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キューバ 苦境が続く経済状況

7月17日から19日までの3日間の日程で第10期人民権力全国議会(国会)の第3回通常会議が開催されました。

会議では様々な新しい法律が制定されたほか、2023年の国家財政の決算や2024年上半期の経済実績などが報告されました。

本会議に先立って、11の常設委員会の作業部会でそれぞれのテーマについての報告や議論が行われました。今回はキューバのマクロ経済の状況について報告を元に概観してみます。

7月15日に開催された経済委員会で、ホアキン・アロンソ・バスケス経済計画大臣がキューバのマクロ経済状況について報告を行いました。続いて17日には本会議で今年上半期の経済実績についての報告を行いました。

それらの報告によると、2023年の国内総生産(GDP)は1.9%のマイナス成長でした。直近の成長率を見ますと、新型コロナのパンデミックの影響を受けた2020年は10.9%のマイナス成長でした。2021年は1.3%のプラス成長、2022年も1.8%のプラス成長でしたが、いずれも低成長に終わっています。

23年はマイナス成長でしたので、いぜんとしてパンデミック前の経済状態を回復するに至っておらず、厳しい状況にあることがこの数字からも見て取れます。

本会議での報告でもバスケス大臣が、「パンデミック前の数年の結果と比較して、国は生産とサービスのレベルを回復できていない」ことを認めています。

23年のマイナス成長の理由として、米国による経済封鎖、外貨と製品の供給不足、燃料不足、過剰流動性(現金や預金量が経済活動に必要な適正水準を上回っている状態。いわゆる「カネ余り」)などを指摘しています。

産業別で見ると、とくに農業と製造業に関しては、それぞれ約12.7%、約1.4%のマイナスとなっています。

一方で、23年のGDPに最も寄与した部門は、観光・ホテル部門のプラス13%でした。しかし、2024年(上半期)のデータについては、「期待が持てるものではなかった」とも述べています。

今年(2024年上半期)の経済実績の評価については、高い水準の財政赤字と、望ましいレベルを超過する通貨発行が続いているとしています。これは、インフレ傾向が当面続くことを意味しています。

バスケス大臣は、キューバ経済の問題点として「不十分な外貨収入、膨大な対外債務、低い国内生産の回復」の3点を指摘し、「燃料やエネルギーの制約」と「高インフレ」を挙げています。

以下、報告のポイントに沿って列挙します。

・外貨収入について、今年上半期末の時点では前年同期比で2億4900万ドル増えたものの、計画された額よりも2億2200万ドル少なかった。輸出による外貨収入は、計画の88%を達成し、前年同期比で24%増と報告。

・好調だった輸出品目は、タバコ、木炭、ウナギやロブスターなどの水産物、バイオ医薬品などであった。しかし、ニッケル、砂糖、蜂蜜、ラム酒、海エビは想定された収入レベルに届いていない。

・医療サービスなどのサービス輸出も計画レベルを達成しているが、観光サービスや電気通信は想定レベルに届かなかった。

・観光業については、2023年は前年比1.8%のプラスだった。海外からの来訪者は132万1900人(15日の経済委員会では180万人と報告されていた)で、計画の約85%を達成したものの、2019年同時期の達成率と比べるとその51.6%にすぎない。国・地域別に見ると、カナダ、ロシア、海外在住のキューバ人、ドイツからの来訪者が多く、とくにカナダとロシアからの割合が大きい。

・より多くの外貨収入を達成する必要があるにもかかわらず、上半期で対外売上(売掛)債権(販売代金を将来的に受け取る権利。現段階では未回収の代金)が6.4%増加した。「輸出代金の回収管理を改善する必要がある」と指摘。

・輸入については、計画の58%しか満たされていない。食料、燃料、医薬品、医療消耗品を優先している。食料と燃料の輸入が支出の大部分を占めている。

・非国営企業の輸入額は9億ドルに上る。そのうち約6億2200万ドルが零細、中小企業の相当分となっている。

・外国からの投資については、今年上半期で12件の外資による新規事業を認可。そのうちの1件はマリエル特別開発区での事業であった。

・農牧畜業では、ほとんどの農業生産が計画を満たしていない。肥料、殺虫剤、殺菌剤、燃料、家畜飼料の不足が生産未達成の主な原因の一つである。この部門の輸入額は年間17億ドルに上っており、国内の自給率を上げることが不可欠である。

