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ペルー 大統領の辞職と政治的危機の構図

 今年11月に入って、ペルーでは1週間のうちに2人の大統領が辞職し、3人目の大統領が就任するという事態に陥りました。「政治的危機」と呼ばれる今回の出来事の背景には何があるのか、繰り返される大統領交代の舞台裏を探ってみたいと思います。

(1)1週間で3人目の大統領が就任する事態に

 事の発端は、11月9日に国会でマルティン・ビスカラ大統領(当時)に対する「罷免」が可決したことでした。ちなみにペルーの国会は一院制で定数は130名です。

 マルティン・ビスカラ元大統領が辞職に追い込まれた原因は過去の汚職疑惑でした。ペルー南部のモケグア県知事時代(2011~14年)に公共工事(灌漑事業と病院建設)に関連して建設会社から賄賂を受け取っていたとする疑惑です。ビスカラ氏はこの疑惑を否定しましたが、国会では、大統領が「道徳的能力の欠如」(憲法113条の規定)であると宣言する決議が3分の2を超す賛成(賛成105票、反対19票、棄権4票)を得て承認されました。

 この憲法上の規定により、ビスカラ氏は大統領の地位を退きました。大統領がその地位を失った場合、通常は第一副大統領(ペルーには第一副大統領、第二副大統領がいます)がその任に就きますが、この時、第一・第二副大統領がともに空位であったので、憲法の継承順位に従ってマヌエル・メリノ国会議長が翌日(10日)、暫定大統領に就任しました。

 しかし、今回の辞職が「議会クーデター」であるとする批判の声が高まり、抗議デモが全国各地で発生、首都リマでは治安部隊との衝突によって20代の若者2人の死者と多数の負傷者を出す事態に至りました。

 こうした抗議行動に対する弾圧への責任を問う形でメリノ大統領の辞任を要求する声が強まる中、14日から15日かけてメリノ大統領が任命した新閣僚13人が辞任し、15日には就任からわずか5日でメリノ大統領が辞任する意思を表明しました。

 そして17日、フランシスコ・サガスティ国会議長が、国会の投票により新たな暫定大統領の座に就きました。サガスティ氏が所属する「モラード党」は、ビスカラ大統領が「道徳的能力の欠如」であるとする採決で唯一反対票を投じています。サガスティ大統領の任期は来年7月28日までです(元々の任期が2016年7月~2021年7月)。来年4月11日には総選挙が行われる予定です。

 サガスティ新大統領は国会で就任演説を行い、デモで亡くなった2人の家族らに対して「国を代表して許し」を求めるとともに、「これらの若者たちを生き返らせることはできない」とも述べました。そして「この先例のない危機の時期において」、「絶対に必要なことは、平静、落ち着き、沈着を保つこと」であるが、「これを、受動的であること、従順、あきらめと取り違えてはいけない」と呼びかけました。

(2)今回の事態に至るまでの経緯

 1週間で2人の大統領が辞職するという今回の事態に至るまでの流れを見ると、それは、以前から続いていた大統領と議会との政治的な対立がもたらした1つの帰結であるとも言えます。

 ビスカラ氏が大統領に就任した経緯は次のようなものです。ビスカラ氏は、2016年の総選挙時に中道右派政党「変革のためのペルー」から副大統領候補として立候補し当選しました(大統領にはペドロ・パブロ・クチンスキ氏が就任)。しかし2018年3月にクチンスキ大統領が収賄疑惑で辞任したことから、ビスカラ氏は副大統領から大統領に昇格します。

 ビスカラ大統領は汚職一掃を掲げて国会議員を含めた「政治改革」を推進していきますが、この過程で議会との対立が深まっていきます。その1つが国会議員の再選禁止措置の導入です。この規定は2018年に国民投票で8割以上の賛成を得て承認され憲法に入ることになりました。それ以後も国会議員の不逮捕特権や不起訴特権廃止、大統領と国会議員の任期を5年から4年に短縮する案を含めた政治改革を進めようとしましたが、いずれも議会によって反対されました(前者の法案は否決。任期短縮案は国会の憲法委員会が「違憲」と判断)。

 さらに、憲法裁判所の判事選出をめぐっても両者が対立する中、ビスカラ大統領は2019年9月に任期途中であるにもかかわらず、議会の解散に打って出ました(この時の対立の中で、ビスカラ政権の副大統領であったメルセデス・アオラス氏が辞任したことで副大統領の地位が空席となります)。

 ペルーは大統領制を敷いていますが、同じ政権の下で内閣信任決議が2度否決された場合、大統領が国会を解散できることになっています(憲法第134条)。また国会には内閣の大臣に対して辞任勧告を決議することができ、可決した場合、大臣は辞職しなければならないとする規定もあります(憲法第132条)。

 議会側はこの解散を憲法違反であると批判しましたが、憲法裁判所は「合憲」の判断を下します。世論の大統領を支持する声が強かったことも相まって、今年1月26日に臨時国会議員選挙が実施されることになりました(新しい国会は3月16日成立)。

 この時、ビスカラ大統領は固有の候補者を立てなかったために、自身の政党を国会内に持つことになりませんでした。ちなみに、国会議員の再選禁止については、この時の選挙には「臨時」ということを理由に適用されませんでした。

