(1)直近20年間で最も高い貧困率
今年8月にアルゼンチン国家統計センサス局(INDEC)が公表した報告によると、同国の2024年上半期の貧困率は人口の52.9%に達していることが明らかとなりました。直近20年間で最も高い数値となっています。
アルゼンチンの貧困率については、世帯収入で購入される商品とサービスについて、それらが必要不可欠と評価される「一連の食料品とそれ以外のニーズ」を満たしているかどうかで測定されます。
また極貧率については、必要量とされるエネルギーとタンパク質の最低基準を満たすことができる食料品を賄うのに十分な収入が世帯にあるかどうかで測られます。
これらについては、毎年6か月ごとにINDECが評価しています。今回の記事では取り上げていませんが、貧困調査に関してはこれ以外にも国勢調査に基づいて、収入面だけでなく、教育、医療、住宅など多面的に評価する調査も行っています(こちらは10年ごとに実施)。
貧困率については、昨年同期比で12.8%の増加(23年上半期の貧困率は40.1%)、昨年下半期からでは11.2%の増加(23年下半期の貧困率は41.7%)となっています。昨年12月にハビエル・ミレイ大統領の政権が発足して以降、貧困層が大幅に増加していることがわかります。
また貧困ライン以下のうち、極貧率を見ると、昨年同期の9.3%から18.1%へと、1年でほぼ倍になっています。ちなみに昨年下半期の極貧率は11.2%でした。
これを人口規模で見ると、ほぼ2500万人が貧困ライン以下、その中で850万人が極貧ライン以下にあることになります。
また増加率から換算すると、今年上半期のうちに500万人以上が貧困状態に、そのうち300万人が極貧状態に陥ったことになります。
これに合わせて、とりわけ子どもの貧困も深刻さを増しています。同じ報告によると、14歳未満の子どもの約66%(720万人)、つまり3人に 2 人が貧困状態にあります。
子どもの状況については、アルゼンチンのユニセフが今年6月に公表した報告によると、世帯収入が不足しているために夕食を取らずに眠りに就く子どもの数が100万人、日中の食事をちゃんととっていない子どもを含めるとその数は150万人に上るという実態が明らかにされました。
※ユニセフの調査は今回で8回目。今年4月15日から5月9日までの期間に全国の子どもと青年がいる1313世帯(サンプルとして抽出)に電話で実施したものです。
また、約1000万人の子どもたちが肉類や乳製品、野菜とフルーツの摂取量を減らしており、代わりに麺類やパンの消費(いずれも価格が安いもの)を増やしていることも明らかとなっています(昨年との比較)。このように多くの世帯で栄養価の高い食料品の価格を支払う余裕がなくなっています。
さらに食料品だけでなく、医療(医薬品の購入や健康診断の受診など)や教育(学用品の購入など)分野の支出も減らさざるを得なくなっています。
収入の減少を補うために、多くの世帯では貯蓄を取り崩したり(約41%の世帯)、借金(クレジット払いなど)に頼らざるを得ない状態(約23%の世帯)に陥っています。
経済的貧困が与える影響は、当然各世帯均等ではなく、教育へのアクセスが少ない世帯、ひとり親世帯、女性が世帯主の世帯、スラム地域に暮らしている世帯により悪い影響を及ぼしています。
ユニセフ・アルゼンチンのルイサ・ブルマナ代表は「収入不足に直面して、家族は借金を抱え、栄養価の高い食料品や医薬品を買わなくなり、世帯員の生活の質が著しく悪化している」と説明しています。
(2)貧困率上昇の要因について
なぜこれだけ貧困(極貧も含む)が増加しているのか。その要因については、一般的に人々の所得水準とそれで購入する物価水準が必要と見なされている財やサービスを賄うのに適切なレベルにあるかどうかということによります。
アルゼンチンでは、長年にわたる経済的苦境(2012~22年の年平均成長率は0.3%。23年はマイナス1.6%)と、高いインフレ率とが相まって、貧困率(極貧率)を上昇させてきました。
インフレ率は10年以上にわたって年率25%超を記録しています。2023年12月の消費者物価指数は前年同月比で211.4%に急上昇しました。
ミレイ政府は、高いインフレ率について、基本的には中道左派前政権による公共支出の大幅な増加が寄与したとして、史上最大規模の歳出カットを実施している(公共支出の3分の1を削減した)と報じられています。
