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チリ 先住民の権利を認める制度改正への動き

(1)ボリッチ大統領のテレビ演説

5月22日(木)夜、ガブリエル・ボリッチ大統領は、今年後半に国内に居住する先住民を憲法上承認する改正案と、先祖伝来の土地の返還に関する新制度の法案を議会に提出する考えを明らかにしました。

今回の発表は、5月6日(火)にこの問題を議論してきた「平和と理解のための委員会」が提出した最終報告書を受けてなされたものです。

「平和と理解のための委員会」は2023年6月に設置された大統領の諮問機関です。同委員会は、紛争が続いているの4つの地域(ビオビオ州、ラ・アラウカニア州、ロス・リオス州、ロス・ラゴス州)から5000人以上の意見を聞くなどして約2年間の議論を経て、チリ政府とマプーチェ族の間の紛争を解決するための21項目に及ぶ提言を作成しました。ボリッチ大統領はこの報告書を「明確かつ具体的な解決策」を提示したと評価しています。

今回の考えは、約11分間のテレビ演説を通じて国民に伝えられました。ボリッチ大統領は、「これにより、この国は平和と統一を得る」と述べ、「チリ政府とマプーチェ族の間の痛ましい紛争に我々は長らく苦しんできた。この紛争はこれまで数世代にわたり、何百万人ものマプーチェ族および非マプーチェ族の同胞に対して、土地の略奪、暴力、疎外をもたらしてきた」と述べました。

演説の中では、長年にわたる先住民の土地の権利回復をめぐる紛争の歴史的原因については言及しなかったものの、領土の境界やチリ国家とマプーチェ族との関係について定めた条約(タンタウコ条約、19世紀半ば調印)をチリ国家が軽視し、数百万ヘクタールの土地が没収されたことについて認めています。

その上で、賠償、承認、制度改革について以下の4つの点(措置と行動)について言及しました。

①土地の賠償に関する制度改革

現行の制度的枠組みには「欠陥」があり、「紛争を悪化させている主な要因の一つ」となっている。土地へのアクセスに関して、賠償を受けるまでに何年、あるいは何十年も待たなければならない状況にある。委員会の評価によると、現在のペースでは取り決めたことを実現するのに100年以上の年月がかかるため、「耐え難い結果」をもたらしている。

新しい先住民の土地制度は、効率的で透明性のあるものにし、回復にとって必要な事柄を限定するための明確な基準を定める。

今年後半には先住民の土地制度の変革に向けた第一歩を踏み出し、委員会が提案する新たな制度的枠組みとメカニズムについてマプーチェ族の人々と協議を開始し、国際労働機関(ILO)第169号条約(独立国における原住民及び種族民に関する条約)に基づいて、委員会にさらなる支援と法的正当性を与える。

②暴力やテロ行為の被害者に対する補償

ビオビオ州、ラ・アラウカニア州、ロス・リオス州、ロス・ラゴス州の市民には、平和に生活し働く権利がある。委員会の提言に従って、社会心理的ケアを含めて継続的で十分に徹底した支援を提供するために、「農村部での暴力の犠牲者に対する支援プログラム」を強化する。被害者登録簿を更新する。さらに犠牲者に対する包括的な賠償法案を国会に提出する。

※2021年10月以降、これらの地域は非常事態宣言下に置かれ、軍が常時駐留しています。

③先住民の憲法上の承認

これは、我々の文化的多様性と豊かさを認めることを意味する。憲法上の承認は、1989年の「ヌエバ・インペリアル協定」において国が行った約束の1つである。憲法の改正案を押し進める。

④先住民のニーズと課題に対応する制度の創設

国家には先住民の現在のニーズと課題に対応する強固な制度が必要とされている。

そのために国家の中に先住民の事柄についての新しい制度の創設を推進する。先住民の代表機関を創設する提案を取り上げる。

暴力だけでなく、不信感や無視が、豊かな文化と自然、そして無限の可能性を秘めた地域の発展に影響を与えている。

「(19世紀に調印された条約から)200年後の現在、我々は新しい機会を得ている」こと、それが「正義と平和を実現する唯一の、2度とない機会であることを確信している」とボリッチ大統領は述べています。

(2)歴史的経緯と報告書に対する批判

マプーチェ族は、19世紀に入ってスペインから独立したチリの共和制国家が、国家建設(領土開拓と経済開発)のために、これまで実効支配の及んでいなかったマプーチェ族の領有地を軍事的に占領し奪ったことに抵抗し、長い間、先祖伝来の領土の回復を求めてきました。

