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キューバ 経済状況の悪化と社会的不満の高まり

近年、継続的にキューバ経済の悪化が伝えられています。23年の国内総生産(GDP)は、政府が公表している数値では最大でマイナス約2%(速報値)。もともと政府は昨年のGDP成長率について、プラス3%を提起していました。

ここ数年の数字を見ると、コロナ禍の2020年はマイナス10.9%、21年はプラス1.3%、22年はプラス1.8%でしたので、昨年は再び悪くなっています。

とくに食料供給、電力供給を始め、医薬品の入手にも悪影響が出ており、食料・燃料・交通分野での物価高が市民の生活を圧迫しています。停電も繰り返し発生するなどエネルギー危機も報じられています。さらに今年3月から燃料価格を値上げすることがアナウンスされていました。

また、2021年から通貨・為替の統合化措置が開始されましたが、これも想定したようにはうまく機能しておらず、国内通貨であるペソの価値は下落し続けていて、そのために輸入物価が上昇し続けています。

インフォーマル市場ではキューバ・ペソは1米ドルに対して200ペソ以上で取引されていると報道されています。公式の推計によると、23年のインフレ率は30%に達しています。22年の39%よりも低いとは言え、依然として高い数値が続いています。

そうした最中、3月18日に東部のサンティアゴ・デ・キューバ、エル・コブレ、グランマ県バヤモなどで人々が街頭に集まって不満の声を表明する動きが発生しました。

サンティアゴでは二つの通りに人々が集まり(海外の報道では数百人規模)、「電気と食料」を求める声が上がりました。他にもマタンサス県のサンタ・マルタ、ロス・マンゴスでも小規模の同じような行動があったことが確認されています。

当日の報道では、「衝突や暴力行為、弾圧などは起こっていない」ことが伝えられました。サンティアゴではベアトリス・ジョンソン・ウルティア共産党県第一書記らが現場に駆けつけて、抗議に参加した人々と対話するなどの対応に当たったことも報じられています。

キューバのミゲル・ディアス-カネル大統領は、自らのXアカウントで「様々な人々が電力供給や食料配給の状況に不満を表明している」と認めた上で、「革命の敵が、社会を不安定化させるためにこの状況を利用しようとしている」と非難するコメントを出しました。

「我々を窒息させようとする経済封鎖の真っただ中で、我々はこの状況から抜け出すために平和的に取り組み続けていく」とのコメントも発信しています。

今回の記事では、現在のキューバ経済の動向をどう見るのか、その問題点を主に国内の要因にポイントをおいてまとめてみます。まとめるに当たって、BBCのオンライン記事(3月19日付)にあるキューバ人経済学者の意見を参照しています。

南米コロンビアのハベリアナ大学カリ校に在籍するパベル・ビダル経済学部教授の意見は以下のとおりです。

・現在のキューバ経済の状況については、1990年代初めの頃と似ている。

※90年代初めの時期は、ソ連と東欧諸国の「社会主義経済圏」が崩壊した直後であり、1959年にキューバ革命が成功して以降、キューバの人々が遭遇した最も困難な時期になります。

この時キューバ政府は「平和時の非常時」と宣言しました(1990年8月)。国内総生産(GDP)は35%縮小し、非常に厳しい経済危機に陥ったと報じられています。

・その時と比較して、最近の経済危機について言えば、コロナ禍(20年)ではGDPが約11%マイナスになったものの、現在はそこからは少しずつ回復してきている。

・一方で、インフレ率は両方の時期で同じように上昇しているが、90年代の時は財政赤字がGDP比30%までになった。今回はそれほど上昇していないが、長期間にわたり高止まりしている。

・経済構造の相違については、現在は経済が以前より多様化していると思うので、状況がより悪いとは言えない。以前は海外からの送金も観光業もなく、今の方が収入源としての選択肢が増えている。

・「憂慮すべき」点としては、新たな選択肢にコミットできない人々の貧困問題がある。現在の状況では、社会の中で送金を受け取っていたり、新しく起業している民間セクターと結びついている層は、それ以外の社会的グループよりも比較的この経済危機に対処できていると考えられる。

「インフレ調整がなされていない名目のペソの固定収入に依存している年金受給者や国家職員」についての貧困率については、公式のデータはないものの「憂慮すべきものだと思う」と述べています。

90年代とは異なり、部門や階層間の違いによって現在の経済危機が与えるインパクトにも違いが出ていることが、状況を複雑にすると同時に、現在の危機の方がより厳しいと評価する経済学者が一定存在する一つの根拠となっています。

