今回はキューバ経済の現状と今年の見通しについてです。
「La Joven Cuba」というウェブサイトに掲載された記事「危機の時代のキューバ経済。2023年の経済見通し」(2023年1月13日付)を参照してまとめてみます。著者は、米ピッツバーグ大でラテンアメリカ研究・経済学の名誉教授であるカルメロ・メサ・ラゴ氏です。
※なお、原文にあるデータなどについて、確認して訂正しているものがあります。
(1)はじめに
まず、今年のキューバの経済成長率予測についてです。
国連ラテンアメリカ・カリブ経済委員会(西語略称:CEPAL)は、前年比プラス1.5%と予測しています(昨年12月公表の報告書)。2022年のプラス2%(政府統計)を下回っています。
キューバ政府のGDP予測ですが、2022年12月12日にヒル・アレハンドロ経済計画相が国会で行った報告では、プラス3%となっています。
両者の予測数値にはかなりの開き(2倍)があります。新型コロナ・パンデミックが猛威を振るった2020年の成長率は、マイナス10.9%の落ち込み、2021年はプラス1.3%でした(いずれも政府統計)。仮に今年の成長率が政府の予測どおりでもコロナ禍前の水準には戻っていないことになります。
今年の経済回復の可能性を考える上で、ラゴ氏は、プラスとマイナスの要因をそれぞれ挙げて考察しています。
(2)経済回復にとってのプラスとマイナスの要因
まず挙げているのが、対外環境の変化です。
昨年来行われてきた米国・バイデン政権とベネズエラ・マドゥーロ政権の対話の影響です。
その結果、2019年にトランプ政権下で中断されていたベネズエラ産原油の米国向け輸出に対する制裁が一時的に緩和されました。
さらに、米財務省は、シェブロン社にベネズエラでの石油生産を再開するための6ヶ月間の期限付き許可を与えました。
これらの措置により、ベネズエラの原油生産量が徐々に増加して1 日あたり 150 万バレルになると推定されています。これはベネズエラの経済回復を一定程度促進することにつながり、同国のキューバへの石油供給の増加を容易にすることで、キューバのエネルギー危機と停電を低減するのに役立つと見られています。
昨年8月、キューバでは、石油貯蔵タンクへの落雷によって大規模火災が発生、発電所が停止するなどの事態に陥りました。
なお留意点として、シェブロン社に与えられたライセンスは米政府によっていつでも無効となる可能性があること、米国への原油輸出再開がキューバへの供給の制限につながる可能性があることも指摘しています。
これと並行して、難しいとしながらも、米国とのキューバ移民に関する交渉がうまくまとまれば、トランプ政権時に課された制裁措置をバイデン政権が停止する道が開かれるかもしれない点にも言及しています。
※昨年5月、米政府は、渡航制限の緩和や米国からの送金上限の撤廃など一部緩和に踏み切っています。
次に、経済発展に欠かせない外貨収入の現状について述べています。
①サービス輸出による収入
主に医療サービスの提供(海外への医師の派遣など)によるもので、一番大きな外貨収入源です。しかし近年(2018 年から2021年にかけて)では、49%も減少したと述べています。
これも、ベネズエラ経済の回復次第でマドゥーロ政権がキューバからの医療サービスの購入を増加させることが考えられるとしています。
またメキシコが、昨年500名のキューバ人医師を雇用する契約を結びました。これは、2020年の事前合意に基づいたものです。メキシコ政府は、新型コロナ対策用の医療サービスの提供に対して620 万ドルを支払う予定です。
他には、ブラジルのルーラ大統領の再選出により、ボルソナーロ前大統領の下で廃止されたキューバの医療サービスの購入が再開されるという期待が高まっています(これについては後述)。
②海外からの送金(2番目の外貨収入源)
送金の額は、2021 年には 10 億 8400 万ドルと、これも減っています。その後、デジタル決済プラットフォームを使った送金の効果もあり、2022年に20億ドルに回復したと見られています。
