならない。これは今後40年から50年のチリの将来と運命についての議論である。」

 国民投票で「承認」が多数になれば、新しい憲法が有効となります。否決された場合は、現在の憲法が引き続き有効となります。

(2)新しい憲法案の大きな特徴とは?

 BBCのウェブ記事(2022年7月4日付)では、現行憲法との重要な相違点を6つ取り上げて解説しています。憲法草案のテキストを合わせて参照しながら、まとめてみたいと思います。

①「パリテ(男女同数)民主主義」の導入

 まず、第1条を見ると、以下のように規定しています。

「チリは社会民主主義的法治国家である。それは多民族的、多文化的、地域的、環境保護的である。」(1条1項)

「それは連帯的共和制として組織される。それは包括的、パリテ(男女同数)民主主義である。(以下、略)」(同2項)

 1項の「多民族・多文化」については②で触れることにして、ここでは「パリテ(男女同数)民主主義」について取り上げます。

 そもそも、今回の憲法制定議会それ自身が、「パリテ原則」(代議員の定数に対してほぼ男女同数になるように調整する)に則って運営されました。こうした形での憲法の起草は、世界的にも初めての試みと言われています。

 先の条文は、この「パリテ原則」を民主主義国家の在り方として取り入れたものです。具体的には、6条2項で「国家に属するあらゆる機関(略)は、男女同数の構成になる(少なくとも構成員の50%が女性であることを保障する)ことを義務とする」と規定しています。

 同3項では、その他の機関、あらゆるパブリック、プライベート・スペースにおいてもそうなるように国家が推進すること、さらには、法律を制定して、多様なジェンダーの人々の代表に対する措置もとることを促しています。

 現行憲法の「男性と女性は法の下で平等である」という規定から、社会的マイノリティに対してより実質的な平等を保障するための考えや仕組みが新しい憲法案には随所に盛り込まれています。これは、チリおよびラテンアメリカ地域でのフェミニズム運動を始めとする社会運動の成果と言えます。

②「多民族・多文化国家」へ

 先に見たように、新しい憲法案では、チリ国家を「多民族・多文化国家」として規定しています。

 5条1項では、「統一国家の枠内において様々な民族の共存を認める」とし、2項では、11の先住民族(マプーチェ、アイマラ、ラパ・ヌイ、リカナンタイ、ケチュア、コージャ、ディアギータ、チャンゴ、カウェスカル、ヤーガン、セルクナム)と、その他にも法律によって認められる民族を挙げています。

 さらに、政治的自治を伴う先住民領土自治区を設けることが認められています(187条、234条)。その実施に当たっては、チリ国家の「単一不可分性」に反してはならないこと、その権限については別途法律によって定めるとしています。また、土地、領土、資源に関する権利も保障されます(79条)。

 その枠内において、先住民族は、自らの権利に影響を及ぼす事柄については意見を求められ、同意が必要とされることになっています(66条)。

 同時に、先住民の司法制度も、憲法と国際条約の尊重義務を前提として認められています(309条)。実際の権限や運営、さらにその判決に対する異議申し立てなど係争事案の解決については、法律によって規定される必要があります。こうした制度は、南米ではボリビアやエクアドルでも2000年代の憲法改正の際に導入された経験があります。

 今回の憲法改正で最も根本的な変化の一つが「チリ国家と先住民族との関係を変えること」であり、それを通じて「国家の在り方それ自身が変わること」だと言われています。

③「中絶の権利」の保障、「性と生殖の権利」の明記

 チリでは、2017年に3つの理由(①胎児の生存危機、②性的暴行、③母体の命の危険)に限定して中絶の非処罰が認められるようになりました。裁判所は、例外なき中絶の処罰化は女性の人権と対立していると判断しています。

 こうした状況、及びラテンアメリカでの中絶の合法化への流れを受けて、新しい憲法案では、すべての人が「性と生殖の権利」を持つとしています(61条)。

 その中で、「自分の身体、セクシャリティや産む・産まない」などについて、情報を得て自由で自主的かつ差別のない形で権利の行使を認めています。同時に、自発的で保護された妊娠や出産、さらに自発的な中絶に関しての諸条件を国家が保障することを義務づけています。

