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ブラジル ボルソナーロ前大統領に被選挙権停止の判決

6月30日(金)、ブラジルの高等選挙裁判所(TSE)は、ジャイール・ボルソナーロ前大統領の被選挙権を8年間停止とする決定を下しました。在任中に確認された「政治的権力の濫用」が理由です(詳しくは以下で説明)。

これが確定すれば、2030年までは国内のいかなる選挙にも立候補することができなくなります。特に2026年に行われる予定の次の大統領選挙には出馬できないことになります。

今回の決定は、ボルソナーロ氏と彼を支持する右派勢力にとって深刻な打撃を与えることは間違いありませんが、一方でこれでボルソナーロ氏の政治生命が完全に終わるとは見られていません。

TSEの決定がブラジルの右派運動にとってどのような意味を持つのか、その背景を考えて見たいと思います。(まとめるに当たってBBCの2023年6月30日付記事を参照しています。)

(1)高等選挙裁判所による決定とは

今回の審議は6月22日に始まり、計4回の審議で終了しました。

立候補資格を停止する決定には、TSEの7人の裁判官のうち5名が「政治的権力の濫用」に当たるとして賛成しました。

8年間の停止期間は、法律によると、2022年の大統領選挙の第1回目からカウントされ、2030年10月2日に終了する予定になっています。

この審議は、政党(民主労働党、PDT)の告発によるもので、ボルソナーロ前大統領が在任中(2019年~22年)にブラジルの選挙制度の信頼性に関して根拠のない疑義を呈する発言をしていたことを問題にしています。

具体的には、大統領選前の昨年7月、大統領官邸で開かれた外国大使との会合の場で、ボルソナーロ大統領(当時)が、電子投票システムの欠陥を根拠もなく主張したことが問題視されました。そして、この時の発言が「政治的権力の濫用」に当たるかどうかが審理の対象となりました。この時の会合はテレビやソーシャルネットワークで放送されていました。

弁護側は、前大統領は制度改善のための公開討論を提案しようとしただけだと弁明していました。

前大統領は、それ以前にも根拠を示さずに電子投票制度について「不正が行われる恐れがある」などの批判を繰り返していました。

今回の件の予審判事であるベネディト・ゴンサルベス氏は、「選挙の正当性についての信頼を脅かす嘘や暴力的な言説の反民主主義的な影響を無視することはできない」と主張しました。

別の判事であるアンドレ・タバレス氏は、基本的権利である表現の自由には「嘘の蔓延は含まれない」と述べました。

同氏は、この会合が「再選を狙う意図を持ち、民主主義を不安定にするための、長期にわたる真の戦略的連鎖の一部である」との見解を示しています。

一方、ルーラ現政権は、「民主主義の勝利」、「極右」の敗北として、今回の決定を称賛する姿勢を示しました。

(2)ボルソナーロ前大統領と右派勢力の今後

ボルソナーロ前大統領は、今回の決定を「背後からの一突き」と批判して、次のようにコメントしました。

「私は死んではいない。私たちは仕事を続けるつもりである。来年の選挙で数名の市長を選出するつもりでいる。ブラジルの右派の終わりではない。」

前大統領の弁護団は、今回の決定に対して連邦最高裁判所(STF)に控訴するつもりであると述べています。しかし専門家の見解では、今回の内容を覆すのは困難であると見られています。今回の7人の判事のうち、3名はSTFにも属しており、控訴審に参加する可能性があります。

しかも、ボルソナーロ前大統領が直面する法的係争問題はこれだけではありません。他にも、新型コロナウイルスのワクチンに関しても虚偽を広めたとする疑いや、今年1月8日の支持者による首都ブラジリアの政府庁舎襲撃事件への責任などが問われています。

今回の決定はすでに有効であるため、このままでは、右派勢力は2026年の次期大統領選挙を戦う新しい候補者を見い出さなければならないという難しい課題を背負うことになります。

ブラジル極右監視団のコーディネーターであり、サンパウロ大学の人類学者でもあるイザベラ・カリル氏は、「おそらく今後起こるのは、ボルソナリスモ(ボルソナーロ支持派)の分裂である」と述べています。

その一方で、今回のことだけで前大統領の政治生命が終わるとは考えていないとも述べています。

ボルソナーロ前大統領を支えているのは、主に保守派とキリスト教福音派ですが、それに加えて、軍国主義者、極端な国家主義者、銃の擁護者などからも支持を受けていると言われています。

「ボルソナーロは公衆と非常に多様な有権者の層を自らに結びつけることに成功した。現在、ブラジルには同じことをできる人物はいない。ボルソナーロの代わりになる人物はいない」とカリル氏は答えています。

「例えば、有権者のある層は無宗教の保守派の候補者を支持し、他の層は宗教的な保守派を支持するだろう。また他には、銃の問題により強い関心を持った候補を支持する層や、より過激な候補を支持する層、反ジェンダーやトランスフォビアのリーダーを支持する層がいる」と、支持が分かれていく可能性を指摘しています。

また、ジェトゥリオ・バルガス財団の政治学者であるマルコ・アントニオ・テイシェイラ氏も、「ボルソナリスモの中に空白ができて、時間の経過とともに新しい右派の指導者が現れるかもしれない」と述べています。

具体的な後継者の一人として、ボルソナーロ氏と同じく陸軍の軍人出身で、ボルソナーロ政権でインフラ大臣を務めた経験を持つタルシジオ・デ・フレイタス氏(現サンパウロ州知事)を挙げています。

他にはボルソナーロ氏の家族の名前などが挙がっていますが、いずれも可能性は低いと見られています。

後継者の存在が言われる一方で、本人も述べているようにボルソナーロ氏自身の政治キャリアがこれで終わってしまうわけではないとする見方もあります。とくに最近のブラジルの歴史を見ると、そうした事例があることがわかります。

わかりやすい例は、現在のルーラ大統領です。ルーラ氏は、過去に大規模な汚職事件に関連して有罪判決を受け、2018年の大統領選に出馬する資格を失いました。この時勝利したのがボルソナーロ氏でした。ルーラ氏は19カ月間収監された後に釈放となり、最高裁で有罪判決が取り消されました(元の裁判の手続き上の誤りが理由)。そして、2022年の大統領選挙でボルソナーロ大統領を破って当選を果たしました。

仮にボルソナーロ前大統領がこのまま2030年まで資格停止になったとすると、その時75歳となります。ちなみに現時点でのルーラ大統領の年齢は77歳です。

しかも資格停止の終了は、2030年10月2日の予定で、これは、同年に予定されている大統領選挙の実施予定日よりも前になります。

こうしたことからも、テイシェイラ氏は「8年はあっという間に過ぎ、(ボルソナーロは)まだ復帰を目指すには十分な年齢である」と指摘しています。その一方で「ボルソナリスモは弱体化するだろう」と見通しを述べています。

同じくカリル氏も、「8年かそれ以上、資格を失ったままだとしても、彼は政治的に行動できる。今後も候補者を支援することで政治的な力を持ち続けるだろう」と述べています。

果たして、今後8年の間でボルソナーロ氏が「過去の人」となるのか、それともブラジル政治を動かすキーパーソンであり続けるのか、それはブラジル社会の民主主義がどのような状態にあるかによって決まることなのかもしれません。

2023年7月22日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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