また、新型コロナによる制限措置が解除されてキューバへの旅行者が増加すれば、送金の「配達人」の数が増えることになると述べています。
人を介した送金は、米ドルに不利な公式の為替レートでの目減りを回避するために行われています。
③外国からの観光収入(3番目の外貨収入源)
世界で新型コロナ感染症が再び深刻な状況にならないなら、外国人観光客の増加による成長が期待できます。
昨年キューバを訪れた観光客の数は合計160万人(推計)で、観光業界の総収入は18億ドルになると見られています。
今年の観光客数が270万人に増加した場合、総収入は約30億ドル (または純収入で12億ドル) になると考えられています。今年の政府目標は350万人です。
観光業の純収入を増やすために政府が提案している対策の1つは、観光業用の輸入品の一部を国内生産の増加で代替することです。そのためには農業・製造業分野での抜本的な改革が求められると指摘しています。
世界遺産にもなっているハバナ旧市街では、観光客が増加することを見越して、ホテル、レストラン、その他の事業所を修復するのための建設が進行しています。
④その他の外貨収入源(財の輸出)
とくに近年の国際市場では砂糖とニッケル価格の値上がりが見られます。この状況ををうまく利用するにはこれらの部門により多くの投資が必要となります。
ニッケルに関しては、2022年10月にカナダの会社であるシェリット・インターナショナル社(大手の探鉱開発企業) との間で合意が締結されました。
当面、両者の合弁会社から受け取るキューバ側の配当の一部はシェリット社への債務の支払いにあてられます。
シェリット社は、債務が返済されれば「積極的に」事業を拡大するための投資を行う考えを明らかにしています。
海外からの投資を増やすための措置としては、2021年末に、観光、バイオテクノロジー、卸売業における合弁事業での投資割合比率の要件が撤廃されました。これまではキューバ側の割合が51%以上であることが必須でした。
もう一つの措置は、民間の中小零細企業への外国投資を許可するものです。これらの措置は重要なステップになりますが、その結果を評価するには時期尚早だとラゴ氏は述べています。
2021年9月、政府は中小零細企業の創設を承認しました。その後1年で承認されたのは5061社(内訳は20%が零細企業、56%が小企業、24%が中企業)でした。
但し、ヒル・アレハンドロ経済計画相は、中小零細企業を含む非国営部門はこの間の経済危機の影響を最も受けていると語っています。これらの部門は国営企業に対する補助金などの恩恵を受けられません。
これらの企業が重要な役割を果たすためには、企業の設立を容易にし、各種のリソースや訓練などの面で必要なサポートを提供することが不可欠であると述べています。
昨年、政府は経済回復を進めるために75の措置を承認しました。
その中には、民間部門と外国投資向けの規制枠組みの設定、公私混合企業の設立の推進、外国人投資家向けの卸売・小売市場の創設など重要なものがありますが、いずれもその実績と経済への影響を評価するような段階にまでは至っていません。
さらに国内の深刻な品不足に対して、政府は、これまで旅行者による食品、医薬品、その他の消費財の持ち込みに対して行っていた制限を部分的に解除する措置を講じました。
食品、医薬品、個人衛生用品に対しては免税扱いとなりました。この決定はあくまでも個人の生活上のためであって商業目的(転売など)は除外されます。
他にも、携帯電話やパソコンなどの関税率も大幅に引き下げられました。これらは緊急的な性格の措置です。
続いてここからは、主に経済発展にとってのマイナス要因についての説明になります。
ラゴ氏は、キューバのマクロ経済指標を分析して、10年以上にわたって様々な指標が悪化していること、現在の経済危機の程度が、ソ連崩壊後の1990 年代の深刻な危機に匹敵するものだと述べています。
かつて経済計画大臣を務めたホセ・ルイス・ロドリゲス氏は、2024 年から 2025 年までは、2019 年の GDPレベル (すでに非常に低かった) には戻らないだろうと見ています。
