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キューバ 国会で報告された最近の経済状況

7月20~22日、首都ハバナで第10期第1回通常期国会(人民権力全国議会)が開かれました。通常、全国議会は年2回(7月と12月)に開催されます。

今年3月に選挙が行われて474名の議員が選出されています(任期は5年)。なお議員数は、2019年の選挙法改正(同年の憲法改正に伴う法改正)に伴い減少しています(以前は605名)。

本会議に先立って、18~19日に常設の作業委員会(11の分野)で報告・討論が行われました。

今回は、そこでの報告も含めて国会で明らかになったキューバ経済の現状についてまとめてみます。

(1)GDPの回復は徐々に

まず経済成長率についてです。昨年(2022)の成長率について報告がありました。経済問題の作業委員会での報告(経済計画省のレティシア・モラレス第1副大臣)によると、22年初の予測では4%のプラス成長、年末にプラス2%に再調整されましたが、実際にはそれも下回るプラス1.8%であったことが明らかになりました。

コロナ禍で落ち込みが激しかった2020年の成長率はマイナス10.9%(2019年比)でした。続く2021年の成長率はプラス1.3%でしたので、昨年のプラス1.8%と合わせて、2年間でプラス3.1%は回復したことになります。

しかし20年のマイナス分が大きいので回復分を考慮に入れても、コロナ禍前の2019年の水準よりもまだ8%近く(7.8%)落ち込んだ状態にとどまっていることがわかります。

GDP(国内総生産)の総額は、522億4500万ペソ。こちらでもコロナ禍前の2019年の数字には届いていない現状が浮き彫りになっています。

GDPの増大に寄与した分野は、観光業(+193%)、教育(+52%)、輸送(+21.6%)、通信(+31.6%)、文化・スポーツ(+12.5%)ですが、反対に落ち込んだ分野は、農畜産・林業(−5.3%)、製造業(−6%)、商業・日用品の修理(-4.9%)、電気・ガス・水の供給(-13.2%)、公的医療・社会扶助(-16.6)です。

これを見ると、日常生活により密着した分野の経済活動の落ち込みが気になるところです。

(2)外貨収入と通貨事情

経済活動を支えるのに必要不可欠なのが外貨収入です。しかし、外貨収入がマイナスであることが最終日(22日)の本会議で報告されました(アレハンドロ・ヒル・フェルナンデス経済計画相の報告)。

外貨収入を確保する上で大きいのは輸出によるものですが、この点については、計画予想を下回っており、今年前半期の輸出(財・サービス)による外貨収入は12億8200万ドルで、計画より9400万ドル少なく、年間計画の総額(35億8700万ドル)の35.7%となっています。

この点について、ヒル・フェルナンデス経済計画相は、「外貨を必要とする経済活動に直接的な悪影響がある」こと、「経済計画で予測された活動を保証するためには輸出を実現する必要がある。外貨収入を実現するために後半期には多大な努力が求められる。」と述べています。計算上、今年の後半期で23億500万ドルを稼ぐ必要があります。

輸出品目別で見ると、プラスなのが、たばこ、ラム酒、バイオ医薬品、海産物などで、予想を下回っているのが、ニッケル、砂糖、蜂蜜、石炭となっています。

また輸出ではないですが、大きな収入源の1つである観光業については、現在までに130万人の観光客がキューバを訪れており、これは計画の約80%に上るものの、2019年同時期に記録した数字と比べるとその約51%であると報告しています。

その上で、「パンデミックで深刻な影響を受けた観光業の回復を迅速に進める必要がある。」と述べています。

こうした外貨事情を背景に、キューバの通貨価値は、インフォーマルな市場で下落し続けています。7月22日の時点で、1ドル=220ペソで取引されています。対ユーロではそれよりも安く1ユーロ=225ペソを記録していると報じられています。

なお、このレートは、さまざまなデジタルプラットフォームや Web サイトでの取引を元にしています。

※非公式の対ドルレートはその後も下がり続け、8月初めに1ドル=240ペソを記録しています。

公式の為替レートは、法人の場合、1ドル=24ペソ、一般の人と小売部門では、1ドル=120 ペソとなっています。ただし銀行や両替所(Cadeca)を介して取得できるドルの額は1人あたり100ドルまでに制限されています。

こうした厳しい外貨事情の下で、期待されているのが外国資本による直接投資案件の増加です。

ヒル・フェルナンデス経済計画相の報告によると、今年前半で新たに15の事業(総額4億3700万ドル)が認可されたこと、事業内容としては観光業と食料生産が4事業ずつで最も多いと報告されています。

(3)続く物価高、農業生産の低迷

続いて、7月19日に行われた経済問題の常設作業委員会での財政・価格省のウラジミール・レゲイロ・アレ大臣の報告を取り上げます。

まずは、物価高ですが、昨年末の時点で消費者物価指数は39%上昇しています。今年初めから物価は約18%上昇しており、昨年と比べて年率45%の上昇となると報告しています。こちらも近年上がり続けています。

インフレ要因については、主に国際的な経済危機(注:コロナ禍による影響+ウクライナ戦争による影響と思われる)、米国の経済制裁・封鎖による影響を指摘していますが、それに加えて国内的には、収入以上の支出による国家予算を賄うための多額の財政赤字を挙げています(赤字分は国債を発行して賄っています)。

レゲイロ・アレ大臣は、物価高に対する住民の不満が多いことを認めており、具体的かつ明確な解決策が必要だと述べています。とくに心配されるのは、生活必需品とサービスの消費における国民の購買力の低下です。