・全国の発電システムについては、持続可能性のための燃料や資源が限られており、需要を満たす上で「リスクと課題」に直面し続けている。

また、エネルギーなどさまざまな分野への主な投資に関して、2000MW(メガワット)の太陽光発電の建設工事や熱電発電所のメンテナンスなどについて言及。

キューバでは、とくに今年の5月以降、エネルギー事情が悪化しており、ピーク時の停電が頻繁に発生しています。その主な原因は燃料不足と発電施設の老朽化による故障ですが、メンテナンスのための投資、調達すべき資材の確保が十分でないことが障害になっています。

・インフレの動向については、2023年以降は減少傾向にある。「しかし30%を下回るには障害がある」と報告。

「これは、物価の下落を意味するものではなく、物価は上昇し続けているが、そのペースは落ちている」と説明。

・高い水準のインフレについて、バスケス大臣は、財やサービスの供給が制限されている中で、原価コストを大きく上回る価格、違法な為替レートに基づいた価格形成などの投機行為について言及するとともに、推定値として人口の約10%(主に非国営部門)にお金が最も集中していると報告。

・各種事業体については、1万8973ある事業体のうち、2674の国営企業、120の混合企業、5133の協同組合、1万1046の民間の中小・零細企業という内訳になっている。

・自営業者については、現在、59万6167 人となっている。国営企業部門では 130 万人以上の労働者が雇用されており、輸出の80%は国営企業が担っている。

・税引前損失を抱えている企業は340社あり、そのうち319社が国営企業である(1年前より51社増加)。

これらの報告からは、キューバ経済の中心を担うと位置づけられている国営企業の多くが赤字体質から脱却できておらず、民間の中小・零細企業、自営業者が経済活動を支えている構図が見えてきます。

その一方で、稼げる者とそうでない者との間で格差が生じていること、またお金のアクセスと運用をめぐっては、課税逃れや違法な両替行為、汚職などの問題が起こっていることにも留意する必要があります。

また、15日の経済委員会の作業部会では、労働組合であるキューバ労働者センター(CTC)のウリセス・ギラルテ・デ・ナシミエント書記長が発言しています。

ナシミエント書記長は、複雑な経済・金融状況により、今年後半の見通しは困難になると述べています。

その上で、一般の人々の議論の中心は、家庭の基礎配給品の供給不足、高水準のインフレ、年金や労働者の賃金の購買力(の低下)などに対してどう解決策を見いだすかにあると説明しています。

最後の点は、賃金の名目金額が増加しても、現在の物価上昇に対しては十分なアップではない、つまり実質の購買力は下がっていることを意味しています(年金も同様)。

また、国の歳入不足、外貨収入を満たすために輸出を強化する必要性、海外からの直接投資の不足などについても言及しました。

さらに社会主義国営企業については、特に農牧畜業、砂糖、食品産業などの第一次産業において、依然として赤字企業が存在すると述べました。いかに供給を増やすかにもっと力を入れることを強調しています。

キューバ経済の構造的な課題として、まず供給(とくに生活に必要な財に関して)を増やして、各企業が利益を上げられる状態を作ることができるかがポイントになると思います。

そのためには、投資を増やすことが求められますが、それは同時にそのための資金、つまり外貨の安定的な調達が必要となります。

しかし政府が優先的に行おうとしていることは、例えばインフレ対策としての生活必需品に対する価格統制(上限を決めてフタをする)であったり、利益を上げている中小・零細の非国営企業に対する優遇税制の撤廃による課税強化などです。

これらの措置はどちらかと言えば、供給を抑制する方向に作用すると言えます。もちろん、企業の税逃れなどの行為が見過ごせないのはそのとおりですが、それが一律に実施されると委縮効果をもたらす可能性があることにも留意する必要があります。

