に投稿

コロンビア 大統領選の行方

 5月29日(日)、コロンビアで正副大統領選挙が行われました。8組の候補者で争われた結果、「革新」左派のグスタボ・ペトロ候補(副大統領候補はフランシア・マルケス氏)が一位になりました。但し当選ラインの過半数に達しなかったため、上位2名の決選投票が6月19日に実施されます。今回は、一回目の選挙の結果についてまとめてみます。

(1)一回目の選挙結果

 国家市民登録局(Registraduría Nacional del Estado Civil)の集計結果によると、開票率99.99%で、「革新」左派のグスタボ・ペトロ氏が得票率40.32%(852万7,768票)で一位、独立系で実業家のロドルフォ・エルナンデス氏が28.15%(595万3,209票)で二位につけました。この二人が6月19日の決選投票へ進むこととなります。

 現政権与党が支持する中道右派のフェデリコ・グティエレス氏は23.91%(505万8,010票)で三位となり、コロンビアで20年続いた中道右派政党への支持が大きく後退したことが浮き彫りとなりました。

投票率は54.98%(前回2018年より0.8%上昇)※投票は義務制ではない。

登録有権者数は3900万2239人

投票者数は2144万1605人

有効票数は2117万3157票

白票数は36万5764票(※)

※白票については、「不同意、棄権、反対の政治的表明であり政治的効果を持つ」との憲法裁判所の判決(2011年)があります。仮に白票数が最多得票の候補者の票数より多かった場合でも、選挙をやり直すには有効票の過半数が必要とされています。

 三位のグティエレス氏は、29日の結果を受けてすぐに、決選投票では二位のエルナンデス氏を支持することを表明しました。今回の両者の得票率を単純に合計すると、得票率52.06%となってペトロ氏のそれを上回ることになります。

 このことは、すなわち、中道を含めた反左派票の行方にどれだけ影響力を及ぼすことができるのかが、ペトロ陣営が勝利するためのハードルになることを意味しています(無論、投票率の水準も影響します)。

 中道左派で四位のセルヒオ・ファハルド氏は、投票後すぐには決選投票でどちらを支持するかは明言していませんでした。その後、6月初めにエルナンデス陣営と会談を持ちましたが、エルナンデス側がファハルド氏の支援を断った(理由は政策変更をめぐって)と報道されています。

 ファハルド候補の得票率は4.2%(88万8585票)。仮にペトロ候補にその票が移ったとしても、上記の二位と三位の合計には届きません。

 決選投票でペトロ氏が勝利すれば、コロンビアでは初の左派大統領の誕生となりますが、その道のりは簡単でないことがわかります。

(2)両者のプロフィールと選挙結果が意味するもの

 今回の選挙の争点は一言で表すと「変革」あるいは「変化」ということになります。新型コロナのパンデミックが状況の悪化に追い打ちをかけているように、社会的不平等や貧困に起因する人々の不満がもたらしている社会の二極化が進行する中で今回の選挙が行われています。

 その他にも、麻薬取引に従事する違法な武装グループによる地方での暴力や都市部の治安悪化に対する不安、繰り返される汚職による政治腐敗という既存の政治家への反発もあります。

 コロンビアでも近年、具体的には2019年11月、21年と、チリなどと同じように、現在のイバン・ドゥケ政権の政策(増税や社会保障改革など)に対する全国規模の社会的抗議行動が起こっています。

 このように、国の状況が悪くなっていると国民の大多数が考えている中、すべての候補者がそれぞれに「変化」の必要性を訴えていました。

 結果として、20年来コロンビアを支配してきた中道右派政党とは異なる候補者が上位を占めたことは、彼らの選挙公約が有権者にとって説得力があるものと理解されたことがそこには反映していると言えます。投票率の高さにもそのことは示されています。

 ペトロ氏は、選挙結果が公表されたのち、次のように発言しています。

「今日争われているのは、変革である。ドゥケ政権、その政治プロジェクトを支えている政党は敗北した。すべての投票が発している中心的なメッセージは、一つの時期、一つの時代が終わるということである。」

 続いて、決選投票に臨む両候補の略歴と主な政策を見ておきます。

◆グスタボ・ペトロ候補

 エコノミスト。62歳。上院議員(2018年~2022年)。反政府ゲリラ組織「4月19日運動(M-19)」の元メンバー(逮捕歴あり)。この組織は90年に政府と和平協定を締結し、合法政党へ転換。2012年から15年まで首都ボゴタ市長を務める。

 大統領選は今回が3度目の挑戦となります。前回(2018年)は決戦投票でイバン・ドゥケ現大統領に敗れました。選挙連合は「歴史的協定」(Pacto Histórico)。

 副大統領候補は、アフロ系子孫で女性のフランシア・マルケス氏。弁護士で、環境保護・土地権利擁護、フェミニズム運動の活動家です。2018年には環境分野のノーベル賞とも言われるゴールドマン環境賞を受賞しています。

 時間が経っているとはいえ、元ゲリラであったという経歴の他、「ネガティブ」に働くと見られている要素が、ベネズエラとの関係です。ペトロ候補は故チャベス大統領に近しいと言われています。大統領になればベネズエラとの外交・通商関係を再開するとしています。

 ペトロ氏の主な政策は以下のとおり(CNNの記事などを参照)。

①経済モデルの変革:農牧畜業生産と農地改革の推進

 土地所有と土地使用面での不平等に取り組む農地改革を実行する。地方在住世帯の土地の権利を保障する(とくに女性を優先)。その目的は、大土地所有(ラティフンディオ)の進展を削ぐことです。但し、土地の分配に関して、国家による(土地の)収用は行わないことを強調しています。

