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ボリビア 8月大統領選挙の結果

ボリビアでは、ルイス・アルセ現大統領の任期満了に伴い、8月17日(日曜)、総選挙が行われました。総選挙では、正副大統領のほか、下院議員(130名)、上院議員(36名)が選出されます。大統領選挙については、1回目の投票で決まらなかった場合(※)は、上位2名による決戦投票が行われます。大統領の任期は、2025年から2030年まで(5年)となります。(大統領就任式は2025年11月8日)

※ボリビア憲法では、第1回投票で候補者が有効投票数の50%以上、または2位の候補者との差が10ポイント以上で、かつ40%以上の票を獲得した場合に大統領選挙に勝利できると定められています。

(1)大統領選挙の結果─決戦投票へ

大統領選挙の状況に絞ってまとめてみます。大統領選挙は8名の候補者で争われました。最高選挙裁判所(TSE)の発表(予備的選挙結果:速報)によると、以下の結果となりました。

第1位 ロドリゴ・パス・ペレイラ(キリスト教民主党) 162万5882票(約32.14%)
第2位 ホルヘ・キロガ(自由同盟) 135万6370票(約26.81%)

投票率は78.55%(有権者総数:約750万人)

この結果により、中道政治の刷新を掲げるパス氏と、保守右派のキロガ氏の2名による決選投票が10月19日に行われることになりました。決戦投票が行われるのは、2009年にボリビアで決選投票制度が導入されてから初めてのことです。

ルイス・アルセ現大統領は、今回の選挙戦について、「我々は平和的かつ透明性のある選挙プロセスを確保するためにあらゆる努力を払った」とするコメントを出しました。

今回の選挙戦では大きな混乱が発生することなく、選挙結果の公表についてもスムーズになされたことは専門家からも評価されています。

事前の世論調査ではパス・ペレイラ氏が決戦投票に進むことは予想されておらず、同氏が第1位となったことは予想を「裏切る」ものでした。事前の予想では、3位に終わったサミュエル・ドリア・メディナ氏と2位につけたキロガ氏の争いと見られていました。

パス・ペレイラ氏は選挙後、支持者に向けて「この勝利を可能にしてくれたすべての人々に感謝します。私たちは、投票所に現れなかった人々や(略)声を上げることのできなかった人々の声を代弁する者です。ボリビアには無視されているものがあるのです」とアピールしました。

2位のキロガ氏はパス・ペレイラ氏の選挙運動を祝福しつつも次のように述べました。

「これからボリビアは永遠に自由になります。(略)私たちは民主主義への信頼を取り戻し、封鎖や妨害行為に抗い、投票の力で国を変えることができるという信念を取り戻しました。今日、ボリビアの民主主義は勝利しました」

両候補の違いについては、パス氏がより刷新的で穏健な人物像を示しているのに対して、キロガ氏は思想的に保守的な性格をより強く打ち出していることが指摘されています。

以下、両者の経歴と選挙戦の評価についてまとめておきます。

①ロドリゴ・パス・ペレイラ氏(57歳)

ハイメ・パス・サモラ元大統領(1989~1993年)の息子であり、2020年からタリハ県の上院議員を務めています。それ以前は2002年から2010年までは下院議員、2015年から2020年まではタリハ市長を務めた経験があります。

1964年のレネ・バリエントス将軍によるクーデター後、父親はボリビアを離れてヨーロッパに逃れました。パス氏はその亡命中にスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラで生まれ、政治家一家の中で育ちました(父親の出自からボリビア国籍を取得)。数年後にラテンアメリカに戻り、いくつかの諸国(コロンビア、ベネズエラ、チリ、アルゼンチン)を転々としました。

政治家一家に生まれ、こうした政治キャリアを持つにもかかわらず、今回の選挙戦では「いつもの顔ぶれ」とは違う候補に投票したいと考えている有権者に強くアピールしていました。

その上で、パス氏に支持が集まったのは、パス氏のこれまでの実績というよりも、副大統領候補であるエドマンド・ララ氏の人気によるところが大きいとも言われています。

ララ氏は元警察官で、警察内部の汚職疑惑を告発してソーシャルメディアでは人気がある人物として知られています。選挙でも「汚職との闘い」「市民の権利擁護」を強く訴え、これが多くの人の共感を得たと評価されています。

いずれにしてもパス陣営の「躍進」は、政権与党、既存の保守政党などに対する人々の不満を吸収する「受け皿」としてうまく機能した結果だと見られています。

②ホルヘ・キロガ氏(65歳)

米国の大学で学び、IBMのシステムエンジニアとしてのキャリアを歩んできました。その後、ボリビアに戻り、様々な公職に就きます(外務省の技術顧問、公共投資・国際協力担当副大臣)。