 ただし、中絶が可能とされる期間や処置の安全性確保などについては法律による規制を受けることにはなります。

④「社会民主主義的国家」の中身:社会保障、医療、教育などについて

 2019年10月の社会的抗議行動が激しくかつ全国的に拡大した背景には、従来の社会経済モデル(新自由主義的モデル)によって人々、とくに貧困層の生活が苦しくなったことがあります。

 その下にある1980年憲法は、教育、医療、年金といった社会的サービスの供給に関して、国家(公共)よりも民間セクターの役割を強化することを謳っていました(公共サービスの民営化による競争、公共部門の弱体化)。

 こうした動きを逆転するために、新しい憲法案では、チリ国家を「社会民主主義的法治国家」と規定することで、人権を保障するための財とサービスの供給を国家に義務づけるものとなっています。

 教育、住宅、医療、社会保障、労働について気を配ることを「国家の義務」とすることは、チリの社会経済モデルのパラダイムチェンジを意味しています。

 社会保障では、新しい憲法案は、法律に基づいた公的な社会保障制度の制定について規定しています(45条)。財源は、国の一般収入と労使の義務的な拠出金によるとしています。現行の民間の年金基金運営会社(APF)による確定拠出型年金のような民間の給付者についてはとくに条文では言及されていません。

 医療では、国民医療制度については、誰もが受けられる普遍主義、公的で統合されたものであると規定しています(44条5項)。その中には民間の提供事業者も含まれることが可能ですが、その条件については法律によって決められるとしています。ただし国家には公的医療の発展・強化に留意することが義務とされています。制度の財源は、国の一般収入と、法律による加入者からの義務的な拠出金によるとされています。

 教育では、「教育は国家の基本的かつ避けられない義務である」(35条)としています。

 続く36条7項で「公教育が全国教育システムの戦略的軸を構成する。」「公教育システムは、世俗的(非宗教的)、無償を性格とする(略)」ことが規定されています。さらに高等教育機関(大学や職業機関や技術養成所など)では、「あらゆる形で利益を上げることが禁じられる」(37条1項)として、営利活動に制限が課されています。

 その他にも、家事労働やケア労働を「社会的に必要不可欠な労働」として承認する(49条)、ケアする/ケアを受ける権利(50条)、適切で尊厳ある住居の権利(51条)、などが条文として含まれています。

⑤水に関する人権規定

 水については、すべての人にとっての人権であると規定しています(57条)。140条では「水は命や人権と自然の行使にとって不可欠である」としています。

 また、水は「自然の共有財」の一つ(他には空気、海など)と位置づけられ、これらは「所有できない」と述べられています(134条3項)。その上で、国家がその保護・保存などの義務を負うことが書かれています。

 持続可能な利用を目的として「全国水道庁」の創設(水専門の分権的な行政機関)を謳っています(144条)。

 BBCの記事では、水問題の深刻さについて言及されています。大規模な干ばつが起こっており、数多くのコミュニティが水不足の非常事態に直面しています。地方では給水トラックでの配給に依存しているところがあり、首都のサンティアゴでも水の制限がなされる可能性もあると書かれています。つまり、水の使用、アクセス、保存といった問題は、大きな社会問題となっていることが背景にあります。

 新しい憲法案では、自然に対する権利までも認めています(127条)。反対に、それを保護し尊重する義務が国家と社会にあると規定しています。

⑥政治制度の変更

 新しい草案では、大統領の資格について、年齢を現在の満35歳から30歳に引き下げています。任期については、現在と同じく4年のままですが、一度だけの連続再選を認めています(現在は不可)。

 立法府については、現行憲法では、下院と上院の2院制をとっていますが、新しい案では、下院はそのまま存続しますが、上院をなくして新たに「地方院」を創設するとしています。

 「地方院」は「審議機関」であり、選挙で選出された地方の代表者によって構成されることになっています。その主な役割は、「地方の取り決め(協定)に関する法律の形成に参加すること」、「その他憲法によって任された権限を行使すること」と書かれています(254条)。議員の定数などの詳細については法律によって決められることになります。

