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はじめに

 「ラテンアメリカの現在」は、ラテンアメリカ・カリブ海地域での民衆の社会運動を軸に、その背景となる政治・経済的なニュースをピックアップして紹介するページです。

 2000年代以降、この地域では、新自由主義的グローバリゼーションに抗する社会運動の活発化と連動した「左派・進歩派政権」が台頭してきました。しかし2010年代になって次第に、左派政権の政策面での行き詰まりや右派勢力の巻き返しなどが起こり、ラテンアメリカ社会自身がいろいろな意味で分岐してきています。
 とりわけ、米国ではトランプ政権による介入主義的な対応が強まり、各国内でも権威主義的な政治の傾向が顕著になっています。

 こうした情勢の複雑な変化を踏まえつつ、ラテンアメリカ社会が現在から未来にわたってどう変化していこうとしているのかをできるだけ事実を踏まえ、読み解きながら考えていきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。

【記事一覧】
ブラジル 大統領選と民主主義の再生(2022年11月22日)
キューバ 改正家族法の成立(2022年10月24日)
チリ 新憲法案否認についての左派の見方(2022年9月28日)
チリ 新憲法案を否決(2022年9月13日)
コロンビア ペトロ左派政権の始まり(2022年8月17日)
チリ 新しい憲法案について(2022年7月13日)
コロンビア 史上初の左派政権の誕生へ(2022年6月22日)
コロンビア 大統領選の行方(2022年6月9日)
〈ロシア軍によるウクライナ侵攻〉中南米各国政府の見解(2022年5月29日)
ペルー 高まる政治的・社会的危機の中で(2022年4月28日)
チリ ボリッチ大統領の初演説(2022年3月28日)
キューバ 家族法の改正へ向けて(2022年2月27日)
チリ 新しい政権の顔ぶれ(2022年1月31日)
チリ 大統領選での左派候補の勝利(2021年12月30日)
チリ 大統領選が映す社会の実像(2021年11月30日)
人工妊娠中絶合法化への動き(2021年10月31日)
メキシコ 人工中絶を罰するのは「違憲」(2021年9月30日)
コロンビア 「全国スト」の継続した闘い(2021年8月31日)
キューバ 抗議行動の社会的背景を考える(2)(2021年8月21日)
チリ 憲法制定議会が始まる(2021年7月29日)
キューバ 抗議行動の社会的背景を考える(1)(2021年7月20日)
チリ フェミニズム運動がもたらしたこと(2021年6月30日)
チリ ジェンダー平等からみた制憲議会(2021年6月20日)
チリ 制憲議会選挙とジェンダー平等(2021年5月29日)
キューバ 経済的苦境の中の党大会(2021年5月18日)
ペルー 大統領選挙から見た政治的課題(2021年4月29日)
エクアドル 大統領選の結果と今後(2021年4月20日)
キューバ 通貨・為替の整備について(2021年3月22日)
エクアドル 大統領選挙の行方(2021年3月7日)
コロンビア くり返される労働組合員・社会活動家への暴力(2021年2月2日)
ベネズエラ マドゥーロ大統領の年次報告(2021年1月20日)
キューバ 来年1月から通貨・為替レートの統合を開始(2020年12月16日)
ペルー 大統領の辞職と政治的危機の構図(2020年12月1日)
チリ 憲法議会選挙をめぐって(2020年11月26日)
ボリビア 新大統領の就任演説(2020年11月18日)
チリ、憲法改正の是非を問う国民投票(2020年10月31日)
ボリビアの総選挙について(2)最終結果の公表(2020年10月25日)
ボリビアの総選挙について、左派勢力の勝利へ(2020年10月23日)
キューバの「二重通貨問題」について(2020年10月15日)
キューバの労働事情(賃金編)(2020年9月29日)
キューバの労働事情(就労編)(2020年9月27日)
コロナ禍のキューバ社会(2020年9月16日)
コロナ禍、債務問題に苦しむアルゼンチン(2020年8月31日)
コロナ禍のラテンアメリカ・カリブ地域(2020年8月18日)
〈危機〉の中のベネズエラ(2020年8月4日)
ベネズエラ、増加する感染者と経済状況(2020年7月27日)
スペインの最低生活所得とベーシックインカム(2020年7月21日)
メキシコ、感染症対策と「新しい日常」、サパティスタの声明(2020年7月6日)
キューバ、感染症対策と経済活動の再開(2020年6月26日)
ペルー、感染拡大から見える社会の矛盾(2020年6月19日)
ブラジルの緊急援助とベーシックインカム(2020年6月12日)
感染拡大が続くブラジル(2020年6月4日)
「コロナ禍」のラテンアメリカ(2020年5月28日)
キューバ、感染症と国際連帯(2020年5月18日)
ボリビアの行方とパンデミック(2020年5月11日)
キューバ、憲法改正から1年(2020年5月4日)
抗議するチリ、そしてパンデミック(2020年4月27日)

(雑誌『アジェンダ』でも「ラテンアメリカの現在―分岐する世界の中で―」というタイトルの連載記事を書いています。)

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ブラジル 大統領選と民主主義の再生

はじめに

 ブラジルの大統領選挙は、10月30日に上位2名による決戦投票が行われ、左派・労働者党(PT)のルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルバ候補(77歳)が、現職で右派・自由党(PL)のジャイル・ボルソナーロ候補(67歳)を僅差(1・8ポイント差)で破って勝利しました。

(1)大統領選の結果

 開票結果は次のとおりです(高等選挙裁判所(TSE)のデータ)。投票率は79・4%。

①ルーラ候補、得票率50・9%(6034万5999票)
②ボルソナーロ候補、得票率49・1%(5820万6354票)

 地域別の得票状況を見ると、ルーラ氏は、出身地域でもあり貧困層が多い北東部で票を得ています。

 11名の候補者で争われた10月2日の1回目の選挙(投票率79・1%)では、ルーラ候補が得票率48・4%(1位)、ボルソナーロ候補が43・2%(2位)でした(どの候補も過半数を獲得できなかったため、前述の決選投票に持ち越し)。