独立以前はスペイン植民地支配に抵抗してきた歴史があります。現在マプーチェ族は、国内では約190万人(人口の約10%)の少数民族と言われています。

土地問題の解決が困難であると言われているのは、軍事的占領の後に林業関連のコングロマリット(巨大複合企業)や農地所有者に引き渡された、ビオビオ州、ラ・アラウカニア州、ロス・リオス州、ロス・ラゴス州の各地域にまたがる約1200万ヘクタール(12万2000平方キロメートル)の土地の返還をどうするかという点にあります。

それらの地域すべてを返還するのが不可能であるのは、その大部分には大都市やインフラが建設されていることからも明らかと言われています。

今回の報告書では、約50万ヘクタールの土地の返還を提案しており、そのためには約40億ドルの費用が必要と見積もられています。

また、21項目の提案の中には、①正義と承認:憲法上の承認およびマプーチェ族固有の組織形態の承認、政治的代表、先住民政策の新たな上位機関、先住民の協議および参加など、②紛争の犠牲者に対する賠償、③土地:協定の根拠および賠償の基準など、④領土開発、⑤実施の保証が含まれています。

ボリッチ大統領の「評価」とは裏腹に、今回の文書の作成と提出が問題の解決につながるかどうかについては、懐疑的な見方があります。というのは、それ以前から、チリの政治的右派と、マプーチェ族の中の武装闘争を行ってきた勢力が、それぞれの理由は異なるものの、報告書に反対の意思を明確に示しているからです。

そもそもこの委員会は、政治的には超党派的な形で8名の委員から構成され、「全会一致」での文書の採択を目指していましたが、結果的に報告書は7名の賛成(1名が反対)という形で作成されました。

委員会の声明では、「多様な政治・社会セクターの代表者、委員らが作成した提案は、全会一致ではなかったものの、参加者8名のうち7名から支持され、広く合意された。」「この超党派的な合意は、チリ南部地域における平和と理解への道筋を探る上で歴史的な節目となる」と述べていました。

8名の委員の中で、提案の一部に反対したのは、Malleco農民協会のセバスティアン・ナベイリャン会長でした。ナベイリャン氏は、土地返還と返還される土地の量について異議を唱え、発生する費用にも疑義を呈したと報じられています。

共和党などの右派勢力は、全会一致でなかったことを理由に反対の意向を示しています。共和党のアントニオ・カスト氏は「大統領委員会が承認したものは平和への道ではなく、むしろ制度的分裂を深めるものだ」と一方的に非難しています。ちなみにカスト氏は今年11月に行われる大統領選挙の候補の1人です。

その一方で、委員の1人であるカルメン・グロリア・アラベナ上院議員(共和党)は、共和党がこの文書に反対していたために文書の合意に反対票を投じざるを得なくなるとして、共和党から離党することを決意しました。彼女はこの文書を「平和と社会の結束に向けた画期的な出来事」として評価しています。

他方、委員会が報告書を作成するために行った意見聴取の中には、武装闘争や農業・林業の開発に対する破壊工作を実施してきた一連の先住民組織は参加していません。

今回の文書に反対するマプーチェ族のグループの1つ、アラウコ・マレコ調整委員会(CAM)のリーダーであるエクトル・ライトゥル氏は、「この委員会は、領土回復プロセスに積極的に取り組んでいる我々の組織や自治を求めるマプーチェ運動の政治的目標を代表するものではない。我々の政策は、民族の再建と先住民領土の解放であり、これらの目標は、チリの政治家階級やその関連セクターによって理解も対処もされていない。」とコメントしています。

ライトゥル氏は、チリの刑務所に収監されているマプーチェ族の活動家約100人のうちの1人で、国家安全保障法違反などに対する罪で23年の刑に服しています。

「この委員会は、自らの土地のために闘う共同体やグループの要求を代表するどころか、平和と社会福祉という偽りのレトリックの陰に隠れている大企業や大地主の利益を体現している」と厳しく非難し、あくまでも自治を求めています。

ボリッチ大統領は、テレビ演説の最後に、国全体にとっての正義、平和と繁栄を確かなものにする国家とマプーチェ族との関係の新しい一章を開くために、この報告書とその勧告の下にまとまるよう呼びかけました。

こうした中で来年3月に任期を終えるボリッチ大統領が、この提言を具体化し、問題の解決に向けた道筋をつけることができるのか、今後も注視していきたいと思います。

2025年6月28日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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