 「地方院」に専属する権限としては、「下院が行う告発を審理すること」が書かれています(255条)。

 これには、政治権力の中央への集中度を下げて、分権化とより民主的な制度を強化する意図があると見られます。

 その他にも「参加型民主主義」の強化を図る条文を設けて、直接民主主義的な方法を取り入れることを掲げています(153条)。

(3)国民投票へ向けて

 一方で、制憲議会で議論されたけれども反対が強くて盛り込まれなかったテーマもあります。例えば、鉱物資源の国有化や、自由貿易協定に対する消極姿勢などです(日経新聞2022年7月5日夕刊)。

 今後は、9月4日の国民投票に向けて、承認派と否決派の運動・対立がますます激しくなることが予想されます。世論調査CADEMによる調査(8日付)では、反対が53%(前回より2ポイント上昇)、承認は35%(前回より1ポイント上昇)、わからないが12%(3ポイント下落)と、不承認がリードしています。

 また、新しい憲法案に対する感情についての問いには、「期待」(35%)よりも「不安/怖れ」(61%)が多数を占める結果が出ています。

 6日の運動開始から承認派は、「承認はチリを団結させる」というスローガンを掲げて運動を展開しています。軍事独裁期の憲法と決別し、新しい民主主義の憲法の下で再スタートすることができるかどうかはまだわからない状況にあると言えます。

2022年7月13日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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コロンビア 史上初の左派政権の誕生へ

 6月19日、コロンビアで大統領選挙の決選投票が行われ、1回目でトップに位置した左派のグスタボ・ペトロ候補が、ロドルフォ・エルナンデス候補を破って当選を果たしました。同国で左派の候補が政権を担うのは初めてとなります。

(1)決戦投票の結果

 決戦投票の結果は以下のとおりです(開票率99.99%)。

◎グスタボ・ペトロ(副大統領:フランシア・マルケス)得票率50.44%(1128万1013票)
◎ロドルフォ・エルナンデス(副大統領:マレレン・カスティージョ)得票率47.31%(1058万412票)

 投票率は58.09% 白票は50万1987票(2.24%) 無効票は27万1667票

 ペトロ氏は、選挙結果を知ったのちに、ツイッターで多数の支持に感謝するメッセージを発信しました。「今日は、民衆にとって喜びの日だ。民衆の初めての勝利を祝おう。あまりに多くの苦しみが、今日、祖国の心を満たす喜びによって和らぐことだろう。この勝利は、神のため、我が人民とその歴史のため。今日は、通りや広場(に出て祝う)一日だ。」

 またアフリカ系女性として初めて副大統領に就任するマルケス氏は、「ありがとう、コロンビア。この闘いは、私たちではなく、私たちの先祖とともに始まった。今日、尊厳と偉大さとともに、私たちはそのまいた種の実を収穫する。今日、もうここにはいない者たち、復活した者たちがやってきて、声を上げる。そして、私たちはともに新しい歴史を築き始める。」と述べました。

 イバン・ドゥケ現大統領もツイッターで、ペトロ氏の当選を祝福するメッセージを送り、「調和のとれた、制度に則った、透明性のある」政権移行に向けた話し合いを進めていくことを約束しました。

 近隣のラテンアメリカ諸国からも、「民衆の歴史的勝利」、「より公正で社会的包摂の国へ向けた変革の意思を反映している」、「コロンビア人民の意思は聞き取られた、その意思は民主主義と平和の道を守るために出発した」など、当選を祝うメッセージが次々と寄せられました。

 チリのボリッチ大統領は、「ラテンアメリカにとって喜ばしいことだ! 急速な世界の変革に挑み、ラテンアメリカ大陸の統一のためにともに働きましょう。進んでいきましょう!」と呼びかけました。

(2)新政権が進める課題と待ち受ける困難

 ここからは、ペトロ次期大統領が掲げた公約の中で、注目を集めると同時に実現が難しいと見られている3つのテーマを取り上げてみます。(以下の記述は、BBC Mundoのウェブ版記事を参照しています)