 勝利結果が公表されたのち、ルーラ氏は、ツイッターに、ブラジル国旗に自身の左手を載せた画像とともに「デモクラシア(民主主義)」のメッセージを投稿しました。

 ルーラ新政権は来年1月1日に発足します。任期は26年までの4年です。

(2)大統領選出馬までの道のり

 2003年から10年までの2期8年間、大統領を務めた経験を持つルーラ氏が3回目の大統領となるまでの道のりは、自身にとっても、ブラジルの民主主義にとっても平坦ではなかったと左派系のメディアは報じています。

 2016年、ルーラ氏は国営石油会社ペトロブラス絡みの汚職事件への関与(収賄とマネーロンダリング)を疑われ起訴されました。17年に1・2審とも有罪判決となり、18年に収監されました(収監から580日後に釈放)。法律の規定により被選挙権を失ったため、同年10月の大統領選に立候補できませんでした。

 しかし2021年3月8日、エジソン・ファキン判事がルーラ氏の汚職事件に関する1審と2審の有罪判決を無効とする判断を下し、再審理となりました(取り消し理由は、事件との関連で裁判を行った管轄地域が不適切であったため)。

 同年4月に連邦最高裁(STE)がルーラ氏の被選挙権を認める決定を下したことで、今回の大統領選に立候補することが可能となったのです。但し、汚職事件は再審理のため、無罪にはなっていません。

(3)選挙の争点と主な政策について

 今回の大統領選の争点の1つは、ポストコロナの経済と社会の立て直しをどう実現するか、でした。

 結果が公表されたのち、ルーラ氏はサンパウロ市で最初の演説を行いました。そこでも国内の分断の克服と、国の再建、とりわけ貧困との厳しい闘いの必要性を訴えています。

「私たちの闘いは選挙で始まり終わるものではない。 すべてのブラジル人が働き、学び、食べることができるという、公正な国を求める私たちの闘いは、私たちの残りの人生のために続くだろう。ブラジルは私の大義であり、その人民も私の大義である。貧困との闘いこそが命が尽きるまで生きるための理由である。」と述べ、最優先の課題は、飢餓を終わらせることだと繰り返し訴えました。

「2023年1月1日から、私に投票した人たちだけでなく、2億1500万のブラジル人のために政治を行う。ブラジルは2つではない。 私たちは1つのブラジル、1つの国民、1つの偉大な祖国である。」と呼びかけました。

 さらに「家族を再び1つにし、憎しみの許しがたい蔓延によって壊れた絆を作り直す時だ。分断された国に生きることを誰も望んでいない。」と訴えました。

「ブラジルはこれ以上、底なしの巨大な穴、国を分断する見えない不平等とコンクリートの壁とは共存できない。この国は自らを認識し、再発見する必要がある。」と、対立と分断に終止符を打つ必要があるとも述べています。

 ルーラ氏が掲げる新しいブラジルのイメージは「平和、民主主義、チャンスのあるブラジル」です。

 そのために、「ブラジル、世界、人類の主要な問題は、腕ずくではなく、対話によって解決できると信じている。」と言うように、「対話の回復」を強調しています。

 今回の勝利の要因は、「壮大な民主主義運動の勝利」であり、「(その運動は)民主主義が勝者となるために、政党、個人的利害、イデオロギーを超えて形作られた」と説明しています。

 その民主主義とは、「ブラジル人民がよく生き、よく食べ、よく暮らしたいと思うこと」であり、「インフレを上回って常に調整された公正な給与を伴う雇用と質の高い公共政策」のことだとも述べています。

 つまり「法律に書かれたきれいな言葉としてだけではなく、私たちが日々作り出せる、実感できるような何かでもある」、それを「リアルで、具体的な民主主義」と名づけ、「私たちの政府は日々それを作りだしていく」ことを約束しました。

 飢餓の現状に対しては、「私たちは、この国の何百万人もの男性、女性、子どもたちが食べられないでいること、カロリーやタンパク質の摂取量が少ないことを普通のこととして受け入れることはできない。」との認識を示した上で、経済の役割について次のように述べています。

「すべてのブラジル人の間で経済成長を分かち合う、不平等を永続させるためではなく、すべての人の生活を良くするための手段として経済は機能しなければならないからである。」として、食料生産では中小規模の農業生産者への支援、それ以外の分野でも潜在的な創造性を引き出すために零細・小企業に対してできるだけインセンティブを与えることを約束しています。

 また社会的な差別の克服としては、女性に対する暴力と闘うこと、同じ職務での男女同一賃金のための政策を強化する、レイシズム・偏見・差別に反対して不断に取り組んでいくことを約束しました。

 国際関係の分野では、公正な貿易関係に基づいたパートナーシップの再構築、世界的な気候危機に対して積極的に取り組む姿勢を示しています。

 国際的な経済関係では、「より公正な国際貿易」を望むとして、「永久に一次産品の輸出国としての役割をブラジルに負わせるような貿易協定には関心がない。」と主張しました。

 気候危機への取り組みとしては、特に「アマゾン熱帯雨林の保護」を訴えています。気候変動の原因となるガスの排出を大幅に削減するために「アマゾンの森林伐採ゼロ」を掲げています。そのために、違法伐採・採掘などに対する監視・警備を再開するとしています。

 最近の研究では、森林破壊によってこの地域がCO2の排出源になっていると言われています。

 すでに選挙公約としては、「ブラジルの再建と変革プログラムの指針 2023―2026」を公表(全121項目)しています。その中身は、飢餓・貧困対策、労働法の改正、エネルギー・気候変動対策、国営企業の民営化反対など多岐に及びます。決選投票前の10月27日には「明日のブラジルへの手紙」という政策文書を改めて出しました。

 そこに記された飢餓・貧困対策では、最低賃金の引き上げ(インフレ率以上)を実現し購買力の回復を図る、質の良い食料の増産、貧困層向けの雇用創出などの必要性を訴えています。産業政策では、デジタルとグリーンエコノミーへの移行の促進(知識経済へ向けた戦略)を掲げています。

