
1月12日、メキシコのクラウディア・シェインバウム大統領は、昨年10月1日に就任してから100日が過ぎたのを記念して首都メキシコシティのソカロ広場で式典を行いました。
政権発足から100日についてのシェインバウム大統領に対する国民の評価ですが、世論調査(De Las Heras Demotecnia社が実施)では、「支持する」が80%と高い人気を示しています。
そして翌13日には集まったメキシコの高官や主要企業の幹部たちを前にして、政府が新たに策定した包括的な目標である「プラン・メキシコ」についてプレゼンテーションを行いました。この「プラン」は、その一週間後の1月20日に誕生する「トランプ2.0」(第2次トランプ政権)を前にして、メキシコ政府がどのように立ち向かっていくのかを示すための指針となっています。
米国のトランプ大統領は、昨年11月の時点で、メキシコとカナダからの輸入品に対して25%の関税を課す考えであることを明らかにしていました。また選挙戦では移民政策の1つとして、米国南部の国境を事実上「閉鎖」するなどの意向も示していました。
このように「トランプ2.0」の発足によりメキシコを取り巻く環境の不確実さが強まる状況において、シェインバウム大統領は、今回かなり野心的な経済発展計画を打ち出したと言われています。
(1)「プラン・メキシコ」の主な内容
この「プラン」について、メキシコ政府のホームページでは次のように説明されています。
国の発展に関する現在と将来のビジョンであり、13の目標から構成されています。その目的は、貧困と不平等をなくしていくことによって我が国を世界で最良の国にすることです。そのために総額2770億ドルにのぼる2000件の国内外からの投資計画の構成について検討しています。
13の目標というのは、以下のとおりです。
1. 国内総生産(GDP)を現在の世界12位から10位へ押し上げる。
2. GDPに対する投資の割合を25%以上に引き上げる。
3. 150 万人の新規雇用を創出する。
4. 「戦略的分野」(繊維・履物・家具・玩具)について、供給と消費の50%はメキシコ国内で行われるようにする。
5. 世界でメキシコ産品を15%増やす。
6. 公共の調達品の50%は国内生産品にする。
7. メキシコ製ワクチンをつくる。
8. メキシコでの投資手続きの期間を2.6年から1年に短縮する。
9. すでに創出されている者に加えて、毎年 15 万人の専門家と技術者を増やす。
10. 企業による環境サステナビリティを促進する。
11. 中小企業の30%が融資を受けられるようにする。
12. 世界で最も訪問される国のトップ5に入る。
13. 貧困と不平等を減らす。
さらにシェインバウム大統領は、今年1月から4月にかけて新たな行動を実施するための日程一覧を提示しました。
•1月15日から民間投資計画と100の工業団地(地区)創出の進捗状況を追跡する推移表が月ごとに作成される。
•1月6日から15日までに、企業・大学・政府の間で戦略的技術および科学開発プロジェクトに関する作業が開始される。
•1月17日、我が国の企業の移転に関する法令が公布される。そして手続きの簡素化とデジタル化に関する国内法案が連邦議会に提出される。
•1月20日から24日までに、国内のサプライヤー(仕入れ先)開発のための作業部会が始まる。部門ごとの輸入品、国内での生産品、奨励金などについて検討する。
•2月3日から7日までに、中小企業向けの開発銀行基金が発足するとともに、エネルギー消費のルールも開始される。
•2月17日から21日までに、「メイド・イン・メキシコ(Hecho en México)」ブランドがリニューアルオープンする。
•4月18日から19日にかけて、メキシコ銀行(中央銀行)・メキシコ銀行協会・連邦政府の間で中小企業の融資利用を年間3.5%増加させる協定を締結する。
シェインバウム大統領は、「メキシコ人一人一人に、計画があり発展すると知ってほしいし、近い将来に起こるかもしれない不確実性を前にしても、メキシコには計画があり、団結して前に進んでいくことを知ってほしい。」と述べています。
「近い将来に起こるかもしれない不確実性」というのは、直接の言及はありませんが、「トランプ2.0」の始まりを指しています。
