3月31日(火)、アルゼンチンの国家統計局(INDEC)が公表したデータによると、アルゼンチンの貧困率が2025年下半期に低下し、2018年以来の低水準になったと報じられました。
(1)低下した貧困率と極貧率の数値
2025年下半期において、「貧困ライン」以下の世帯の割合は21.0%、人口比では28.2%となり、このうち「極貧ライン」以下の世帯は4.8%、人口比では6.3%になりました。
調査のもとになった恒久世帯調査(EPH)の対象である国内31の都市部全体で、「貧困ライン」以下の状態にあるのが214万5000世帯(847万4000人)、そのうち49万4000世帯(188万4000人)が「極貧ライン」以下の状態にあるとなっています。
※調査世帯の平均構成員は4人未満。対象人口は約3000万人、1020万世帯。アルゼンチンの総人口は約4600万人。
2024年上半期の貧困率52.9%(人口比)から28.2%へと大幅な低下となりました。極貧率についても、24年上半期の6.9%(人口比)から6.3%へと改善しています。
ハビエル・ミライ政権のルイス・カプト経済相は、「貧困率と極貧率の大幅な低下は、(2024年の)政権発足以来、経済成長、インフレ緩和のプロセス、仲介者(社会団体など)を介さない社会保障プログラムの強化によって支えられている」とXに投稿して改善状況を喜びました。
改善された背景としては、ミレイ政権が実施する緊縮財政などを通じて25年の物価上昇が抑えられたこと(25年の物価上昇率は31.5%、24年は117.8%)や、一部の社会保障支出の拡大によって、「貧困ライン」から抜け出すことができた国民が増えたことが伝えられています。また、25年の経済成長率はプラス4.4%で、3年ぶりプラス成長を記録しています(24年はマイナス1.3%)。
(2)「貧困ライン」「極貧ライン」の計測について
今回、国家統計局が報告した貧困率、極貧率を測定した方法は、基本的な商品やサービスの価格と世帯収入を比較することによって定義されています(所得ベースの貧困率と極貧率、6か月ごとに実施)。
これは、国内31の都市圏を対象とした恒久世帯調査(EPH)に基づいて行われており、次の2つの測定から判断されています。
①基礎的食料バスケット(CBA、食料のみの基礎的支出)と、②基礎的全体バスケット(CBT、基礎的食料のほか、住宅・保健・教育・衣類その他の日常的かつ基礎的支出)です。
世帯収入が①のCBAのライン以下は「極貧」、②のCBTのライン以下は「貧困」と見なされます。
①のCBAには、最低限のエネルギー必要量を満たすことを目的とした特定の栄養素(製品の種類)が含まれています。②のCBTには、①のほかに、これ以外の消費する財・サービス(衣料、交通、教育、医療など)が含まれています。
最低限のエネルギー必要量については、中程度の身体活動を行う30歳から60歳までの成人男性の消費量に基づいて算出されます。
また世帯の消費量を決定するためには、世帯の構成員が女性、子ども、高齢者のいずれであるかに応じて、基準消費量の割合を決める換算表が作成されています。
これらのデータは全国家計支出調査(ENGHo)によるもので、現在使用されているのは2005年に公表された結果に基づいています。
国家統計局は近年の消費動向をより正確に反映したデータ(2018年ENGHoに相当)を保有しているようですが、貧困率の測定には使用されていないと報じられています。
そして、全国家計支出調査の情報に基づいて基礎的な商品のバスケット(品目の組み合わせ)が選定され、その金額は消費者物価指数(CPI)に基づいて毎月更新されることになります。
ただ、この貧困率・極貧率の測定に関しては、以前から見直すべきという意見が専門家から出されています。その理由は、CBAおよびCBTの計算に使われる項目が、年月やアルゼンチン経済の現状とともに変化しており、そのため更新する必要があるからです。次にこの点を見てみたいと思います。
(3)貧困状態の実相
アルゼンチン・カトリック大学(UCA)のアルゼンチン社会債務観測所のエドゥアルド・ドンサ調査員によると、現在の計算方法では、1人当たりの肉の消費量など、時間の経過とともに減少した消費パターンが過大評価される一方で、光熱費や住宅費など、家計にとってより重要になった消費パターンが過小評価されていて、結果として約5パーセントほど改善が過大評価されていると報じられています。
つまり、実際に貧困率や極貧率は低下してはいるものの、その低下が過大評価されているということになります。
その原因は、もとになる家計の消費パターンのデータが古いまま(2005年公表のもの)で、現在に至るまでの20年近くの変化が考慮されていない(20年前と同じパターンで支出していると仮定)ことにあります。
例えば、現在における基本的なサービス(ガス、電気、水道、電話など)と医薬品への家計支出は、2005年当時よりもはるかに大きな割合を占めていると言われています。
スペインの経済学者・社会学者ら(アルフレド・セラーノ・マンシージャ氏とマリアナ・ドンド氏の2名)の説明によると、とくに貧困状態にある世帯における賃貸住宅の家賃上昇の負担が過小評価されていると指摘されています。
家賃については、国家統計局によると、過去10年間で97倍に値上がりしているようですが、こうしたことが評価には含まれていないと述べています。
2017~18年の消費パターンや家賃上昇などに基づいて「貧困ライン」を評価し直すと、アルゼンチンの実際の貧困率(世帯比)は39%(2倍近く)、人口比では48%に相当するとこの2人の専門家は見ています。この計算によると、アルゼンチン国民の半数近くが貧困層ということになります。
※数値は、恒久世帯調査(EPH)の2025年第3四半期のデータと全国家計支出調査(ENGHo)の2017~18年のデータを基に再評価したもの。
問題はそれだけではなく、この2人の専門家は、貧困層(所得が貧困ライン以下)ではないものの、所得水準が貧困層に非常に近い世帯が360万世帯存在していると指摘しています。
アルゼンチンでは、世帯の35.3%が貧困ラインの2倍以下の収入しか得ておらず、貧困層またはそれに近い層に該当する世帯が約74%を占めており、人口の8割に相当すると説明しています。
そして、このことが意味しているのは、アルゼンチンには平均所得で生活する中間層の割合が小さいこと、大多数がそれを下回る所得で生活を送っているという現実です。「大多数が貧困層またはそれに近い層で、中間層が少数派、そしてごく少数の富裕層が存在する」と述べています。
その他にも十分な所得が得られないために借金をして家計債務が劇的に増えていること、首都ブエノスアイレスではホームレス人口が増えていることも指摘しています。
政府は、自身の政策によって貧困状況が改善されたと宣伝していますが、今後も改善が続くのかどうかが重要になってきます。
インフレ率の低下については、先にふれたように年率で劇的に低下したのは事実ですが、月率で見ると、25年5月以降は連続して少しずつ上がってきています(5月は1.5%、12月は2.8%)。今年に入ってからは、米国・イスラエルによるイラン攻撃の影響でインフレが加速すると見られています。
さらに経済成長についても、業種によりばらつきがあり、農業、鉱業、金融といった分野が好調な一方、製造業や建設業など労働集約型の産業は縮小しています。失業率も25年末には7.5%に上昇しており、非正規雇用が増加しているとも報じられています。
このように、アルゼンチンでも社会の分極化が顕著であり、公式統計とは裏腹に、経済が回復してきてもその果実が労働者や多くの国民には回ってきていないのが現実だと言えます。
2026年4月19日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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