 かつて実施した「ボルサ・ファミリア」(低所得層向け現金給付プログラム)については拡充するとしています。具体的には1世帯当たり月額600レアル(約1万7400円)と6歳未満の子供1人当たり150レアルの支給を考えています。

 ブラジルの飢餓の問題は深刻で、あるデータによると今年の飢餓人口は3310万人(人口比15・5%)、この2年で倍近くに増加しています。失業率も低下しているとは言え、8・7%に達しています。いずれにせよ財源の確保が課題となります。

(4)ボルソナーロ陣営の対応と今後の動向

 敗れたボルソナーロ大統領は、選挙直後に正式に敗北を認めるコメントは出さずに沈黙を守りました。2日後になって「憲法のすべての戒律は尊重する」との発言を行いました。

 一方、ボルソナーロ氏の支持者たち(主にトラック運転手)は、選挙の不当性を訴えて幹線道路を封鎖(全国20州以上で230カ所超の封鎖)し、軍の介入を要求し始めました。

 この道路封鎖についてボルソナーロ大統領は、不当だとする感情に理解を示しながらも、「合法的な」抗議方法ではないとして、他の形で行うように促しました。政権の移行作業については同意し、政権移行チームが立ち上がっています。

 連邦最高裁は封鎖解除の決定を下し、連邦高速道路警察(PRF)が解除に動きました(次第に減少)。

 大統領選とともに行われた議会選挙(総議席、上院は81、下院は513)では、自由党が議席を伸ばして上院14、下院99の第1党となりました。ブラジル議会は多党制なので、他の保守政党との連携次第で過半数を得る可能性があります。

 一方、労働者党は上下両院とも少数議席(上院9、下院68)です。

 このように立法府との関係で見ると、新政権の船出は決して安定優位が確保されているわけではなく、十分に困難が予想されています。

2022年10月22日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
©2022アジェンダ・プロジェクト

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キューバ 改正家族法の成立

先月末の9月25日(日)、家族法の改正案の是非を問う国民投票が行われ、賛成多数で可決しました。翌26日にディアスカネル大統領とエステバン・ラソ人民権力全国議会議長が署名し、27日(火)に官報に掲載されて発効となりました。

今回はこの改正について取り上げます。家族法の改正の動きと内容については、第46回配信記事の「家族法の改正へ向けて」(2022年2月27日)でも取り上げていますので、そちらもご参照ください。

(1)国民投票の結果

国民投票の最終結果は以下のとおりです。データは全国選挙委員会(CEN)10月4日公表。 

有権者数 845万7978人
投票者数 626万9427人 投票率 74.12% 投票は海外からも実施。
有効票数 590万9385票(94.25%)
賛成票 395万288票(66.85%)
反対票 195万9097票(33.15%)
白票 20万2164票(3.22%)
無効票 15万7878票(2.51%)

今回の国民投票の設問は、「あなたは、家族法(改正)に同意しますか?」というものでした。

25日の国民投票のわずか2日後の27日には、キューバの西部にハリケーン「イアン」が上陸、多数の家屋倒壊や全土での停電が発生するなど、大きな被害をもたらしました。国民投票の最終結果の公表が遅れたのもそれが原因と言われています。

(2)改正家族法での大きな変化

国民投票で承認された家族法改正の最終案は25版目に相当し、7月22日に人民権力全国議会(国会)で採択されたものです。

新しい家族法は、全体が11章に分かれ、474条から構成されています。その他に移行措置や最終措置などが含まれています。

法案成立による大きな変化としては、日本のメディアでも報道されていましたが、同性婚が合法化されたことです。キューバは、世界で33番目の同性婚が認められた国・地域となりました(NPO法人EMA日本のサイトより 2022年10月時点)

改正家族法の第2条(家族の承認)2項では、「様々な形の家族組織は、愛情関係に基づいて、姻戚の性質に関わらず姻戚間、配偶者または事実上のカップルの間で作られる。」と規定されています。

「姻戚」については第16条に規定があり、姻戚関係とは「同じ一つの家族の構成員となる2人の間に存在する法的関係」として、結婚や事実婚などを根拠にしています。

他には、LGBTカップルによる子どもの養子縁組の承認、非営利での代理出産の承認などが規定されています。

それ以外にも、離婚に際しての未成年者や祖父母の間の連絡を保護したり、子どもの親権、資産の分配、相続などの面で家族内で権利を侵害する者への罰則を認めるなど、子どもや高齢者の権利保護についても多岐にわたって規定しています。

(3)法改正についての評価

「家族法は、すべての人とすべての家族の権利を広く保障するのに貢献しています。ジェンダー間、世代間の関係をより一層民主化することに寄与しています。」と、国立性教育研究センター所長のマリエラ・カストロさんは、国民投票の前にスペインのEFE通信社にコメントしていました。マリエラさんは、国会議員としてもキューバにおける同性婚の合法化に向けて活動を続けてきました。

キューバの俳優でLGBTの権利擁護の活動を行っているダニエル・トリアナさん(25歳)は、BBCの取材に対して「ついにキューバで、数多くの同性愛者たちの愛、婚姻、人生の正当性が法的に認められたことは、嬉しく、私と私のコミュニティの人々の存在すべてを取り戻すものです。」と答えています。

その一方で、キューバ司教会議(カトリック教会の組織)は、「法案の条文の多くが支持している、いわゆる『ジェンダー・イデオロギー』の内容を法律に導入することはキューバの家族に利益をもたらさない。」とウェブサイトに反対の声明を公表していました。

特に、同性婚、同性カップルによる養子縁組、代理出産に関して、カトリックの信仰や価値観に反すると考えています。

ただし、家庭内暴力を規制したり、高齢者と未成年者の権利の保護に関連する条文については支持する考えを示しています。

また、家族法改正に反対する人々は、ツイッターで「#YoVotoNo」(私は反対に投票する)、「#CodigoNO」(改正法反対)のハッシュタグを付けて「反対」の意を表明していました。その理由の中には、現在のキューバ社会が直面している経済的な苦境に対する不満や国民投票の透明性に対する疑問などが含まれています。

