
前回(「キューバ 回復の兆しが不透明な経済状況」)では、キューバ経済の現状として、インフレと賃金の動向について概観しました。今回は少し角度を変えて、観光業の現状についてまとめてみました。
(1)観光業の最近の動向
キューバ経済にとって観光業は、社会の主な収入源、貴重な外貨獲得源の一つとして戦略的な重要性を担ってきた産業です。それ以外の主な外貨獲得源としては、海外在住キューバ人からの送金、専門職サービスの海外輸出(医療従事者など)があります。
観光業の動向を見ることはキューバ経済の今後を考える上で必要不可欠とも言えます。それでは、今年に入ってからの観光業に関する統計データを引用してみます。
5月13日(火)に国家統計情報局(ONEI)が公表した報告によると、2025年第1四半期(2025年1月~3月)におけるホテルの稼働率が、24.1%でしかなかったことが明らかにされました(2024年同時期は35.6%)。つまり、昨年同時期と比較して11%のマイナスということです。
しかもこの数字がより深刻であるのは、この時期が観光の「ハイシーズン」(繁忙期)に当たっているからです。一般的にキューバ観光のベストシーズンは乾季の11月から4月と言われています。
次に海外からの観光客数の動向についてです。
海外からの訪問客数は、25年第1四半期が57万1772人でした。24年第1四半期が80万8941人でしたので、昨年同期比の70.7%、30%近い減少となっています。
同じ時期の主な国別の観光客数の減少率を見ると、ロシア(50.1%減)、カナダ(31.8%減)であり、国ではありませんが海外在住のキューバ人についても(20.4%減)となっています。
※ここで言う「海外在住キューバ人」は定義上「観光客」として扱われている人々のことを指しています。
カナダは30%を超えるマイナスを記録していますが、実際の数では27万2274人であり、依然としてキューバを訪れる観光客の国の中では第一位となっています。その次に多いカテゴリーが国ではありませんが、海外在住のキューバ人(5万9896人)、続いて、米国(3万9447人)、ロシア(3万3395人)、ドイツ(1万7242人)、フランス(1万4746人)、アルゼンチン(1万2275人)、メキシコ(1万1592人)、スペイン(9827人)、イタリア(8913人)と続いています。
一方、トルコと中国からの観光客は増えており、増加率がそれぞれ、32.8%と18%を記録したと報じられています。
観光客数の減少とともに、宿泊日数も28.5%の減少となり、国営の観光施設の収入についても21.5%の減少となっています(いずれも昨年同時期比)。
ちなみに海外からの観光客数の推移ですが、2020年と2021年は新型コロナ・パンデミックの影響で大きく減少しましたが、2022年には160万人と回復し、2023年には240万人に増加しました。
しかし昨年については、政府は300万人以上の受け入れを見込んでいたのが、220万人にとどまり、23年よりも減少して終わりました(23年より約9.6%減)。
新型コロナ・パンデミック以前の数年間は、年間400万人を超える観光客(2017年には約470万人に達した)が訪れていました。とくに2019年の約430万人と比べて昨年の数字は50%近い減少となっており、現在のキューバ経済の危機的な状況を端的に反映しているとともに、そこからの立て直しが容易でないことがこれらの統計数字から伺えます。
政府は今年の海外からの観光客数を260万人と見込んでいますが、先の統計データからはその目標達成も危ういと見られています。
専門家の見解では、こうした観光業の苦境を招いている要因として、必要な物資を保証できないという経済的な問題のほか、電力危機の影響、航空路線の減少、米国政府による制裁といった様々な要因が重なった結果であるとされています。
対照的に、ドミニカ共和国やジャマイカなどの同じカリブ海諸国が、高品質のサービス、競争力のある価格、近代的なインフラ設備などの提供によって観光客をひきつけていることから、キューバ政府の観光政策の不備を指摘する向きもあります。
いずれにせよ、国の重要な収入源の一つであり、政府が戦略的にも力を入れてきた観光業の現状からは、現在の経済の危機的な状況からの立ち直りがいかに難しいかが浮き彫りになっています。
(2)政府の分析と政策上の問題
政府の観光業に対する政策はどうなっているのでしょうか? 次にそれを見てみます。