政府がとっている措置としては、価格の統制(国民の需要がとくに高い品目について)が際立っており、その他にも、基本的なサービス分野についての安定供給と価格についての調整や、売り上げとサービスに関する税の改善措置などがとられているとしています。

その一方で、エステバン・ラソ国会議長が「供給と生産がなければ、効果的な価格のコントロールは実現しない。」と指摘しているように、需給バランスの不均衡(とくに輸入を含めた供給不足)が改善されないと、この傾向は改善されていかないと考えられています。

次に、キューバでネックとなっている農業生産について、農業・食品委員会での報告から見てみます。

この分野については、2021年に63の改善措置がパッケージとして承認されましたが、報告では、今年5月までの主要生産品目の結果は芳しくないものだったとされています。22年の同時期と比べると、計画の未達成、あるいは減少となっています。

計画で予想された生産量の水準に到達していない品目には、根菜類や野菜、豆類、トウモロコシ、果物類、米、さらに、豚肉と牛肉、卵と牛乳、コーヒー、ココア、蜂蜜など日常生活に欠かせないものが多数挙げられています。

同じく報告書では、肥料、殺虫剤、燃料、動物用飼料、その他の基本的な投入財に制限があることや、組織上および管理上の問題について指摘しています。これらは生産拡大にとってのネックとして挙げられています。

例えば、肥料については、今年5月末までに農業用に輸入・生産が予定されていた2万8900トンのうち、受け取ったのはわずか168トン(0.6%)。ちなみに、昨年の同時期に受け取ったのは1万4700トンでした。また、予定されていた国内生産量の9600トンは生産されていないと報告されています。

ディーゼル燃料については、5月末までに計画の68%しか準備できず、これは昨年同時期よりも8500トン少ない数字です。

主要品目の状況がいくつか説明されています。(報告は主にその品目を生産する企業グループの代表)

豚肉の生産については、昨年の同じ時期より生産量も出荷量も多くなっているけれども、国内需要を満たす水準にはなく、市場価格は依然として高騰していると述べています。その背景には飼料の不足が影響していると指摘しています。

牛肉・牛乳についても同様で、飼育に必要な投入財の入手が難しく、生産者に損失をもたらしていると述べています。

日常的に必要な配給品では、とくに小麦とコーヒーの生産に問題が見られると報告されています。

小麦については、昨年半ばから小麦の確保が非常に難しくなり始め、今年前半にはその状況が悪化していることを認めています。

これは小麦の買い付けがうまくいっていないことが要因となっていますが、その一方で、国営企業以外の経済アクターが一定レベルの小麦粉を輸入して、サプライチェーンに参加していることも報告されています。

小麦の供給不足によるパンの生産への影響については、代替の原材料として、キャッサバやサツマイモのでん粉を使用していることなどを報告しています。

コーヒーについても、国内生産では賄えず、今後もどれだけ輸入できるかにかかっていると述べています。

イダエル・ペレス・ブリト農業相は、「危機の時には中小規模農業が強化されるべき」との見方を示しています。一方、マヌエル・ソブリノ・マルティネス食料産業相は、食品加工の分野での新しい経済主体として食品加工に従事する800を超える零細中小企業の存在に期待を寄せる発言をしています。

今回の報告からは、ようやくコロナ禍による経済の落ち込みから立ち直りつつあるキューバ経済の実情が見えてきますが、長年の経済システムの改善(経済主体の多様化や経済活動の分権化など)によって、それを持続可能なものへとつなげていけるのかが引き続き課題になっています。

2023年8月11日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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ブラジル ボルソナーロ前大統領に被選挙権停止の判決

6月30日(金)、ブラジルの高等選挙裁判所(TSE)は、ジャイール・ボルソナーロ前大統領の被選挙権を8年間停止とする決定を下しました。在任中に確認された「政治的権力の濫用」が理由です(詳しくは以下で説明)。

これが確定すれば、2030年までは国内のいかなる選挙にも立候補することができなくなります。特に2026年に行われる予定の次の大統領選挙には出馬できないことになります。

今回の決定は、ボルソナーロ氏と彼を支持する右派勢力にとって深刻な打撃を与えることは間違いありませんが、一方でこれでボルソナーロ氏の政治生命が完全に終わるとは見られていません。

TSEの決定がブラジルの右派運動にとってどのような意味を持つのか、その背景を考えて見たいと思います。(まとめるに当たってBBCの2023年6月30日付記事を参照しています。)

(1)高等選挙裁判所による決定とは

今回の審議は6月22日に始まり、計4回の審議で終了しました。

立候補資格を停止する決定には、TSEの7人の裁判官のうち5名が「政治的権力の濫用」に当たるとして賛成しました。

8年間の停止期間は、法律によると、2022年の大統領選挙の第1回目からカウントされ、2030年10月2日に終了する予定になっています。

この審議は、政党(民主労働党、PDT)の告発によるもので、ボルソナーロ前大統領が在任中(2019年~22年)にブラジルの選挙制度の信頼性に関して根拠のない疑義を呈する発言をしていたことを問題にしています。

具体的には、大統領選前の昨年7月、大統領官邸で開かれた外国大使との会合の場で、ボルソナーロ大統領(当時)が、電子投票システムの欠陥を根拠もなく主張したことが問題視されました。そして、この時の発言が「政治的権力の濫用」に当たるかどうかが審理の対象となりました。この時の会合はテレビやソーシャルネットワークで放送されていました。

弁護側は、前大統領は制度改善のための公開討論を提案しようとしただけだと弁明していました。

前大統領は、それ以前にも根拠を示さずに電子投票制度について「不正が行われる恐れがある」などの批判を繰り返していました。

今回の件の予審判事であるベネディト・ゴンサルベス氏は、「選挙の正当性についての信頼を脅かす嘘や暴力的な言説の反民主主義的な影響を無視することはできない」と主張しました。