これらは、政府が進める家族法改正「賛成キャンペーン」に対して、政治的意見の表明としてあえて「反対」を掲げている側面があるとされています。

国民投票前には、テレビ・ラジオや新聞などを介して幅広い「賛成」キャンペーンが行われていました。SNSでも「#YoVotoSi」(私は賛成に投票する)、「#CodigoSi」(改正法賛成)のハッシュタグをつけたメッセージが拡散されました。

先のダニエル・トリアナさんは「体制とは意見を異にしている。私たちは家族法改正を支持するが、非常にデリケートな政治的・倫理的立場にある。」と、政府とは一線を画す立場にあることをBBCの記事の中で語っています。

革命後に同性愛者の人権が抑圧されてきたかつての歴史を踏まえれば、今回の法改正はLGBTの人権擁護の観点からは「前進」として評価されるべきだとは思います。その上で、以前から続いている経済面での苦境からいかに脱していくのか、政府の政策の有効性を含めて評価していくことが必要ではないでしょうか。

参照記事 BBC News Mundo配信記事「家族法:キューバでの同性婚の合法化に向けて議論となった規則」(2022年9月23日 同月26日更新)

2022年10月24日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
©2022アジェンダ・プロジェクト

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チリ 新憲法案否認についての左派の見方

 9月4日、新しい憲法案の是非に対する国民投票が行われ、反対多数で否認されたこと、予想される今後の展開などについて、前回の配信記事でお伝えしました。

 今回は、この結果を左派の立場からどう見るかについて、下記の文書を参照しながら考えてみたいと思います。

「驚くべき結果:広範な多数により否認が勝利した。」マリオ・ガルセス・デュラン(チリ・カトリック大学所属の歴史学者、ECO運営スタッフ。※ECOは教育とコミュニケーションについての専門家団体)2022年9月5日執筆、9月8日公表。 

(1)チリ共産党の対応

 その前に、承認派の1つであったチリ共産党の発言を紹介しておきます。

 ギジェルモ・テイリエル(Guillermo Teillier)共産党議長(下院議員)は、9月5日、国民投票後の大きな課題は、進歩的で革新的な新しい憲法のための闘いを継続することであるとコメントしました。

 9月10日には党の中央委員会が行われ、国民投票と憲法改正に関する見通しについてコメントしています。

「いかなる面においても敗北主義は存在せず、今すぐ新しい憲法のための闘いを引き続き進めていく必要がある」と述べています。

 さらに議長は、右派が憲法改正プロセスについて合意するかどうかが一番懸念されることであり、そうならなかった場合、我々は複雑な政治的危機に陥ることになるだろうと指摘しました。

 共産党の立場として、新しい制憲議会をこれまでと同じ形で設置して草案を作り直すことに変わりはないと強調しています。右派が主張する専門家委員会による憲法草案の起草については否定的な見解を示しています。

(2)今回の結果に対する分析

 マリオ・ガルセル氏は、文章の初めに「私が強調したいのは、否認についてのデータがたくさんあったにもかかわらず、私は承認が勝つだろうと思っていたことです。」と率直に述べています。その上で、逆の結果になった要因について考察しています。

①制憲議会と市民社会(民衆)との関係

 制憲議会については、この機関が「代表制」であるがゆえの問題点を持っていたことを挙げています。つまり「直接的な人民主権の行使」との乖離が存在していたということです。

 具体的には、議会が運営規則などを決めるのに最初の数か月間を費やしたこと(内向きの議論)や、民衆との乖離を埋めるための方策の導入(公聴会の実施、無効にするための国民投票、規則についての民衆からの発案など)が弱かった点を挙げています。

 その上で、制憲議会に対する「活発な民衆の支持とその基盤」、制憲議会を支えるために民衆との密接な関係をつくることの必要性を訴えています。これらは「代表制」がつねに抱える原理的な問題とも言えます。

 その一方で、個々バラバラの民衆が継続して「どのようにして集団的な政治的主体になるのか?」という民衆の側の課題についても問題提起をしています。

 2019年10月の大規模な民衆叛乱から今回の国民投票の実施までに3年近くの歳月が経過しています。その間にコロナ禍、昨今の物価高といった生活に直結する問題があり、憲法改正のための国民投票、制憲議会の代議員選挙、大統領選挙などの投票行動が立て続けにあり、重要とは言え、憲法改正だけに関心を持続することが難しい状況にあったと見ることができます。

②右派による情報操作(フェイクニュースなど)とチリ国民の保守的心情

 次に、資金力などで上回る反民主主義的な右派勢力がメディアの利用に関して優位にあった点を挙げています。(注:この点については、否認派がキャンペーンのために集めたお金は、承認派より約200倍も多かったことが7月の時点で報道されていました。)

 そして否認派のキャンペーンの多くは、様々なウソと操作(ごまかし)に基づいていたと批判しています。

 住宅について「セカンドハウスを持っていたら接収される可能性がある」とか、「女性は妊娠9か月まで中絶することができる」、「マプーチェ族はチリ人よりも上級の一等市民となる。さらに国が分割される可能性がある」などが、その代表例です。

 一般的には、「財産権が脅かされる」「(教育や医療などの分野で)選択の自由がなくなる」というタイプのウソが流布されていました。

 その上で、「なぜこれらのウソや情報操作がうまく機能したのか」が根本的な問題であるとも述べています。その理由は1つではなく様々な要因が考えられますが、イデオロギー的な問題として、「(かつてのような)共産主義に対する恐怖」、「新自由主義による文化的(心理的)影響」を指摘しています。

 「財産権の侵害」は、「国家による接収」というかつての社会主義の姿や「(持たない者としての)貧者の夢による介入」としてイメージ化され、それに対する「恐れ」が喚起されたといった具合です。

 「選択の自由」は、新自由主義のイデオロギーそのものであり、個人主義的な心情に訴えるものです。

 その他にも、マプーチェ族を始めとする先住民族や移民に対するレイシズム、国家の統一を強調するナショナリズムなど、一連の背景にあるのは「保守主義的な心情」です。

 このようなチリ国民の保守主義的な心情を背景にして、新しい憲法案が「すべてのことを一度に欲する過激主義」とレッテル貼りされて攻撃されたと説明しています。

 今回否認された憲法案をめぐっては、否認派の中でも現在の憲法がいいという人は少数であり、承認派の中でも今回の憲法案のままでいいという人が少数であることが事前の世論調査などで明らかになっていました。