今回は総論的にマクロの経済状況を見てきましたが、各産業の状況や人々の暮らしの面からなど、多角的にキューバ経済の実態を引き続き調べていきたいと思います。

2024年7月26日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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メキシコ 大統領選とジェンダー平等

6月2日、メキシコで総選挙(大統領、上下院)が行われました。今回の選挙は連邦レベルだけでなく、州知事や地方議会選挙も行われたので「メキシコ史上最大の選挙プロセス」とも呼ばれています。

ここでは大統領選挙と連邦議会選挙に絞って内容を見ていきたいと思います。

(1)初めての女性大統領の誕生

まず、大統領選は、与党連合(国民再生運動、メキシコ緑の環境党、労働党)のクラウディア・シェインバウム候補(前メキシコ市長)、野党連合(国民行動党、制度的革命党、民主革命党)のソチル・ガルベス候補(前上院議員)、第3極である市民運動のホルヘ・アルバレス・マイネス候補(前下院議員)の3名で争われ、クラウディア・シェインバウム候補が勝利しました。メキシコで初めて女性の大統領が誕生したことになります。次点で敗れた野党のソチル・ガルベス候補も女性でした。

投票結果は以下のとおりです。投票率61.04%(前回2018年より2.4%低下)

①クラウディア・シェインバウム候補 得票率59.75%

②ソチル・ガルベス候補 得票率27.45%

③ホルヘ・アルバレス・マイネス候補 得票率10.32%

任期は2024年10月1日~2030年9月30日までの6年間。再選はなし。

クラウディア・シェインバウム候補の勝利を見る上で、BBC(2024年6月3日付配信記事)は3つの数字を上げて説明しています。

1つ目は、3500万を超える得票数です。前回(2018年)のロペス・オブラドール大統領の得票数は3000万強でした。この間に総人口が増加して有権者数も増えているのでそれが得票数の増加に反映しているとも言えますが、いずれにせよ、メキシコの民主主義史上、最も多くの票を獲得しています。

2つ目は、野党候補との得票率の差が30%超(32%)もついたことです。その要因はいくつかありますが、シェインバウム候補のメキシコ市長としての行政手腕が肯定的に評価されたことと同時に、ロペス・オブラドール現大統領の人気の高さが指摘されています。実際、任期を終えるオブラドール大統領の支持率は大統領選の1か月前でも60%を記録したことが報じられています。

3つ目が議会での多数派(3分の2)の獲得可能性についてです。6月3日時点の記事の説明では、与党連合は「下院で少なくとも 334 議席、上院で 76 から 88 議席を獲得した。」と報じています。

下院の定数が500、上院の定数が128ですので、それぞれ3分の2の多数派を形成する可能性があると指摘されています。しかも、記事によれば、連邦議会の議席の3分の2を占めるのは、制度的革命党が支配していた1980年代以来のことです。

また、「3分の2」の議席確保は、連邦憲法の改正を可能にします(憲法改正には連邦議会の出席議員の3分の2の賛成が必要。その後で、全国の州議会の過半数の承認が必要とされます)。

このように行政府の長と議会の多数派を獲得したことは、シェインバウム政権(与党・国民再生運動)にとって、「貧困、暴力、汚職」というメキシコ社会が抱える構造的な問題に取り組む上で大きな支えになると言えます。

(2)ジェンダー平等の到達度

ここからBBCの別の記事(2024年5月27日配信、6月5日更新)を紹介します。それはメキシコの政治分野におけるジェンダー平等のプロセスに関する記事です。

まず、連邦議会(上下院合わせて628人)における男女比の変化を挙げておきます。

1988年 男性(89.18%)、女性(10.82%)

2000年 男性(84.87%)、女性(15.13%)

2018年 男性(50.48%)、女性(49.52%)

2021年 男性(49.04%)、女性(50.92%)

※下院議員の任期は3年(連続4期まで)、上院は6年(連続2期まで)

