11月16日(日)、南米チリで次期大統領選挙と国会(上下院)議員選挙が行われました。その結果についてまとめてみます。
(1)大統領選の結果
大統領選挙は8名の候補者で争われました。結果(数字は得票率)は以下のとおりです。
①ジャネット・ハラ候補(共産党)26.85%
②ホセ・アントニオ・カスト候補(共和党)23.92%
③フランコ・パリシ候補(人民党) 19.71%
④ヨハネス・カイザー候補(国民自由党)13.94%
⑤エヴリン・マテイ候補(独立民主同盟)12.46%
⑥ハロルド・メイネ-ニコルズ候補(無所属)1.26%
⑦マルコ・エンリケス-オミナミ候補(無所属)1.20%
⑧エドゥアルド・アントニオ・マルテス候補(無所属)0.66%
白票:1.06% 無効票:2.68% 投票率:85.26%(チリは義務投票制)
※チリの大統領は再選を認めておらず一期のみ。次の任期は2026年3月11日から2030年6月11日までの4年間。
いずれの候補者も過半数に届かなかったため、上位2名による決戦投票が12月14日(日)に行われることになりました。
現在の与党であるボリッチ政権を含めた中道左派勢力は早くから候補者を共産党のハラ氏に一本化し(6月29日)、選挙直前の世論調査でもトップに立っていました。
一方、カスト氏に代表される右派勢力からは、3名(カスト氏、カイザー氏、マテイ氏)が立候補しました。その中でカスト氏が「勝利」(全体では2位)したことで、12月の決戦投票は左派のハラ氏と右派のカスト氏の一騎打ちとなります。
12月の決戦投票に向けては、多くのメディアが、カスト氏「有利」・ハラ氏「苦戦」と報じています。というのも、今回の投票での他の右派候補(4位のカイザー氏と5位のマテイ氏)の得票率の合計が26.4%で、これをそのままカスト氏の得票率と合計すると50.32%の過半数となるからです。
そこでカギと見られているのが、今回3位につけたハリシ氏を支持した票の行方です。仮にハリシ氏の得票率19.71%がそのままハラ氏の得票率に上乗せされたとしても46.56%で過半数には届きません。当初からハラ陣営は1回目の投票で30%台の得票率を目標にしていましたが、思ったようには支持が伸びませんでした。
上記のことはあくまでも単純な計算上のことであり、12月14日までの限られた時間の中で両陣営、とくにハラ候補がどのような訴えをして有権者の支持を獲得していくのかが注目されます。
ハラ氏は、今回の結果を受けて、「わが国には未来があり、それは子どもたちの中にあります」と述べました。「民主主義は守られ、尊重されなければなりません。私たちは民主主義を取り戻すのに多くの犠牲を払ったにもかかわらず、今、民主主義は危険にさらされています」と呼びかけました。
他方、カスト氏は「チリの利益のため、そして私たちが直面している危機を乗り越えるためには、団結が不可欠です。チリという大義のために、私たちは団結しなければなりません」と訴えました。こう訴えるカスト氏の傍には5位のマテイ氏の姿があり、4位のカイザー氏もカスト氏への支持を表明しました。
カスト氏本人は「3度目の正直」と語っています(今回が3度目の挑戦。前回はボリッチ現大統領に敗れた)。今回の選挙でカスト氏が掲げている政策は、米国のトランプ大統領の政策と同じように、「不法移民」対策と称した国境取り締まりの強化や、組織犯罪に強硬な対応を取ることなどを提案しています。
カスト氏は、弁護士出身で保守的なカトリックと言われています。「極右」と言われることには否定的な態度を示していますが、過去には、軍事独裁を敷いたアウグスト・ピノチェト氏を支持する発言をするなど、物議を醸してきました。
他方、事前の予想を上回って全体の3位につけたパリシ氏は「街頭で支持(票)を獲得せよ」と、ハラ氏にもカスト氏にも呼びかけて、どちらの候補に対しても支持を表明しませんでした。中道右派と言われるパリシ氏は、それぞれの候補を「極左」と「極右」と規定して、「イデオロギー」よりも「国民」を優先するよう訴えました。
自らを既存勢力の「アウトサイダー」として押し出し、左派も右派も国民を利用してきた、その悪弊を終わらせるというのがパリシ氏が演説で強調している点です。選挙戦では自らを、「怒り」を持った中間層の代表と位置づけてきました(※パリシ氏は、経済学者として米国の大学で教鞭をとってきました。大統領選への出馬はカスト氏と同じく3度目)。
パリシ氏の3位「躍進」は、こうした訴えが一定の支持を得たことの表れです。あとで見るように、下院議会ではパリシ氏の率いる「人民党」が14議席を獲得したことで「キャスティング・ボード」を握っていると見られています。
カスト氏が「有利」な中、ボリッチ現政権を支えてきた左派勢力がハラ氏のもとで引き続き政権を継承し維持できるかどうかの岐路に立っていると言えます。
(2)国会(上下院)議員選挙の結果
続いて、政党連合別(現在の与野党)の国会議員選挙の結果は以下のとおりです。
▪下院(改選:全155議席)
与党(左派)
①「チリのための統一」(Unidad por Chile:共産党・社会党・拡大戦線など7政党)(61議席)
②「緑、地域主義、人道主義」(Verdes, Regionalistas y Humanistas:緑の地域主義・社会連盟)(3議席)
③「無所属」(現与党支持)(1議席)
野党(右派)
