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ペルー 継続する抗議行動

昨年12月に起こったペルーでの政変。その時、自ら「クーデター」を企てたとしてペドロ・カスティージョ前大統領が議会で罷免、前後して逮捕・収監され、代わりにディナ・ボルアルテ副大統領が大統領に就任しました。

その事態に対する民衆の抗議行動が、度重なる国家権力による弾圧にも屈せず、現在も続いています。

※上記の経緯については、過去の配信記事(2022年12月12日付「ペルー 大統領の罷免と『政治的危機』」)をご参照ください。

(1)抗議行動が続けられる理由

昨年12月7日に起こったペドロ・カスティージョ前大統領の罷免から2か月、クリスマスと年始を除いて、南部地域を中心に全国規模で街頭での抗議行動が続けられています。

2月9日(木)には、ペルー労働者総連合(CGTP)などの呼びかけで、全国各地で一斉のスト、抗議行動が行われました。

今回の行動が呼びかけられた直接のきっかけは、2月2日(木)に、2023年に総選挙(大統領と議会)の前倒しを可能にする憲法改正案が議会で否決されたことです(議会での否決は3度目)。

今回の改正案は左派政党から提出された案でした。総選挙の前倒し実施だけでなく、新しい憲法のための制憲議会の設置を問う国民投票も含んだ内容で、右派政党がこれを拒否した結果、成立に必要な票数を得られませんでした。ちなみに右派は政治制度について現在の一院制から「二院制の導入」などを主張しています。

とくに抗議行動が精力的に組織されてきたのが、南部プーノ県の中心都市・フリアカ市です。同市を含む南部地域は、罷免・逮捕されたカスティージョ前大統領の得票率が高い地域でした。

しかも農村部と都市部の対立、貧困層と富裕エリート層との対立といったペルー社会の構造的矛盾がその背景にあります。カスティージョ氏は選挙時に「(資源が)豊かな国に貧しさはもうたくさんだ!」と訴えていました。

その中で、自分たちの利益の代弁者であったはずのカスティージョ氏が議会によって排除されてしまったことに対する憤りや不満が大きいことが一連の抗議行動に表現されていると言えます。

フリアカ市では1か月前(今年1月9日)に、空港の占拠を試みたデモ隊と治安部隊との衝突により17名の死者が出るまでの深刻な事態に至っています。

他方、首都リマでは、1200名以上の治安部隊員が配置され、早朝から警官と兵士が要所となる場所を押さえて、抗議行動に参加していない人も含めて人の交通を遮断しました。9日の当日、リマでは大きな衝突は起こりませんでした。1月28日には首都でも弾圧によって初めての死者が出ています。

ペルーでは、昨年12月14日に全土を対象に非常事態宣言が発出されました(期間は30日間)。これにより、人身の自由、住居の不可侵、集会の自由及び通行の自由などの基本的人権の一部が制限されています。同時に4か所の空港が閉鎖されました。抗議行動に参加しているグループは空港の占拠を試みたり、幹線道路を封鎖したりしています。

その後、今年1月15日から非常事態宣言が延長されました。対象は首都リマや南部地域(クスコ県など)で、延長期間は30日間です。

2月10日現在、抗議行動が始まって以来の死者数が70名に上ることを政府が認めています(9日の行動で1名の死亡が確認されました)。

ディナ・ボルアルテ大統領とその政権の対応について、非難する声が強まっています。デモ隊は「ディナ、人殺し、人民はおまえを拒否する」を歌の節のように繰り返しコールしています。

こうした非難の声に対してボルアルテ大統領は、「辞任するつもりはない。」「私はペルーという国に責任を負っているのであって、祖国を傷つけているごく少数の集団にではない。」と述べるなど、対決姿勢を崩していません。

(2)民衆が提起する3つの要求

対立が激しくなっている背景には、民衆の運動が提起している3つの要求について、表向きはともかく、政権も議会もそれにきちんと応えようとしていないことがあります。

抗議が始まった当初は様々な要求が出されていましたが、現在では共通して次の3つの要求が掲げられています。①ボルアルテ大統領の辞任、②早期選挙の実施、③制憲議会の設置、です。その他には、カスティージョ氏の釈放などがあります。

元々、任期満了となる2026年の4月に予定されていた総選挙(大統領と議会)に関しては、ボルアルテ大統領は就任時に、2024年4月に前倒しして実施することを公表していました。しかし先に書いたとおり、そのための法律の成立が見通せない状況にあります。

大統領の進退についてはあくまで選挙までは続ける意思を示していて、総選挙の実施が決まらないことには事態が前に進まない状態に陥っています。

こうした事態に、抗議行動に参加する民衆の側が苛立ちをつのらせて行動をエスカレートさせていると見ることができます。

③の新しい憲法をつくるための制憲議会の設置は、カスティージョ前大統領が公約として約束していたものです。カスティージョ政権下でもこのテーマは進んでこなかったこともあり、運動側はその実現を重視しています。

このように、今ペルーで起こっていることの背景には、現在の事態を終息させるといった当面のことだけでなく、将来におよぶ国と社会の在り方をどう立て直すのかをめぐる政治的対立があるため、安易な妥協は許されないとする運動側の強い「決意」が感じられます。

度重なる大統領の交代と権力濫用による汚職腐敗が絶えないこと、議会の意向によって大統領を罷免しやすい制度上の問題など、ペルーの政治が信頼を取り戻すには解決しなければならない多くの課題が立ちはだかっています。その一つひとつにどう応えていくのかが明確にならなければ、現在の対立は続くと見なければならないと思います。

2023年2月26日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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