①石油から再生可能エネルギーへの移行

 最も論争を呼び起こして注目を集めたテーマが、石油産業優位からの転換に着手することです。ペトロ陣営のプランでは、今までの(鉱物資源の)採掘主義的経済モデル優先ではなく、気候変動に取り組む政策に見合った生産モデルの強化を訴えています。

 例えば、採掘の方法としてフラッキング(水圧破砕法)に反対しています。フラッキングは、主にシェールガス・オイルの掘削方法で、化学物質を含んだ高圧水を使うため、環境汚染や土地への悪影響が指摘されています。

 ペトロ氏にとってこの転換が重要なのは、自らが単に「もう一人のウーゴ・チャベス」ではないことを示す必要があるからだと言われています。

 隣国ベネズエラの故チャベス大統領は、かつて様々な社会政策(医療、食料・住宅支援、教育など)の資金を調達するために石油資源の開発による収入を使いました。

 そのこともあり、ペトロ氏は、コロンビアを、石油経済に過度に依存した「新たなベネズエラ」にはしないと述べています。

 さらにこの政策は、環境問題の解決に強い関心を持っている人々、とくに若い世代の支持を獲得することにつながっています。

 ペトロ氏の提案は、あくまでも新規の「探査」をやめることにポイントをおいています。その上で、オランダ・スタイルのようなグリーン・エコノミーへ向かって進んでいくことを望んでいます。ただしこうした政策については、左派の中からも「実現できない」との厳しい声があがっており、困難が予想されています。というのも、やはり石油がコロンビアにとって主要な輸出品目であり、国家収入の源泉であるからです。

 貧困対策などの社会政策や、グリーン・エコノミーを進めていく上での財源をどう確保するかという懸念に応えていくことが求められています。

②農地改革の新たな機会

 ペトロ氏は、農村地域での所有地の不平等を減らすことを提案しています。「生産的大土地所有(ラティフンディオ)」と呼ばれているものの進行を抑制するため、農村の土地所有への課税を引き上げるとしています。ただし、私有地の(強制的な)収用については考えていないと繰り返し述べています。

 コロンビアの土地所有については、人口のわずか1.5%が半分超(52%)を所有しているというデータがあります(国立歴史記憶センターによる)。

 農地改革の問題は、コロンビアでは1930年代から未解決のままであると専門家(ニューヨーク大学の歴史学者で、コロンビアの農村での紛争を研究しているマリア・クララ・トーレス氏)が指摘しています。これが長年続いてきたゲリラによる武装闘争の原因ともなっています。つまり、このテーマは、これまでの「負の歴史」を清算することを意味しています。

 トーレス氏はBBCの取材に対して、ペトロ氏の提案については実行可能だと指摘しています。

③新しい年金制度

 現行の年金制度は、民間主導の運営になっていますが、これについて公的部門が運営の中心になって統一する形を目指すとしています。また、無年金者に対しては、最低賃金の半分に相当する年金ボーナスを導入する提案もしています。

 現行制度は1990年代初めに導入が図られましたが、年金支給額が以前の制度と比較してかなり低いと不満の声が出ています。年金の民営化の問題については、チリのボリッチ新大統領も同じ問題を抱えています。

 したがって、国家主導に戻すことで、老後の生活水準を維持する年金額が支給されるとして、多くの人がこの提案に期待を寄せています。

 しかし専門家はこの案によっても問題は解決しないだろうと見ています。それは年金資金をどう確保するかということにかかっているからです。

 そこにはコロンビア固有の事情(他のラテンアメリカ諸国も同じく)があります。その一つは、インフォーマルセクターと呼ばれる、通常の法律の適用外で働いている人たちが多いことです。こうした人たちは、税金も含めて年金の拠出金を負担していない問題があります。もう一つは、高齢者の割合が高いことです。これらの事情が相まって、年金のための財源が不足しており、これをどうクリアーしていくかが課題となります。

 コロンビアの歴史に、「初の左派政権誕生」という新たな1ページを刻んだ今回の大統領選挙。今年の8月7日にスタートする新政権の任期は2026年までの4年間です。そのスタートからどのような軌跡を描いていくのか、引き続き注視していきたいと思います。

2022年6月22日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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