別の判事であるアンドレ・タバレス氏は、基本的権利である表現の自由には「嘘の蔓延は含まれない」と述べました。

同氏は、この会合が「再選を狙う意図を持ち、民主主義を不安定にするための、長期にわたる真の戦略的連鎖の一部である」との見解を示しています。

一方、ルーラ現政権は、「民主主義の勝利」、「極右」の敗北として、今回の決定を称賛する姿勢を示しました。

(2)ボルソナーロ前大統領と右派勢力の今後

ボルソナーロ前大統領は、今回の決定を「背後からの一突き」と批判して、次のようにコメントしました。

「私は死んではいない。私たちは仕事を続けるつもりである。来年の選挙で数名の市長を選出するつもりでいる。ブラジルの右派の終わりではない。」

前大統領の弁護団は、今回の決定に対して連邦最高裁判所(STF)に控訴するつもりであると述べています。しかし専門家の見解では、今回の内容を覆すのは困難であると見られています。今回の7人の判事のうち、3名はSTFにも属しており、控訴審に参加する可能性があります。

しかも、ボルソナーロ前大統領が直面する法的係争問題はこれだけではありません。他にも、新型コロナウイルスのワクチンに関しても虚偽を広めたとする疑いや、今年1月8日の支持者による首都ブラジリアの政府庁舎襲撃事件への責任などが問われています。

今回の決定はすでに有効であるため、このままでは、右派勢力は2026年の次期大統領選挙を戦う新しい候補者を見い出さなければならないという難しい課題を背負うことになります。

ブラジル極右監視団のコーディネーターであり、サンパウロ大学の人類学者でもあるイザベラ・カリル氏は、「おそらく今後起こるのは、ボルソナリスモ(ボルソナーロ支持派)の分裂である」と述べています。

その一方で、今回のことだけで前大統領の政治生命が終わるとは考えていないとも述べています。

ボルソナーロ前大統領を支えているのは、主に保守派とキリスト教福音派ですが、それに加えて、軍国主義者、極端な国家主義者、銃の擁護者などからも支持を受けていると言われています。

「ボルソナーロは公衆と非常に多様な有権者の層を自らに結びつけることに成功した。現在、ブラジルには同じことをできる人物はいない。ボルソナーロの代わりになる人物はいない」とカリル氏は答えています。

「例えば、有権者のある層は無宗教の保守派の候補者を支持し、他の層は宗教的な保守派を支持するだろう。また他には、銃の問題により強い関心を持った候補を支持する層や、より過激な候補を支持する層、反ジェンダーやトランスフォビアのリーダーを支持する層がいる」と、支持が分かれていく可能性を指摘しています。

また、ジェトゥリオ・バルガス財団の政治学者であるマルコ・アントニオ・テイシェイラ氏も、「ボルソナリスモの中に空白ができて、時間の経過とともに新しい右派の指導者が現れるかもしれない」と述べています。

具体的な後継者の一人として、ボルソナーロ氏と同じく陸軍の軍人出身で、ボルソナーロ政権でインフラ大臣を務めた経験を持つタルシジオ・デ・フレイタス氏(現サンパウロ州知事)を挙げています。

他にはボルソナーロ氏の家族の名前などが挙がっていますが、いずれも可能性は低いと見られています。

後継者の存在が言われる一方で、本人も述べているようにボルソナーロ氏自身の政治キャリアがこれで終わってしまうわけではないとする見方もあります。とくに最近のブラジルの歴史を見ると、そうした事例があることがわかります。

わかりやすい例は、現在のルーラ大統領です。ルーラ氏は、過去に大規模な汚職事件に関連して有罪判決を受け、2018年の大統領選に出馬する資格を失いました。この時勝利したのがボルソナーロ氏でした。ルーラ氏は19カ月間収監された後に釈放となり、最高裁で有罪判決が取り消されました(元の裁判の手続き上の誤りが理由)。そして、2022年の大統領選挙でボルソナーロ大統領を破って当選を果たしました。

仮にボルソナーロ前大統領がこのまま2030年まで資格停止になったとすると、その時75歳となります。ちなみに現時点でのルーラ大統領の年齢は77歳です。

しかも資格停止の終了は、2030年10月2日の予定で、これは、同年に予定されている大統領選挙の実施予定日よりも前になります。

こうしたことからも、テイシェイラ氏は「8年はあっという間に過ぎ、(ボルソナーロは)まだ復帰を目指すには十分な年齢である」と指摘しています。その一方で「ボルソナリスモは弱体化するだろう」と見通しを述べています。

同じくカリル氏も、「8年かそれ以上、資格を失ったままだとしても、彼は政治的に行動できる。今後も候補者を支援することで政治的な力を持ち続けるだろう」と述べています。

果たして、今後8年の間でボルソナーロ氏が「過去の人」となるのか、それともブラジル政治を動かすキーパーソンであり続けるのか、それはブラジル社会の民主主義がどのような状態にあるかによって決まることなのかもしれません。

2023年7月22日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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チリ 軍事クーデターから50年、人々の評価

(1)はじめに

今年は1973年の軍事クーデターから50年となります。5月31日に一つの世論調査(タイトルは「ピノチェトの影の下のチリ」)が公表されました。

これは、CERC- MORI(チリの世論調査機関)が、ピノチェトの軍事独裁時代、1973年の軍事クーデターについてのチリ国民の意見を調査する目的で、1987年(独裁政権の末期)から現在まで定期的に実施されてきたものです(コロナ禍のみ中断)。