しかし昨年12月の急上昇については、ミレイ政権が発足して為替統制を緩和してペソの大幅な通貨切り下げ(50%超)を実施したことによるものと指摘されています。
現在の貧困率の上昇について、ルイス・カプート経済相はテレビのニュース番組の中で「政府には責任はない」と答えています(BBCの24年10月14日付配信記事による)。
反対に、政府のとった措置によってハイパーインフレの危機を回避することができたので、貧困率がさらにひどく高くならずにすんだという趣旨の発言をしています。
インフレ率については今年に入って月間ベースの伸び率は落ちてきているとは言え、依然として高い水準にあることは変わりません。
その一方で貧困率を押し上げているもう一つの要因が所得の減少にあります。次にこの点について見ていきます。
以前の経済危機(2001年時)とは違って、現在の失業率は7%台で推移していて失業者が急増しているわけではありません(今後どうなっていくかという点はあります)。しかも政府による貧困のための社会支援プログラムも行われています。
その中で貧困層が増大しているのは、仕事に就いていても十分な収入が得られていない状況、つまりワーキングプアが広がっていることが影響しています。
アルゼンチン(一般的には中南米全体がそうだとも言えますが)では、インフォーマルな形での就労が増えていることが統計でも確認されています。
※インフォーマルな就労とは、法的な規制や保護を受けない形での労働(自営業、雇用労働を含む)のことを指します。
公式統計によると、労働者の約47%がインフォーマルな労働に従事しているとされています(その半分以上が5人未満の民間企業に所属)。そしてこの部門は最も所得が低い部門でもあります。
ブエノスアイレス大学(UBA)に付属するGino Germani研究所によると、未登録労働者(未登録のため社会保障などを受けることができない)の70%が貧困ライン以下で生活しているとしています。
しかし登録労働者であっても、その30% (200 万人以上)も貧困状態だということです。
こうした状況に対して、ミレイ政府の基本方針は、従来の公共部門の雇用を削減し、民間部門での雇用を増やしていく政策に力点を置いています。その一方で、最も脆弱な立場にある人々を保護するための社会的支援を強化しているとしています。
人的資本省(従来の労働、教育、社会開発、文化を統合した新設の省)が9月末に公表した報告では、次の3つの手当てを増加させたとしています。
①普遍的子ども手当:374%増加
②食料給付(食料購入用カード):138%増加
③1000日計画(生後 3 歳までの子ども向け給付。※妊娠・出産などに対する手当て):1323%増加
政府は、これらの措置によって「基本的な食料品」の97.7%はカバーされるとしています。しかしこれは未成年者一人を想定したものでしかないと指摘されています。しかも極貧ラインとされる食料品に関してだけです。
「典型的」とされる4人家族(大人2名、未成年者2名)の場合では、極貧にならないための基本的な食料品の費用の半分しかカバーしていません。さらに子どもが多い家庭ではそれだけでは足りなくなります。
先のユニセフの調査でも、回答者の93%が、国が提供する社会経済的支援が必要であると考えていますが、その一方で現在行われている支援は十分でないと回答している割合が67%に達しています。
この調査では、所得支援(給付金)を受給している世帯の68%が、その支給額では日常的な支出額の半分にも届いていないというデータが示されています。
ミレイ政府は、インフレ率の鈍化を取り上げて最悪の状況から事態が改善していることを宣伝しています。今の状況は改善していくと信じている人が4割以上いるという社会調査もあります。
しかし日々の生活が良くなっていることが実感できるようにならなければ、遅かれ早かれ、こうした思いが「絶望」へと逆転する可能性があることは否定できません。貧困が拡大している状況を見ると、人々が辛抱できる時間はそう長くはないと言えます。
2024年10月23日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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