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7月17日から19日までの3日間の日程で第10期人民権力全国議会(国会)の第3回通常会議が開催されました。
会議では様々な新しい法律が制定されたほか、2023年の国家財政の決算や2024年上半期の経済実績などが報告されました。
本会議に先立って、11の常設委員会の作業部会でそれぞれのテーマについての報告や議論が行われました。今回はキューバのマクロ経済の状況について報告を元に概観してみます。
7月15日に開催された経済委員会で、ホアキン・アロンソ・バスケス経済計画大臣がキューバのマクロ経済状況について報告を行いました。続いて17日には本会議で今年上半期の経済実績についての報告を行いました。
それらの報告によると、2023年の国内総生産(GDP)は1.9%のマイナス成長でした。直近の成長率を見ますと、新型コロナのパンデミックの影響を受けた2020年は10.9%のマイナス成長でした。2021年は1.3%のプラス成長、2022年も1.8%のプラス成長でしたが、いずれも低成長に終わっています。
23年はマイナス成長でしたので、いぜんとしてパンデミック前の経済状態を回復するに至っておらず、厳しい状況にあることがこの数字からも見て取れます。
本会議での報告でもバスケス大臣が、「パンデミック前の数年の結果と比較して、国は生産とサービスのレベルを回復できていない」ことを認めています。
23年のマイナス成長の理由として、米国による経済封鎖、外貨と製品の供給不足、燃料不足、過剰流動性(現金や預金量が経済活動に必要な適正水準を上回っている状態。いわゆる「カネ余り」)などを指摘しています。
産業別で見ると、とくに農業と製造業に関しては、それぞれ約12.7%、約1.4%のマイナスとなっています。
一方で、23年のGDPに最も寄与した部門は、観光・ホテル部門のプラス13%でした。しかし、2024年(上半期)のデータについては、「期待が持てるものではなかった」とも述べています。
今年(2024年上半期)の経済実績の評価については、高い水準の財政赤字と、望ましいレベルを超過する通貨発行が続いているとしています。これは、インフレ傾向が当面続くことを意味しています。
バスケス大臣は、キューバ経済の問題点として「不十分な外貨収入、膨大な対外債務、低い国内生産の回復」の3点を指摘し、「燃料やエネルギーの制約」と「高インフレ」を挙げています。
以下、報告のポイントに沿って列挙します。
・外貨収入について、今年上半期末の時点では前年同期比で2億4900万ドル増えたものの、計画された額よりも2億2200万ドル少なかった。輸出による外貨収入は、計画の88%を達成し、前年同期比で24%増と報告。
・好調だった輸出品目は、タバコ、木炭、ウナギやロブスターなどの水産物、バイオ医薬品などであった。しかし、ニッケル、砂糖、蜂蜜、ラム酒、海エビは想定された収入レベルに届いていない。
・医療サービスなどのサービス輸出も計画レベルを達成しているが、観光サービスや電気通信は想定レベルに届かなかった。
・観光業については、2023年は前年比1.8%のプラスだった。海外からの来訪者は132万1900人(15日の経済委員会では180万人と報告されていた)で、計画の約85%を達成したものの、2019年同時期の達成率と比べるとその51.6%にすぎない。国・地域別に見ると、カナダ、ロシア、海外在住のキューバ人、ドイツからの来訪者が多く、とくにカナダとロシアからの割合が大きい。
・より多くの外貨収入を達成する必要があるにもかかわらず、上半期で対外売上(売掛)債権(販売代金を将来的に受け取る権利。現段階では未回収の代金)が6.4%増加した。「輸出代金の回収管理を改善する必要がある」と指摘。
・輸入については、計画の58%しか満たされていない。食料、燃料、医薬品、医療消耗品を優先している。食料と燃料の輸入が支出の大部分を占めている。
・非国営企業の輸入額は9億ドルに上る。そのうち約6億2200万ドルが零細、中小企業の相当分となっている。
・外国からの投資については、今年上半期で12件の外資による新規事業を認可。そのうちの1件はマリエル特別開発区での事業であった。
・農牧畜業では、ほとんどの農業生産が計画を満たしていない。肥料、殺虫剤、殺菌剤、燃料、家畜飼料の不足が生産未達成の主な原因の一つである。この部門の輸入額は年間17億ドルに上っており、国内の自給率を上げることが不可欠である。