調査は、チリの有権者を3つの世代に分けた中から代表して対面で行い、約1000件のデータをもとにまとめています(今年の3月に実施)。

3つの世代分けは、①独裁時代を経験している世代(53歳以上)、②民政移管以降(1990年から、ピノチェトが死亡した2006年)の世代(36歳~53歳)、③2006年当時未成年だった世代(18歳~35歳)となっています。

※(補足)歴史的経過

ピノチェトによる軍事クーデターは1973年9月11日に発生。目的は、冷戦対立の下、社会主義を選挙を通じて平和的に実現しようとした当時のサルバドール・アジェンデ政権を打倒することでした。これに伴い重大な人権侵害(殺害、拷問、失踪など)が引き起こされました。

その後ピノチェトを大統領とする軍事独裁が続きますが、1988年10月、憲法の規定により自らの統治期間の延長の是非を問う国民投票が行われ、反対多数で否決されます。ピノチェトへの賛成得票率は44%でした。

1989年の大統領選挙でピノチェト派の候補が敗れ、1990年に民政移管が実現。

その後、「コンセルタシオン・デモクラシア」(民主主義を求める政党連合)と呼ばれる中道から中道左派政党の連合による統治が2010年まで続きました。

ピノチェトは、大統領を辞任したのちも1998年までは陸軍最高司令官に留まりました(退役後、終身上院議員に就任)。同年、病気療養中のロンドンで逮捕されましたが、2000年に帰国。2006年に死去。

今回の記事は、BBCがこの調査結果について、CERC- MORIの創設者であるマルタ・ラゴス氏に行ったインタビュー記事(2023年6月6日付)を参照しながらまとめました。

なお、BBCの記事では、他のラテンアメリカ諸国における権威主義やポピュリズムの問題についても言及されていますが、ここでは割愛します。

(1)ピノチェト軍事独裁に対する人々の評価

今回の調査結果について、「軍事クーデターに正当性があった」と回答した人の割合が36%に達したことが海外メディアでも大きく報じられました。

軍事クーデターの正当性を問う設問は2003年からのデータがありますが、「正当性があった」の割合は、最低だった2013年(16%)からこの10年で20ポイントも増えています。

反対に、「いかなる正当性もない」との回答は41%(10年前は68%)と多いのですが、今回が最低の数値となり、両方の差は5ポイントに縮まっています。

これについて、報告書では「現在の経済的・政治的・社会的危機の下でピノチェト主義(支持)が復活しているようである」と指摘しています。

マルタ・ラゴス氏は、今回の調査結果について「とても驚きました。」「2023年ほど彼のイメージが良かった時はない。」と答えています。

例えば、調査の中で軍事クーデターの主要な責任者を問う設問について、ピノチェトと回答した人の割合の比較を見ると、2003年(24%)、2013年(41%)、2023年(22%)と今年が最も低くなっています。

上記の評価と世代との関係について、ラゴス氏は若い世代による影響を否定した上で、「ピノチェトに傾倒しているのは、旧世代の人々、つまり独裁政権の時代を生き、独裁制が秩序と安全をもたらすという、過去の間違った考えに基づいてノスタルジックな気持ちを抱いている人々」と見ています。

「これと対照的に、ピノチェトに批判的な見方をしているのは若い世代」と述べた上で、「問題なのは、若い世代のほとんどが、クーデターと独裁時代の状況、ピノチェトが行ったことを知らないことです。」「このままの状態が続けば、国民全体が独裁時代について十分に知らなくなる時期が来るでしょう。」と懸念を表明しています。

実際に調査報告を見ると、18歳~35歳の中で、「正当性がない」と答えているのは36%で多数ですが、「正当性があった」を選んでいる人も31%を占めています(残りは無回答)。

また、ピノチェト体制についての評価では、半数近くの47%の人が「良い所もあったし、悪い所もあった」と答えています。

この点について、ラゴス氏は「ピノチェトは純粋に悪いことだけを行ったのではないとする考え方が変わらず存在していることを裏付けている。」と述べ、「これは、民主主義政党の教育・文化上の失敗である。」とも指摘しています。

ラゴス氏は、「過去のデータからその変化について検討してみると、ピノチェトに対する決定的な判断は明確ではなく、その判断は社会的な出来事の影響を受けている。」と述べています。

今は、経済の停滞、移民の増加、治安の悪化などの問題にチリ社会が直面しており、その状況の下で人々の意識がより保守的かつ反動的なポジションになっていることが評価に反映されていると指摘しています。

その一方で、現在の評価がこれからも維持されることを示す証拠はないとも述べています。ドイツのナチズムと比較して、ピノチェト時代とは何であったのかについて、決定的ではっきりした判断(社会的合意)がないことが問題であると結論づけています。

その後の民主化との関係で言えば、ピノチェトは1998年まで陸軍最高司令官に留まり、民主主義体制の内部にピノチェトを支持する多くの代理人が存在し、事実上独裁者の存続を容認していたとラゴス氏は述べています。

「私たちの民主主義はピノチェト主義者によって浸食されており、2006年にピノチェトが亡くなってからも、ピノチェト主義(者)を政党や発言の中から取り除くためのことをしてこなかった。」と厳しい評価をしています。

その上で、「彼を支持した世代が今も生きていて、強く応援し続けている」ことによって、「いまだ、恐怖、胃の痛み、この問題を扱うことに対する抵抗感(ためらい)が残っている。」としています。

73年のクーデターの意味について、36%の人が「チリをマルクス主義から解放した」と答えています。これも2013年(18%)と比べて大きく増えています。一方、「民主主義を破壊した」と答えた人は42%でした(2013年は63%)。