これを見ると、この20年間で大きく変わった(女性議員の割合が多い)ことがわかります。ちなみにメキシコの女性参政権獲得は1953年、翌54年の議会選挙で1名の女性議員が誕生しました。

それではこの変化をもたらした要因は何かということですが、クオータ制(候補者の一定数を女性に割り当てる制度)の導入がそれをもたらしてきたと言えます。

とは言え、制度が導入されてすぐ大きな変化につながったというわけではないようです。朝日新聞2024年6月13日の記事「ジェンダーを考える」などによると、メキシコにクオータ制が制定されたのは1996年(選挙法改正)でしたが、この時は義務ではなく、努力目標(候補者の30%を女性に割り当てる)でした。義務化されたのは2002年で、翌03年選挙後に女性議員の割合が初めて20%を超えました。

2008年に40%クオータへと拡大。2014年に政党候補者のパリテ(男女同数)導入によって、女性議員の割合が40%を超えていくことになりました。メキシコの場合は義務型なので違反した場合は罰則が適用されます。

さらに2019年の憲法改正によって「すべてに平等(パリテ)」条項が制定されました。これは、これまでの連邦議会議員と州議会議員の候補者だけではなく、すべての公的部門(候補者や役職)にパリテ原則を適用するというものです。つまり立法府だけでなく、行政府、司法、さらにムニシピオ(自治体)も対象となっています。

ロペス・オブラドール政権の下では、2018年から今年までの間、連邦政府の全閣僚(20名)のうち10名が女性閣僚でした。

司法では、女性の進出は制限されてきましたが、法改正によって、国家最高司法裁判所(連邦最高裁)を構成する11名の裁判官のうち、5名が女性となっています(裁判官は議会の指名を受けて大統領が任命)。

州知事では、今回の選挙までは、全国32州のうち女性知事は9名でしたが、今回の選挙結果で4名増えることになると報じられています。

このように憲法改正を頂点とする法制度改革によって、政治分野での意思決定への女性の進出は大きく前進してきていることがわかります。

ちなみに「ジェンダーギャップ指数」2024年版のランキングで、メキシコは33位(前年と同じ。日本は118位)となっています。

しかし、同じBBCの記事では、実際に女性を取り巻く様々な問題(具体的には、貧困と経済的自立、性暴力の根絶、中絶の合法化やケアの権利保障など)の改善は、それだけ(政治分野での意思決定への女性の進出が拡大しただけ)で、ただちに「保証」されるものではないとも指摘しています。

なかでも家父長制的な文化やマチスモ(男性優位主義的な思想)がなくなっていくには更なる取り組みと時間が必要とされると述べています。

2024年6月25日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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アルゼンチン 公立大学を守る歴史的意義

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ベネズエラ 大統領選挙に向けた動き

ベネズエラの選挙管理委員会(CNE)は3月5日、次期大統領選挙を24年7月28日に実施することを発表しました。

その中でCNEのエルビス・アモロソ委員長は選挙までのプロセスを次のとおり公表しました。

有権者の選挙人登録の特別期間は3月18日~4月16日

候補者の申請書提出は3月21日~25日

選挙運動期間は7月4日~25日

投票日は7月28日

(1)大統領選に至るまでの動き

今年行われる大統領選挙の内容については、23年10月17日にカリブ海のバルバドスで与野党対話が行われて双方が合意に達しました(ノルウェーが進行役)。

公表された「合意文書」には、2024年下半期の大統領選挙の実施、EU・国連などの国際的な監視団の受け入れ、候補者の安全保証、選挙資金の透明性の確保、公平な報道などが含まれていました。

これに基づいて、候補者の指名・選定がそれぞれの政党グループ間で行われてきました。

まず与党勢力ですが、現職のニコラス・マドゥーロ大統領が出馬を表明し指名を受けています。3月16日にベネズエラ統一社会主義党(PSUV)は、マドゥーロ氏を大統領選の正式な候補者として発表しました。マドゥーロ大統領は3期目を目指して選挙を戦うことになります。

