1月24日(水)、アルゼンチンでは、ハビエル・ミレイ政権が進めようとしている新自由主義的な経済・社会改革に反対するため、労働組合がよびかけて半日規模のゼネラルストライキが行われました(現地時間の午後0時から深夜まで)。同日行われた国会議事堂広場でのデモと集会には、組合員のほかに数多くの市民や野党政治家などが集まりました。
アルゼンチンでゼネラルストライキが行われたのは、中道右派のマクリ政権下の2019年以来5年ぶり、ミレイ新政権が発足してからわずか45日後のことでした。ミレイ新政権に対する大きな抗議行動としては今回が3回目となります。
首都ブエノスアイレスでは、参加者たちが横断幕や国旗を手に、ミレイ新政権の新自由主義改革に反対するスローガン、「祖国は売り物ではない」を叫びました。
今回の行動に連帯して、例えばブラジリア(ブラジル)、ロンドン(イギリス)、モンテビデオ(ウルグアイ)、マドリード(スペイン)、ローマ(イタリア)などの世界各地でも集会が開かれました。
今回のストライキについて、BBCが3つの項目に沿って解説した記事(2024年1月24日付)がオンラインで公表されていましたので、それを軸に他の報道などでの情報を加えてまとめてみたいと思います。
(1)ゼネスト当日の様子とその影響
今回のストライキは、国内最大の労働組合連合である労働総同盟(CGT)がアルゼンチン労働者センター(CTA)と共同して呼びかけました。その他にも建設労働者やトラック運転手、教員や医療従事者など様々な職業の労働者を代表する組織が活動を支援しました。
国会前で行われた集会には、労組だけではなく人権団体、野党の政治家、市民やアーティストなどが集まりました。例えば、ブエノスアイレス州のアレックス・キシロフ知事などが参加しています。
この日の行動は、ブエノスアイレスの国会前でのデモと集会で始まりましたが、首都以外の他の都市でも集会などが行われました。
首都での参加者人数は、主催者発表では60万人、警察集計が13万人、政府は4万人と述べています。
また主催者の労組によると、全国では150万人がこの日の行動に参加したこと、CGTの推計では、全国の組合員の80%(約500万人)がスト行動を遵守したと述べています。
このストライキによる影響ですが、政府によると、航空輸送はストップして、アルゼンチン航空の300便以上が欠航・延期となり、約2万人の利用者に影響が出たとしています。それによる経済的損失は約250万ドルと見ています。
他方、陸上の公共交通機関については、午後遅くからの削減(減便)を発表したものの、大半は運行を続けました。その理由としては労働組合が抗議活動への参加者を運ぶ必要を考慮したためと説明しています。
(2)なぜ、ゼネストを決行したのか
次にストライキを行った理由についてです。それは、現在の高いインフレ率(昨年12月の消費者物価指数は前年同月比200%を超えた)、生産性の低さ、多額の債務、慢性的な赤字(財政赤字と経常赤字)といった、深刻な問題に直面し疲弊しているアルゼンチン経済を立て直すために実行しようとしているミレイ政権の2つの主要な改革措置に反対し、これを阻止することです。
ミレイ政権は発足した直後に第一弾の措置(10項目の緊急経済対策)を公表、実行しました。
それには、18あった省を9省(経済、外務、治安、司法、保健、内務、国防、インフラ、人的資源)に削減する、通貨を切り下げる(公式為替レートを1ドル=800ペソ、54%の切り下げ)、エネルギーと交通関連の補助金を削減することなどが盛り込まれました。今回の2つはこれに続く第二弾と第三弾に相当するものです。
自らを「自由至上主義」(リバタリアン)と呼ぶミレイ大統領は、いわゆる「小さな政府」論の信奉者です。いまのアルゼンチン国家は「大きすぎてかつ非効率である」と考えており、大規模な規制緩和を含めて政府支出に関してドラスティックな削減案を提案しましたが、労働組合はそれに抵抗しています。
組合側は、インフレや貧困対策などの分野での支出を削減することは、労働者階級や社会的に脆弱な立場におかれた人たちの権利を剥奪することを意味すると考えています。
