9月7日(日曜)、国内最大の選挙区であるブエノスアイレス州の州議会選挙が行われ、ハビエル・ミレイ大統領率いる与党「自由前進」は、正義党(ペロン主義)系野党に敗北を喫しました。今回の敗北は、ミレイ氏が大統領に就任して以来「最悪の敗北」とも評されています。
※州議会議員のほか、ブエノスアイレス州の各市議会議員と学校評議員も選出されました。
州議会選挙の結果については以下のとおりです。
ブエノスアイレス州議会選挙
改選議席 下院46(総数92のうち) 上院23(総数46のうち) 任期はいずれも4年
開票率98.96%で、
1位 フエルサ・パトリア(Fuerza Patoria):得票率47.28% 382万119票
2位 自由前進(La Libertad Avanza):得票率33.71% 272万3710票
※以下の政党については省略
獲得議席数 フエルサ・パトリア:下院21 上院13 合計34
自由前進:下院18 上院8 合計26
投票率は60.98%
▪「フエルサ・パトリア」:統一名簿で戦うことに成功した中道左派のペロン主義勢力の選挙連合の名称。
▪「自由前進」:「自由前進」と「Propuesta Republicana」(PRO:2015年から19年まで大統領だったマウリシオ・マクリが率いる中道右派政党)との選挙連合の名称。
両者の得票率の差は13ポイント超と予想以上に開きました。ブエノスアイレス州は全国の登録有権者数の40%近くを占めており、今回「フエルサ・パトリア」が同州8つの選挙区のうち6つで勝利しました。
ミレイ大統領は、選挙前には「キルチネル主義(ペロン主義左派)の棺桶に最後の釘を打ち込む」と豪語していましたが、結果は惨敗に終わりました。
※今回の選挙に先立ち今年5月に行われたブエノスアイレス市の市議会選挙では「自由前進」が勝利していました。
この結果に対して、ミレイ大統領は「政治的には、今日、我々は間違いなく明確に敗北を喫した」と述べるなど、早々に負けを認めました。にもかかわらず、「2023年に我々が大統領選挙で目指した方向性は変更されるどころか、むしろ強化されるだろう」と強気の姿勢を崩しませんでした。
今回の結果(与党の敗北)については、選挙前の各種世論調査でも示されていましたが、これほどの差がつくと政権側は予想していなかったと報じられており、政治的逆風が鮮明になっています。
今回の州議会選挙は、10月26日に国会議員選挙(中間選挙)が控えていることから、その「前哨戦」と見られていました。以下、与党が敗北し野党が勝利した主な要因は何だったのかについてまとめてみます。
(1)経済状況の停滞
まずは、経済状況の停滞と国民生活への影響という点です。
ミレイ氏が大統領に就任するにあたり掲げた主な公約は、一言でいえば、アルゼンチン経済の回復と安定でした。
そのために非常に高いインフレ率を抑制し、為替レートの安定を維持するために、財政支出のドラスティックな削減など一連の措置を講じてきました。インフレ率の低下などそれぞれの数字に変化が見られるものの、それに伴う「副作用」も明らかとなっています。
それらが今回の選挙結果にどれほどの影響を与えたかは推測の域を出ないところがありますが、少なからず影響していることは各種調査などからも示されていると言えます。
貧困率(人口比)についてですが、2024年第1四半期に過去最高の54.8%に達しました(同年前半期52.9%)。同年後半には38.1%まで減少しました。2025年第1四半期の貧困率は31.7%(推計値)となっています(アルゼンチン国家統計センサス局(INDEC)による正式発表は年2回)。
政府の人的資本省は、この減少に関して政府のインフレ抑制とマクロ経済の安定化政策によるものと説明しています。このように貧困率は減少しているものの、依然として国民の3分の1以上が貧困状態にあるのも事実です。
今年7月に世論調査機関の「スバン・コルドバ」が実施した調査によると、アルゼンチン人の50.3%が失業を恐れており、63.7%が生活の糧を得るのがますます困難になっていると回答しています。また、65.1%が過去6ヶ月間で経済状況が悪化したとも回答しています。他にも、多くの人にとって月々の支出が月末までに賄えなくなっているとの専門家の指摘もあります。
こうした生活苦の訴えに対して、ミレイ大統領は「もしそれが本当なら、(その人たちは)街頭で過ごさなければならず、そこは遺体でいっぱいになっているはず」(そんなことはないの意)と答えています。
マスメディアによると、「ブエノスアイレス州は国内で最も貧困が深刻な地域」であり、地元の産業も打撃を受けていると指摘しています。ミレイ氏が大統領に就任して以来、同州では民間部門の雇用が44,000も失われたとの報道もあります。
他にも、ドル高抑制のために、中央銀行が市中銀行に対して預金準備率の引き上げを課し、ペソの流通量の減少を図ったことで、金利が急上昇するなど、企業にとって資金調達コストの負担が大きくなっています。さらに家計のローン金利も上がっています。今回の選挙後には、ペソも株価も急落するなど市場は不安定な動きを続けています。
(2)汚職疑惑の発覚