軍事クーデターから50年という節目の年を迎えて、「根本的には私たちは何も前進していないのです。それどころか、我々は後退しており、今日ピノチェト主義者たちは厚かましくも自らを擁護している。」と批判しています。

(2)民主主義の中で生き続けるピノチェト体制との闘い

政治レベルでは、チリにはピノチェト主義を継承する政党がいま2つ存在していると述べています。

一つは、軍事独裁下の1983年に結成された独立民主連合(UDI)です(当初は独立民主連合運動)。

もう一つが、現在支持を伸ばしている極右の共和党(PLR)です。同党は、今年5月7日に実施された憲法審議会議員選挙で最多の議席を獲得しました。その他の右派政党にもピノチェト主義者がいると述べています。

ラゴス氏は、「ピノチェト体制は今も有効性を持っている。」と言います。少なくとも「独裁はOK」という言説を変えなければならないし、「ピノチェトは独裁者だ」と言わなければならないと訴えています。

このことは、この間の憲法改正のプロセスとも関連しています。ピノチェト時代の憲法(80年憲法)を引き継いでいる現行憲法を改正することに2021年の国民投票で国民の多数が賛成した点については、次のように答えています。

得票数を見てみると、そう(多数が賛成した)とも言えません。21年の国民投票は自由投票制で、投票した人の80%が憲法改正に賛成票を投じました。しかし、その時の投票率は50.90%(756万2173票)でした。つまり全有権者の約半分です。言い換えれば、憲法改正に賛成票を投じたチリ人は全有権者の約40%しかいないということになります。

一方、昨年9月4日に行われた国民投票(新しい憲法草案の是非を問う)は義務投票制でした(結果は反対多数で否決)。そのため投票数は1300万超でした(投票率は85.81%)。

この投票数の差が、民主的でリベラルな新憲法案を否決し、再びピノチェト主義を支持する票の掘り起こしにつながっていると考えられています。

では、ホセ・アントニオ・カスト党首が率いる共和党の台頭は、1973年の軍事クーデターに関するこうした意見の変化の結果なのか?という問いかけに対しては、次のように答えています。

「その因果関係を立証するのは非常に困難です。しかしデータを見ると、民主主義体制への移行期間を通じて、民主主義よりも権威主義を支持する人々がかなりの割合で存在していました。」

「そして、右派に位置づけられる人々の増加とともに、独裁体制のモットーである『秩序と安全』という考えが定着していきました。こうした層が、カスト氏と共和党の選挙における支持基盤であるように思えます。」

さらに、「このまま何も起こらなければ、次の大統領選でカスト氏が当選する可能性が高い。」と指摘しています。

この調査が公表された日と同じ5月31日に、ボリッチ大統領が自身のツイッターを通して、共和党の党員で新しい憲法審議会の議員に選出されたルイス・シルバ氏がテレビ番組でピノチェトを政治家として称賛する発言をしたことに対して、次のように発信しました。

「ピノチェトは独裁者であり、本質的に反民主主義者であり、彼の政権は、異なる考えを持つ人々を殺害し、拷問し、追放し、失踪させた。また彼は腐敗しており泥棒でもあった。最後まで卑怯であり、司法の裁きを逃れるために全力を尽くした。決して政治家ではなかった。」

この発言についての評価を問われて、ラゴス氏は、「チリの大統領がそう発言するのは初めてのことです。これがすべてです。これほど明確にこのような発言をした大統領は歴史上いません。」と答えました。

また、自身の言う「教育・文化上の敗北」の意味について、「以前からこうした具体的な形で言われていたならば、おそらくピノチェトのイメージは異なる形で定着していただろう。」と説明を加えています。

「もちろん、彼を擁護するエリート集団はつねに存在するでしょう。それは変えることができません。しかし、世論を変えることはできます。」と述べています。

ボリッチ大統領は、ピノチェト独裁末期の1986年2月に生まれました(調査で言えば、②の世代に該当)。彼を支える与党議員は、軍事政権下で行われた人権侵害の否認を罰する法案を提出し、問題の解決に向けて動き出しました。

こうした状況について、ラゴス氏は、「私たちの民主主義への移行は非常に異例であって、独裁者は国民投票で敗北しましたが、その後も民主主義の中に入り込み、張り付いたままです。したがって、権威主義的な立場が存在しているという意味で、チリ政治の中にピノチェト主義がまん延しているという問題を解決しない限り、不完全な民主主義という問題を解決することはできないでしょう。」と結論づけています。

2023年6月27日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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チリ 憲法審議会選挙と右派の優位

5月7日(日曜日)、昨年否決されたため、再度新しい憲法案を起草するための憲法審議会の議員選挙が行われました。

投票は義務制(正当な理由がない場合は罰金を科せられる)で、定員50名のうち男女各25名の同数になるように選出されます。先住民枠については、先住民候補者の得票数の割合に応じて議席数の調整が行われる方式で行われました。

候補者のうち、無所属は3名、その他は政党(2つ)ないしは政党連合(3つ)から立候補。また、先住民からは2名が立候補しました。

左派陣営は、中道左派連合と左派連合の間で統一名簿による候補者一本化の調整がつかず、それぞれの名簿で登録。右派陣営も3つのグループに分かれて選挙戦を戦うことになりました。

(1)憲法審議会議員選挙の結果

選挙結果は以下のとおり。(データはチリ選挙管理庁(Servel)より)

投票率 84.87%

有効投票数 980万1374(78.47%)

無効票数 211万9506(16.98%)

白票数 56万8673(4.56%)

◆議席を獲得した政党・政党連合

①共和党(極右) 得票率(35.41%) 獲得議席(23)

