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アルゼンチン 深まる政府と議会の対立

(1)「議会で最悪の敗北を喫す」との評価

BBCは、7月11日付の配信記事の中で、7月10日(木)、アルゼンチンのハビエル・ミレイ大統領が2023年12月に就任して以来、「議会で最悪の敗北を喫した」と報じています。

これは、同日、上院議会が4つの法案を承認したことを指しています。ミレイ大統領は、4つの法案に対して「反対」の意向を示していました。というのも、それらの法案が成立すれば、政府が優先事項と位置づけてきた「財政均衡」を掲げる緊縮財政政策を危うくすると考えているからです。

承認された4つの法案の中には、年金の7.2%増額、障害者への給付金の拡大、州での使用を目的とした国庫拠出金(ATN)基金の支出増、燃料税における負担割合の変更(国の負担増)などが含まれています。

※年金と障害者向けの2つの法案はそれぞれ「全会一致」と「満場一致」で成立、国庫拠出金(ATN)基金の支出増と燃料税における負担割合の変更の両法案は「賛成56票、反対1票で可決され、議会の3分の2の支持を得て」、下院で審議されることになっています。(カッコ内は上院のホームページからの引用)

この他にも、7月初めに下院で可決されたブエノスアイレス州南部の都市バイアブランカの洪水被災者に対する一連の財政支援策について、ミレイ大統領が拒否権を発動しましたが、この拒否権も「全会一致」で上院で否決されました。

同地域では、昨年3月、集中豪雨により少なくとも18人が死亡し、1400人以上が被災しました。ミレイ政権は、下院で可決された被害救済のための財政支援策について、拒否権を使って執行を停止していました。

ミレイ大統領は、今回の事態に対して、即座に反応し、強く反対の意を唱えています。

上院で4つの法案が可決された同日、ブエノスアイレス証券取引所において行った演説の中で、ミレイ大統領は「我々は拒否権を発動するつもりだ」と述べました。「そして、そうなるとは思わないが、もし拒否権が覆されるような状況が起こった場合には、裁判に訴えるつもりだ」と付け加えています。

その上で、「たとえ裁判所が、解決に何年もかかる問題について、突然、迅速に行動し、短期間で対処した(拒否権が覆される判決が出た)としても、それがもたらす損害は最小限になるだろう。それは2か月程度の汚点といったものだろう。うまくいけば、12月11日(10月の「中間選挙」を経て新議会が発足する日)には、その汚点は覆されるだろう。そして財政黒字化政策は恒久的なものとなる」とも述べています。

※10月の「中間選挙」については後述。

大統領自身の考えによれば、これらの法律が施行されれば、政府の支出が2.5%増加することになり、政権による緊縮財政と財政黒字化の政策に反することになるとしています。

先の内容のうち、とくに州への資金拠出金については、全23州の州知事が増額を求めており、これに難色を示すミレイ政権との間で対立が深まっていました。

アルゼンチン財政分析研究所(IARAF)のデータによると、国から州への資金移転は、昨年と比較して2025年上半期には増えてはいるものの、2023年(前政権期)の水準を下回っています。(実質9%の減少)

燃料税の分配割合の変更については、現行の州への分配率10.4%から57.04%へと大幅な引上げを提案しており、国の財政コストは年間 1.5 兆ドルになると見積もられています。

※各州への分配は、州割当て総額の25%を各州に均等配分し、残りについては法律の規定(係数)に基づいた傾斜配分となっています。

今回の議会の動きは、これまで強力に推し進めてきた政府の緊縮財政政策に「待った」をかけたことになります。それをBBCが「最悪の敗北」と評しているわけは、10月26日に「中間選挙」が控えているからです。結果次第では、任期が2027年までのミレイ政権の「命運」が決せられることになります。

※10月26日の「中間選挙」では、下院257議席のうち127議席(任期は2025年~29年)、上院72議席のうち24議席(任期は2025年~31年)が改選されます。

そもそも、大統領が所属する「自由前進」党は議会の中では少数派(下院38、上院6議席)であり、自らが望む政策を推進するためには、マウリシオ・マクリ前大統領が率いる中道右派の政党連合「共和国の提案」(Propuesta Republicana)などの他の政治勢力との連携に頼らざるを得ないのが実情です。

したがって、10月の「中間選挙」で望ましい結果を出すことが何よりも「重要」だとミレイ大統領は考えています。

そのことは、大統領と対立する野党勢力、とくには歴史的な中道左派勢力である「正義党(ペロン党)」(選挙では政党連合「祖国のための同盟」に所属)にとっても、10月の選挙が政権の力を弱体化させる上で「重要だ」ということを意味しています。

(2)政権側は「組織的クーデター」と非難

アルゼンチンは、ミレイ政権によって、厳しい財政統制のもとに置かれた結果、過度なインフレは落ち着いて、経済への「信頼」を取り戻しつつあったものの、深刻な社会保障費の削減を招いています。

とくに政府と州との溝の深さが際立っていました。それを示す象徴的な出来事が7月9日に起こりました。

この日、トゥクマン州(州都サン・ミゲル・デ・トゥクマン)でアルゼンチンの独立記念式典が行われました(1816年7月9日にトゥクマン議会で独立宣言が採択された)。ミレイ大統領も当初は出席する予定で、州知事らを招待していました。しかし当日、ほとんどの州知事は参加せず(参加は同州知事を含めて3名のみ)、ミレイ大統領も数時間前に出席をキャンセルするという事態になりました。ちなみに、2024年の式典には18名の州知事が参加しています。

