今回の記事は、『アジェンダ』92号(2026年春号)所収の拙稿「米国による「力の支配」を許さない─ベネズエラへの軍事侵攻とキューバへの圧力強化」、本サイト第99回記事「圧力を強めるトランプ政権と緊急対策の実施」(2026年2月27日付)の続きとなるものです。
(1)2月以降の主な出来事
① 2月25日 キューバ島中部ビジャ・クララ県の北側沿岸沖で、領海内に侵入した米国の高速艇(フロリダ州で登録)と巡視艇に乗ったキューバ国境警備隊(5名)の間で銃撃戦が発生。
キューバ当局(内務省)の発表によると、ビジャ・クララ県のカヨ・ファルコネス付近の沖(領海内)で、高速艇の乗組員(10名)が、約1万3000発の弾薬、ライフル銃13丁、拳銃11丁を所持してキューバへの侵入を試みたと報告されています。
また高速艇の乗組員が発砲したことから銃撃戦となり、乗組員のうち4名が死亡、残りの6名はキューバ当局に拘束されました(治療を受けるが、3月4日に1名が死亡したと報告)。キューバ側では警備隊の指揮官が負傷しました。
その後の調べによると、高速艇の侵入は「テロ目的」であったこと、乗組員10名は全員、米国在住のキューバ人であったことが報告されています。このうち2名はキューバで指名手配されていた人物であることが確認されています。米国政府は情報を確認しているとしつつ、今回の件に対する米国政府の関与については否定するコメントを出しています。
この事件に関して、キューバのディアス=カネル大統領は、米国の捜査当局と協力しており、米連邦捜査局(FBI)のチームが詳しい捜査のために近くキューバに派遣される予定であることを明らかにしています。
② 3月12日 囚人51人を釈放することを発表。
12日夜、キューバ外務省が、「キューバ国家とバチカンの間の善意と緊密で円滑な関係に基づき、(略)近日中に、懲役刑を宣告された51人を釈放することを決定した」との声明を発表しました。
釈放される受刑者の氏名や刑を受けた罪状などについての詳細は報告されていませんが、全員が「刑期の相当部分を服役」し、「刑務所内で善行を維持してきた」と述べています。釈放自体は国内の制度に則ったものであり(過去にも行われている)、「主権に基づく決定」としています。
これに対して、アムネスティ・インターナショナルは、今回の釈放対象の中に「政治的な理由で自由を奪われた人々」が含まれるかどうかなど、明確な説明がないことを批判的に指摘しています。
③ 3月13日 ディアス=カネル大統領の記者会見が行われる。
ディアス=カネル大統領は、現在のキューバが直面しているエネルギー危機(燃料・電力不足)を解決するために、米国政府と協議を始めたことを明らかにしました。同大統領は「対話を通じて、両国間の相違に対する解決策を見い出すことを目的としている」と説明しています。
協議については、ラウル・カストロ元国家評議会議長、共産党・政府の高官らとともにディアス=カネル大統領が主導したと述べています。協議の具体的な内容や米国側の代表団などについての詳細は明らかにされていません。
同じ会見の中で大統領は、キューバのエネルギー供給の解決が最優先事項だと述べました。エネルギー供給の問題は、今年の米国によるベネズエラへの軍事侵攻以前から続いてきた問題ですが、侵攻以降事態がより深刻化しています。
大統領の説明では、米国政府の禁輸措置により、過去3か月の間、石油の受け取りが一切行われていないと述べています。同国に必要な原油量のうち、40%は国産で賄っており、その燃料を使って発電を行っているが、それだけでは国内需要を賄うには不十分だとしています。
さらに電力不足に関しては、現在の発電設備が老朽化していることも影響しており、ここ数週間で深刻な停電が全国で発生していること、その影響は各家庭のみならず、基幹産業である観光業にも大きなダメージを与えているとしています(報道によると、停電は10時間以上に及ぶ場合もあります)。
④ 3月13日夜 キューバのモロン市で、抗議行動が発生。
内務省の発表によると、13日(金)から14日(土)にかけての夜間に、キューバ中部に位置するシエゴ・デ・アビラ県のモロン市において、集まった人々が市の共産党本部の事務所を破壊し、5人が逮捕されたと報じられました。
キューバでは全国的に長時間に及ぶ停電が頻発しており、こうした状況が改善されないことに対する国民の不満が強まって、たびたび抗議行動が起こっています。
先のディアス=カネル大統領の記者会見でも説明されているように、米国のベネズエラへの軍事侵攻とその後のベネズエラ産原油の輸出停止措置、さらに原油供給国であったメキシコへの関税圧力の強化によって、キューバへの原油供給が事実上断たれている中で、2月以降、キューバ政府は緊急措置を余儀なくされています(燃料の配給制や計画停電など)。
その結果、市民生活に大きな悪影響が出ています。その影響は停電だけでなく、病院の救急医療サービスの制限や公共交通機関の一部停止、さらにはゴミ収集もままならない事態になるなど、多岐に及んでいます。