②「チリのための統一」(左派連合) 得票率(28.59%) 獲得議席(16)

③「安全なチリ」(中道右派連合) 得票率(21.07%) 獲得議席(11)

※上記(50議席)にプラスして先住民1議席獲得(先住民議員の選出については後述)。合計51議席。

この結果、極右派と中道右派の勢力(共和党+「安全なチリ」)が合計34議席となり、審議会での議論と起草の主導権を握ったことになります。両勢力が賛成した草案を数の上で否決することはできないことになります。

ボリッチ大統領の所属政党を含む左派連合「チリのための統一」は、16議席にとどまりました。そのため、上述のとおり審議会での拒否権を行使できません。

真偽会の規定では、憲法案の承認には5分の3の賛成が必要と決められています。ですので、5分の2超の議席数(21議席)が反対すれば、提案された条文を否決することができるのですが、16議席はそれを下回っています。

他方、候補者を立てたもう一つの中道左派グループ「Todo por Chile」(すべてはチリのために)と、右派の人民党はともに議席を獲得することができませんでした。

先住民議員の選出については、前回の時とは異なり、規定された50議席に追加する形で行われること、しかも選挙で獲得した有効投票の割合に応じて割り当てられることが昨年末の合意文書「チリのための合意」の中で確認されていました。

具体的には、総投票数の少なくとも1.5%に相当する票数を得れば、1議席を獲得できることになります。2議席を獲得するには3.5%の票が必要で、かなりハードルが高いと批判されていました。

結果的に1議席の獲得となりました。先住民から立候補したのは2名でいずれもマプーチェ族からでした。

また、今回の選挙では、無効票と白票数が多く(合計268万票超)、投票総数の21%超となり、チリでは前例のない事態となりました。

選挙結果を受けて、共和党のカスト党首(2021年の大統領選でボリッチ現大統領に敗れた)は、首都サンティアゴで支持者を前にして、日曜日の勝利は「(チリ国民が)我が国に望む進路を力強くはっきりと示している」と述べました。

一方で、「現在の国の状況がよくないので、祝うことはないもない」とも述べ、悪影響を及ぼしている経済と治安・安全保障の問題に言及しました。

他方、ボリッチ大統領は、選挙での敗北を認め、安全保障と移民問題が国民の意識に深く影響していたことを認めるコメントを残しています。

その上で、右派政党に対して、「祖国のために素晴らしい合意を達成する」よう呼びかけました。これは、幅広い合意(または左派が合意に寄与すること)なく、憲法案が起草される可能性があることに対する懸念の表明です。

専門家の見立てや世論調査によると、今回の結果は、憲法改正に関するチリ国民の関心の薄さが関係しています。以下、英BBCの関連ウェブ記事(2023年5月8日付の2つの記事)を参照してまとめています。

憲法改正に対する関心の低下については、前回の改正プロセスの「失敗」によって生じた影響、憲法改正に期待していた人々の士気を大きく下げることになったことが背景にあると、チリ大学社会学部の政治学者であるオクタビオ・アベンダーニョ氏は説明しています。

これにプラスして、現政権および政治家全体に対する「懲罰的」な意図が込められていると見られています。つまり、政治的なプロジェクトや政策に対する共感・支持で票を投じるよりも、権力の座にある勢力に対する拒否感が強い(批判票)ということです。

そのことが、民意の所在を読み取ることを難しくしており、同時に政府のガバナンスを非常に不安定なものにしていると分析しています。

(2)今回の選挙における「民意」とは

今回の選挙をどのように解釈する(読み解く)かですが、まず挙げられるのは「変革に反対する、非常に厳しい反応」ということです。

昨年9月に新憲法案が否決されて以降、憲法改正プロセスが不透明さを増していることに加えて、経済状況や国内治安の悪化、移民をめぐる摩擦など、現在のチリ社会の現状に対する人々の不満が反映していると見ることができます。

いわば、コロナ禍を前後してチリ社会の政治動向は、左から右へと振り子運動のように大きな変化が生じています。左派にしろ、右派にしろ、いずれも既存の政治システムからは外れた「アウトサイダー」的な存在が、人々の不満の高まりを反映して政治的な影響力を持ってきていることがその背景にあります。

無効票・白票の多さも「不満の表れ」と見ることができます。その意味合いは様々で、今回の進め方に反対する一部の左派グループが無効を呼びかけていたことや、現在の政治制度全般に憤慨している人々、義務投票(強制)に反対している人たちなどが含まれているとしています。

今回の選挙結果の最大の矛盾は、共和党がこれまで現憲法の改正は必要ないと反対の姿勢を示してきたにもかかわらず、新憲法案を起草する機関の主導権を握ることになったことです。

「チリでの憲法改正に反対した者たちが、自らが望む憲法を書くチャンスをものにしたこと」を「大いなるパラドックス」であると、チリ大学行政学部で政治学者のクラウディア・ヘイス氏は述べ、「チリの政治全体にとって大きな課題を提起している」と指摘しています。

これと関連したもう一つの懸念材料は、中道右派も含めた右派が優位に立ったことで、現在の憲法をより保守的なものにする可能性が生まれたということです(社会的紛争と結束・研究センター (COES)の政治学者イザベル・カスティージョ氏のコメント)。但し、合意形成から左派を外すなら、再び憲法改正は失敗するだろう、ともコメントしています。