 国際関係では自由貿易協定の再交渉を挙げています。

②国土保全への支援とエネルギーの変革

 石油・石炭依存型のエネルギーから再生可能エネルギーへの移行を図る。

(鉱物資源の採掘主義的開発をやめる。取り決めのない鉱床の探査・採掘は禁止する。石油・石炭採掘の新しいライセンスを授与しない、大鉱山の露天掘りを認めないなど。

 その他にもアマゾンの熱帯雨林保護などラテンアメリカ地域での気候変動対策にも積極的に取り組む姿勢を示しています。

 現状、コロンビアの輸出の約5割超が原油であること、それが国家収入の約10%を占めていることを考慮すると、上記の政策はかなり「野心的」な提案だと言われています。

③ジェンダー平等の推進

 女性の政治分野での参加の促進:あらゆるレベルで公職の50%を占めるようにする。ジェンダーに関する政策を推進する平等省をつくる。

 その他、女性のケア活動を社会的に評価して減らすための全国的な制度をつくる。これに従事した時間を労働と認めて報酬を与えることを目的としています。

 経済的なエンパワーメントとしては、公立の高等教育への優先的なアクセスの保障や土地の所有権の分配、貧困ラインを上回る基礎的最低所得の保障を提案しています。とくに世帯主の女性を保護しエンパワーメントするためと説明しています。

 また、女性への暴力に反対する取り組み、人工中絶の合法化についての憲法裁判所の決定の遵守も述べています。

 さらには女性以外の社会的マイノリティ(アフリカ系子孫、先住民、LGBTなど)についての権利保障も掲げています。

④安全保障・治安分野における改革

 兵役義務の廃止、良心的兵役拒否の尊重。軍隊の改革については、国内のゲリラ組織との紛争が終結していることによってその役割を調整する必要があると述べています。

 FARC(コロンビア革命軍)との和平合意(2016年締結)の履行を推進していく。また、別のゲリラ組織であるELN(民族解放軍)との和平に向けた交渉再開(対話と交渉)。

 その振る舞いが過剰な暴力や濫用だと批判されている暴動鎮圧機動隊(ESMAD)の解体。表現の自由、デモ行動や社会的抗議活動の権利を保障することを強調。

 国家警察を防衛省から内務省または法務省の管轄へ移行する(※軍事的性格から民政的なものへ)。

 さらに、社会活動家を守る必要性を強調。同国では2021年だけで145人の社会的リーダー(各種コミュニティや組合など)や人権擁護者(人権擁護活動家)が殺害されています。

⑤税制改革

 最富裕層への課税強化。現在の課税制度は富裕層に有利な傾向があると指摘。配当金などの金融所得に対して申告を義務づけ、税を支払うようにする案を提起しています。外国への送金などの非生産的な資産を対象とするとしています。その他のテーマとしては年金改革があります。

 上記以外を見ると、教育では公立高等教育無償化、医療では単一のユニバーサルな公的医療制度の制定(支払い能力に関係なく)、汚職(政治腐敗)では、公的意思決定における市民参加のより一層の保障、参加型予算の推進、汚職告発者保護の法制整備、すべての公共契約の効果的な監視の強化を挙げています。

 対するロドルフォ・エルナンデス候補について簡単にまとめておきます。

◆ロドルフォ・エルナンデス候補

 建設会社の実業家。77歳。ブカラマンガの元市長(2016年~19年)。独立系候補で、既存の制度に反対する「アウトサイダー」「(右派)ポピュリスト」と見られています。選挙連合は「反腐敗統治者連盟」(Liga de Gobernantes Anticorrupción)。

「政府から泥棒たちを追い出すことを望んでいる」と自らを規定しているように、政策の中心は「汚職(政治腐敗)を終わらせる」ことです。

 選挙結果についても「今日、腐敗政治の国が負けた。」「政府のシステムとして腐敗を終わらせるという市民の確固たる意思が存在することがわかった。」とのビデオメッセージを発しています。

 このように反腐敗を前面に打ち出してはいるものの、当のエルナンデス氏自身が市長時代の汚職事案(コンサルティング契約の違法性)に関して検察から関与が疑われています。本人は無実を主張していますが、まだ調査中です。

 他方、自身の過去の発言も問題視されています。例えば、2016年にラジオでのインタビューで「ヒトラーの信奉者」であると発言しました。これについてはのちに謝罪した上で、「アインシュタイン」の言い間違えだったと釈明しています。その他にもベネズエラ移民に対する排外主義的な発言も批判されています。このように政策以前に大統領としての資質が問われています。

 その他、税制では、企業の資本財購入への課税を廃止(競争力の向上が目的)、付加価値税(IVA。消費税に相当)の10%への引下げ(減税)を掲げています。

 国内最大の反政府ゲリラ組織であったFARCとの和平協定が合意されて以降、コロンビア国内の政治課題として、社会的不平等(経済面だけではなく人権保障も含めて)や政治腐敗に人々の関心がより向けられるようになっています。今回の選挙結果はそのことを示しています。

 一位につけた左派のペトロ候補が決選投票で勝つためには、中道派・右派の「反ペトロ」票の行方がポイントになると見られています。長年にわたり親米右派勢力が政権をになってきたコロンビア政治がどのように変化していくのか、ラテンアメリカ地域の政治においても大きな変化の分岐点にあると言えます。

2022年6月9日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
©2022アジェンダ・プロジェクト