もう1人のキューバ人経済学者は、ワシントンD.C.にあるアメリカン大学ラテンアメリカ・ラテン系研究所の調査員であるリカルド・トーレス氏です。

・GDP統計の観点から見て、現在の危機は90年代の危機よりも「程度が軽い」ように見える可能性があるが、人々の負担や危機をどのように感じているかを理解するためには、質的な観点からの側面を考慮する必要がある。

・危機になる前の状態の違いについての言及。90年代の場合は、それ以前の経済成長によって80年代に達していた一定の生活水準の向上が前提となっていたのに対して、現在の状況は、80年代の生活水準や経済活動のレベルを回復しないままで、しかも低成長という状況の下から始まっている。

また、「問題がなかったというわけではないが」と断った上で、収入の面での不平等も今ほどではなかった点も付け加えています。

・この二つの状況の違いは、経済危機をどう克服するかについての能力(ポテンシャル)を示している。

例えば、産業インフラの老朽化について言及しています。発電所や道路などについて、90年代からの30年間で十分なメンテナンスや整備がなされておらず、「90年代よりもさらに劣化している」ことを指摘しています。

一方では、携帯電話の利用拡大やインターネットへのアクセスなど通信分野での改善があることにも言及しています。

もう一つ、大きな相違点として「人材」不足・喪失を挙げています。これは主に海外移民の増加と高齢化が要因となっていると説明しています。

例えば、教育分野でも以前は豊富にいた人材が国外へ移住したことで影響が出ていることを指摘しています。

物資の面では、配給制度によって維持されてきた生活必需品の供給についても最小限に抑えられていること、支給についても遅れがあることなどを指摘しています。

トーレス氏の見解では、この30年間で経済的不平等が進んだことで、経済危機に対してより脆弱な状態になってしまう人々がいることが問題を悪くしていると述べています。

・公式の統計が公表されていないが、2019年の時点で不平等の度合いが非常に高くなっていることが知られており、それは住民の多くの生活水準が良くないままに現在の危機を迎えていることを意味している。

そして危機に対処して人々の生活を支える社会のリソースが不足していることが大きな問題であることを指摘しています。

そこから、この危機を引き起こした要因はどこにあるのかということに話は移ります。大きく言えば、外的環境の変化から来るものと国内的な問題から来るものとに分けられます。

外的要因を列挙すれば、とくにウーゴ・チャベス政権時に結びつきが強くなっていたベネズエラ経済の悪化、米国政府による経済封鎖(とくにトランプ政権期の制裁強化)、コロナ禍による停滞、さらにはロシアによるウクライナ侵攻の影響(世界の肥料や食料の価格上昇)などです。

国内的要因として、ビダル教授は、「政府による政策の誤りと見なせるもの」を挙げています。その中には、2021年からの「金融・為替・通貨」の再編(為替レートの統一化など)の「失敗」や、2008年頃から始まっている経済構造の改革(生産・流通面での分権化や民間部門の拡大など)が「部分的」で「不完全」であることを指摘しています。

つまり、旧来のソ連モデルに依拠したような「中央集権的な計画経済モデル」の基本構造を維持したままでの「改革」では十分な経済的インセンティブを発揮させることができていないということを意味しています。

トーレス氏も、「社会主義国営企業がキューバ経済の主役であると言い続けているが、この社会主義国営企業はキューバ国民に電気や食料を提供できていない」と指摘しています。

このように、外的な環境の影響があるとは言え、この30年間に行われた改革によっては、キューバ経済をうまく動かしていくことができなかったことから、現在の経済危機の根底にある問題とは「機能しない」経済モデルにあると判断する点では二人とも同じ見方をしていると言えます。

このように見ていくと、3月18日に起こった人々の不満の表明は、キューバ政府が非難するような、米国による経済封鎖と、社会不安を煽る勢力による影響だけではなく、政府の政策的な対応能力への一定の不満を反映しているのではないかと言えます。

そしてそれは、人々に対する説明責任と実際の経済活動の成果が生活水準の立て直しに結びつくことによってしか解消されない問題なのではないかと思います。

最後に、3月18日の事態に対する政府の対応について述べておきます。

同日、キューバ外務省が声明を公表しました。それによると、米国のベンジャミン・ジフ駐キューバ臨時大使を外務省に呼び出し、「内政に関する米国政府と在キューバ大使館の介入主義的な行為と中傷的なメッセージを断固として拒否する」との見解を伝えています。

また、「国の経済能力を破壊することを目的とした経済封鎖の重みと影響により、不況と必要不可欠な物資やサービスの不足が生じている」と説明しています。

2024年3月26日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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