政治家としては、独裁者であったウーゴ・バンセル氏が創設した保守政党の民族民主行動党(ADN)に入党し、1997年には副大統領に選出されました。

2001年から1年間、バンセル大統領が健康上の理由で辞任した後に憲法上の規定により大統領の職に就きました。2005年の大統領選ではエボ・モラレス氏と争ったが敗北、2020年の大統領選では人気が低かったことから途中で撤退しています。

キロガ氏は自らについて、現政権与党の「社会主義運動」(MAS)に強硬な姿勢をとる経験豊富な政治家であると述べています。思想的・社会的には保守であり、経済的には新自由主義的と評価されています。専門家からは、そのことが穏健派やMASに幻滅して離れた有権者を引きつけるのに妨げになっていると見られています。

(2)約20年続いた左派政権の終焉─その要因

非左派の野党候補であるパス氏とキロガ氏の決選投票進出という今回の選挙結果は、2000年代以降のボリビア政治における歴史的な転換を示していると言えます。

エボ・モラレス氏が2005年の大統領選挙で初めて先住民出身の左派候補として勝利して、2006年に政権を担ってから現在に至るまでほぼ20年間続いてきた「社会主義運動」(MAS)による左派政権が「敗北した」からです。

この間、MASは、物議を醸した2019年の選挙を除き、第1回の投票で50%を超える得票率を獲得して勝利を果たしてきました。

※2019年選挙については、過去の配信記事「ボリビアの行方とパンデミック」(2020年5月11日)をご覧ください。

しかし今回、MASが擁立したエドゥアルド・デル・カスティージョ候補は15万9769票(3.16%)しか獲得できませんでした(全体では6位)。左派系の候補で1番得票が多かったのは、アンドロニコ・ロドリゲス候補で41万5611票(8.22%)でした(全体では4位)。

左派は今回の選挙に関しては「惨敗」を喫しました。それは左派に対する「懲罰的な」意味合いを持った抗議票の結果と言われています。

その理由は主に2つあります。1つは、ボリビア経済の悪化とその先行きが不透明であること、とくに庶民にとっては物価高に対する政府への不満です。もう1つはMASの内部対立と分裂に嫌気がさしていることです。

今回MASに関係する選挙運動は3つに分かれることになりました。

①当初はルイス・アルセ大統領が、MASの候補として再選を目指していましたが、投票に関する世論調査での評価があまりにも不人気であったことから、5月になって出馬を断念する意向を明らかにしました。その後継として指名されたのがデル・カスティージョ候補(36歳)でした。

デル・カスティージョ候補は弁護士でしたが、2020年11月に発足したルイス・アルセ政権の一員として内務大臣に任命されて職務を担ってきました(大臣に任命された時は32歳)。しかし立候補した後の世論調査でも同党への支持は思うようには伸びませんでした。

②アルセ大統領とMAS内で主導権を争って対立していたのが、エボ・モラレス元大統領(2006~2019年)でした。しかし2023年12月に憲法裁判所(TCP)が「無期限再選」は適用されないと宣言したことで、過去3期連続で政権を担ったモラレス氏が2025年の選挙に立候補することは事実上不可能となりました。

TCPは24年11月にも、連続か不連続かを問わず、任期は2期までで、3期目に延長することはできないとの判断を示していました。それにもかかわらず、今年2月にモラレス氏は今年の大統領選に立候補する考えを発表してMASを離党、3月末には新党「Estamos Volviendo Obedeciendo」を立ち上げました(但し選挙に出るには一定数の登録した党員数が必要)。時間的余裕がないために、モラレス氏は別の党からの立候補を模索していましたが、結局うまくいきませんでした。

その後、TCPは今年5月に同じ内容の裁定(2期を超える再選禁止)を明らかにしました。これにより、モラレス氏が大統領選挙に立候補することは完全に禁じられることになりました。

※モラレス氏はすでに3度(2006~2009年、2010~2014年、2015~2019年)政権を担っています。2009年に憲法改正が行われたので、新憲法の下では2度ということになります。

TCPの裁定に反発したモラレス氏は、結果的に今回の選挙についてはどの候補も支持せず、選挙の正当性に疑義を持たせようということで、無効票の獲得を目指すキャンペーンを展開しました。今回の無効票は100万4846票(19.86%)でした。この結果に対してモラレス氏は「私たちの抗議は聞き届けられました」とコメントしています。

③MASがアルセ大統領のグループとモラレス氏のグループの対立から分裂する中、両者から距離を置きつつ、左派勢力の第3極とも言うべき候補者が現れました。それが人民同盟から立候補したアンドロニコ・ロドリゲス現上院議員(36歳)でした。