 今回の憲法案で示された内容と、承認派・否認派を含めたチリの人々との間に「ギャップ」があったことが、①と②の分析の根拠になっていると考えられます。

③左派のユーフォリア(多幸感)

 次に、左派の問題についてです。チリの左派は、すべてがうまくいっている時はつねに多幸感と勝利主義に罹り、その後、様々な問題で紛糾して望んだように事態が進まなくなると、悲観主義と集団的な憂鬱(落ち込み)に陥ると指摘しています。

 これに加えて、世代間の軋轢も取り上げています。闘争の第一線から退いて若い世代に席を譲るのを拒否する古い世代がいる一方で、あらゆる問題に対して答えを持っていると知ったかぶりをする早熟な若者たちがいると述べています。

 多幸感や勝利主義に罹った事例として、2019 年の大規模な民衆叛乱や、2021年の制憲議会選挙で左派・リベラル派が多数派となったことなどを挙げています。そこに一種の「油断」があったと言えるのかもしれません。(注:1つの比較として、1970 年9月4日にサルバドール・アジェンデ氏が大統領選で勝利した時の得票率が36.6 パーセントでした。過半数に届かなかったため議会投票で決定。このように歴史的な左派の得票率はだいたい30%台後半であって傾向的に多数派というわけではないこと、今回の承認派のそれも同様であったことが指摘されています)

 ガルセス氏は、これと連動して、数十年前からチリの左派には「戦略的見通し」が欠けていることを挙げています。「戦略的見通し」というのは、左派の運動の根拠となる価値観や原則(例えば、社会的平等や人民主権など)だけでなく、「資本主義に対するオルタナティブ」を含むものだと言います。

 つまり、新自由主義的資本主義に代わる新しい社会のビジョンを人々の前に説得的に提示できていないことを問題視しています。この点については、チリだけでなく、ラテンアメリカを含めたグローバルなレベルでの再構築が必要であり、さらなる検討が求められます。

(3)今後の展開について

 ここからは、今後の展開に関する問題です。

④もう一回元に戻るのか?:政党の復権か? 無所属派の終わり? 社会運動の後退か?

 新憲法案の否認がもたらす今後の政治的影響として、再び政党がリーダーシップを取り戻すことになると述べています。

 事の始まりであった2019年の民衆叛乱は、これまでの新自由主義的な内容を引き継ぐ国家体制と政党政治に反対するものでした。制憲議会の代議員も既存政党所属よりも無所属派が影響力を持っていました。ですので、これは既存の秩序への逆戻りを意味することになります。

 事態を動かすために、政党が主導権を持って、中庸的な内容による何らかのコンセンサスを作ることが想定されています。それは、変化を生み出すことよりも容易なことだと言います。

 それとともに、社会に変化をもたらす原動力となってきた新しい社会運動、特にフェミニズム、先住民の権利擁護、環境保護運動などの進展に対して「否定的な影響」を与えることになるだろうと指摘しています。

⑤「新しい共通認識」を生み出すことができていない

 ④で述べたような社会運動の進展が、新しい憲法案を生み出した原動力となってきたことは言うまでもないのですが、その一方で、否認派が勝利したことで、これらの運動が提起してきた内容とその根拠となる「新しい知」が、まだ社会の「新しい共通認識」にまでなっていないことが明らかになったと述べています。

 「新しい知」とは、例えば、フェミニズム、脱植民地主義、様々な観点のエコロジーおよび環境保護などです。しかもそれが社会の中で循環し成長することで、政治的変化の土台となる文化的変化が準備されると説明しています。

 それは一種の「予言的な意味合い」(将来社会に対する変化を予示する)をもった活動を展開することで、様々な主体の間で、新しいコミュニケーション、新しいアプローチ、新しい考え方をもたらすだけでなく、新しい社会的実践をも刺激すると指摘しています。

 「人間が立ちむかうのはいつも自分が解決できる課題だけである。」というカール・マルクス(『経済学批判』序言 岩波文庫)の言葉を引用しながら、限界を持ちつつもすでにそうした事態が芽生え、発展してきているとガルセス氏は述べています。

⑥ボリッチ大統領の今後の対応は?

 否認派の勝利は、当然、憲法改正を支持してきた若いボリッチ政権にとって大きな打撃となったことは言うまでもありません。とくに就任以降、支持率を落としてきている中にあって、今回の国民投票の結果はその傾向を後押しするものとなっています。

 実際、世論調査で否認派が勝利する可能性が強まる中、ボリッチ大統領は、9月4日以前から「新しい憲法改正プロセス」を始める可能性について言及していました。

 これについてはまだ確定的ではないものの、右派からも左派からも幅広いコンセンサスができるような新しい憲法案を起草する可能性について、その方向で政党間での合意が図られようとしていると述べています。

(4)最後に

 ガルセル氏は、このテキストの途中で、次のようなある若いカップルの会話(9月5日朝、サンティアゴの地下鉄で)を紹介しています。

「くそったれな国だ…20年も後戻りしたと感じる」

 この言葉が、チリ社会の現状を端的に表現していると言えるのかもしれません。そして新しい希望はそこからしか生まれてこないのだろうということも。新しい憲法、新しい社会を生み出す闘いはまだまだ続いていきます。

2022年9月28日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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チリ 新憲法案を否決

(1)新憲法案は承認されず

 9月4日、新しい憲法案の是非に対する国民投票が行われ、「拒否」が多数(6割超)を占めて否決されました。国民投票の結果は以下のとおりです。

「承認」:486万93票(38.14%) 「拒否」:788万2958票(61.86%) ※開票率:99.99%
投票数: 1302万1063票(投票率:有権者の85.81%)
有効票数:1274万3051票(97.86%)
無効票数:20万722票(1.54%)
白票数:7万7290票(0.59%)

今回の投票は義務制であったため、高い投票率を記録しました。
地域別での結果を見ると、すべての州で「拒否」が「承認」を上回っています(表参照)

