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キューバ 国会選挙と第二期ディアスカネル政権の成立

今回は、『信任票が最も多かった者と少なかった者:キューバの投票統計に見る興味深い点』(ウェブサイト「La joven cuba」に掲載された編集記事 2023年4月3日付)を参照しながら、3月に行われたキューバの国会議員選挙について取り上げます。

今年始まる第10期人民権力全国議会(国会に相当、一院制)の議員選挙が3月26日(日)に実施されました(以下、国会議員と表記)。

日本の市町村にあたる基礎行政区(ムニシピオ)議会の議員選挙は、昨年11月に実施されていて、今後5年間の政治行政を担う一連の選挙はこれで終了となりました。

この選挙の最終結果を、3月31日(金)に国家選挙評議会(キューバの選管)が公表しています。以下、そこから推察されることをまとめていきます。

その前にキューバの国会選挙の性格について少し触れておきます。

国会選挙では、候補者(今回は470名)は事前に「立候補委員会」による指名を得る必要があります。また候補者の数と定員が同数になるため、日本のように複数の候補者が議席を争う「競争的」選挙ではなく、いわば候補者に対する「信任」投票という性格を持つことになります(有効投票の過半数に達すれば当選)。

こうした選挙制度自体が「非民主的である」とする批判があることは承知していますが、ここではその点について深く議論することはしません。

(1)2023年選挙の結果

有権者数 812万9321人
投票者数 616万7605人
投票率 75.87%

有効投票数 556万5640票(投票者数の90.28%)
白票数 38万3316票(同6.22%)
無効票数 21万5920票(同3.50%)

有効投票のうち、
統一投票数(※1) 401万2864票(72.10%)
選択投票数(※2) 155万2776票(27.90%)

(注)各割合の母数は投票者数(616万7605人) 但し、投票率の母数は有権者数

(※1)統一投票:470名すべての候補者を一括して信任する投票方法のこと。投票用紙に一括投票用の欄(円)があり、そこに印(✕)をつける。政府はこの「統一投票」を行うキャンペーンを有権者に実施している。

(※2)選択投票:前者と異なり、投票用紙に記載されている候補者を選び、その氏名の横の欄に印(✕)をつけて投票する。

上記の選管が公表したデータに対して、前述の記事では、それぞれの投票行動(棄権も含む)の割合について以下のようなデータを示しています。母数は有権者数であることに注意してください。

有効投票(68.49%)
白票 (4.72%)
無効票 (2.66%)
棄権 (24.13%) ※投票率の逆

有効投票のうち、
統一投票 (49.38%)
選択投票 (19.11%)

前回選挙との変化を見るために、2018年の国会議員選挙(議席数605)のデータも挙げておきます。

有権者数 863万9989人
投票者数 739万9891人
投票率 85.65%

有効投票数 698万7041票(投票者数の94.42%)
白票数 31万9956票(同4.32%)
無効票数 9万2894票(同1.26%)

有効投票数のうち、
統一投票数 562万0713票(80.44%)
選択投票数 136万6328票(19.56%)

それぞれの投票行動(棄権も含む)の割合についてのデータ。母数は有権者数です。

有効投票(80.86%)
白票 (3.7%)
無効票 (1.08%)
棄権 (14.35%)

有効投票のうち、
統一投票 (65.05%)
選択投票 (15.81%)

今回の投票率について、海外のニュースではその低さ(つまり棄権した人が増えている)を強調して報じていました(日本でも同じ)。

他方、選管の発表では、投票率については、2022年に行われた2つの投票、①基礎行政区(ムニシピオ)選挙(11月)、②家族法改正の国民投票(9月)よりも今回の方が高かったと述べています。

①の投票率は68.58%、②の投票率は74.01%でした。補足ですが、①の投票率については、1976年に現在の選挙制度が始まって以来最も低い数字などと海外では伝えられていました。

選挙の内容・性格がそれぞれ異なるので単純な比較はできないと思いますが、国会議員選挙に限って見れば、今回の投票率が最も少ない数値であったことは事実です。2018年と今回の投票率を比べると、9.78%低下しています。

これに加えて、上記の記事では、全有権者の中で「統一投票」(政府が推奨していた、すべての候補者への一括信任投票)が初めて5割を超えなかった点を指摘しています。

(✻)今回の政府の選挙キャンペーンの標語は、「#YoVotoXTodos」(私はすべての第10期議会候補者に投票します)と、「#MejorEsPosible」(よりよき社会は可能だ)の2つです。