また自身の任期である6年を超えても継続していく長期的なプランであることを望んでいるとも説明しています。
同じ政権を支えるマルセロ・エブラルド経済相は、この計画について「メキシコがこれから直面する新時代の航海図」であると述べました。
その上で、シェインバウム大統領とこの計画文書の作成に参加したことは「とても素晴らしい経験であった」と述べ、大統領と同じように、「当面は不確実性があるが、我々は互いに結び付いて、国家としての方向性を持っていれば、我々は前進していくだろう。」と発言しています。
(2)専門家の「評価」
次にこのプランを専門家たちはどう評価しているのかを見ていきたいと思います。
2025年1月15日付のBBCのウェブ記事に2人の専門家のコメントが載っていましたので紹介しておきます。
1人目は経済アナリストのマリオ・カンパ氏です。
まずこのプランについて、「少なくとも文章の上では、メキシコの過去40~50年間で最も大胆な産業政策である」と語っています。
もう1人は経済学者のカルロス・ペレス・リカルト氏です。
「今直面している不確かな状況に対しては良い反応」であると評価する一方で、どのように対処していくのかが明確にはなっていないとも指摘しています。
両者とも、このプランが中期的には期待できるという点で一致した評価を与えています。またカンパ氏は、この政策はかつてラテンアメリカで採用されていた「輸入代替工業化政策」とは異なるものであること、主に国内市場向けに焦点をあてたものであることを強調しています。
※「輸入代替工業化政策」は、ラテンアメリカ諸国では1950~60年代に採用されていた経済政策。一次産品の輸出に依存していた従属的な経済構造から脱却するため、この政策の下、海外から輸入していた工業製品を国産化することで経済発展を進めようとした。しかし産業育成のための財政負担や経済効率が低下するなど、うまくいかなくなり、放棄されるようになった。
そのことは、シェインバウム政権のプランの目的が、あくまでメキシコが米国の主要な貿易相手国であり、米国市場向けのサプライヤー(供給先)としての地位を維持することにあることからも明らかです。
また、メキシコにとっては、これまで中国から輸入していた品目を国内生産に切り替えることで中国の経済的影響力を低下させるという意味では対中国政策という側面も備えています。
※閣僚の説明では、現在の中国の輸出の10%はメキシコ向けであると述べています。
さらに、カンパ氏はこのプランが先に見たように非常に包括的なものであると評価しながらも、これに社会政策が伴うことの必要性を指摘しています。
例えば、専門的な技術を備えた労働者の育成についても、定着させるには職場の近くに住宅を備えることが重要であること、こうしたことが時に軽視されていると述べています。
他方、ペレス・リカルト氏は、このプランを実現するための巨額の予算を確保できるかどうか明確になっていないと疑問を呈しています。
ペレス氏は、トランプ大統領の任期が憲法上4年に限定されているため、1次政権の時とは違って、かなり攻撃的な性格の政策を実施する可能性があることを指摘しています。
「ドナルド・トランプに対して適切な対応や処方箋はない」とした上で、シェインバウム大統領が現在の環境の中であり得る最善を尽くしている」と評価しています。
この点について、カンパ氏も「プラン・メキシコ」が想定しているように進んでいく保証はないけれども、それでも関税引き上げなどの圧力に対する「交渉と防御の手段」としては「良い」という見方を示しています。
結局、このプランをこの時に発表したことの意味は、経済的なことだけではなく、「トランプ2.0」の始まりと厳しく向き合わなければならない状況の中で、先に国民に対して政府としての明確な姿勢を示し、国民の団結を呼びかけるという意味での効果をもたらすことにあったと言えるのではないでしょうか。
その上で、財政的な裏付けもそうですが、メキシコに生活する人々の声や認識を政策により反映させていくような働きかけが今後とも必要になってくるように思います。
2025年1月27日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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