はじめに
7月4日(日)、チリで新しい憲法を起草するための憲法制定議会の初会合が開かれました。
初会合では正副議長の選出とセレモニーが行われました。議長には先住民族マプーチェ族のエリサ・ロンコン議員が、副議長には新興左派のハイメ・バッサ議員がそれぞれ選ばれています。
(1)緊張関係の中での船出
もともとこの日の会合は午前10時に始まる予定でした。しかしその前に会場(旧国会議事堂の敷地内)近くまでのデモ行進に集まった人々とカラビネロス(軍警察)との衝突が起こりました。
ちなみに、7月4日は、1811年にチリで最初の国会が開設された日に当たり、今年は210周年です。
この日に備えて事前に、制憲議会に議席を持つ様々な政治勢力が、旧国会議事堂内の制憲議会会場に向けてのデモ行動を呼びかけていました。
なかでも「人民リスト」グループは「憲法制定のための大行進」を準備していました。
それは、2019年10月の社会的反乱の過程で治安当局の弾圧によって亡くなった人、身体の一部を失うなどの傷害に苦しんでいる人、不当に拘禁されている人たち、これらすべての人たちへの敬意を示すための行動として計画されていました。
このほかにも、チリ共産党、社会党、先住民族グループなどがそれぞれの行動を行いました。
治安部隊による弾圧(デモ隊への放水や催涙ガスの発射など)に対して、「弾圧はもういらない」といった抗議の声が響く中、「人民リスト」グループを中心とした議員たちは、「この場所での弾圧が止むまでは会議は始めない」と強く中止を求めました。
このため、一旦は会議が始まりましたが、結局、正午まで中断を余儀なくされました。中止を求める要請は続いていましたが、会合は、チリ選挙審査裁判所(Tricel)の判断によって12時40分に始められました。
※「人民リスト」(Del Pueblo:27議席を獲得)は、制憲議会を構成する無所属議員の統一リストの1つ。主に社会的リーダーや活動家らが結集しています。下記のグラフの④に当たります。
(2)議長に先住民族女性を選出
議会を主宰する議長には、エリサ・ロンコン議員(58歳)が、2回目の投票で96票を獲得して選出されました。
同時に副議長には、バルパライソ大学法学部教授(専門は憲法)のハイメ・バッサ議員(44歳)が選出されました。左派の政党連合「拡大戦線(FA)」に参加する「社会集中(CS)」党に所属しています。
選出されたロンコン議長は、南部のラ・アラウカニーア州トライゲンにあるマプーチェ族の共同体Lefweluanに生まれました。
小学生の頃には都市部の学校まで8キロの道のりを歩いて通ったというエピソードがあり、大学生の時にはピノチェト軍事独裁政権と闘った経験があります。
その後、言語学で博士号を取り、サンティアゴ大学で異文化間教育の教授として活躍しています。
先住民組織「すべての土地の評議会」のメンバーとしても活動し、マプーチェの旗である「ウェヌフォーイェ(Wenufoye)」の制作にも携わりました。
議長職の就任演説を、民族衣装を身に着けて右手を頭の上に掲げながら、マプーチェ語とスペイン語で行いました。
「私たちに信頼を寄せ、マプーチェ族の一人の女性を選出するため、この国の歴史を変えるために、マプーチェ族によってなされた呼びかけにそれぞれの夢を託してくれた様々な連立の支援に感謝します」と、まず協力してくれたすべての政治勢力に対して感謝の言葉を述べました。
また、あらゆる支配に反対してきた女性たちや性的に多様な人たちにも挨拶と感謝の言葉をかけました。
自らの議長への選出がその一つの実例であるように、「多民族的で、民主的で、参加型のやり方をここに設置できたことに感謝しています」と述べました。
「今日、私が議長を務めることになったこの議会は、いまのチリを、多民族のチリ、多文化のチリ、女性たちの権利、介護をする女性たちの権利を侵害することのないチリに変えるでしょう。」
「この議会は、いまのチリを、母なる大地(地球)に心を配り、川や海の水をきれいにし、あらゆる支配から自由なチリに変えるでしょう」と述べて、議会の役割を強調しました。
また、「我々は民主主義を広げなければならない、このプロセスへの人々の参加を広げなければならない」と訴えました。
そのためにも、すべての勢力が参加できるように議会の運営はローテーションで行うのが望ましいと述べています。
最後に、多民族で多言語のチリを築くことが、新しい憲法を起草するための私たちの夢であると述べて演説を締めくくっています。
今回の会議の最後に、ロンコン議長は、国家に殺害された民族の犠牲者、フェミシディオ(女性虐殺)の犠牲になった女性たち、軍事独裁や社会的反乱の犠牲者たちなどを追悼するため、1分間の黙とうを求めました。
ちなみに制憲議会では、先住民族のための議席枠として17議席があらかじめ認められています。その内、最大の先住民族グループであるマプーチェ族には7議席が配分されています。
2019年10月の「社会的爆発」を起点としたチリ民衆の闘いは、今後はこの憲法制定議会の中での議論と、これを取り巻く外での社会運動と連動しながら進んでいくことになります。
それは、チリ社会を縛ってきた植民地主義と新自由主義を克服し、「コモン」(共有のもの、共通のもの)を創り出すための様々な闘いが合流することで社会の新たな形を作り上げることを目指していると言えます。
そういう意味では、ロンコン議長の誕生は、その象徴的な出来事であると見ることができます。
それは、女性であることや先住民族であることによって、ロンコン議員の生きてきた歩みの中に、この国で起こっている様々な形態の抑圧や排除の形が交差しているからです。
4日の初会合に続き、8日に行われた会合では、2019年10月の社会的反乱によって不当に拘束されている人たちの恩赦を求める宣言が決議されました(賛成105票)。
決議された文章では、1年半が経ってもなお多くの人たちが不当にも拘禁されていることを強く批判しています。
また、2019年10月の出来事の中で起こった暴力について、「(既存の)制度化されている権力が、新しい憲法を創設する機会を与えることができなかったことの結果であった」と評価しています。