具体的には、ジェンダー平等、性的マイノリティ・先住民の人権保障、国家の再分配機能の強化などが認められない可能性が指摘されています。

「恐れているのは、新たな条文が承認されないまま、現行憲法がそのまま残ること。議論が紛糾すること。」と、オクタビオ・アベンダーニョ氏は先行きを危惧しています。

クラウディア・ヘイス氏も、「この事態から抜け出す突破口があるかどうかはわからない」としつつも、「来るべき憲法が現行憲法と同じか、より保守的なものになる可能性が高い」と示唆しています。

最終的なカギは12月17日の国民投票となります。「国民が、ピノチェト時代由来の現憲法と同じか、あるいはそれ以上に新自由主義的な新憲法を承認するか、それともそれを拒否して、現状のままになるかが明らかになるだろう。」ともコメントしています。

その一方で、ヘイス氏は、「今回の選挙で共和党がこれほどの驚異的な票を獲得した」ということが、国民の大多数が新憲法を望んでいる意思を示した事実を損なうものではないとも述べています。

というのも、憲法改正の流れを作り出してきた様々な社会的課題(とくに社会的マイノリティの権利保障や再分配を強化した福祉国家の再建)はそのまま残っているからです。

ヘイス氏は、自らの意見として「憲法改正はこの国の完全な民主化に必要な条件である」とした上で、うまくいかない要因として「対話の欠如」を挙げています。

その意味で、今回のプロセスの中で左派が外されるなら、それは「憲法が必要とする条件、つまり、様々な政治的プロジェクトの進展を可能にする、公平かつ平等な政治的競争の場を作り出すことにならない」と、くぎを刺しています。

今回の憲法審議会はいちから草案を書くのではなく、あらかじめ政党によって任命された24名の専門家からなる「専門家委員会」が作成した予備草案に基づいて憲法案を起草することになっています。すでに専門家委員会は審議会が立ち上がる6月7日に提出するための文書案の作成に取り組んでいます。

今は、専門家委員会からどのような予備草案が作成されて、憲法審議会に提出されるのか、議論の行方を注視していきたいと思います。

2023年5月29日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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キューバ 国会選挙と第二期ディアスカネル政権の成立

今回は、『信任票が最も多かった者と少なかった者:キューバの投票統計に見る興味深い点』(ウェブサイト「La joven cuba」に掲載された編集記事 2023年4月3日付)を参照しながら、3月に行われたキューバの国会議員選挙について取り上げます。

今年始まる第10期人民権力全国議会(国会に相当、一院制)の議員選挙が3月26日(日)に実施されました(以下、国会議員と表記)。

日本の市町村にあたる基礎行政区(ムニシピオ)議会の議員選挙は、昨年11月に実施されていて、今後5年間の政治行政を担う一連の選挙はこれで終了となりました。

この選挙の最終結果を、3月31日(金)に国家選挙評議会(キューバの選管)が公表しています。以下、そこから推察されることをまとめていきます。

その前にキューバの国会選挙の性格について少し触れておきます。

国会選挙では、候補者(今回は470名)は事前に「立候補委員会」による指名を得る必要があります。また候補者の数と定員が同数になるため、日本のように複数の候補者が議席を争う「競争的」選挙ではなく、いわば候補者に対する「信任」投票という性格を持つことになります(有効投票の過半数に達すれば当選)。

こうした選挙制度自体が「非民主的である」とする批判があることは承知していますが、ここではその点について深く議論することはしません。

(1)2023年選挙の結果

有権者数 812万9321人
投票者数 616万7605人
投票率 75.87%

有効投票数 556万5640票(投票者数の90.28%)
白票数 38万3316票(同6.22%)
無効票数 21万5920票(同3.50%)

有効投票のうち、
統一投票数(※1) 401万2864票(72.10%)
選択投票数(※2) 155万2776票(27.90%)

(注)各割合の母数は投票者数(616万7605人) 但し、投票率の母数は有権者数

(※1)統一投票:470名すべての候補者を一括して信任する投票方法のこと。投票用紙に一括投票用の欄(円)があり、そこに印(✕)をつける。政府はこの「統一投票」を行うキャンペーンを有権者に実施している。

(※2)選択投票:前者と異なり、投票用紙に記載されている候補者を選び、その氏名の横の欄に印(✕)をつけて投票する。

上記の選管が公表したデータに対して、前述の記事では、それぞれの投票行動(棄権も含む)の割合について以下のようなデータを示しています。母数は有権者数であることに注意してください。

有効投票(68.49%)
白票 (4.72%)
無効票 (2.66%)
棄権 (24.13%) ※投票率の逆

有効投票のうち、
統一投票 (49.38%)
選択投票 (19.11%)

前回選挙との変化を見るために、2018年の国会議員選挙(議席数605)のデータも挙げておきます。

有権者数 863万9989人
投票者数 739万9891人
投票率 85.65%

有効投票数 698万7041票(投票者数の94.42%)
白票数 31万9956票(同4.32%)
無効票数 9万2894票(同1.26%)

有効投票数のうち、
統一投票数 562万0713票(80.44%)
選択投票数 136万6328票(19.56%)

それぞれの投票行動(棄権も含む)の割合についてのデータ。母数は有権者数です。

有効投票(80.86%)
白票 (3.7%)
無効票 (1.08%)
棄権 (14.35%)

有効投票のうち、
統一投票 (65.05%)
選択投票 (15.81%)

今回の投票率について、海外のニュースではその低さ(つまり棄権した人が増えている)を強調して報じていました(日本でも同じ)。

他方、選管の発表では、投票率については、2022年に行われた2つの投票、①基礎行政区(ムニシピオ)選挙(11月)、②家族法改正の国民投票(9月)よりも今回の方が高かったと述べています。

①の投票率は68.58%、②の投票率は74.01%でした。補足ですが、①の投票率については、1976年に現在の選挙制度が始まって以来最も低い数字などと海外では伝えられていました。