一方の野党勢力の候補者選定ですが、主な野党連合である「民主統一プラットフォーム」(PUD)は4月19日、エドムンド・ゴンサレス・ウルティア氏を大統領選の統一候補者として「全会一致で」承認したことを明らかにしました。

エドムンド・ゴンサレス・ウルティア氏に決まるまでには紆余曲折がありました。

まず昨年10月に行われたPUD内の予備選挙の結果、マリア・コリーナ・マチャド氏が候補者に選出されました。

しかし同氏は、23年6月に会計検査院から「資産申告に誤りと記載漏れがある」ことを理由に公職就任資格の停止処分(15年間)を受けており、立候補が認められるかどうかは当初から不透明な状況にありました。

同氏の公職就任資格の停止措置の撤回を求める申し立ては、今年1月26日に最高裁が「不適とする」判断を下したことで退けられました。

マチャド氏は自らの立候補の届け出ができなくなる前に、代替の候補としてコリーナ・ヨリス氏を指名しました。しかしヨリス氏の立候補については、立候補のための電子登録の途中で専用ウェブサイトへのアクセスがブロックされてできなかったと主張する事態になります。選挙管理委員会(CNE)はこの主張を否定しています。

こうした動きの中で、PUDは、3月の時点でエドムンド・ゴンサレス・ウルティア氏を候補者として「暫定的に登録すること」を決定しました。その理由として「統一候補が登録できるまでの間、我々の政治組織に属する政治的権利の行使を保持するため」と説明しています。

ゴンサレス氏の登録が認められていたことは、3月26日に選挙管理委員会が会見で確認していました。

PUDがゴンサレス氏を正式に候補者として承認したのは4月19日でした。選挙のプロセス上では「候補者の変更が認められる期限」(4月20日まで)の前日のことでした。

ゴンサレス氏は、「選挙を通じて変化を望むすべての人々の候補者であるという計り知れない栄誉と責任を私は引き受ける。ベネズエラ国民に愛をこめて」と、自身のXアカウントに投稿しました。

PUDのオマール・バルボサ事務局長は、ゴンサレス氏が選挙管理委員会に「登録されている」ことを確認した上で、「選挙戦には勝利を収めるだろう」と述べました。

PUDの予備選で勝利していたマチャド氏は、公開した録画ビデオの中で「我々は自由に向けて再び大きな一歩を踏み出した」とコメントしました。

また、野党にはすでに「すべての人たち、すべての政党、善良な市民たちから支持されている候補者」がいることをアピールしました。

登録ができなかったコリーナ・ヨリス氏もXアカウントで「我々には候補者がいる。何よりも団結だ」と呼びかけています。

ゴンサレス候補は現在74歳、外交官として1991年から1993年まではアルジェリア大使を務め、ウーゴ・チャベス政権初期にはアルゼンチン大使も務めています。

野党勢力の一員としては、2013 年から 2015 年までの期間に「民主統一円卓会議」の国際代表を務めました。

(2)米国政府による緩和していた制裁措置の再開

4月17日、米国政府は、ベネズエラのマドゥーロ政権が、予定している大統領選挙についての野党側との約束を履行していないとして、ベネズエラの石油事業に対する制裁措置を再開することを明らかにしました。

これは、前述した野党候補の登録を巡る一連の動きをベネズエラ政府による「妨害」と判断して、圧力をかけるために実施することを意味しています。

米財務省は、昨年10月に実施した期限付き(6カ月間)の制裁緩和措置の期限日となる4月18日の数時間前に自身のウェブサイトで、石油・ガス事業についてベネズエラ国営企業との取引を「解消」する目的で、取引企業に45日間の猶予を与える代替のライセンスを発行したと発表しました。

米国政府はここ数カ月の間、もし「自由で競争的な」選挙を実施するために野党側と合意した昨年10月の約束をマドゥーロ大統領が履行しなければ、同国の石油・ガスといったエネルギー事業に対する制裁措置を再開すると、繰り返しベネズエラ政府に対して圧力をかけてきました。この時の合意によって昨年10月には米国政府による制裁措置が部分的に緩和されていました。