州別の結果(%) (チリ選挙管理委員会のサイトより)

全346のコムーナ(最小の行政単位)のうち、「承認」が「拒否」を上回ったのは8つだけでした。

各国からの海外投票では、「承認」(60.92%)が「拒否」(39.08%)を上回りました。
日本からの投票は、「承認」が120票(67.04%)、「拒否」が59票(32.96%)でした。

この結果により、現行憲法が引き続き効力を持つことになります。

(2)国民は憲法改正を望みながら、なぜ新憲法案を拒否したのか

 2020年10月に行われた国民投票では、投票した人の約80%が、選挙で選ばれた制憲議会による憲法改正を望みました。それにもかかわらず、なぜ今回は新しく起草された憲法案を拒否したのでしょうか。

 結果として現行憲法が引き続き有効となり、憲法は改正されないので、それが「パラドックス」に見えるとBBCの記事(「『拒否』の勝利 チリの(見かけ上の)パラドックス」2022年9月5日付)は指摘しています。

 では、なにがこの結果をもたらしたのか、上記の記事を参照してまとめてみます。記事では3つの要因を取り上げています。

①憲法改正の別の選択肢

 新しい憲法案について、与党勢力は「承認」を後押しし、野党勢力は「拒否」を推進していましたが、国民投票の数日前には、両陣営とも、今回の国民投票の結果に関係なく、憲法改正プロセスを継続することを約束していました。

 これは、「拒否」という結果になったとしても、それが憲法改正そのものへの反対ではなくて、今回の改正案だから反対している可能性が十分にあると理解していたことを意味しています。

 野党勢力は、すでに今回の憲法案との違いとして、国家の性格を「社会的な法治国家」と規定すること(新憲法案では「社会的・民主的な法治国家」と規定)、新しく提案されていた地方院(上院は廃止)ではなく現在の上院を維持すること、先住民族の権利を認める「多民族国家」という規定を「多文化国家」にすることなどを提案しています。

 さらに8月には国会(上下院)で、新しい憲法案が承認されなかった場合を見越して、現憲法の条項を修正・廃止するのに必要とされる議席数を引き下げる法案を可決しました(必要な議席数は3分の2から7分の4へ変更)。

 その法律(憲法組織法)では「新しい憲法案が国民に承認されなかった場合、憲法改正プロセスを継続するために必要な多数を構成するのを容易にすることになる」と規定されています。

 ボリッチ大統領も、国民投票の前(8月末)に、新憲法案が否決となった場合は新しく憲法改正の手続きを開始する考えをメディアで明らかにしていました。

「私にとって現在問題なのは、否決が勝った場合に再び最初に戻って、新たな憲法改正プロセスを開始しなければならないかどうかである。」

 事前の世論調査などによって、国民投票の実施前から今回の憲法案が否決される可能性が高いことが想定されており、「プランB」に向けての駆け引きがすでに進行していたことがわかります。

②憲法草案に対する批判

 海外などでは、その革新的な内容が評価されていた今回の憲法案でしたが、国内では様々な批判や疑問が表明されていました。

 その一つが、「多民族国家」の規定についてです。草案では「国の一体性」を強調していましたが、先住民族の領土自治区の承認などが「国の統一を損なう」、先住民族を「特権的な集団」と関連づけて、「法の下の平等に反する」などの意見が「拒否」を訴えるグループから出されていました。

 また「承認」を支持する人たちからは、草案テキストを広く普及させたり、草案を読む必要性などが訴えられていましたが、SNSなどを通じて誤った情報が広まるなど有権者の間で草案の内容に対する疑問などが広がっていったことが言われています(右派によるメディア戦略が一定の「効果」を持ったことが他の分析でも指摘されています)。

③制憲議会の評価

 マイナス面として、制憲議会内で行われた議論やその仕事を市民に伝えることの難しさなどによって、次第に市民と制憲議会の間の溝が大きくなっていったことを挙げています。とくに最初の数か月は議会の規則に関する議論に時間が費やされました。

 ある世論調査でも、国民投票で「拒否」に投票する理由の多くが、制憲議会に対する批判的な評価に関連していることが示されていました。

 社会運動の高まりによって作られた制憲議会と市民社会との関係が、時間の経過とともに次第に疎遠になっていったことがその背景にあると考えられます。

(3)今後の想定されるシナリオ

 別のBBCの記事(「チリでの『拒否』の勝利:可能性のある4つのシナリオ」9月5日付)では、今後の見通しについて、可能性の高い4つのシナリオを挙げています。

①新たな制憲議会の制定。ボリッチ大統領が支持するシナリオ

 先にも述べましたが、ボリッチ大統領は、「拒否」が勝った場合、別の草案を起草するための新しい制憲議会を立ち上げていく考えを明らかにしていました。

 2020年10月の国民投票(この時は憲法改正を行うか否かを問うたもの)では、投票した人の約80%が憲法を改正すること、選挙による制憲議会で草案を起草することに賛成しました。

 ですので、今回の草案が否決されても、制憲議会には合法性(正当性)があると考えられています。しかし、大差がついての否決によって、そうしたシナリオがスムーズに通るかどうかは不透明になったとも伝えています。つまり、再び新しい憲法案を作成するというこのシナリオにはそれなりの紆余曲折が予想されます。

 単純に考えてみても、再度議員を選出し、草案作成のための議論をやり直すのに、それを支持する民衆の熱意が高まるのかどうかは簡単なことではないと言えます。

 また、大統領が新しい制憲議会を招集するには議会の承認が必要ですが、与野党ともそれを進めるのに十分な議席を持っていないため、事前に何らかの合意を取り付ける必要があり、国会の協力が欠かせません。

 ボリッチ大統領もそのことがわかっているため、「国会が大きな主役を担う必要があるだろう」と述べています。

②専門家委員会による改憲

 今後の事態の打開についてメディアなどで意見表明されていることの一つに、専門家委員会の設置があります。これは、新たな制憲議会の選挙や議論のやり直しを回避して、委員会が新しい憲法草案の起草を担うとするものです。