選挙の内容・性格がそれぞれ異なるので単純な比較はできないと思いますが、国会議員選挙に限って見れば、今回の投票率が最も少ない数値であったことは事実です。2018年と今回の投票率を比べると、9.78%低下しています。

これに加えて、上記の記事では、全有権者の中で「統一投票」(政府が推奨していた、すべての候補者への一括信任投票)が初めて5割を超えなかった点を指摘しています。

(✻)今回の政府の選挙キャンペーンの標語は、「#YoVotoXTodos」(私はすべての第10期議会候補者に投票します)と、「#MejorEsPosible」(よりよき社会は可能だ)の2つです。

グラフ1 2018年選挙における有権者の投票行動の割合

グラフ2 2023年選挙における有権者の投票行動の割合

注)両方ともパーセンテージの母数は、その時の有権者数

(2)2018年の選挙と今回の選挙の比較からわかること

1つは先にも述べましたが、全有権者の中で有効投票を投じた人の割合が減っていること、とくに「統一投票」をした人の割合が減少していることです。

政府が選挙キャンペーンとして呼びかけている「統一投票」に応じる人の割合が減っているということは、現在の政府の統治に満足していない(あきらめも含めて)人がそれなりに増えていると解釈することができると思います。一方で有効投票のうち「選択投票」をした人の割合は増えています。

それ以外の、棄権(投票に行かない)、行ったとしても白票や無効票を投じた人の割合はいずれも増えています。これも先の解釈を裏づけるものとみて間違いないのではないかと思います。

もちろん、棄権をした人や無効票を投じた人がすべて政府に批判的だということにはならないとは思いますが、「一定の傾向」としてはそう言えるのではないでしょうか。

こうした変化の背景には、コロナ禍前と後という状況の変化、米国でのトランプ政権の登場前と後という変化、こうしたキューバ社会を取り巻く環境の変化が一定の不満として選挙の結果にも反映していると考えられます。そしてそれは当然、政府の対応・政策への「評価」の反映であるとも言えます。

見方を変えれば、選管の報告にあるように、減っているとは言え、有効投票をした人の72.10%が「統一投票」を行っていたことは、そうした状況の悪化にあっても政府はそれなりの支持を勝ち得ていると言うことも可能だということです。

政府の説明を見ると、「統一投票」を求める理由として、それが何よりも革命と社会主義のプロジェクトを守ることの意思表明だということです。また、候補者がキューバ社会の多様性を反映(代表)するように事前に調整されるのでそれを承認する意味合いがあるとも言われています。

各候補の得票の多少に関するランキングを見ると、興味深いのは、政府や共産党の要職にある人物だからと言って、得票率が必ずしも高いわけではないという点です。

例えば、全国規模で見て、最も得票が少ないのは、フェデリコ・エルナンデス候補(カマグエイの共産党第一書記)です(有効票の61.52%)。同様の例(政府や党の要職に就いているが得票率が低い候補)がいくつかあることも確認されています。

対照的に、最も得票率が高かったのは、ガストン・イデアル・マルティネス候補(産婦人科医)の97.54%でした。得票率が高かった他の候補には、ラウル・カストロ氏(94.97%)、マヌエル・マレロ首相(94.91%)などの有名な人がいるのも事実です。

さらに記事では、各県ごとに最も得票が多かった4名の候補者と最も少なかった4名を選んで分析しています。

それでわかったことは、職業で見ると、管理職などの指導的な地位についていない労働者がより多くの票を得ていることです。一方、国の幹部の中では得票が少なかった人が多かったとも述べています。

著名であったり、政府・共産党の要職にある方が「有利」と一般的には見られがちですが、そのようには実際の各候補者の得票率は動いていない、他の要因も加味してみる必要があることを示していると言えます。

これに関連して記事の最後では、ディアスカネル大統領の得票率について言及しています。その得票率は88.78%で、それほどは高くないこと、全候補者470名中の130位、立候補した選挙区であるビジャクララ県内では32名中14位、またサンタクララ基礎行政区内では8名中4位と述べています。

このことからも大統領だから得票率が特別高いわけではないこと、信任度について一定の民意が反映されていると見ることができるように思います。

このようにデータを多角的に見ていくと、各県ごとの投票行動の違い、各候補者に対する信任度の違い、各議員がどの社会的セクターを代表しているかなどを考察するための「手がかり」を与えてくれると記事では述べています。

もう一つ重要なことは、有権者数の動向です。数字を挙げておきます。

2018年国会議員選挙 863万9989人
2022年9月家族法改正国民投票 842万5147人
2022年11月基礎行政区議員選挙 835万1311人
2023年国会議員選挙 有権者数 812万9321人

有権者数が段階的に減っていることがわかります。もちろん死亡した人もいるわけですが、大きく減っているのは海外へ移住する人の数が近年増えていることが作用しています。ここでは詳しく触れる余裕がありませんが、この点も留意する必要があります。

おしまいに、新しく選出された国会議員(470名)の構成について、いくつか数字を挙げておきます。

◎女性議員 262名 (55.74%)
◎35歳までの若者議員93名(19.79%)
◎前期からの継続議員167名 (35.53%)

女性議員が過半数であることは強調すべき点だと思います。

この選挙を受けて、4月19日(水)には臨時議会が開かれ、ディアスカネル氏が大統領に再選出されました。副大統領はバルデス・メサ氏、首相はモレノ氏がそれぞれ再選されています。

キューバの大統領は国会議員によって選出されます。任期は5年、憲法の規定では連続2期までです。5年後には新しい大統領を中心とした政権が誕生することになります。

2023年4月27日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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