ベネズエラの石油企業に対する制裁措置(米国企業による取引停止)は、2019年にトランプ政権時に初めて科されました。これは、2018年の大統領選挙が不正の疑いがあるとして、米国政府を筆頭に多くの西側諸国が無効であり、マドゥーロ政権を正式な政府とは認めないという判断に基づくものでした。

米政府高官らは、4月17日、マドゥーロ大統領は昨年の合意に基づく約束を一部は履行したものの、大統領選に野党が自ら選んだ候補者の擁立を認めないなど、その他の約束を反故にしたと述べました。

「(合意が)履行がなされていない分野には、専門的な事柄による立候補者や政党の資格剥奪、野党や市民社会の人物に対する嫌がらせと抑圧の継続的なパターンが含まれている」と米国の当局者はコメントしています。

今回の制裁措置の再開は、野党勢力のみならず米国政府との対話の流れを逆転させるものではあるものの、完全な方向転換や、19年に「暫定大統領」を一方的に宣言した野党のフアン・グアイドー氏を正当として承認したドナルド・トランプ前大統領が実施した「最大限の圧力」に匹敵するものとは言えないと指摘されています。

その根拠の1つが、先の米財務省の発表の中に、ベネズエラ国営企業との取引については、ケースバイケースで検討するという趣旨の内容が含まれていることです。つまり一律、全面的に禁止しない姿勢を示しています。

また、アナリストたちの分析によれば、仮にベネズエラのエネルギー部門に対する厳しい制裁を復活させれば、バイデン大統領が11月の米国大統領選の再選に向けて選挙活動を行っている期間に、世界的に原油価格が上昇したり、メキシコ国境へのベネズエラ人移民の流入が増加したりする可能性があると懸念されており、これらの懸念材料が今回の決定に影響していると見られています。

とは言え、ベネズエラ政府は、今回の米国政府の決定はベネズエラに対する米国の「新たな侵略」とみなされる行為だとして非難しました。

ニコラス・マドゥーロ大統領は、「いかなるものも我々を止められない。我々は誰の植民地でもないからである」と明言しました。

また、同国のラファエル・テレチェア石油相は、石油部門は今後も成長すると述べています。

「我が国は、エネルギー開発を停止させるための攻撃を受けてきたが、その間においても、違法な制裁の有無にかかわらず前進し続けることを我々は示してきた」と発言しました。

BBCの配信記事では、大統領選について、「多くの世論調査ではマドゥーロ氏を支持する割合は低いとの予想が出ている」が、「著名な野党政治家の候補者登録に障害が出ている」ことなどから、「政治的変化の可能性は低い」としています(4月17日付)。

大統領選には、与党と主な野党候補の2名のほかにも登録している候補者が11名おり、その中で選挙戦が繰り広げられることになっています。大統領の任期は2025年1月から2031年1月までの6年間です。

2024年4月30日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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キューバ 経済状況の悪化と社会的不満の高まり

近年、継続的にキューバ経済の悪化が伝えられています。23年の国内総生産(GDP)は、政府が公表している数値では最大でマイナス約2%(速報値)。もともと政府は昨年のGDP成長率について、プラス3%を提起していました。

ここ数年の数字を見ると、コロナ禍の2020年はマイナス10.9%、21年はプラス1.3%、22年はプラス1.8%でしたので、昨年は再び悪くなっています。

とくに食料供給、電力供給を始め、医薬品の入手にも悪影響が出ており、食料・燃料・交通分野での物価高が市民の生活を圧迫しています。停電も繰り返し発生するなどエネルギー危機も報じられています。さらに今年3月から燃料価格を値上げすることがアナウンスされていました。

また、2021年から通貨・為替の統合化措置が開始されましたが、これも想定したようにはうまく機能しておらず、国内通貨であるペソの価値は下落し続けていて、そのために輸入物価が上昇し続けています。

インフォーマル市場ではキューバ・ペソは1米ドルに対して200ペソ以上で取引されていると報道されています。公式の推計によると、23年のインフレ率は30%に達しています。22年の39%よりも低いとは言え、依然として高い数値が続いています。