経済状況に続いて大きな影響を与えたのが、8月に発覚した汚職疑惑でした。
8月20日、ミレイ大統領の妹で大統領府長官のカリーナ・ミレイ氏が、国家障害者庁(ANDIS)の医薬品購入を巡る贈収賄疑惑に関与していたとされる一連の音声データがマスメディアやソーシャルメディアなどに流出しました。
流出した録音データには、ミレイ兄妹と最も親しい協力者の1人であり、この時障害者庁長官だったディエゴ・スパグヌーロ(Diego Spagnuolo)氏とされる人物の発言が記録されており、障害者用の医薬品調達に関して、製薬会社が契約維持のために資金提供を行い、カリーナ・ミレイ氏がキックバックによる賄賂(キックバック総額の3%程度)を受け取っていたとする内容が含まれていました(政権与党による組織的な関与の疑い)。またこの人物は、メッセンジャーアプリ「WhatsApps」でのカリーナ氏の全メッセージを保持しているとも証言しています。
この音声データの漏洩をきっかけとして、スパグヌーロ氏は解任され、司法当局が大規模な捜査に乗り出す事態となりました。またグレゴリオ・ダルボン弁護士がすぐに裁判所に告発状を提出しました(ダルボン氏は以前に正義党左派で元大統領のクリスティーナ・フェルナンデス氏の代理人を務めていました)。そうした背景もあり、ミレイ政権は、この汚職疑惑を否定した上で、「(野党勢力による)政治工作」によるものだと主張しています。
ミレイ大統領とその政権に対する信頼度には、今回の贈収賄疑惑が明らかになる前から陰りが見えていましたが、この疑惑が国民の信頼をさらに大きく損なう動きに拍車をかけたことは、選挙結果を見ても明らかだと言えます。
2023年の大統領選挙に勝利した際、ハビエル・ミレイ氏は、私腹を肥やすために国家とその資金を利用してきた役人などの「カースト」を終わらせると述べていたにもかかわらず、こうした事態を招いたことの政治的責任は避けられないと考えられます。
その上、「ラテンアメリカの現在」25年7月29日の記事でも触れましたが、議会内においても野党側の攻勢が強まっており、ミレイ大統領が推進してきた政策に対してブレーキがかかる状態になっています。今回の汚職疑惑の展開次第では、今後の政権運営に大きな支障をきたす可能性が出てきました。
(3)野党側の動き:中道左派のペロン主義勢力の統一
今回の州議会選挙で正義党系の左派が勝利した要因として、それぞれに違いがあるにもかかわらず、ペロン主義内の各勢力が統一して選挙を戦うことができたことが指摘されています。
具体的には、アクセル・キシロフ、セルヒオ・マッサ、マキシモ・キルチネルの3者が事前の話し合いで協力することで合意(7月9日)し、「フエルサ・パトリア」として今回の選挙戦を戦いました。
▪アクセル・キシロフ(Axel Kicillof)氏は、現職のブエノスアイレス州知事であり、クリスティーナ・キルチネル政権下で経済大臣を務めました。
▪セルヒオ・マッサ(Sergio Massa)氏は、アルベルト・フェルナンデス前政権下で経済大臣を務めました。2023年大統領選の決選投票でミレイ氏に敗北。クリスティーナ・キルチネル派とは一線を画しています。
▪マキシモ・キルチネル(Máximo Kirchner)氏は、アルゼンチンの元大統領ネストル・キルチネルとクリスティーナ・フェルナンデス・デ・キルチネルの息子であり、正義党員(現下院議員、ブエノスアイレス州正義党党首)です。
ブエノスアイレス州の州議会選挙は、従来は国政選挙と同時に行われてきましたが、今回はキシロフ州知事の判断によって国政選挙と切り離して実施した(2003年以来初めて)ことがペロン派の「勝利」につながったと言われています。
クリスティーナ・フェルナンデス氏が今回の選挙の分離実施に反対していたことや、キシロフ氏がペロン派の「刷新」を訴えていたこともあり、両者の相違は明白になっていました。今回の選挙結果により、キシロフ氏の影響力が強まり、メディアなどでは「2027年の大統領選に向けた有力左派候補」として注目を集めています。
※詳しい経緯は省略しますが、クリスティーナ・フェルナンデス氏については、今年6月10日、副大統領在任中の公共事業に関する汚職に関する訴訟で、最高裁が下級審の判決を支持する決定を下し、禁錮6年の判決が確定しました。また同月17日、裁判所は高齢などを理由に自宅軟禁とすることを許可しています。こうしたこともあり、最終的にはクリスティーナ・フェルナンデス氏がキシロフ氏の意向を受け入れざるを得なかったと言われています。
キシロフ氏は、選挙後に「投票箱が大統領に明確なメッセージを送った。公共事業の停止、年金削減、障害者支援や医療・教育・文化予算の削減は許されないというメッセージを。」と訴えました。
注目を集めている10月26日の国会選挙に向けて、今回と同じような統一した連合を全国レベルで維持・提示できるかどうかが中道左派勢力にとって大きなカギとなることは確かだと見られています。
2025年9月25日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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