 今回の憲法草案が多くのチリ国民が期待していたものとはならなかったことから、政治や学術分野からそれにふさわしい人物に担ってもらう方がいいと考える人たちが出てきています。

 これによって、今回否決された憲法案の条項のうち、「多民族国家」の規定など、大きな議論を呼んだ条項について何らかの変更や制限がかかることが十分予想されます。

 事実、ボリッチ大統領自身が今回の憲法案が承認されたとしてもその後、何らかの修正が必要と約束していたほどで、左派の中でも憂慮せざるをえない事態になっていました。

 ただし当然のことですが、少数の専門家グループによるシナリオが、すべての人を納得させるわけではないですし、こうした専門家委員会の設置が、制憲議会の設置による憲法改正という国民の選択とは正反対の道のりでもあり、その実現は疑問視されていることも記事は伝えています。

③1980年憲法の部分的改正

 いずれにしても事態を打開する上で主導的な役割を担うのが国会になります。与野党間、左派・右派(中道派も含めて)の間での意見の相違が埋まらない場合、現憲法の部分的な改正を求めることが選択される可能性もあります。

 チリの歴史では、リカルド・ラゴス大統領時代の2005年の憲法改正がそれに相当すると言われています。この時ラゴス大統領は、「権威主義の遺産(enclaves autoritarios)」と呼ばれた、軍や軍政支持者の権益擁護を目的とした一連の憲法条項を廃止するために、議会の野党勢力と交渉・修正を重ねて、憲法改正法案の成立に必要な議席数を確保してこれを実現しました。

 ただこれについても、必要な議席数を確保するために何をどう修正するかについての合意を得ることが左派内部でも簡単ではないこと、さらには右派との間ではさらに困難な仕事になることが指摘されています。

 また、国民投票で多くの国民が、現憲法の改正ではなく、あくまで新しい憲法の制定を望んでいることも考慮する必要があります。

④すべてが同じまま

 新しい憲法の実現は、ボリッチ氏を大統領に押し上げた旗(公約)の1つでしたが、今回の大差での否決は政権にとって大きな打撃となりました。この以前から大統領の支持率も低下しています。

 しかも、上がり続ける物価高や、犯罪の増加、南部地域(ラ・アラウカニア)での先住民族との領土紛争などの問題が山積しており、政策課題としての憲法改正の順位が低下して後回しにされる可能性も指摘されています。

 右派政党の中には、否決されたことで新しい憲法の必要性を問題にしない勢力も存在しています。特に大統領選挙でボリッチ大統領のライバル候補であったホセ・アントニオ・カスト氏の共和党は、1980年憲法の維持を望んでいると言われています。

 とはいえ、反対票を投じた人でも新しい憲法を望んでいるという世論調査もあるように、どの政党も現在の憲法をそのまま維持することをはっきりと打ち出すことはできないというのが実際のところです。

 専門家も言うように、「拒否」が勝ったことで、今後の憲法改正プロセスの不透明さが深まり、さらに長引くことになったことだけがはっきりしたように見えます。

 この行き詰った状況を新たに切り開くのは、今回の憲法改正プロセスのきっかけとなった、新たな民衆の社会運動の進展でしかないのかもしれません。

 次回の配信記事では、チリの左派の立場から今回の「否決」という事態をどう見るのかについて少しまとめてみたいと思います。

2022年9月13日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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コロンビア ペトロ左派政権の始まり

(1)初の左派政権の誕生

 8月7日(日)、正副大統領の就任式が行われ、グスタボ・ペトロ新政権がスタートしました。今回の就任式は、コロンビアで初の左派政権の誕生という歴史的節目の時となりました。

 副大統領に就任したフランシア・マルケス氏もアフリカ系の女性としては初めてのことです。彼女は、貧しい家庭に生まれましたが、弁護士、フェミニスト、環境活動家等として活躍してきた人物です。

 また、ペトロ大統領は、交渉を通じて、議会(上下院)の中で党派を超えて大統領を支持する議員が多数派となることに成功しています(上院108名中63名が支持、下院188名中106名が支持)。

 就任式当日、首都ボゴタのボリバル広場には、大統領の姿を見ようと多くの市民たちが集まり、「ペトロ、アミーゴ、人民はあなたとともにいる」と一斉に声を上げました。

 そして多くの市民を前にして、ペトロ新大統領は、約50分間、初めての演説を行いました。この記事では、そこで何を語ったのかを簡単にまとめてみます。

(2)大統領が語ったこと

 ペトロ大統領は、演説の初めに、世界で最も著名なコロンビア人の一人であり、ペトロ大統領が尊敬しているガルシア・マルケス氏の小説『百年の孤独』の結びの文章を引用しながら、「再び新たな機会が始まる」というフレーズを二度使いました。

「我々すべてのコロンビア人は、歴史の中で何度も、不可能だ、機会がない、はっきり否、と非難されてきた。」

「私は、すべての人に今日、再び新たな機会が始まると言いたい。」「我々はそれを勝ち取った。」「今こそ変革の時だ。我々の未来は書かれていない。(略)平和に団結して、ともに我々の未来を書くことができる。」

 ペトロ氏は、ゲリラ組織で活動していた時に、「アウレリャノ」という別名を使っていましたが、これは『百年の孤独』の主人公「アウレリャノ・ブエンディア」に由来しているとされています。

「コロンビアで、より多くの不可能を可能とするために、今日、我々は取り組みを始める。」と述べたのち、平和、麻薬との闘い、平等、ジェンダー平等、緑の未来(環境保護)というテーマに沿って説明していきました。

 まずは平和についてです。

「きっぱりと、暴力と武力紛争の60年を終わらせなければならない。」

「もっと民主主義を、もっと参加を、これが暴力を終わらせるための私の提案である。」

「平和がコロンビアで可能となるためには、対話、多くの対話、お互いの理解、共通の道のりを探し、変化を生み出すことが必要である。」

 次に麻薬との闘いについてです。

 米国が主導してきた「麻薬戦争」は明確に失敗したことを認め、新たな国際的な取り決めが必要だと訴えました。

「この戦争によってこの40年間で数多くのラテンアメリカ人(大半がコロンビア人)が殺害された。毎年7万人の米国人が麻薬の過剰摂取で亡くなっている」と指摘しています。

