12月14日、大統領選挙の決選投票が行われ、1回目の投票で2位だった右派のホセ・アントニオ・カスト氏が、左派のジャネット・ハラ氏を破って当選を果たしました。
※11月に行われた1回目の投票については前回(11月29日)配信の記事(チリ 11月大統領選挙の結果)をお読みください。
(1)決戦投票の結果
最終的な結果は以下のとおり。
ホセ・アントニオ・カスト 得票数(7,254,850) 得票率(58.16%)
ジャネット・ハラ 得票数(5,218,444) 得票率(41.84%)
投票率85.06% 白票165,355(1.23%) 無効票783,001(5.83%)
この結果、現在のガブリエル・ボリッチ大統領率いる左派政権から右派政権へと政権交代が行われることになります(新しい大統領の任期は2026年3月11日から2030年3月11日までの4年)。
チリでは大統領の連続再選が認められていないこともあり、近年は大統領の任期ごとに左派と右派が交互に大統領の地位を占めてきました(ボリッチ大統領の前は、2006年から左派のミシェル・バチェレ氏と右派のセバスティアン・ピニェラ氏が交互にそれぞれ2回大統領に就任)。
今回、両者の得票率の差は16.32ポイントであり、大きく差をつけられました。またチリの全ての地域でカスト氏の得票率がハラ氏を上回っており、得票数でも「過去最高」を記録しました。
※「得票数」の多さについては、登録選挙人(有権者)の人数が増えていること、また以前(任意投票制)と違って、今回初めて「義務投票制」(法律上投票が義務付けられている)の下での選挙になったことが影響している部分があることも指摘されています。
前回2021年の大統領選の登録選挙人の数は15,030,973人で、今回は15,779,102人。前回の投票率ですが、この時も決選投票となり、任意投票制の下で55.64%でした。今回の投票率とかなり差があることがわかります。
事前の選挙予想でもカスト氏が「勝つ」と見込まれていましたので、この結果に「驚きはなかった」と言われています。
(2)カスト氏が勝利した要因
3度目の挑戦でカスト氏が勝つことができた要因はどこにあったのか、BBCの記事などを参考にまとめてみたいと思います。
勝因の1つとされているのが、多くの国民が抱いている「恐れ」「不安」の感情に強く訴えたことです。それは「組織犯罪」と「不法移民」に対する「恐れ」です。しかもこの2つは関連したものと考えられています。つまり、流入する「不法移民」が「組織的に犯罪行為」を行っている、そのため社会の治安や平穏が脅かされているという考えです。
事実、カスト氏が提案する政策も「犯罪組織の摘発の徹底」や「不法移民対策の強化」など、この点にクローズアップしたものとなっています。例えば、30万人と言われる「不法移民」の国外追放などです。
カスト氏は勝利した直後の演説の中で、「恐れを抱くことなく生きるという希望が勝利した」と述べ、自らが掲げる「変革の道が支持された」ことを強調しました。
その上で、「安全がなければ平和はない、平和がなければ民主主義はない。民主主義がなければ自由はない。そしてチリは再び犯罪、苦悩、恐怖から解放されるだろう」と訴えました。
その一方で、「ここには魔法のような解決策はない」「一日ですべては変わらない」、「我々に奇跡を求めるのではなく、エネルギーを求めてください」と述べて、結果が出るには時間がかかることを強調しています。
さらに、左派と右派という分断の克服と協調を呼びかけるとともに、自らを「すべての人の大統領」として押し出しています。
勝因の2つ目として指摘されているのは、これまでは「極右」のイメージが強かったのに対して、今回は「穏健派」に徹したことが「中道」的な立場の人々からの支持を得ることに成功したという点です。
とくに決選投票にあたっては、リベラル寄りの右派や中道的な立場を意識したメッセージを発することで、1回目の投票で3位につけた「中道」のパリシ氏を支持した票や、中道左派連合の右派寄りの票のそれぞれ一部を獲得したと評価されており、これらが「大勝」に結びついたと分析されています。
例えば、中道左派連合内のキリスト教民主党に属していたエドゥアルド・フレイ元大統領が、決選投票を前にしてカスト氏と会談しています(但し、フレイ氏はカスト氏への明白な支持は表明しなかったとされています)。
前回ボリッチ大統領に敗れた2021年の選挙の時には、カスト氏は保守的なカトリック教徒として、性的マイノリティの権利や中絶の権利に対して否定的な考えを示すとともに、独裁者であったピノチェトを称賛する旨を公言していました。
それに対して、今回の選挙戦では、そうしたテーマについては、チリの国民にとっての優先事項ではないと回避して、専ら先に挙げたテーマ(治安回復など)について取り上げることで「極右」というイメージを薄めようとしていました。
今回の選挙で「極右」的な役回りを演じたのが、国民自由党のヨハネス・カイザー候補でした(1回目の投票では第4位)。カイザー氏は、ピノチェト軍事政権下で人権侵害を行った人物の恩赦を提案していました。
結果的に決戦投票はカスト氏の「圧勝」となったわけですが、これがそのままカスト氏への全面的な支持につながっているかについては疑問視する向きもあります。
というのも、1回目の時のカスト氏の得票率は23.92%でしたが、これは前回(2021年)の時の1回目の得票率だった27.91 %を下回っているからです(2021年は7名で争われました)。先に見たように登録選挙人数と投票率が上がっているにもかかわらず、カスト氏自身への支持が増えているとは単純に言えないと見られています。
(3)「右傾化」が進む南米地域
カスト氏の勝利に対して海外からは、アルゼンチンのハビエル・ミレイ大統領が「中南米の自由を守る一歩」と祝意を表明し、米国のマルコ・ルビオ国務長官が、チリと治安改善や貿易促進での協力を期待する旨の声明を発表しました。
※アルゼンチンでは10月26日に上下院議会の「中間選挙」が行われ、「苦戦」という事前の評価とはうらはらに、上下院ともミレイ大統領率いる与党連合が40%以上の得票率を獲得して勝利しました。
早速、カスト氏は16日(火)、アルゼンチンのブエノスアイレスでミレイ大統領と会談しました。今後の両国関係について「かつてないほど良好な関係を築いていくだろう」と報道陣に語りました。また、「独裁政権を終わらせるあらゆる状況」を支持すると述べて、ベネズエラへの米国の介入に対する賛同を表明しました。
その一方で、コロンビアのグスタボ・ペトロ大統領は、カスト氏が勝利した後、SNSで「ファシズムが進んでいる」とカスト氏を批判するコメントを発しています。
また、敗れたハラ氏はSNSを通じて「民主主義は力強く、そして明確に語りかけた。私は今、次期大統領のカスト氏と話をして、チリの利益のために彼の成功を望んでいることを伝えました」とコメントしました。
2019年秋の大規模な社会運動から生まれた左派のボリッチ政権でしたが、ピノチェト独裁時代の影響が残る憲法を改正しようという試みが2度に渡って失敗したことで、顕著な成果を残すことができなかったと言えます。今回の敗北から何を学び、中道派を含めた左派勢力の立て直しを図っていくのかが問われています。
さらに、来年はコロンビアとブラジル、ペルーで大統領選挙が行われます。南米地域でより一層の右傾化に拍車がかかるのか、それを押し留めるのかが注目されます。また現在の米国トランプ政権によるベネズエラへの戦争挑発の動きがどう展開されていくのか、戦争反対の意思を示しつつ、事態を注視していきたいと思います。
2025年12月19日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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