政府は、「悪天候のため」(霧のため飛行機が離陸できなかった)にキャンセルしたと伝えていますが、招待した州知事のほとんどが不参加だったことが理由であったと見られています。

そのことを裏付けるかのように、同日、ラジオ(Radio El Observador)のインテビューの中で、ミレイ大統領は「彼ら(州知事)は国の政府を破壊したいのだ」と非難する発言をしています。

そして、今回の上院の決定に対して、ギジェルモ・フランコス内閣首席大臣(首相)などの政府関係者は、野党(主にペロン主義左派の議員)が起こした「組織的クーデター」と呼んで批判しています。

その上で、今回の会議は、上院議長であるビクトリア・ビジャルエル副大統領によって招集されていなかったため、上院の内部規則で定められた招集手続きに違反しており、「無効」であることを主張しています。

7月10日の上院での会議についてですが、上院のホームページを見ると、「上院は野党連合の主導により定例会議を開催し、定足数42名の議員が出席して午後2時15分に開会した。会議はシルビア・サパグ上院副議長の承認を得た」と書かれています。

政府側は「無効」であると主張する法的根拠として、上院の内部規則の第20条と第32条を挙げています。

第20条には、上院議長が「立法者からの要請を受けて、 最も適切と思われる日時で指定する」こと、「当該機関が日時を示さなかった場合には、案件または状況による」と規定されています。

第32条は上院議長の権限を規定する条項ですが、同条F項には、「通常会議、特別会議および臨時会議を招集するのは議長に権限がある」とされています。

「無効」であるとする政府「見解」に対しては、弁護士などの法律の専門家からは「上院自らが招集し、会議を開く権限がある」として疑問の声が出ています。アンドレス・ヒル・ドミンゲス弁護士は、以下のような投稿をX(旧ツイッター)で行いました。

上院の内部規則第19条「議会は、5名以上の上院議員または行政府の要請により特別会議を開催することができる」(その際には会議の目的を明示する必要がある)を引用した上で、「上院議長が招集義務を遵守しない場合、上院は自ら招集することができ、十分な定足数(規則第16条に基づく上院議員総数の絶対多数)があれば、会議を開き、会期の開始を宣言する権限が与えられる」と説明しています。

この時の会議における上院議長を担うビクトリア・ビジャルエル副大統領の対応については、政権内から「批判」の声が出ています。とくにパトリシア・ブルリッチ治安相がXの投稿で副大統領を非難し、両者の対立が深まっています。

ミレイ大統領も、上院議長が会議の開催を認めたことに対して「裏切り者」と非難しました。その後も非難を繰り返しています。(ビクトリア・ビジャルエル副大統領は、軍人一家で育った保守派の政治家。ミレイ大統領とは異なる「リバタリアン」党所属)

さらにこうしたやり取りとは別に、ミレイ大統領を支持するインフルエンサーの1人である、「エル・ゴルド・ダン」のペンネームで知られるダニエル・パリシーニ氏や、フランコ・アントゥネス氏は、今回の上院の動きを攻撃する過激な投稿を行いました。

パリシーニ氏は自身のXアカウントに「今、戦車が街頭にいる。(中略)ハベト、時が来たのだ」と投稿し、さらには「ハボ、F16戦闘機を議会上空に飛ばせ」とも述べました。

※「ハベト」「ハボ」とは、ミレイ大統領のファーストネーム「ハビエル」の愛称。

アントゥネス氏も「下院議員や上院議員を含めた議会全てを爆破しなければならない」と述べました。

これらのコメントについては、野党のジュリアナ・ディ・トゥリオ(Juliana Di Tullio)上院議員は、これらの脅迫に対して刑事告訴する意向を明らかにしています。

BBCの記事では、こうした政府と議会や州知事との対立が深まっている背景として、10月の「中間選挙」が近いことだけではなく、同国の様々な地域に緊縮財政政策が及ぼしている負の側面との関係について言及しています。

例えば、ウェブサイト「ラ・ポリティカ」を運営しているジャーナリストのイグナシオ・フィダンサ氏は、「マクロ経済の成果は議論の的となっている。農業、工業、商業での企業の倒産により実体経済はひどいことになっている」と書いています。

こうしたことが政府と地方との対立の背景にあることは確かなようです。現在のアルゼンチン経済の状況とその多面的な検証については、今回の記事では扱い切れないので、機会を改めて調べてみたいと思います。

BBCの記事では他にも、今回の議会の動きに政権が「神経を尖らせている」のは、先の4つの法案が上院議員の大多数によって承認された事実にあり、それは「与党がつい最近まで想像していなかった再編の兆候を示している」との、アルゼンチンの新聞「ラ・ナシオン」のコラムニストであるクラウディオ・ジャケリン氏の見解を伝えています。

このように10月の選挙戦を念頭に、与野党の政治的「駆け引き」が激しくなっていることがわかります。しかしそれは、アルゼンチンの民衆、中でもミレイ政権の政策によって大きなダメージを受けている人々の生活に寄り添う政治を実現するためのものでなければならないはずです。今後のアルゼンチンの政治の動向と、経済の現状については引き続き関心を向けていきたいと思います。

2025年7月29日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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