「麻薬戦争によって、国家は犯罪を犯すようになり、民主主義の領域を消滅させてきた。」と力による政策を強く批判し、この分野での米国との関係の見直しを示唆しています。

 3つ目は、平等についてです。

「10%のコロンビア人が富の70%を所有している。」「それはナンセンスで不道徳である。不平等と貧困を根付かせない。」

「再分配政策と公平のためのプログラム、それに意思を持って、コロンビアをより平等主義的な、すべての人に機会が与えられる国にしていく。」

 まず手始めに、緊急な措置として税制改革を行い、それによってすべての子どもや若者に教育の扉を開くと述べています。

 4つ目がジェンダー平等です。

「女性の働く機会が少ないこと、男性よりも少ない所得しかないこと、3倍から4倍の時間を家事に費やさなければならないこと、様々な機関で女性の代表が少ないこと、そうした状況が続いていくことを許すことはできない。」と指摘しています。

「今すぐに、これらすべての不平等と闘い、バランスを取る時である。」

 5つ目が環境保護と気候変動への取り組みです。

「気候危機は現実かつ緊急である。」科学に基づいて、「経済的、社会的、環境的に持続可能なモデルを見いだすことができる。」と述べています。

「我々の生活、全世界の経済と自然のバランスを均衡させるときにのみ未来があるだろう。」

「コロンビアから、我々は偽善ではなく行動を求める。」「我々は、脱炭素経済に移行するように準備している。しかしそれによって我々が支援できることはわずかである。なぜなら、温室効果ガスを排出しているのは私たちではなく、世界の富裕層だからである。」

 その上で、温室効果ガスの吸収源であるアマゾンの熱帯雨林を保護しなければならないことを訴えています。

 また、国際通貨基金(IMF)に対して、環境政策を実行するための資金を回すことができるように対外債務を削減するよう求めています。

(3)果たすべき10の公約

 就任式に参加したラテンアメリカを始めとする各国の代表に対する感謝の意などを述べたのちに、演説の締めくくりとして、2026年までの4年間の任期で果たすべき以下の10の公約について確認しています。

①真の最終的な平和(和平)を達成するために取り組んでいく。誰よりもうまく、かつてないほどに取り組む。和平合意(2016年、コロンビア革命軍(FARC)との合意)を遵守し、真実委員会の報告書(今年6月28日公表※)で示された勧告を継続していく。《命の政府》は《平和の政府》である。平和とは私の人生の意味であり、コロンビアの希望である。命は平和の礎石である。

※この報告書には、「コロンビア最後のゲリラ」と考えられている民族解放軍(ELN)との和平プロセスの前進も含まれています。

②高齢者や子ども、障がい者、社会から疎外された人々への配慮を行う。誰もが置き去りにされることのない配慮の行き届いた政策を作る。平等を作り出すための手段と解決策を備えた、他者の痛みや苦しみに敏感な政策を作る。

③ 女性たちとともに、女性たちのための政治を進める。ジェンダーによって収入や生き方が決まることがないように取り組んでいく。女性たちが、自らの命の脅威を感じることなく安心して暮らしていけるように、真の平等と安全を望んでいる。

④いかなる例外も排除もなく、すべての人たちと対話をしていく。コロンビアの諸問題について対話を望むすべての人に扉を開いた政府である。将来のコロンビアのロードマップを決めるために「国民大合意」(Gran Acuerdo Nacional)を構築する。

⑤すべての人たちの声に耳を傾ける。官僚主義のカーテンの中に捕らえられてしまうことはない。すべてのコロンビア人が自分たちの声をこの政府が聞いていると感じられるような仕組みや活動を作り出す。

⑥すべての人を暴力から守り、家族が安全・安心と感じられるように取り組む。予防プログラムから犯罪組織の追跡や治安部隊の近代化といった、必要とされる総合的な治安対策を以てそれを行う。救われた命は、我々の成功の主要な指標となるだろう。

性差別的な暴力であれ、その他のいかなる暴力であれ、コロンビアの家庭を日々脅かす不安から守りたいと考えている。

⑦ためらうことなく厳しい態度で汚職と闘う。「ゼロ・トレランス」(毅然たる対策)の政府になる。奪われたものを取り戻し、繰り返さないように監視し、この種の行為を抑止するためのシステムを変革する。

⑧我々の土地と下層土、海と川、空気と空を保護する。わずかな少数者の強欲さによって我々の生物多様性が危機に陥るのを許さない。森林の無秩序な違法伐採に立ち向かい、再生可能エネルギーの開発を推進する。この巨大な自然の富から、コロンビアは地球生命のための闘いをリードしていく。

⑨国内産業、民衆経済、農村を発展させる。コロンビアのために努力するすべての人に寄り添い、支援する。それは、早朝に起床する農民、文化を維持し続ける職人、仕事を生み出す企業家たちである。富を生み出し、再分配するためにすべての人を必要としている。知識・技術集約型社会を発展させる。

⑩憲法の中身を遵守し実行していく。憲法第1条にはこう書かれている。「コロンビアは社会的法治国家である。それは、単一の、分権化され、領土的自治を備え、民主的かつ、参加型で多元主義的な共和国として組織され、人間の尊厳の尊重と、それを構成する人々の連帯と労働、公共の福祉の優位に基づいている。」

 ゲリラとの和平に関しては、8月12日、キューバの首都ハバナでコロンビア政府当局者とELN代表との対話が再開されたことが報じられています(ELNと政府との和平交渉は2019年に中断)。また2016年に和平合意に反対しFARCから離脱した勢力がペトロ政府との交渉を行うとの態度を明らかにしています(8月4日の報道)。

 税制改革についてもその法案が8日に議会に提出され、今後修正も含めた議論を始めることになっています。

 4年の任期で演説で言及したことをすべて実現するのは非常にハードルが高いことを認めつつも、ペトロ政権は公約を果たすためにすでに動き始めています。

2022年8月17日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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