2023 年の GDP成長率をプラス3%とする政府予測が実現したとしても、今年の経済は2019年の水準を約5ポイント下回っていることになります。
2014年から2020年にかけてのキューバに対する米国の制裁措置の影響(特にトランプ時代)について、ラゴ氏は最近の計量経済学研究による分析に基づいて、制裁の強化がキューバの GDP の成長率を押し下げていることは明らかだと述べています。
その一方で、海外からの送金と観光業が家計消費や民間部門の雇用と売上げを大幅に改善したものの、「国営経済の指標に大きな結果が示されていない」ことも指摘しています。
つまり、民間部門や家計には一定の改善(コロナ禍以前)が見られるけれども、国全体(とくに国営部門)の経済実績の向上には必ずしも結びついておらず、アンバランスが見られるということです。
また、現在の経済問題の責任を米国の経済封鎖だけに帰すように解釈すべきでないとも述べています。
先に、外貨収入源としての医療サービスの輸出について触れましたが、少し補足しておきます。
ブラジルのルーラ大統領は、1月からブラジルで「Mais Médicos」(もっと医師を)プログラム(医師不足対策)を再開する予定でしたが、新しくキューバ人医師を雇用することはなかったと述べています。
ルーラ大統領は、ボルソナーロ政権がこのプログラムを停止した後もブラジルに残ったキューバ人医師や、近年数が増加しているブラジル人医療従事者で対応するとしています。ブラジル経済が以前と比べて悪化していることが背景にあると見られています。
メキシコについても、さらに多くの医師を雇うことが可能としつつも、国内の医師会からの反対があり、キューバ側に支払われる金額は非常に少ないのが現状と述べています。
一方で、公式の統計はないものの、2022 年に海外に移住したキューバ人医師の数が大幅に増加していると述べています。医師の海外流出は、国内の経済状況が改善しない限り今年も続くと見ています。
そうなると、海外での医療サービスの提供が困難になるだけでなく、国内でも医師不足という事態に陥ることになると危惧しています。
次に通貨統合(二重通貨の廃止、為替レートの一本化)による影響についてです。
2021年から施行された通貨統合については、まず経済的に困難な時期に始めたことを問題視しています。
さらに統一した公式の為替レートが適切でないと述べています。エコノミストの多くはキューバペソ(CUP)に対して、米ドルの価値が低すぎると見ていたにもかかわらず、当初は1ドル=24ペソに設定されていました。インフォーマル市場での米ドルの価値が高騰すると、1ドル=110ペソ まで上昇(CUPが下落)しましたが、それでもインフォーマル市場の為替レートはそれを上回っています。
現在の公式レートは、1ドル=120ペソ(昨年8月から適用)です。
これについては、変動相場レートを設定するか、より現実的なレートになるように定期的に調整することが妥当だと述べています。
キューバ経済の発展について何よりも必要なのは投資(とくに海外から)であることは明らかです。マヌエル・マレロ首相も外国からの投資が緊急に必要であるとの認識を示しています。
外国投資を誘致するためのいくつかの措置が発表されていますが、キューバが直面している深刻な障害を考えると、それらは不十分だとラゴ氏は評価しています。
深刻な障害とは、すでに存在する多額の対外債務の支払い不履行によってキューバが「ハイ・リスクの国」と評価されていること、ペソ(CUP)の国際的な通貨交換性への制限、ドルおよび他の通貨にとって不利な為替レートの設定などです。
これによって外国企業が利益を定期的に国外に移転することが妨げられています。
他にも、外国投資が特定の分野に制限されている、例外があるものの出資比率がキューバ側が過半数以上とする要件がある、さらに、従業員の雇用、昇進・解雇、給与の支払いに関して、キューバの国営機関を通じて行うことが義務付けられていることなどが外資の促進の足かせになっています。