CGTのエクトル・ダエール書記長は当日、国会議事堂広場でのスピーチで、「我々は、DNU(必要緊急大統領令)が倒れて、国家改革法案(通称「一括法案」)が却下されるまで闘い続ける」と宣言しました。
DNUとは、ミレイ政権が発足してからわずか2週間後の昨年12月20日に発表された「必要緊急大統領令」のことで、本文には366の条項が含まれています。そこには、経済の規制緩和のための300以上の措置が盛り込まれています。
例えば、「国土全体における商取引、サービス、産業の規制緩和を確立する」とともに、「自由な決定に基づく経済システムを推進する権限を国家に与える」としています。
また、「商品やサービスの供給に関するすべての制限、および市場価格を歪めたり、自由な民間のイニシアチブを妨げたり、需要と供給の自発的な相互作用を妨げたりするようなすべての規制要件は無効になる」とも規定しています。
ただ、大統領令(DNU)によって様々な法律の廃止や改正をすることの法的正当性については、弁護士や労組などから疑問や批判の声が上がっており、労働法に関する事項に関しては、労組の訴えに対して全国労働控訴裁判所(la Cámara Nacional de Apelaciones del Trabajo de Argentina)が一時的に停止する判断を下しています(24年1月3日)。
そして、DNUの一環として、昨年12月27日に国会に提出されたのが、国家改革「一括法案」(法案名称は「アルゼンチンの自由のための出発点と根拠法」)です。この中にすべての改革案の「3分の2」が含まれており、したがって「最も深いもの」とミレイ大統領自身が述べているものです。
この法案は当初、664の条文からなり、約20の法律を修正するものとなっていました。その後、野党の意見を一部取り入れて「修正案」を再提出しました(その結果、条文は523に削減)。
労働から商業、不動産、航空、医療など、幅広い経済分野での規制緩和を提案しています。中でも国家改革に関する章では、当初は、すべての公共セクターの企業を「民営化の対象」とすることが提案されていました(「修正案」では、国有石油会社YPFが対象から外されたほか、一部の企業が「部分的民営化」扱いとなっています)。
それ以外にも、集会デモに関する規制強化(刑法関係)や選挙制度の変更(小選挙区制)、教育、文化、環境などの分野に関する内容も含まれています。
この法案は、憲法の規定に基づいて議会によってのみ修正ができる内容に限定したものですが、成立するかどうかはそれほど簡単ではないと見られています。というのも、ミレイ大統領の与党「自由前進」は、上下院のいずれにおいても少数の議席しかないので、他の政党(とくに中道右派)との交渉次第という面があるからです。
国家改革「一括法案」に対する批判はその内容だけではありません。その提案方法も問題となっています。政府は、条文を一つのブロックにまとめて、賛否の一括投票にかけようとしています。反対に野党は各条文ごとの議論を求めています。
さらに同法案を見ると、第3条には以下のような規定があります。それによると、2024年12月31日までの間、経済、金融、財政、年金、治安、保健衛生、関税、エネルギー、行政の分野に関して「社会緊急事態」を宣言するとしています。
仮にこれが認められれば、ミレイ大統領は、その期間は上記の分野について立法府を回避して法律を決定できる権限を持つことになります。つまり行政権とともに、立法権の両方を掌握できることを意味します。しかも同法の規定では、最長1年間の延長も可能としています。
そこまで認められてしまえば、大統領の任期4年の半分は行政権と立法権を掌握することになってしまうことになりかねません。労組のみならず、人権団体や野党の政治家、市民の多くがこの法案に反対して容認することができない理由がここにあるといっても過言ではないと思います。
こうした自身の改革案に対する強い反対を見越してか、ミレイ政権はすでに抗議行動への規制強化を行ってきています。
具体的には、昨年12月14日に治安省が、デモ隊による公道の寸断、封鎖に対する取り組み方針を公表しました。それによると、違法な道路封鎖に対しては厳罰で臨むとして、4つの連邦治安部隊(国家憲兵隊、沿岸警備隊、連邦警察、空港警察)を投入して全面的に自由な通行を確保すること、治安活動に要した費用は違法な道路封鎖を伴うデモの主催者に請求されることなどを盛り込んでいます。