そうした最中、3月18日に東部のサンティアゴ・デ・キューバ、エル・コブレ、グランマ県バヤモなどで人々が街頭に集まって不満の声を表明する動きが発生しました。

サンティアゴでは二つの通りに人々が集まり(海外の報道では数百人規模)、「電気と食料」を求める声が上がりました。他にもマタンサス県のサンタ・マルタ、ロス・マンゴスでも小規模の同じような行動があったことが確認されています。

当日の報道では、「衝突や暴力行為、弾圧などは起こっていない」ことが伝えられました。サンティアゴではベアトリス・ジョンソン・ウルティア共産党県第一書記らが現場に駆けつけて、抗議に参加した人々と対話するなどの対応に当たったことも報じられています。

キューバのミゲル・ディアス-カネル大統領は、自らのXアカウントで「様々な人々が電力供給や食料配給の状況に不満を表明している」と認めた上で、「革命の敵が、社会を不安定化させるためにこの状況を利用しようとしている」と非難するコメントを出しました。

「我々を窒息させようとする経済封鎖の真っただ中で、我々はこの状況から抜け出すために平和的に取り組み続けていく」とのコメントも発信しています。

今回の記事では、現在のキューバ経済の動向をどう見るのか、その問題点を主に国内の要因にポイントをおいてまとめてみます。まとめるに当たって、BBCのオンライン記事(3月19日付)にあるキューバ人経済学者の意見を参照しています。

南米コロンビアのハベリアナ大学カリ校に在籍するパベル・ビダル経済学部教授の意見は以下のとおりです。

・現在のキューバ経済の状況については、1990年代初めの頃と似ている。

※90年代初めの時期は、ソ連と東欧諸国の「社会主義経済圏」が崩壊した直後であり、1959年にキューバ革命が成功して以降、キューバの人々が遭遇した最も困難な時期になります。

この時キューバ政府は「平和時の非常時」と宣言しました(1990年8月)。国内総生産(GDP)は35%縮小し、非常に厳しい経済危機に陥ったと報じられています。

・その時と比較して、最近の経済危機について言えば、コロナ禍(20年)ではGDPが約11%マイナスになったものの、現在はそこからは少しずつ回復してきている。

・一方で、インフレ率は両方の時期で同じように上昇しているが、90年代の時は財政赤字がGDP比30%までになった。今回はそれほど上昇していないが、長期間にわたり高止まりしている。

・経済構造の相違については、現在は経済が以前より多様化していると思うので、状況がより悪いとは言えない。以前は海外からの送金も観光業もなく、今の方が収入源としての選択肢が増えている。

・「憂慮すべき」点としては、新たな選択肢にコミットできない人々の貧困問題がある。現在の状況では、社会の中で送金を受け取っていたり、新しく起業している民間セクターと結びついている層は、それ以外の社会的グループよりも比較的この経済危機に対処できていると考えられる。

「インフレ調整がなされていない名目のペソの固定収入に依存している年金受給者や国家職員」についての貧困率については、公式のデータはないものの「憂慮すべきものだと思う」と述べています。

90年代とは異なり、部門や階層間の違いによって現在の経済危機が与えるインパクトにも違いが出ていることが、状況を複雑にすると同時に、現在の危機の方がより厳しいと評価する経済学者が一定存在する一つの根拠となっています。

もう1人のキューバ人経済学者は、ワシントンD.C.にあるアメリカン大学ラテンアメリカ・ラテン系研究所の調査員であるリカルド・トーレス氏です。

・GDP統計の観点から見て、現在の危機は90年代の危機よりも「程度が軽い」ように見える可能性があるが、人々の負担や危機をどのように感じているかを理解するためには、質的な観点からの側面を考慮する必要がある。

・危機になる前の状態の違いについての言及。90年代の場合は、それ以前の経済成長によって80年代に達していた一定の生活水準の向上が前提となっていたのに対して、現在の状況は、80年代の生活水準や経済活動のレベルを回復しないままで、しかも低成長という状況の下から始まっている。