観光業全般にわたる政府の政策を述べることはできないので、ここでは政府による国家投資の動向について触れておくことにします。
ONEIのデータによれば、2024年の分野別の国家投資の額を見ると、全体の4割近く(37.4%)が観光とホテル業に関連する事業(※)に割り当てられており、これは教育と医療分野に割り当てられた合計額の12倍超に上っています。
※項目としては①「企業サービス、不動産、賃貸」(249億730万ペソ)、②「ホテル、レストラン」(119億3650万ペソ)の合計が368億4380万ペソ。「教育」(9億9390万ペソ)、「医療・社会扶助」(19億7740万ペソ)で、合計が29億7130万ペソ。国家投資の総額は985億6950万ペソ。
これは、政府が国の経済をけん引する原動力としてこの分野を位置づけていることの反映であると言えますが、先に見たようにそれに見合ったような結果をもたらしていないとも言えます。
キューバ人経済学者のペドロ・モンレアル氏(スペイン・マドリード在住)は、この投資計画について「国家投資の慢性的な歪み」を反映したものと批判的な見解を示しています。
とくに国民生活に直結するような分野(教育、医療のほかには食料生産としての農牧畜業など)との優先順位の付け方、投資バランスに偏りが見られるのは明らかであり、それに対する批判や疑問の声が上がるのもやむを得ないように見えます。経済全体が悪化して国民生活が苦しさを増している中ではなおさらと言えます。
ホテルなどの観光施設の建設ブームは新型コロナ・パンデミック以前からの傾向を引き継いでいると言われており、現在のようにプラスの効果が十分には見られていない中でもその傾向が維持されていることは問題ではないかと思います。
キューバ政府(担当当局)も観光業の現状について、燃料価格の上昇や航空会社によるキューバ行きフライトのキャンセル(減便、運休)などの問題があることや、さらに現在の経済状況の悪化が観光業に影響を及ぼしていること(例えばホテルの供給についての遅れ、燃料不足による交通障害、停電による賃貸物件への影響など)は認めてはいます。
その他の外的要因として、米国政府による制裁措置、とくに第1次トランプ政権時の2019年にクルーズ船の入港が禁止されたことが大きな影響を与えたことなどを指摘しています。
2023年に公表された観光省の年次報告書の中では、2022年の観光分野の問題として、「主に食料、飲料、物資の不足、サービスの悪さ、観光地でのレクリエーション活動や娯楽の不足、施設のメンテナンスの悪さ、インターネットサービスの不安定さ」により、一連の品質上の問題があったことを認めています。
その他に構造的な問題として指摘されているのが、ホテルの部屋の「故障」についてです。具体的には、空調設備(エアコン)が正常に機能していない、シャワーが水漏れするなど、宿泊客の快適さを損ねる部屋が一定数存在していることです。
これについては年ごとの正確なデータは公表されていないようですが、新しくホテルが建設されたとしても、このような実際に機能不全にある部屋の改善がなされていかなければ、限られた投資資金の一定額が「無駄」になってしまうのではないかと懸念されます。
ホテルの年間の平均稼働率の推移を振り返ってみても、新型コロナ・パンデミック以前の2019年でさえ、48.2%、2017年でも56.9%です。先に見たように「ハイシーズン」でも稼働率が30%に届いていない現状で新たな宿泊施設の建設に資金を投じることの是非が客観的なデータをもとに議論される必要があります。
前述したペドロ・モンレアル氏は以前から、国民生活に直結する食料供給に不安がある状況下で新しいホテルの建設への投資を進めることに疑義を呈しています。その上で「現在の投資パターンを変える」ことを訴えています。
その他にも観光業との関連で言えば、リゾート地以外のインフラ設備の脆弱性などを観光業の不振の原因として指摘している専門家もいます。
国家資金が限られている中で、どの政策分野に優先的に資金を投じていくのか、全体のバランスを図りながら決めていくのは、まさに生活と直結した政治の課題であり、投資結果の検証と評価を踏まえた上での政府の姿勢が問われているのではないかと思います。
2025年5月27日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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