今回事件が発生したモロン市のあるシエゴ・デ・アビラ県の新聞である「インバソール」紙によると、この日(3月13日)のデモについて、「当初は平和的に始まったものが、地元当局とのやり取りを経て、市党委員会の本部に対する破壊行為へと発展した」、「少数のグループが建物の入り口に石を投げつけ、受付エリアの家具を使って路上に火をつけた」と報じています。
その他にも、薬局や商業施設が投石などの被害を受けたことなどが報じられています(但し具体的にどのような被害があったか詳細が報じられていないことへの批判的意見や、単に経済的な不満の表明だけでなく、政府を批判する政治的な意見の表明ともあったとの声も出ています)。また当時の様子についてはSNSを通じて画像や動画として拡散されました。
今回の事態に対して、ディアス=カネル大統領は、SNSを通じて「不満は理解できる」、「苦情や要求は正当なものだ」と認めたものの、同時に「(要求の申し立ては)公共の秩序を尊重して行うこと」、「安全を脅かす暴力行為や破壊行為は(略)容認できない」と批判しました。
今回の事態以外にも、夜間に人々が集まって路上や自宅で鍋やフライパンを叩いて抗議する行動が発生しています。ハバナ大学でも学生たちが学業にも影響が出ていることに抗議して座り込むなどの行動が起こっています。
⑤ 3月16日 全国で停電が発生。
キューバ電力公社(UNE)は、16日、「全国電力システムが完全停止に見舞われた」と発表しました。完全停電は過去1年半で6回目を数え、米国による原油輸入が阻止されてからの完全停電は初めてと報道されています。
この時点では完全停電の原因や、復旧期間などの詳細については言及がありませんでした。監督官庁であるエネルギー・鉱山省は、「復旧手順が発動された」と述べるにとどめており、いくつかの火力発電所に問題があった可能性については認めていませんでした。
国営テレビの報道によると、停電が発生したのは現地時間の午後1時40分とのことでした。その後の報告として電力公社は「送電停止まで稼働していた火力発電所の損傷は報告されていない」と伝えています。
キューバは慢性的な電力不足と頻繁な停電に悩まされ続けています。3月4日にも全国の3分の2に及ぶ大規模停電が発生しています。電力不足については、設備のトラブルによる停電のほかに、米国政府の原油の禁輸措置によって、2月から「計画停電」という緊急措置を取らざるを得なくなっています。
現在、キューバは発電用エンジンに必要なディーゼル燃料や重油をほとんど入手できない状況にあると報道されています。そのため、分散型発電設備(ディーゼルエンジンや重油エンジンを使用)については1月から停止状態にあることが報告されています。
電力供給の問題については、発電設備を動かすための燃料の不足だけでなく、発電設備のほとんどが数十年前のもの(旧ソ連製)であり、設備老朽化や部品の不足、さらには技術者も不足していることでメンテナンスが十分に行われていないという構造的問題を抱えています。そのため頻繁に稼働停止が起こっているのが現状です。
キューバにある16基の火力発電所のうち、9基が故障またはメンテナンス作業のためにこの日(13日)には稼働しておらず、トラブルが発生しなくても、当初の予想では電力需要のピーク時で62%が供給されないと見られていました。
今回の全面停止については、「全国電力系統の完全遮断」によるものと電力公社が述べているように、燃料不足によるというよりも(燃料としては主に国産の石油が使用されているため)、基本的には老朽化した設備に対する投資不足の結果と見られています。
このため、キューバのエネルギー問題は、この部門への新規投資の不足と米国による経済封鎖という複合的な要因によるものであると専門家は見ています。
(2) 米国・トランプ大統領の反応
トランプ大統領は、ベネズエラへの軍事侵攻以降、事あるごとにキューバの「体制転換」を促す発言を繰り返してきました。その中でキューバ側と対話を行っているとも述べてきました。キューバ政府は当初これを否定していましたが、13日の記者会見でキューバのディアス=カネル大統領が米国と協議を始めたことを認めました。
それから数日後の16日、トランプ大統領は、記者の質問に応える形で、「私はキューバを掌握する栄誉を得ることになるだろう」と述べました。さらに、「解放するにせよ、奪うにせよ、はっきり言って、どうにでもできると私は思っている。今や、非常に弱体化した国家だ」とまで述べています。
自らが行っている行為(経済封鎖)を棚に上げて、このような相手を見下した、植民地主義的な発言は到底許されるものではないと思います。
今年に入って以降、ベネズエラ・キューバに対する圧力を強めるだけでなく、イスラエルとともにイランへの軍事行動を繰り広げるなど、トランプ大統領の言動は、世界の平和を掘り崩すものでしかなく、その無法ぶりは目に余るものがあります。一刻も早くこの圧力をやめさせる必要があります。
2026年3月22日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
©2026アジェンダ・プロジェクト