他にも、車両の通行制限や、バスなどの公共交通において治安当局が捜索を行ったり、乗客の顔を撮影することを許可するとしています。今回のゼネストに関しては治安部隊に対して事前に裁判所がそうした行為を行わないように命令を発していました。
(3)抗議行動に対する閣僚たちの発言と闘い続ける人々の決意
ハビエル・ミレイ大統領はストライキ当日、ブエノスアイレスの大統領官邸にいたことが報道されています。
公式の情報として伝えられているところによると、ミレイ大統領は、今回のゼネストについて、社会の中での労働組合や組合員のイメージが悪くなるので、かえって「有益だ」と考えているようです。
また、ミレイ政権の閣僚たちは、今回のゼネストについて、労働組合員の「特権」を守ろうとするものだとして非難しました。
パトリシア・ブルリッチ治安相は、自身のX(旧ツイッター)に、ストライキが成功していないことを示すために、営業中の店舗や繁華街の画像をアップし、「国は止まっていない。」「我々を止めるストライキはない。」とコメントしました。
しかしながら、アルゼンチンで発行部数の多い「クラリン」紙は、政府が24日(水)の抗議活動による経済損失を約15億ドルと非公式に見積もっていると報じています。つまり、実際にはストライキがそれなりの影響を及ぼしていることは政府も認めざるを得ないということです。
それでもブルリッチ治安相は、参加者がわずか4万人だったとして、この数は「2100万人のアルゼンチンの労働者のうちの0.19%である」と述べました。さらに、主催者を「社会が民主的に決定した変革に抵抗している」として、「マフィアの労働組合員たち」などと貶める表現を使っています。
ディアナ・モンディーノ外務・通商・宗務大臣も、ストライキには「正当性はない」、「我々は彼らを恐れていない」と真っ向から対決する姿勢を示しています。
マヌエル・アドルニ大統領報道官も「交通機関は午後7時まで正常に機能し、商業活動もまったく正常だった。様々な団体の報告でもストライキへの遵守は非常に低かったことを示している」ことを強調しました。
また、ブエノスアイレス市商工連盟(フェコバ)は、首都ブエノスアイレス市内の商店におけるストライキ遵守率は4%未満だったと発表しています。
今回のゼネスト以前に、ミレイ政権が誕生してから大規模な抗議行動がすでに2度行われています。昨年12月20日に左派の社会運動組織「労働センター(Polo Obrero)」などが、ミレイ大統領が発表した大型経済改革に反対するデモを行ったのが1度目です(主催者によると参加者は3000人)。
「Polo Obrero」は、2000年に創設された「ピケテロス」の最大組織です。「ピケテロス」とは、抗議行動の取り組みとして道路封鎖を行う人たちのことで、主に失業者たちが参加しています。
行動があった12月20日は、金融危機の渦中にあった2001年12月20日に当時のデ・ラ・ルア大統領の退任を求めてブエノスアイレス市の五月広場に集まった民衆を治安部隊が制圧し多くの死傷者(死者39名)が発生した日です。そのため、ブエノスアイレス市では毎年12月20日に大規模なデモが行われてきました。
2度目が昨年の12月27日、首都ブエノスアイレスで行われたもので、この日、先の「一括法案」が提出されたのでそれに対しての反対行動でした。この日の行動は、今回と同じ「労働総同盟(CGT)」が呼びかけて、「DNU(必要緊急大統領令)打倒!」のスローガンの下、約8000人がデモに参加しました。その過程で一部の参加者が警官と衝突して2名が逮捕されたと報じられています。
今回のゼネストは3度目の大きな取り組みだったわけですが、これからも闘いは続きます。この日の集会参加者の一人は「闘い続けることが本当にとても重要だ。腕をおろしてはいけない。」と強く訴えています。
2024年1月30日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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