①「偉大で統一したチリ」(Chile Grande y Unido:独立民主同盟・民主党など4政党)(34議席)
②「チリのための変革」(Cambio por Chile:共和党・国民自由党など3政党)(42議席)
※「人民党」(14議席):現時点で議決の際に野党に加わるか不明
▪上院(改選23議席 全50議席)
与党(左派)
①「チリのための統一」(Unidad por Chile)(改選11+非改選9 計20議席)
②「緑、地域主義、人道主義」(Verdes, Regionalistas y Humanistas)(改選1+非改選2 計3議席)
「無所属」(現与党支持)(改選0+非改選2 計2議席)
野党(右派)
①「偉大な団結したチリ」(Chile Grande y Unido)(改選5+非改選13 計18議席)
②「チリのための変革」(Cambio por Chile)(改選6+非改選1 計7議席)
人民党は獲得議席0
※( )内は獲得議席数
この結果、下院では野党の右派勢力は合計76議席を獲得しましたが、過半数の78議席には2議席及びませんでした。しかし態度を明確にしていない人民党の対応如何では右派が過半数を制することになります。
上院では、改選・非改選を合わせて右派勢力が25議席を獲得、一方、与党支持と見られている無所属を含めた左派勢力も25議席となり、同数で拮抗する結果となりました。
(3)大統領選挙での大きな争点
再び大統領選にもどって、今回の大統領選挙の争点の一つが、犯罪の増加による治安対策と急増する移民への対応と言われてきました。とくに組織犯罪の増加への対応が有権者の大きな関心事となっています。
移民の増加については、国立統計局(INE)のデータによっても近年急増していることが明らかになっています(2024年の調査では160万人超、人口比約8.8%、2017年~24年の間で倍増)。来ている国で多いのはベネズエラ(全体の41.6%)で、続いてペルー(14.5%)、コロンビア(12.3%)となっています。
この移民の急増に関して多くの人が「不安」を抱くようになっていることが世論調査でも顕著となっています。公共研究センター(CEP)の調査では、自分の地域に外国人がいることについて「非常に心配している」と答えた人の割合が約44%、「ある程度心配」が約22%、「ほとんど、あるいは、まったく心配していない」が約34%となっています。
そして、移民と犯罪の増加との関連についてですが、移民の増加が犯罪率を高めている(国内の治安が悪化している)と考える国民の割合が増えています。チリのカトリック大学が行った調査(2023年)では、犯罪増加の原因は移民にあると考えている人が9割にも達しています。
しかし、統計上の分析ではその関連性が薄い(移民が増えていても、外国人の犯罪がとりわけ増えているわけではない)ことが指摘されています。
但し、外国人の犯罪種別で多いのが薬物関連の犯罪(麻薬密売)、組織犯罪(強盗)であることや、殺人事件でも犯人が外国人だった場合にメディアの報道が頻繁に行われていることなどにより、人々の認識がそのように(移民が増えたことで外国人による犯罪が増えたと認識)作用しているのではないかと分析されています。
(4)決戦投票に臨むハラ候補の経歴
先にも少し触れましたが、右派で反リベラルと見られているカスト氏に対して、ハラ氏は自らを「民主主義の守護者」としての立場をより積極的に打ち出す必要があると見られています。
ハラ氏が共産党員であることから、共産党に対する抵抗感を持たれている側面のほかに、現与党の左派連合からの候補でもあることで、国民が関心を持っている治安や移民問題に対する現政権の対応が不十分であると考えている有権者からの支持を得られていないという面があります。
つまり決戦投票に臨むにあたって、国内治安への人々の不安や移民の増加といった問題に十分な関心を示すことで、ハラ氏が現政権に批判的な立場をとる有権者の間でどれだけ支持をのばすことができるのかが勝負の分かれ目と見られています。
ハラ氏(51歳)は、首都州サンティアゴ北部の低所得地域である旧コンチャリ(現在はインデペンデンシア)の出身で、父親が工場の機械工で労働組合の活動家、母親が主婦で、5人きょうだいの長女として育ちました。きょうだいの中で大学に進学したのは彼女だけだったとのことです(大学では行政学と法学を学び、学費は働いて賄っていた)。
1989年(10代半ば)にチリ共産主義青年団に参加し、チリ共産党には1990年に入党し活動しています(ピノチェト独裁から民政移管の時期)。職業上のキャリアとしては、行政官と弁護士になっています。政治家としては、第2期ミシェル・バチェレ政権(2014~2018年)時に社会保障次官に就任し、現在のボリッチ政権では労働・社会保障大臣を務め(2022年3月から2025年4月まで)、労働時間の短縮や最低賃金の引き上げ、年金改革などに尽力してきました。
来月半ばの決戦投票によって、2030年に向けてのチリの政治と社会の方向性が決せられることになります。引き続き状況を注視していきたいと思います。
2025年11月29日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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