グラフ1 2018年選挙における有権者の投票行動の割合

グラフ2 2023年選挙における有権者の投票行動の割合

注)両方ともパーセンテージの母数は、その時の有権者数

(2)2018年の選挙と今回の選挙の比較からわかること

1つは先にも述べましたが、全有権者の中で有効投票を投じた人の割合が減っていること、とくに「統一投票」をした人の割合が減少していることです。

政府が選挙キャンペーンとして呼びかけている「統一投票」に応じる人の割合が減っているということは、現在の政府の統治に満足していない(あきらめも含めて)人がそれなりに増えていると解釈することができると思います。一方で有効投票のうち「選択投票」をした人の割合は増えています。

それ以外の、棄権(投票に行かない)、行ったとしても白票や無効票を投じた人の割合はいずれも増えています。これも先の解釈を裏づけるものとみて間違いないのではないかと思います。

もちろん、棄権をした人や無効票を投じた人がすべて政府に批判的だということにはならないとは思いますが、「一定の傾向」としてはそう言えるのではないでしょうか。

こうした変化の背景には、コロナ禍前と後という状況の変化、米国でのトランプ政権の登場前と後という変化、こうしたキューバ社会を取り巻く環境の変化が一定の不満として選挙の結果にも反映していると考えられます。そしてそれは当然、政府の対応・政策への「評価」の反映であるとも言えます。

見方を変えれば、選管の報告にあるように、減っているとは言え、有効投票をした人の72.10%が「統一投票」を行っていたことは、そうした状況の悪化にあっても政府はそれなりの支持を勝ち得ていると言うことも可能だということです。

政府の説明を見ると、「統一投票」を求める理由として、それが何よりも革命と社会主義のプロジェクトを守ることの意思表明だということです。また、候補者がキューバ社会の多様性を反映(代表)するように事前に調整されるのでそれを承認する意味合いがあるとも言われています。

各候補の得票の多少に関するランキングを見ると、興味深いのは、政府や共産党の要職にある人物だからと言って、得票率が必ずしも高いわけではないという点です。

例えば、全国規模で見て、最も得票が少ないのは、フェデリコ・エルナンデス候補(カマグエイの共産党第一書記)です(有効票の61.52%)。同様の例(政府や党の要職に就いているが得票率が低い候補)がいくつかあることも確認されています。

対照的に、最も得票率が高かったのは、ガストン・イデアル・マルティネス候補(産婦人科医)の97.54%でした。得票率が高かった他の候補には、ラウル・カストロ氏(94.97%)、マヌエル・マレロ首相(94.91%)などの有名な人がいるのも事実です。

さらに記事では、各県ごとに最も得票が多かった4名の候補者と最も少なかった4名を選んで分析しています。

それでわかったことは、職業で見ると、管理職などの指導的な地位についていない労働者がより多くの票を得ていることです。一方、国の幹部の中では得票が少なかった人が多かったとも述べています。

著名であったり、政府・共産党の要職にある方が「有利」と一般的には見られがちですが、そのようには実際の各候補者の得票率は動いていない、他の要因も加味してみる必要があることを示していると言えます。

これに関連して記事の最後では、ディアスカネル大統領の得票率について言及しています。その得票率は88.78%で、それほどは高くないこと、全候補者470名中の130位、立候補した選挙区であるビジャクララ県内では32名中14位、またサンタクララ基礎行政区内では8名中4位と述べています。

このことからも大統領だから得票率が特別高いわけではないこと、信任度について一定の民意が反映されていると見ることができるように思います。

このようにデータを多角的に見ていくと、各県ごとの投票行動の違い、各候補者に対する信任度の違い、各議員がどの社会的セクターを代表しているかなどを考察するための「手がかり」を与えてくれると記事では述べています。

もう一つ重要なことは、有権者数の動向です。数字を挙げておきます。

2018年国会議員選挙 863万9989人
2022年9月家族法改正国民投票 842万5147人
2022年11月基礎行政区議員選挙 835万1311人
2023年国会議員選挙 有権者数 812万9321人

有権者数が段階的に減っていることがわかります。もちろん死亡した人もいるわけですが、大きく減っているのは海外へ移住する人の数が近年増えていることが作用しています。ここでは詳しく触れる余裕がありませんが、この点も留意する必要があります。

おしまいに、新しく選出された国会議員(470名)の構成について、いくつか数字を挙げておきます。

◎女性議員 262名 (55.74%)
◎35歳までの若者議員93名(19.79%)
◎前期からの継続議員167名 (35.53%)

女性議員が過半数であることは強調すべき点だと思います。

この選挙を受けて、4月19日(水)には臨時議会が開かれ、ディアスカネル氏が大統領に再選出されました。副大統領はバルデス・メサ氏、首相はモレノ氏がそれぞれ再選されています。

キューバの大統領は国会議員によって選出されます。任期は5年、憲法の規定では連続2期までです。5年後には新しい大統領を中心とした政権が誕生することになります。

2023年4月27日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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