・全国の発電システムについては、持続可能性のための燃料や資源が限られており、需要を満たす上で「リスクと課題」に直面し続けている。
また、エネルギーなどさまざまな分野への主な投資に関して、2000MW(メガワット)の太陽光発電の建設工事や熱電発電所のメンテナンスなどについて言及。
キューバでは、とくに今年の5月以降、エネルギー事情が悪化しており、ピーク時の停電が頻繁に発生しています。その主な原因は燃料不足と発電施設の老朽化による故障ですが、メンテナンスのための投資、調達すべき資材の確保が十分でないことが障害になっています。
・インフレの動向については、2023年以降は減少傾向にある。「しかし30%を下回るには障害がある」と報告。
「これは、物価の下落を意味するものではなく、物価は上昇し続けているが、そのペースは落ちている」と説明。
・高い水準のインフレについて、バスケス大臣は、財やサービスの供給が制限されている中で、原価コストを大きく上回る価格、違法な為替レートに基づいた価格形成などの投機行為について言及するとともに、推定値として人口の約10%(主に非国営部門)にお金が最も集中していると報告。
・各種事業体については、1万8973ある事業体のうち、2674の国営企業、120の混合企業、5133の協同組合、1万1046の民間の中小・零細企業という内訳になっている。
・自営業者については、現在、59万6167 人となっている。国営企業部門では 130 万人以上の労働者が雇用されており、輸出の80%は国営企業が担っている。
・税引前損失を抱えている企業は340社あり、そのうち319社が国営企業である(1年前より51社増加)。
これらの報告からは、キューバ経済の中心を担うと位置づけられている国営企業の多くが赤字体質から脱却できておらず、民間の中小・零細企業、自営業者が経済活動を支えている構図が見えてきます。
その一方で、稼げる者とそうでない者との間で格差が生じていること、またお金のアクセスと運用をめぐっては、課税逃れや違法な両替行為、汚職などの問題が起こっていることにも留意する必要があります。
また、15日の経済委員会の作業部会では、労働組合であるキューバ労働者センター(CTC)のウリセス・ギラルテ・デ・ナシミエント書記長が発言しています。
ナシミエント書記長は、複雑な経済・金融状況により、今年後半の見通しは困難になると述べています。
その上で、一般の人々の議論の中心は、家庭の基礎配給品の供給不足、高水準のインフレ、年金や労働者の賃金の購買力(の低下)などに対してどう解決策を見いだすかにあると説明しています。
最後の点は、賃金の名目金額が増加しても、現在の物価上昇に対しては十分なアップではない、つまり実質の購買力は下がっていることを意味しています(年金も同様)。
また、国の歳入不足、外貨収入を満たすために輸出を強化する必要性、海外からの直接投資の不足などについても言及しました。
さらに社会主義国営企業については、特に農牧畜業、砂糖、食品産業などの第一次産業において、依然として赤字企業が存在すると述べました。いかに供給を増やすかにもっと力を入れることを強調しています。
キューバ経済の構造的な課題として、まず供給(とくに生活に必要な財に関して)を増やして、各企業が利益を上げられる状態を作ることができるかがポイントになると思います。
そのためには、投資を増やすことが求められますが、それは同時にそのための資金、つまり外貨の安定的な調達が必要となります。
しかし政府が優先的に行おうとしていることは、例えばインフレ対策としての生活必需品に対する価格統制(上限を決めてフタをする)であったり、利益を上げている中小・零細の非国営企業に対する優遇税制の撤廃による課税強化などです。
これらの措置はどちらかと言えば、供給を抑制する方向に作用すると言えます。もちろん、企業の税逃れなどの行為が見過ごせないのはそのとおりですが、それが一律に実施されると委縮効果をもたらす可能性があることにも留意する必要があります。
今回は総論的にマクロの経済状況を見てきましたが、各産業の状況や人々の暮らしの面からなど、多角的にキューバ経済の実態を引き続き調べていきたいと思います。
2024年7月26日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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