また、「問題がなかったというわけではないが」と断った上で、収入の面での不平等も今ほどではなかった点も付け加えています。

・この二つの状況の違いは、経済危機をどう克服するかについての能力(ポテンシャル)を示している。

例えば、産業インフラの老朽化について言及しています。発電所や道路などについて、90年代からの30年間で十分なメンテナンスや整備がなされておらず、「90年代よりもさらに劣化している」ことを指摘しています。

一方では、携帯電話の利用拡大やインターネットへのアクセスなど通信分野での改善があることにも言及しています。

もう一つ、大きな相違点として「人材」不足・喪失を挙げています。これは主に海外移民の増加と高齢化が要因となっていると説明しています。

例えば、教育分野でも以前は豊富にいた人材が国外へ移住したことで影響が出ていることを指摘しています。

物資の面では、配給制度によって維持されてきた生活必需品の供給についても最小限に抑えられていること、支給についても遅れがあることなどを指摘しています。

トーレス氏の見解では、この30年間で経済的不平等が進んだことで、経済危機に対してより脆弱な状態になってしまう人々がいることが問題を悪くしていると述べています。

・公式の統計が公表されていないが、2019年の時点で不平等の度合いが非常に高くなっていることが知られており、それは住民の多くの生活水準が良くないままに現在の危機を迎えていることを意味している。

そして危機に対処して人々の生活を支える社会のリソースが不足していることが大きな問題であることを指摘しています。

そこから、この危機を引き起こした要因はどこにあるのかということに話は移ります。大きく言えば、外的環境の変化から来るものと国内的な問題から来るものとに分けられます。

外的要因を列挙すれば、とくにウーゴ・チャベス政権時に結びつきが強くなっていたベネズエラ経済の悪化、米国政府による経済封鎖(とくにトランプ政権期の制裁強化)、コロナ禍による停滞、さらにはロシアによるウクライナ侵攻の影響(世界の肥料や食料の価格上昇)などです。

国内的要因として、ビダル教授は、「政府による政策の誤りと見なせるもの」を挙げています。その中には、2021年からの「金融・為替・通貨」の再編(為替レートの統一化など)の「失敗」や、2008年頃から始まっている経済構造の改革(生産・流通面での分権化や民間部門の拡大など)が「部分的」で「不完全」であることを指摘しています。

つまり、旧来のソ連モデルに依拠したような「中央集権的な計画経済モデル」の基本構造を維持したままでの「改革」では十分な経済的インセンティブを発揮させることができていないということを意味しています。

トーレス氏も、「社会主義国営企業がキューバ経済の主役であると言い続けているが、この社会主義国営企業はキューバ国民に電気や食料を提供できていない」と指摘しています。

このように、外的な環境の影響があるとは言え、この30年間に行われた改革によっては、キューバ経済をうまく動かしていくことができなかったことから、現在の経済危機の根底にある問題とは「機能しない」経済モデルにあると判断する点では二人とも同じ見方をしていると言えます。

このように見ていくと、3月18日に起こった人々の不満の表明は、キューバ政府が非難するような、米国による経済封鎖と、社会不安を煽る勢力による影響だけではなく、政府の政策的な対応能力への一定の不満を反映しているのではないかと言えます。

そしてそれは、人々に対する説明責任と実際の経済活動の成果が生活水準の立て直しに結びつくことによってしか解消されない問題なのではないかと思います。

最後に、3月18日の事態に対する政府の対応について述べておきます。

同日、キューバ外務省が声明を公表しました。それによると、米国のベンジャミン・ジフ駐キューバ臨時大使を外務省に呼び出し、「内政に関する米国政府と在キューバ大使館の介入主義的な行為と中傷的なメッセージを断固として拒否する」との見解を伝えています。

また、「国の経済能力を破壊することを目的とした経済封鎖の重みと影響により、不況と必要不可欠な物資やサービスの不足が生じている」と説明しています。

2024年3月26日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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