 ビスカラ氏の「道徳的能力の欠如」について国会で審議されたのは、11月が初めてではありませんでした。9月に別の件で審議されましたが、この時の決議は否決されています。それから2か月も経たないうちに再度審議され、今回の辞職に至りました。

 こうした経緯をざっと見ただけでも、そもそも大統領と国会議員との政治的対立、さらには権力と汚職といった問題が背景にあることがわかります。そういう意味では、今回の事態もペルーの国家権力につきまとう構造的問題と見ることができます。次にもう少し制度的な観点からこの問題を検討してみたいと思います。

(3)ペルー政治の構造的問題

 イギリスBBCの解説記事(11月10日付 同15日更新)では、今回のような事態がなぜ生まれたのかについて、主に政治制度という観点から説明しています。それによると、ポイントは大統領と議会の関係に関連しています。以下、要点をまとめてみます。

 他のラテンアメリカ諸国と同じように、ペルーも政治制度として大統領制を採用しています。大統領は直接選挙によって選出される国家元首であり、政府の安定性と統治の効率さをもたらすための様々な権限を持つとされています。

 一方で、立法府である国会は二院制ではなく、一院制を採用しています(ラテンアメリカではベネズエラなどが一院制)。そして大統領の統治が権威主義的に向かうのを回避するための措置として、大臣の辞職勧告、行政府の予算などに関して、議会による検討と承認というチェック機能を持たせています(これに、後述する大統領の空位条項も存在します)。

 このことは、実際の統治という観点からすると、大統領が政権運営を安定してスムーズに行うには、国会内に強固な対抗勢力を作らないことがポイントになるということを意味しています。

 BBCの記事では、ペルー・カトリック大学のミラグロス・カンポス教授(専門は憲法学)が、ペルーの政治制度の特徴を上記のように説明しています。

 続いて、憲法上の大統領の空位条項について説明を加えています。その中には、死亡や、議会による大統領の辞任の承認などの他に、「議会によって宣告された恒久的な道徳的・身体的能力の欠如」による「空位」という規定(憲法113条)があります。「空位」というのは、大統領がその地位を明け渡す(退く)ということです。「道徳的能力の欠如」の適用については、憲法裁判所が法定議員数の3分の2以上の適正な投票によって承認されるという基準を示しています。

 カンポス教授は、この「空位」の定義が「とても広範」であることから、それが様々なことのために使うことができると説明しています。議会規則では、国会議員の20%以上の署名があれば空位動議を申請することができ、この申請は議員の40%の賛成で認められます。そして3分の2以上(130名のうち87名)の賛成で可決できる仕組みとなっています。

 ビスカラ元大統領が、昨年9月に国会を一方的に解散させ、臨時国会議員選挙を強行したことは先にも述べましたが、その際、ビスカラ氏は固有の候補者を立てず、結果、国会内に自身の政党を持つに至りませんでした。そのため、ビスカラ氏は直接世論の支持を集め、それを圧力にして国会に自らの政策を認めさせるやり方を実行してきました。

 この時の選挙では21の政党が候補者を立てて争い、そのうち10政党が議席を獲得しました。これは、2016年選挙時の6政党と比べると議会を構成する政党の数は増えており、細分化が進んだことを意味します。

 「権力(※国会のこと)はかつてないほど分裂して細分化した」とカンポス教授も述べていますが、ペルーの大統領は議会内に自らを支持する強固な政党を持てなければ、自らの統治を安定させる力を失うとも指摘しています。

 しかも国会議員の再選が禁止されていることが、「長く国会議員でいることが汚職の温床となっているのでそれを防止する」という本来の意図から外れて、別の機能を果たすことになっています。

 具体的には今年1月に当選した国会議員は来年7月の選挙には立候補できないことから、中期的な展望に基づいて議会を運営するというよりも、目先の短期的な利害を優先させるものとして行動するように機能した面があるということです。

 カンポス教授は、この措置が望まない「効果」をもたらした、すなわち国会議員が国民の思っていることに対して耳を傾けなくなっていることを指摘しています。ここに、大統領と議会の対立という構図を超えて、政治家と一般の人々との間の疎外や対立という、もう一つの構図が見えてきます。

 そして最後に、汚職という問題です。他のラテンアメリカ諸国と同じように、ペルーでも汚職は構造的な問題になってきました。これは大統領だけでなく国会議員もまた例外ではありません。事実、国会議員の中にも自身の汚職行為で調査されている者がいます。

 大統領に限っても、アルベルト・フジモリ元大統領(1990~2000年)以降、6人の大統領がいずれも汚職疑惑で当局の捜査の対象となっています。ビスカラ氏も「疑惑」とは言え、自らの収賄容疑で大統領の職を去ることになりました。

 「権力とカネ」の問題は、国家権力全体にまとわりついてくるものとも言えます。しかしこの問題を解消できなければ、将来にわたって政治自体がいつまでも「公正な公共的なもの」ではなく、「公共性を装った私的利益」の集まりでしかないことになってしまいます。そしてこの問題はペルーだけでなく、日本を含めた問題として省みる必要があります。

2020年12月1日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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