ロドリゲス議員はMASに所属していましたが同党を離れて、5月に立候補を表明しました。人民同盟は3つの左派政党が大統領選挙を戦うために統一して今年4月に結成されました。

ロドリゲス氏は、モラレス氏と同じくコカ栽培生産農家の出身で、父親の影響もあり農民組合の会合に参加するなど組合の活動に従事してきました。そうしたこともあり、以前はモラレスの「後継者」とも見られていました。

しかしロドリゲス氏の立候補について、モラレス氏は「帝国の候補者」と呼んで批判していました。またモラレス派の議員も彼を「裏切者」として非難していました。

そうした声に対してロドリゲス氏は、「私はアルセ派の候補者でも右派、帝国の候補者でもない。私はより良いボリビア、平和と団結の中で生きたいと願うボリビアの候補者だ」と訴えていました。

「無効票や白票は中立的ではない。それは、我が国の資源を私有化し、大多数の人を排除し、ボリビアを見捨てた旧右派への便宜だ」としてモラレス氏のキャンペーンに反論していました。

同時にロドリゲス氏は、現在のボリビアの経済危機に対する責任はアルセ政権にあるとしてアルセ大統領も批判しています。

こうしたMASに代表される左派勢力の分裂と影響力の衰退が今回の結果に如実に表れていると言えます。

分裂したのは与党側だけではありませんでした。野党勢力の間でも昨年末の時点では候補者の一本化を図ることで合意していましたが、最終的に一本化の調整がうまくいかずに破綻して選挙戦を戦うことになりました。

選挙前の世論調査では、実業家のサミュエル・ドリア・メディナ氏(61歳)と前述のキロガ氏が20%台の支持率で争っていました(メディナ氏の方がやや優勢)。

メディナ氏は「統一同盟」から立候補しました。政治家のキャリアとしては、ハイメ・パス・サモラ政権(1989~1993年)の下で計画大臣を務めました。2005年、2009年、2014年には大統領選に出馬しましたが、いずれもエボ・モラレス氏に敗北しています。2020年の選挙では世論調査の結果がよくなかったため撤退しています。政治的な姿勢としては、キロガ氏よりも穏健派と見られているため、MASに幻滅した層からの支持を得られると見られていました。

今回の選挙では、メディナ氏は第3位で決戦投票には進めませんでした。選挙後の会見の中で、メディナ氏は、決選投票では第1位のロドリゴ・パス・ペレイラ氏を支持する考えを表明しています。

最後に、今回の選挙に大きな影響を与えた経済状況について簡単に触れておきます。

今回のMASの敗北は、MASの分裂もさることながら、「経済危機、インフレ、ガソリンを求める行列、そしてタイムリーに調整されなかった経済政策の結果」であるとの見方が一般的です。コロナ禍以降、ボリビア経済は非常に良くない状況にあります。

ボリビア国立統計研究所(INE)が2025年7月のボリビアのインフレ率を公表しました。それによると、2025年7月の消費者物価指数(CPI)は2024年と比較して25%もインフレとなっています。また今年1月から7月までの累計インフレ率は17%(前年同期比で14%の上昇)、2025年7月単月では1.20%(6月からはやや鈍化)となっています。

その要因ですが、これまでボリビア経済の好調を支えてきた天然ガスの輸出が減少していることにより、外貨(ドル、金)不足、自国通貨の価値下落が生じて、ドル高による持続的な物価上昇と、ディーゼル燃料およびガソリン不足を招いていると指摘されています。

そのような中で、市民が日々、食料品の値段をチェックしたり、ガソリンスタンドのWhatsAppグループ(LINEグループのようなもの)で、燃料がいつ入荷されるかをチェックすることに多くの時間を費やしていると報じられています。

こうした経済の危機的状況、「低成長(昨年のGDP成長率は0.7%)とインフレ」に対してアルセ政府が有効な対策を打ち出せていないことが、将来不安を高め、人々の怒りと不満を強めています。こうした状況が人々の投票行動に影響を与えることは選挙前から予想されていました。

第1位につけたパス氏(キリスト教民主党)は、MASの国家主導型の経済モデルに対して、「経済は国家のものではなく、人々のものだ」と言って問題視するとともに、キロガ氏のエリート主導の新自由主義政策も疑問視しています。その中で、パス氏は自らの立場を「第三の道」として、「少数者のためではない、すべての人のための資本主義」を掲げています。

いずれにしても、次の政権としては、この危機にあるボリビア経済と人々の生活基盤をどのように立て直していくのか、その手腕が問われることになります。

2025年8月29日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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