こうした制約をどの程度緩和するかは簡単ではないですが、投資を活性化するためには投資法の整備が緊急に必要だと述べています。
以下、各国との経済関係の動向を簡単にまとめています。
①中国
昨年11月、ディアスカネル大統領が中国を訪問した際、キューバに贈与(1億ドル)を行う約束をしました(今年1月、合意文書に署名済み)。
キューバとの経済協力をさらに拡大するための条件として資金の使途についても相互にチェックする体制を作ることになっています。
これに対して、ラゴ氏は、投資した結果として債務が増えることを回避するためにキューバが必要な改革を行うかどうかを見極めたいとする中国側の意向が反映されていると見ています。
②ロシア
貿易は増えているものの、財に関する貿易収支は大幅な赤字になっていると指摘しています(キューバの輸入超過。第5位の貿易相手国)。
債務については、昨年2月、ロシア側がキューバの23億ドルの債務の支払いについて2027年までの返済猶予を決めました(利子は上乗せする)。
ロシアの経済状況もウクライナ侵攻により悪化しています。昨年12月のモスクワへの訪問で、ディアスカネル大統領はロシアから新しい融資を得ることができませんでした。キューバへの総観光客数に占めるロシア人の割合は60%から3.5%へ大幅に減少したと伝えています(※ウクライナ戦争を機に定期便の運用が停止)。
同じような傾向は今年も続くため、キューバ経済の十分な支えにはならないと専門家は予測しています。
③EU
貿易(スペインを除く)は、2021年 7 月に起こったキューバでの反政府行動での逮捕に対するEU側の批判的反応や、ウクライナ侵攻中のロシアを事実上擁護していることなどもあって悪化しています。その結果、昨年に続いて 今年もさらに減少する可能性が高く、投資に関してもスペインを除いてヨーロッパからの投資増は現実的とは見なされていません。
④米国
現在進行中の交渉が実を結ぶためには、キューバ政府はより柔軟な対応をとる必要があるとラゴ氏は述べています。昨年の中間選挙の結果、下院は共和党が多数となり、上院はほぼ拮抗した状況になったことで、両党とも保守派の影響力が強まったことをその理由の一つに挙げています。
(3)最後に 経済政策の方向性をめぐって
キューバ政府が採用している措置について、ラゴ氏は「おおむね前向きなもの」と評価した上で、現在の深刻な経済危機から抜け出し、将来の持続可能な経済発展を促進するには「不十分」としています。ヒル・アレハンドロ経済計画相も、昨年12月に提出した報告書の中で、「経済活動はわずかに回復しているが、対策はまだ必要な効果に達していない」と認めています。
ホセ・ルイス・ロドリゲス元経済計画相は、以下のような優先すべき事項を挙げています。
対外債務の柔軟な再交渉、緊急のインフレ対策、国営企業の改革(特に収益性に関して)、食料とエネルギー分野への外国投資を優先、そして「国の経済状況に関する経済関係者や国民との議論」とコンセンサスづくりを行うこと。
ラゴ氏自身は、現在の政府の政策は「体系的な一貫性」に欠けており、キューバの経済改革の方向性について、中国やベトナムのような「市場社会主義」モデルの応用を提唱しています。
ちなみにキューバ共産党は市場の役割を一定認めながらも従来からの国営企業と「計画」が軸になる経済運営という考えを崩してはいません。
その理由としてラゴ氏は、中国やベトナムの経済実績とキューバの実績を比較評価した結果、前者がはるかに上回っているだけでなく、多くの社会指標でも上回っていることを挙げています。
その上で、現在の経済危機から抜け出し、持続的な経済・社会発展へ向かうには、「オープンで相互尊重に満ちた民主的な国民対話」を通じて、「市場社会主義のモデルへの変更、または北欧諸国の福祉国家のような混合的ではあるが民主的な経済モデルへの変更」について話し合うことを提唱しています。
2023年3月29日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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